最近のなろうでは人が死に過ぎではないだろうか?
最近のなろうでは、人が死に過ぎているような気がする。
例えば、異世界に言ってチートな力を持った主人公。彼がまずやることといえば?
それは――大抵の場合――盗賊殺し。確かに盗賊は悪い。多くの場合において、盗賊自身も殺人鬼ではある。しかしだ。しかである。盗賊といえども人間。家族もいれば、友人だっているはず。彼らにも、彼らの人生があり、未来があったのだ。それを、主人公のKAKUGOの為に殺すなどとは、いくら何でもやり過ぎではないだろうか?
あるいは、うっかりミス。強大な力を思っていることに気が付かないままに、主人公たちが異世界現地民を殺戮していくお話。いくらなんでも、これは酷い。明確な殺意もなく、何となくで殺されるとは……。
例えば仮想戦記。当然のように登場する核兵器。
都市が、たった一発の爆弾で壊滅。多数の市民が死亡する。――作品によっては数十発の核弾頭が炸裂する者もあるほど!
いくら何でもやり過ぎだろうと、思う。
確かに核兵器が効率的なのは認める。通常兵器を使った戦争を描こうとした場合、チマチマとした戦場を延々と描き続けなければならず、何時までも戦争が終わらない。戦闘機の墜落シーンなど、何パターンも書き分けるのは困難であるため、途中から、コピペの様な文の連続になる。それを避けるためには戦争を早期に終わらせる必要があり、そのためには核兵器が手っ取り早い。
しかしながら、核兵器では無辜の一般市民も大勢犠牲になるという点にも、なろう作家の皆さんは思いをはせるべきではないだろうか?
――核攻撃で都市が壊滅。死者十万人。
文にすればたったのそれだけでも、その裏では十万の世界があり、十万の夢があったはずなのだ。それらが、なろう作家の気紛れで、永久に失われるのだ。
言うまでもなく、どんな小説を書こうとも、それも作者の勝手だ。だが、考えてもらいたい。その簡単な一文の裏では、モブキャラたちが碌に出番もなく惨殺されているということに……。
まさに、死ぬためのキャラ。殺されるために登場するキャラクターたちだ。なろう作家の皆さん。彼らモブキャラたちのことも、少しは考えてあげてください。