プロローグ 青空の下での処刑
初連載となります。前作の話は『料理好きなオークと食いしん坊なエルフ』
作者は船についての知識は曖昧なので魔法技術込みにしてもここはおかしいと思う箇所があれば指摘してくださると幸いです。
清々しいほど快晴な空だ。
雲一つない空。心地よい潮風。光り輝く太陽。
その光を反射してキラキラと輝く海にイキイキと海面を泳ぎ、時折跳ねる魚達。
そして何よりその海と空の境界を、自由に飛ぶ白いカモメたち。なんと美しいことか。
画家でもいればこの光景を筆に取り、描き残そうと躍起になる、それほど美しい光景だった。
「…」
だがそれを見ても男の心には動かない。青いはずの光景が全て灰色の古ぼけた絵に見える。故に感動もしない。
ただ虚ろに地平線の彼方をボーと眺めるだけだ。
男の格好は一言見窄らしいといって良かった。ヨレヨレのシャツに裾が破けたズボン。
羽織っているコート自体は刺繍や深い色合いからそれなりの代物と言って良かったが、所々解れ、汚れてもいる。
男の容姿も同じだった。
男の顔は鷲鼻に、髭も無造作に生え、頰も痩せこけている。黒い髪は荒れてあちこちに跳ね、目も生気というものが感じられない。身体こそ鍛えられているが猫背気味で格好が良いとは言えない。幽鬼といってもよかった。
そんな彼は今手は後ろに縛られ、足も同じく縛られている。
「どうした? 怖気付いたのか?」
声に反応し、ゆっくりと男は気怠げに振り返った。数人の男達が船の此方を見ていた。その内二人が板を支えている。
彼が今いる場所は海上に佇む船の上。正確に言えば船から突き出た板の上だ。
そして男を睨む船に乗る男達。
男はかつて彼らの仲間だった。
幾度も航海を共にし、戦場では背中を合わせ、寝食だって共にした。ある一つの目的に向かって進む彼らは仲間と言っても過言ないはずだった。
だが彼らは一様に憎悪を宿した目で男を睨んでいた。
無理もない。
自分は彼らの期待に応えられなかった。ならばこの対応は当然の報いだろう。
これは処刑だった。
《板歩きの刑》とも言われる海賊達が行う相手方の海賊や裏切り者に行われる処刑方法である。
内容は簡単。手足を拘束し、目隠しもすることで抵抗させなくし、船から突き出された板の上を歩かせそのまま海に落とすという残虐なものだ。
当然、された方は手足を封じられているので溺死する事になる。
最も男は目隠しされていないので少し異なるがどの道結末は同じだ。
男が立つのは板の端。しっかりしているのか端までいっても折れはしなかった。普通であれば自らそこに歩くものはいない。しかし男は自らの意志でそこまで歩いた。それは戻れば暴力を振るわれるとかもっと酷い目にあうからとかそんな理由でなく、男はそれを当然と受け止めていたからだ。
実の所男の処刑は一部の者の独断であった。それでも男が暴れず、尚且つ止める人物が不在だった為にこうして処刑が決行されようとしている。
そこでふと男はあいつがいれば止めただろうかと考える。
止めただろうな。
あいつはそういう奴だ。男は苦笑した。
「何を笑っている?」
「いや、何。様々な海賊にこの処刑をしてきた我らだが、こうして自分もされる事になるとはな。運命とは実に数奇で皮肉で面白い」
「…...今更命が惜しくなったか?」
「いいや、それはありえない」
間髪入れずに否定する。それだけは断じてなかった。
すると問いかけた男の顔が歪む。命乞いでもして欲しかったのだろうか。
だがそれは無理な話だ。言葉の通り男には未練などカケラもない。
あの時、既に彼の生きる意味は失われたのだ。
「そうか…、ならばこれでお別れだ。落とせ!!」
命令と共に命綱である板が支えていた男達の手から離された。当然男の体重に耐えきれる訳がなく板共々海に落下する。
水柱が上がる。同時に冷たい感触が身を包む。
海水が鼻に入り、水を吸った服が重くなり満足に動けなくなる。
普通なら苦しさからあればもがくなり足掻くなりするのだろうが男は何もする事なく海底に沈んでいく。
男は沈みながら上を見上げていた。
海へ差し込む太陽の光。
悠然と泳ぐ大小様々な魔魚達。海の透明度も合わさり、まるで空を飛んでいるみたいではないか。
(ほう、下から見た魔魚というのはこんなに綺麗だったのか。初めて知ったな)
見た事ない光景に男はほんの少しばかり感慨にふける。
コポリとさらに大きく呼吸が漏れる。どうやらいよいよ肺の空気がなくなったらしい。
目が霞む。いよいよ終わりが近いらしい。瞼を閉じようとする。
すると不意に横を鱗のついた何が此方に向かって来ていた。一体何なのか。少し気になり目を凝らすが朧気過ぎて何かは分からない。
ーー鮫だろうか。だとしたら一思いに一口で食い殺して欲しいものだな。
男は目を閉じた。
ゴポリと一際大きい空気が口から漏れる。
最期まで自らの命に無頓着だった男、エンリケの意識はそこで途切れた。
☆
「ーー、ーーー」
「ーーーー」
「ーーなのか? ーーー、ー」
「ーーぁ。ーー」
「………」
「ーーーーかもしれん」
(何だ…...、何の音だ...…?)
何処か遠いところから声が聞こえる。瞼越しに痛いほどの光が差し混んでいる。
おかしい自分は死んだはずでは。
「ーー本当に生きてるの? 薄汚れていて顔も落ち窪んでるし死人の方がしっくり来るわ。というか男じゃない。何でこの船に男なんかを…、クラリッサは何を考えてるのよ」
「そういうな、クラリッサも勝手に連れてきた事を謝っていただろう」
「その本人は何処行ったのよ」
「さぁな。少し頰が赤かったから暑かったのかもしれん。海の中にいるんじゃないか」
「顔に変なのが生えてるでありますなぁー、ふぁみり〜達と違って固いであります!」
「リコちゃん、あんまり弄っちゃ駄目よ? でも全然目を覚ましませんねぇ〜」
「…...だいじょうぶ、なのかな......?」
「顔色も良くない。体は鍛えているように見えるが」
「死んだんじゃないの?」
聞こえる声はどれも若く甲高い。野太く怒号ばかりのうちの船とは大違いだ。しかし煩いことには変わりない。
更にはグイグイと生えた髭を引っ張られる。正直それなりに痛い。
痛みと声に耐えかね、気怠げに目を開ける。
「あ、起きたであります!」
「なんだ生きていたのか」
「くっ…、そのまま目を覚まさなきゃ良かったのに!」
「……!」
「あらあら、おはようございますぅ〜。御気分はどうですかぁ〜?」
太陽の眩しさにしばしば瞼を閉じるが徐々に見えてきた。寝転ぶ男を沢山の女性が周りを囲んでいた。
金髪の憎々しげに此方を見つめるツインテールの少女。
白髪で脇から腕にかけ羽毛の生えた戦士風の女性。
茶髪の短い髪をし、頭をバンダナで巻いた小柄な女の子。
亜麻色のおどおどとゆるふわの桃髪の女性の後ろに隠れた幼い娘。
「…女ばかりか。何だ此処は天国か?」
「何言ってんのあんた」
金髪の呆れた声を耳に捕らえながら、自らの現状を確認する為上半身を起こす。揺れている感触から此処は船の上。
恐らく引き上げられたのだろう。
するとドタドタとこちらに向かって何かが走ってくる。
「おぉー! 目を覚ましたのか!」
「ちょっ、コローネ!」
前にいた金髪の少女を押しのけ、現れたのはイルカのストラップが付いた二角帽子で頭をすっぽり覆いその下から深い、それこそ海と見間違えるほどの深い蒼色の髪を持つ美少女だった。
整った鼻梁は美しく、シミひとつない肌に宝石と遜色ないエメラルド色の瞳を歓喜に震わせながらこちらに詰め寄る。
…近い。
鼻と鼻がくっつきそうだ。
「気分はどうだ!? お前は海に落ちてたからな! 風邪を引いたら大変だ! 体は重いし頭が痛いからな!」
「…ここは? どうやら船のようだが」
「ぬっはッハー! 驚いた? 驚いただろう!! この船こそ私達が誇るあらゆる海をなんのその、超えてきたその名は《いるかさん号》だ!!」
どや顔しながら目の前の美少女はコートをたなびかせる。その際、慎ましい胸を張った。
服装は軽装で白い無地のシャツをお腹の辺りで括っている。かなり短い紺色の短パンを履き、サロペットを肩まで引っかかって、脚にはベルトの多いブーツを履いてる。地味な色合いのブーツと対照的な太ももは見るものを魅了するだろう。
そして何より目立つのは肩にかけただけの海賊のコートだ。コートは両肩に金の鳥の模型があり、紺色を基調としながらも所々紅色の部分や金色の刺繍が施され、多少古臭いが値打ち物だと見て取れる。しかし明らかにサイズがあっていない。現に裾を擦るギリギリだ。
だがそれが妙に様になっていた。
だが男は全く何らかの反応を返さない。 困惑しただボソリと呟く。
「俺は生きてるのか」
「む? そうだお前は生きているのだ! 良かったな! 生きていればそれだけでハッピーだ!! 私はコロン・パイオニア。偉大な海の海賊だ! それでお前の名前は何なんだ?」
そう言って輝くばかりに笑う彼女を見て、男は思ったのだ。
ーーあぁ、死にそびれたのだな。と。
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