その5 夢と少女とドラゴンと死の山脈1
初めてのクエストを及第点を遙かに超える好成績で無事クリアし、有頂天になっていた俺。その歓びを絶望へ変えてしまう一報が約2週間後届く。
パーティーでの武道の訓練中に大臣から呼び出され、王の間へ行かされた。王は少し深刻そうな顔で俺達をみている。俺、ケン、ヒトミへ向かい王は話し始めた。
「フロイド山脈の桃色峰周辺でドラゴンの被害にあい、半壊した村があったという報告を受けた。すでに死傷者は数百人を超えている。先に先輩パーティを2隊出撃させた、新勇者からはおまえら、行く。ドラゴン相手に正面から戦って勝つことは難しい、最強の攻撃力と守備力、さらに厄介な魔法まで操る強敵、不意打ちでコンボを決め、一気に倒すほかない。大変危険な任務だが、前回ジャガーパンサーからフガジを守った君たちなら死ぬことはないと思う。がんばれ。」
なんていうめちゃくちゃな課題…二つ目のクエストにしてドラゴン退治…
これまでにドラゴンによって屍となった勇者の数は数知れない。ドラゴンの存在は天災のようなものだ。一度出現すると、死者を出さないことは不可能だ。王のいうようにやつはステータスが恐ろしく高い。おまけにHPも1500前後と高いので、3人確実にコンボを合わせないと1ターンで倒すのは難しい。オーバーキルする余裕なんかあるのか…
数週間の修行と、前回の旅で俺達のステータスも上がった。
以下の通りだ。
俺 春日アキラ 戦士
攻42 防48 Hp63 Mp21 魔10 賢5
呪文 中火炎、水霊、回復、雷神剣
星野ケン 魔法使い
攻32 防45 Hp62 Mp93 魔108 賢62
呪文 上暴風、中火炎、中水霊、中雷鳴、中回復、睡眠、筋弛緩、幻覚、神風、以心伝心、中飛翔
泉ヒトミ 賢者
攻23 防34 Hp48 Mp68 魔62 賢60
呪文 中水霊、土砂、中回復、鉄壁、魔法壁、魔力譲渡
(各魔法は無印→中→上→極という順に強力になり、またMpの消耗も大きくなる。もちろん上級魔法を扱える者は同族生の下級魔法も扱える)
俺は雷神剣を覚えた、Mpを消費し、雷鳴属性で敵に大ダメージを与える秘技、オーブの力と組み合わせばほとんどの敵をオーバーキルできる。しかし、ドラゴンは雷鳴属性が弱点だがさすがにあの相手だとオーバーキルは厳しい、素のままだとせいぜいコンボの起点だ。
ケン中飛翔を覚えたので、これまでに比べMp消費をあまり気にせずに飛翔が使えるようになった。
ヒトミは魔法壁を覚えた。火炎、冷気属性のダメージを軽減できる優秀な呪文だ。
俺らは確実に強くなってはいるが、不安な気持ちで一杯だ。
「おまえ、もしかしてびびってるんだろ」
「なに!?うるせーな、ケン…
そりゃこえーよ…相手はドラゴンだし」
「フフフ…まぁ俺だって怖いよ。俺は常に戦いには命がけだ。」
「どうゆうことだ?」
「つまり戦いとは博打のようなことだってことだ。まぁ、いい。いくぞ、ヒトミはもう城門で待ってる出発するぞ。」
実は今朝、俺は酷い悪夢、もしくは幻覚のようなものを俺は見た。
ケンが発狂する夢。発狂というより、戦いの最中に人間であることを忘れてしまい、戦いのたびにそれが悪化し、遂には会話すらできなくなるという夢。幻術師による呪いの伝説などは何回も聞いたことがあったが、現実味はなかった。夢の中とはいえ、人が人で亡くなる様を、つまりは人という物理体ではあるのだが、中身は壊れたCPUとバグったハードディスクのように、癌のように、精神が侵されるもの。言葉でうまく言えないが、妙に現実感のある幻想だった。
城門で3人は合流した。ケンは新呪文「中飛翔」でMp6を消化する代わりにパーティーを200Km以上離れたフロイド山脈の桃色峰麓の第二キャンプ場へ1時間足らずで移動した。
フロイド山脈はトゥール大陸の南西から北東を縦断する平均標高は3000mを越す大山脈。その最高峰がノヴェラの街から北西にある桃色峰で標高は5000m近いといわれる。火山帯で、人の手が及んでない大自然が広がるが、その分凶悪な魔物も多い。
俺達は高山病対策で王から支給されたマーブルチョコ覚醒+弐を服用した。
「アキラ、ヒトミ、俺は飛翔で周囲の山脈から邪気の高い領域を探りに行く。ドラゴンを見つけたら【以心伝心】でおまえらに伝えるのでそしたらすぐ来てくれ。」
「わかった」
「わかったわ、気を付けてね。」
トゥール大陸は平地では北部が亜熱帯、南部が温帯だが、標高の高いここでは夏でも雪が消えない。寒冷で乾燥し、厳しい風が吹く中、俺とヒトミはテントを建てる。
やがて夜になる。少女とともに一夜を明かすのは恥ずかしい。眠れないので電子ピザ抗不安+壱マーブルチョコ耐寒+壱をかじりながら不快感を誤魔化そうとする。
「春日さん、私少し怖いの。」
なんだ、起きてたのか。
「なにがだよ?」
「ケンくん、なんだか操られてるようにみえるの、私。」
「は?どうゆうことなんや?」
「わからない…でも…予感がするの。ケンくんは誰よりも真面目に修行してるわ。スライム1匹相手でもオーブを使ってオーバーキルする。」
「いいじゃん、それのなにがいけないのだよ?」
「小さい頃、田舎に住んでるおばあちゃんが教えてくれたの。魔物をもっとも多く狩った最も優秀な学生は必ず魂ごと宇宙人に持って行かれるって」
「ん…ぜんぜんよくわからん…、教えられたことと真逆じゃないか」
「ごめんね、もう寝ようね、明日、いつ戦いになるかわからないもんね。でも、ときどき大地の嗚咽が聞こえてくるの、耳を切り裂いてしまいたいくらいの悲痛な」
よくわからんってのは半分ほんと、彼女の言葉はなんだか混乱してて支離滅裂だ。でも、半分は思い当たる。今朝の夢だ。なんだか不吉な予感がする。
「…こことても寒いわ。ちょっと近づいていい?」
ヒトミと肌が触れあった状態のまま、俺の脳は以後一切の理論的判断ができない状態になったしまった。
寝る。寝る。寝る。
寝る。む ねがやわら かい
寝る。 ね
…
そして、朝が来る数十分前にケンからの意識間での声が聞こえた。「以心伝心」だ。
「ドラゴンがいた。桃色峰頂上北東の尾根に来てくれ、今すぐ!」
執筆最中はグリーグ、サティなどのクラシック音楽を聴くのが好きです。