ライバル宣言
「……エリザたち、この子達を、潰せばいいんだね」
ピリッと冷たい空気が胸に押し寄せた。1秒の沈黙のあと、恐る恐る父の方を見ると、父は笑っていた。
「よくわかったね、エリザ。さすがだ。と言っても、そんなに物騒な言葉を選んでくるとは思わなかったけれど。」
「それって、私達がこの一般人のライバルという解釈でいいんですかねぇ?」
シトラスさんの問いにうなづく。
「そういうことさ。君たちはそういう関係になるんだ。」
複雑そうな表情の京子さん。……私たちが、京子さんとシトラスさん、エリザさんのチームのライバル……。キャラクターの濃さで言えばすぐにひねり潰されてしまいそうだ、うへえ。
父に買ってもらった缶のココアに夢中だったことのが、ゆっくりと口を開いた。
「イメージガールの条件って、それですかぁ。」
「いや、それだけじゃない。君たち二人とこちらで用意した一人を除いて、メンバーをあと二人集めて欲しいんだ。企画書には五人でグループを組んでもらう旨が示されている。だからあと二人は必要なんだ。」
五人グループ。私は思いあたる人物を頭のなかで探してみた。あと二人、誰を誘おうかなぁ。誰かやってくれるだろうか……。
「……そうか。ライバルか。主役でないのはつまらん。だがそれを聞いて安心した。要はこいつらの椅子を奪ってやればいいんだな?」
京子さんが不気味な笑みを浮かべて再度立ち上がった。落ち着きのない人だねぇ、とことのが呟く。
「主役が主役でいれるのは漫画の世界だけなんですよねぇ、ここは実力ある者のみが残る世界。えこひいきの分際で、いつまでも一般人が調子にのっているようでは困りますから。」
ゆっくりとソファから離れ、京子さんと肩を組んだ。それを見てフラフラとエリザさんも加勢する。
「エリザ、負けないから。京ちゃん、シーちゃん、頑張ろうね……」
「言われずとも勿論ですよ」
「叩き潰してうどんの出汁にでもしてやるわ!」
三人で仲良く肩を組んで拳を高らかに上げる京子さん。なんか良いなあ、ああいうノリ……。あの三人、いつも個性の殴りあいをしていそうな雰囲気だったけど、いざというときは団結できていて楽しそう。羨ましげに視線を送っていたことに気づいたことのが、私の背中をぽんぽんと叩いた。
「まあ、ゆっくり頑張ってみなさい。私は君たちをただのアルバイトとして採用したわけじゃない、直感で、これは来るんじゃないか?と判断したのさ。自信をもって自分磨きに励むと良いよ。」
父が励ましの言葉をかけてくれたけれど、私とことのは苦笑いをするしかなかった。
「そう言われると、それはそれでプレッシャーが……」
ことのが胃をおさえて私の肩に顔を埋めた。
父は終始笑っていた。お仕事、楽しいんだな。そのことが知れて嬉しかった。この仕事をうけて、ここに来てよかった……。
すっかり橙に塗り替えられた空を背に、分厚い企画書を胸にかかえたことのが頭を下げる。私もつられて浅くお辞儀をした。
「それじゃ、次は1週間後に会いにきてくれ。新しいお仲間も連れて、ね」
「パパ、今日もいつも通りの時間に帰ってくるよね?」
私がそう聞くと、父は咳き込んだ。
「はづき、家の外でそう呼ぶのはやめてくれないかとさっきも言っただろう?」
「えへへ、そうだったね、ごめんなさい」
父は照れくさそうに笑いながら、手を優しく振った。
「嵐のような1日だったねぇ。」
バス停にいる間、ことのはため息を何度も吐いた。私はというと、ずっとチョコレートを口に運んでいた。アソートパックである。めちゃくちゃおいしい。
「そうだね、でもこれからもっと忙しくなるよ」
「だよねぇ、心配なことはたくさんあるけど、特にあのやんちゃな先輩たちとやっていけるのかなぁ」
ココアパウダーのかかったチョコレートをひとつ差し出すと、目の輝きが少しだけ戻った。この子、私を食べ物馬鹿だ、ってからかってきたけど君も君で簡単すぎるぞ。
「やんちゃじゃない先輩もきっといるよ、それにね……。私、ことちゃんと一緒にこんなことが出来るなんて、思ってなかったから。だから今は心配よりも、すっごく嬉しいんだよ!」
花屋の爽やかな甘い香りをのせた風が髪を撫でる。ことのの頭のリボンが左右にぱたぱたと揺れた。
「そうだねぇ。僕、めんどくさがりだからねぇ。なんでお家のバイトもあるのに掛け持ちしちゃったんだろうって、自分でも不思議だよ」
フッと鼻で笑って目線をはずす。まつげが夕日を透かしてオレンジ色に光っている……今日はことののまつげをよく見ていた気がする。
「あ。」
不意にことのの指が私の頬に伸びた。ゆっくりと綺麗なまつげの瞳が、顔が近づく。私は突然のことに驚きのあまり目を大きく見開いた。
「ほら、チョコついちゃってるよぉ。ウェットティッシュあげるから、拭きなよねぇ……って、何そんな驚いた顔してるの?」
「き、キスされるのかと思った……」
そう言うと、ことのは声を出して笑った。何でよ、変なの、と一言混ぜて笑い声を出し続けた。
よく考えたらこんなこと日常茶飯事だったのに、なんでそんなに驚いてしまったんだろう。あとあと考えてみるとよくわからない心臓の高鳴りかたをしてしまっていた。寿命縮んだなぁ。
なんとなく心がむず痒くなって頭をかいてみると、いつもつけている葉っぱの形のヘアピンが頭にないことに気づいた。……そうだ、猫ちゃんを捕まえるときになくすといけないと思って、ソファの上に置いておいたんだった。
「ことちゃんごめん、私忘れ物しちゃった……すぐ戻ってくるからちょっと待ってて!」
ことのは時計を見て、バスがまだしばらくこないことを確認すると、手をひらひらと振った。
事務所の扉を開こうとして、父が目に入った。「別に特別かしこまらなくてもいいが、事務所の人間と一緒にいるときはパパ呼びはやめてくれないか」……そう言われたことを思い出す。はて何と言いながら入室しよう?
少しの間考えた末に、ドアノブをキュッとひねる。
「お父上!忘れてしまったものを取りに参りました!つかまつりそうろう!」