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カスケイドブーケ  作者: 餅原
雨降って固まるは
20/20

ラブグロ事変 一緒にいたい

 私自身、ダンスの練習が好きという訳ではないし、別に熱血なノリも好きな訳ではない。けれど、今のこのだらけた状況には不満を抱いていた。したくない合宿をさせられている上に、時間を無駄に過ごすくらいなら、合宿なぞやらなくていいと思うのが普通だ。

 紫陽花祭に向けた強化合宿というのは名ばかりのもので、恐らく彼女達は「いつもより沢山の時間を使って練習をする」のではなく「普段しないことがしてみたい」だけなのだろうと思った。アイドルとしてではなく、一般でいう友人と行われるそれだ。現に、既存曲のダンス練習に飽きたエリザは床で寝っ転がってへばっている。

「情けないですねぇ……熱のこもった練習がしたかったんじゃないですかぁ?」

 長いまつげの隙間から覗く、色素の薄い瞳が私を捉えた。んん、と眠たそうな可愛らしい唸り声を漏らして寝返りを打つ。

「エリザ、おなかすいて……力、出ない……お夕飯、食べよ……?」

 寝転がったまま、近くでしゃがんで水分補給をしていた京子の袖を引っ張る。京子は少し困ったような顔で「流石にもう少し粘れ」と突き放した。呑気なエリザも京子に励まされたら少しは力が入るだろう、と思っていたが、今日はどうにも駄目らしく、唇を尖らせてそっぽを向いた。

 もういっそエリザの不機嫌に乗っかり、今からでも合宿を無しにして帰ってしまおうか……と考えていた矢先、エリザは閃いたように輝いた瞳でこちらを見た。

「京ちゃん、うどん食べたい……エリザ、うどん作ったこと、ないの……」

 いきなり何を言い出すかと思えば、なんてどうでもいい話を。そろそろ京子もしびれを切らしてエリザを叱るのではないか……と彼女の表情を追うと、その顔は思っていたよりも遥かに穏やかな笑みを浮かべていた。……一体それはどんな感情から来た顔なのか。

「そうか、確かに筋トレになるな。うどんを作るというのも……悪くない」

「何を言い出すんですかぁ?紫陽花祭まで時間がないんですよ?貴方、その判断は正気の沙汰とは思えないんですけどねぇ」

 私は驚きのあまり、咄嗟に話を遮った。

「ずっと同じ練習をしていても、だれるだけだろう。短くパッと集中した方が効率的だ」

「シーちゃんも、一緒にやろ……?」

 挑発に乗ることもなく、返ってきた言葉は至極真っ当なものであった。床に転がっている方も、ころんと頭をこちらに向けて私の顔色を伺う。

「私達は遊びに来た訳じゃないんですけどねぇ……」

「わかっている、もちろんだ。だが、こういう共同作業をすれば、技術的なところだけではなく団結力の向上にも……いや、なんでもない、忘れろ」

 平常心を装ってはいるが、耳がほんのりと赤くなるのが見えた。一般的な人間というのはやはり皆こんなものなのだろうか。私が知っていた京子はもっと動物的で、孤高な……哀れな小娘であったと思っていたのだが。今日の彼女はなんだか普段よりさらにボケたようなふにゃふにゃとした空気を纏っていた。まるでこの合宿に対して浮かれているかのような。

 ……なんだろうか、どこか変な気持ちだ。自分だけが先程から違う思考をしているような……いや、けれどそれはいつものことだ。今に限ったことではない。

 最後の了承を待って静まった場に、軽くため息を吐いてみせる。

「そうですかぁ、貴方も寂しがりやなんですねぇ……仕方ありません、やるからにはサッと終わらせましょう」

 私が立ち上がったことにより、わかりやすく瞳に光を灯す二人。

「さすがシーちゃん、本気だね……頼もしい」

「この合宿をする意味を見いだせなくなったら私は帰りますからねぇ。貴方たちが滑稽な様子を見せてくれるんだったら考え直しますが。うどん作り、期待してますよ」

 フン、と鼻で息をしながらズボンのすそを払う京子に、もう一人もようやく腰を上げた。

「本当に悪趣味な奴」

 エリザは京子におぶってもらうよう、肩にしがみついた。思い出したように「つーか寂しがりやじゃねえ」と吐き捨てながら彼女を背負うと、レッスン室のドアを足で蹴り開けた。……動物的な模範解答だ。


「京ちゃん、エリザもう、終わったよ……」

「はぁ?まだだ、まだ!全然踏み足りてない!」

 やはり想像していた通りだったというか、彼女はすぐにうどん作りに飽きた様子で、シェリィを生地の上に乗せて踏ませていた。

「猫を使うな!気合い入れて踏め!」

「京ちゃん、顔、怖い……せっかく可愛いのに……なんで……?」

「なっ……答えづらいことを聞くな、黙って踏め!……手伝ってやるから、もう少し頑張れ」

 なんだかんだで面倒見のいい対応ができている動物に、面白くない感情を抱く。特に大きなハプニングが起こることもなくこの調子のままうどんは踏まれ続け、彼女のご家族の力添えもあり、シンプルで美味なかけうどんができあがっていった。

 ふんわりと漂うお出汁の香りと昇る湯気、水槽に跳ねる水の音に包まれながら、せっせと食卓の準備を進めていく。

「シーちゃん、このネギ、エリザが切ったの……どうかな……?」

 うつわにこんもりと盛られたネギをよく見ると、器用にも猫の形をしていた。1枚つまみ上げて「上出来ですよ」と目を細めて見せると、満足したように全員のうどんにそれを乗せていった。

「ていうか、シトラス。お前これ作るの手伝ってたか?」

「嫌ですねぇ、ちゃんと出汁を取ったりしてたじゃないですか。貴方の節穴の目には映りませんでしたかぁ?」

「そうか、ならいいんだが……冷める前に食うぞ」

「……」

 仕掛けた、つもりだったのだが。今日はどうやらご機嫌モードらしく、いつもならプリプリと赤くなる鼻がどこにも見当たらなかった。うどんを前にした彼女は清楚な人間になるのかもしれない……そんなことはないように見えたけれど。

「貴方は……変化、しているようですねぇ……それも、つまらない方向に」

「はぁ?何馬鹿なこと言ってんだ、食わねえなら私が食べちまうからな」

「貴方の食欲が動物的なのは知っていますからねぇ、そうしたいならどうぞご自由に」

 ダメだよ、シーちゃんも食べよう、とエリザが間に入る。いつもの流れのようで、どこかそうではない。そう頭では思いつつ、この感覚を抱くのが面倒でしかないので、思考を捨ててかけうどんをすする。……今まで食べたうどんとの違いはあまりわからなかった。京子のお店のうどんの味がした。


 うどん屋から事務所に帰って来る頃にはもう夜の八時になっていた。

 帰りの車ですやすやと寝息をたてていたエリザも、事務所につくや否や「一緒にお風呂に入ろう」と言い出した。

 案の定、私の考えを裏切って京子は賛成をし、私だけは一人で入ることになる。エリザはそのまま脱衣場に吸い込まれるまで、駄々をこねる子どものように、京子の背中に引っ付いて離れなかった。……身長が高い分、京子の頭上から声をかける形になっていたが。


 静かになった部屋で一人スマホに耽ると、先程までの違和感の正体などどうでもよくなるくらい、心が落ち着いた。やはり人間には一人の時間が必要なのだ。エリザのように、ずっと人とくっついているような人間のことはまるで理解できない。この孤独の解放感がある心地よさを必要としないなんて。

 そう考えると、今になって人がいない周りの世界を見る余裕が出来る。この部屋のような畳のある場所で寝るなんて初めてのことだ。匂いは嫌いではない。快眠はできるだろうか……。

「シーちゃん、ただいま……お風呂、あいたよ」

 ターコイズブルーの地に桃色の薔薇がちりばめられた華やかなネグリジェを着たエリザが、ぺたぺたと生乾きの裸足で畳を歩いた。髪の毛もよく見るとびしょびしょで、その手にはヘアアイロンのコードがぐるぐると巻かれている。顔の美しさと比べてその生活力の低さに驚いてしまうが、おそらく家ではこんな調子ではないのだろう。ここには京子のような人間がいるから、甘えたなのではないか。

「髪、乾かすの大変そうですねぇ。切ってしまえばいいのではないですかぁ?」

 タオルでぽんぽんと地道に水気を吸わせている彼女は、私の発言を聞くと自らの長い髪を光で透かせて見て、枝毛をぷつりと切った。

「ううん、そうかも……でも、京ちゃんも、髪、長くて……すごく、綺麗だし……それから……」


「ひとつ、お聞きしたいのですが」

 もう、ここまで来ると純粋に意味がわからなくなってくる。そこまでしてエリザが京子に執着する意味は何なのか。それとも執着しているように見えるのは、単なる私の勘違いなのか。

 なんてことのない質問として、私はそれを口にした。

「エリザは、京子さんのことがすごく気に入っているようですが?」

 それを聞いた彼女は、ゆっくりと視線をこちらに向けて微笑んだ。

「うん、エリザ、京ちゃんが大好き……ずっと、一緒にいたいって、思ってるよ……もっと、ぎゅってしたりしたい……。もちろん、シーちゃんのことも、大好きだよ……でも、京ちゃんとはまた別の、大好き……」


「……そうですか」

 なんとなく、そうなのではないかという気がしていた。エリザが私に対してはスキンシップをあまり取ろうとしないこと。京子に対しては常にべったりだということ。好き、や、可愛い、と言った類いの言葉を京子にやたらと使うこと。そして、今の質問の答え。

 エリザが私に対して抱く感情と、京子に対して抱く感情には、違いがある。つまるところ、おそらくエリザは、京子のことを、特別に好きなのだ。

 ずっと一緒にいたい人。……私には、一生できないであろう存在。エリザにとってのそれは、京子なのだ。


 横を見ると、濡れた髪のまま寝に入ってしまっている彼女がいた。京子が帰ってきたら世話をしてくれるだろうと考え、私はそのまま寝間着の準備を始めた。

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