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カスケイドブーケ  作者: 餅原
芽吹き
5/20

騒がしい面接会場 前編

 明和はづき、高校一年生。本日アルバイト先の事務所にて、高い木に登っております。なぜでしょうか。


 ああ、私は理不尽にも、この短い高校生活に終止符が打たれようとしているのかもしれない。なんて悲しいの、くすん。せめて大好きなくまちゃんオムライスを死ぬほど食べてからこんな目にあいたかった。

「おなかが減って力が出ないよおお……くすん」

「あきらめちゃだめだよぉ!はづきち、こっちに手を伸ばして!」

 ことのが大声で私の名前を呼んでいる。マイハニー、最後に君に名前を呼んでもらえて幸せだった。ああ、涙でぼやけて手もとが見えないよ……。そう、涙でぼやけて、木の幹から手が離れたことも、うっすらとしか見えな……あれ、なんで手を離したの私。

「はづきちっ!!」

 バザザッ、と木の葉が私の体によって掻き分けられる音が響いた。

 明和はづき、ただいま落下中!非常に悲しきかな!走馬灯が見えるよ!

 そう、こんなことになったのは、もとはといえば……


 もとはといえば、ええと。

 確か今日は、ことのとアルバイトの説明をパパに聞きに行ったんだったような。それで、バスで事務所まで来て、エレベーターのボタンを押して、四階で降りて、学校の職員室みたいな感じの部屋の奥でぐるぐる回る椅子に腰かけていたパパを見つけたんだ。

 紺色のスーツを着た中肉中背のパパ。まるめがねが様になってて格好いいおじさんだなって娘の私でも思う。

「よくきたね、はづき。それからええと……ことのちゃん、かな?」

 ことのは名前を呼ばれて少しびっくりしたあとに、かしこまった様子で返事をしていた。考えたらふたりとも初対面だ。

「なぜ僕の名前を知っていたのです?」

「はづきがよく話しているのさ、君のことを。だからそんな気がして。」

 私そんなにことののこと話してたっけ。なんだかちょっと恥ずかしい。

 それからパパは私達にたくさん説明をした。あまり自慢できることではないけれど、このパパの説明というのが全くもってちんぷんかんぷんでありました。正直全然覚えておりません。ことのはたくさん頷いていたので話の意味がわかったのだろう。すごいや。

「……はづきち、その様子だと全然わからなかったんでしょ、顔にくっきりはっきり出てるよぉ。」

 ふいに横で大きく頷いていたはずのことのが私の両頬をつねってきた。痛いであります。

「それでことちゃん、私達はどんなアルバイトをするの?」

 おばかちん、と眼をそらされながら言われた。まつげ長くてきれいだなあ、ことの。

「……ってことだよ、つまりはねぇ。」

「あっ、ごめんことちゃん、まつげ見てて聞いてなかったや……」

「おおばかちん。」

 おばか度がランクアップしてる……おおばかちんって初めて言われた……。


「だからね、簡単にいうと、イメージガールだよぉ。プロデューサーさんの方で、ひとりイメージガールにしたいと考えてた女の子がいるらしくてねぇ、それで僕達はその女の子と一緒にユニットを組んでイメージガールをするっていうアルバイト。もはやれっきとしたお仕事だよ、これ。事務所の看板背負うんだよぉ、なんでこんなに大きなお仕事を……本当に僕たちがやって大丈夫なんですか?」

 私にわかりやすいようにゆっくり喋ってくれたせいで時間がじっくりと流れたけれど、ようはトンでもないビックアルバイトってことらしい。たぶん。私はそう受け取ったよ、うん。

「その女の子も事務所に入りたてで、これが初仕事なんだ。最初はその子だけでやろうかって話だったんだけど、どうせなら初めて人前に立つ女の子達でグループを作って、アイドルみたいなマスコットにしてしまったら面白いんじゃないかって。長くても1年間だけしか君たちは採用できないから、アルバイトみたいなものさ。ひどい言い方をすれば、その女の子の将来のための君達って訳だ。」

「なんで僕たちは1年間だけなんですか?そして僕たちが選ばれた理由はなんですか?」

「そもそもこの事務所のイメージガールは1年交代で計画しよう、と最初にあって提案されたものだからだよ。君達が選ばれた理由は、私が飲み会で君達二人の写真……正しく言えば、ことのちゃんも一緒に写り込んでいたはづきの写真を出したときに、思いの外お偉いさんが褒めてくれたことがきっかけさ。そしてその頃ちょうど、小遣いほしさにアルバイトを考えていたはづきがいたこと。本当にそんな簡単な理由だよ。」

 ことのは呆然とした表情を浮かべていた。話の内容は理解できているけれど、バイトをすることについてはまだちょっとびっくりしているみたい。私と逆だぁ。

「引き受けてくれるかな?1年はやめることはできないし、だからといって過密なスケジュールになるほどイメージガールの仕事もないとは思うけれど、君達の活躍次第ではどんどん新たな企画も展開するかもしれない。そのことについては覚悟していて欲しいな。」

 パパが念を押すように私達を交互に見た。私はとなりに視線を向けると、さっきまで驚いた顔をしていたのに、もういつものスッとした表情のことのがいた。

「僕ははづきちについていくよ。おうちのお手伝いと両立できるかは不安だけどねぇ。たくさん家族と相談しながら頑張るよぉ」

 そう言うと彼女はにんまりと微笑んだ。

 ああ、なんていい子なの。ご飯も上手でお世話も焼いてくれて(主に私のドジやらマヌケやらを修正してくれる)、笑顔が可愛くて……ことの、私はあなたをお嫁に出したくないです。家族じゃないけど。

「ありがとう……。パパ、私達はその仕事を引き受……」

 言いかけたところで、ふいにどこからか声が飛んできた。

「待て一般人AとB、これは間違った展開だ。」

「ええ、これは非常によくない展開ですねえ。」

 突然、女性の低く澄んだ声と、人を小馬鹿にするような喋り方の声が聞こえた。一体どこから聞こえてきたのかと、ことのと二人であたりを見回してみると、パパの後ろからにゅっと二人組の女の子が出てきた。どこから登場しているの……というかずっとそこにいたの……?

 メイクも衣装もどことなく同じユニットに所属するアイドルのような風貌を思わせる彼女たちは、パパの乗った椅子を強制的に少し後ろに引き、私達とパパの間に割って入るように、空いた空間にスッと立った。行動力の高そうな女の子達だ、年齢は私たちとあまり変わらない感じに見えるけど、どうなんだろう。

「お前らずっとそこにいたのか……?」

「いや、途中からだ。そこの娘があんぽんたんと言ったあたりからか。」

「あんぽんたんなんて言ってないよ僕。」

「ええ、確かにこの娘はあんぽんたんではなくおおばかちんと言いましたねぇ。京子さん、ツメが甘いみたいですよ」

 金髪に緑のメッシュがところどころに入った短髪の少女が、となりの女性(どうやら京子さん?というらしい)にケラケラと笑いながらそう言うと、京子さんはばつの悪そうな顔をして目をそらした。凛とした整った顔立ちの彼女の長くて青いポニーテールがゆらりとゆれる。一体何者なんだろうか、このふたりは……。

「なあプロデューサー、考え直してはくれないか、こんなビギナーに期待なんかしてねぇで迷わずアタシらを使えよ」

「そうですねぇ。ちょうど私達も仕事が欲しかったんですよ。いきなりどこの事務所にも所属してないモブキャラよりは使い物になると思うんですけどねぇ。」

 出てくるやいなや、よく聞いたら失礼千万なことをパパにまくしたてる彼女たち。お仕事がないとこんなにも必死にアピールしなきゃ生きていけない世界ということなんだろうか。うう、パパに夜ご飯を食べながらサラッと言われた「俺の下でアルバイトしてみないか」の言葉がこんなにも重くなるなんて思ってもいなかった。

「エリザもなんか言ってくれ……って、おいエリザ?どこに行きやがった?」

「どうやらまた迷子みたいですね。さっきまで後ろにいたというのに」

 どうやらメンバーのひとりを置いてきてしまったらしい。なんだかずいぶん自由な人たちだね、とことのに小声で話しかけると、呆れた様子で小さくため息をはいていた。

「ちょっとそこのお二人さん、黙って聞いていればずいぶん好き勝手に言ってくれてるみたいだけど、これは僕達が任された仕事なんだよぉ。ぴーちくぱーちく言わないでくれるかなぁ。」

「誰がぴーちくとぱーちくだ、アタシは浅葱京子だっつってんだろ」

「私は名乗りませんよ、どうせすぐ葉の散るモブ二人になんて。」

 おおう、これは名前を名乗って覚えてもらう流れだ。きちんと便乗しておこう。

「ち、ちなみに私は明和はづきって言います、こっちのボクっ子は私の親友の……」

「はづきち帰ろう。この人たちと話してると僕の頭が割れそうだよぉ。」

 うわーん名乗りコンボ失敗。少々お怒りのことのの背中に泣きついた。

 それを見ていたパパが立ち上がって私達の間に入り、ことのと目を合わせた。

「お前たち、一度落ち着かないか。ことのちゃん、うちの連中がいきなり驚かせてすまなかった。まだ話は終わっていないんだ、もう少し聞いてくれるかな?」

「まだ何か説明が?」

 頷きながらスーツの内ポケットのなかを探り、ちらと確認すると「よしよし」と言いながら腰に手をあて伸びをした。

「ずいぶん長く話していたのに何もおもてなしをしていなかったね、私としたことがすまない。下に行って飲み物を買ってやるから皆ついてきなさい。」

 金髪の女性が「太っ腹ですねえ旦那!」とニヨニヨしながら目を輝かせた。とても現金で素直な人だなあ……。なんだか笑えてきてしまった。

「おもてなしも何も、僕達はアルバイトのいわゆる面接に来たわけであって、そんなことをされるような感じでは……」

「おい、そこの小娘。こういうご厚意は有り難く素直に受け取っておくものだぞ」

 京子さんが腕を組みながら鼻でフンと息をした。しかし本当によく喋る人たちだなぁ、バラエティ番組とかにも出てるのだろうか。

「ま、ついでにエリザも紹介しようかね、と。三人まとめて紹介しようと思っていたのだけれど、まさかこうなるとはね」

「そうは言いますけどね?あの子は私達ですら手に追えない自由ガールですからね?そう簡単に捕まりますかねぇ~」

 口に手をあてクククッと笑う。ことのは「この人たちより更に自由な人に会いに行くのか……キツイなぁ」と小声で呟いていた。ことのが胃痛になったらどうしよう。

「まあ見てなさい、すぐ会えるはずだから。」

 エレベーターのボタンを押して10秒もしないうちに扉が開き、前に乗っていたお客さんが降りてきた。と同時に、その人はことのに覆い被さった。

 何が起きているのかわからず混乱していると、床でひっくり返りエレベーターから降りてきた誰かを受け止めていることのが私と同じ表情をしているのに気づいた。

「訳がわからないっていうオソロだね、ことちゃん」

「のんきなこと言ってないで助けてよぉ、全然どいてくれないよこの人、いつまで僕に乗っかってるのさ……」

「ほらね、私のカン、あたっただろう。」

 パパは声をあげて笑っていたがことのは複雑そうな顔をしていた。ということは、この、ことのの上に乗っかっている人が……。

「……むにゃ、柔らかい、ココアのいいかおり……おやすみなさ~い」

「寝るなエリザ!起きろーーっ!」

 もうひとりのメンバー、エリザさんってわけだ。


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