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カスケイドブーケ  作者: 餅原
芽吹き
2/20

いつものあさ

「まだまだあるよぉ」

 ことのは腰に手をあてながらフゥンと鼻息を強く吹いて、してやったりという顔をした。

 私はというと、そんな彼女を眺めながら心のなかで「神様仏様ことの様!」と延々と叫びながら、目の前のごちそうを頬張っている。

 足長で味噌たっぷりの蟹の蒸し焼き。大粒の銀杏がはいった茶碗蒸し。とろっとろの酸辣湯。ごろごろ豚肉のXO醤炒め。サクサクの油淋鶏。ふわふわの豚まん(ああ、おいしいものには擬音の乱用が止まらない)。

「まっだまだあるよぉ」

 次から次へとおいしい料理が運ばれてくる。今この瞬間、私はたぶん世界でいちばん幸福者である。ほっぺが何度も落ちそうになりながら、ふと気になったことを聞いてみた。

「ねえことちゃん、今日は中華料理がたくさんあるけど、中華得意だったっけ?」

 ことのは目をぱちくりさせ、少ししてからにっこりと笑った。

「それはね、はづきち……これは、夢なんだよ」

「へっ?」


「おはよう、はづきち」

 次に見えた景色は、制服姿でスクールバッグを抱える神様仏様ことの様だった。

「……学業の神様コスプレ?」

「どこからどう見てもただの制服だよう。そしてどうして僕の手をかじってるの、朝からなかなかに痛いよぉ」

 ことのがいたがっている。これが残酷なことに現実か。肩をがっくりと落とした。さっきまでほっぺが落ちそうで大変だったのに、私の肩はこんなにもあっさりと落ちるものなんだな。

 何も知らない雀たちがのんきに鳴いている。泣きたいのは私の方である。ちゅんちゅん。

 のろのろと重い腕に袖を通し、ボタンをゆっくりととめる。はねる毛先を念入りにとかし、葉っぱがモチーフのヘアピンをさす。だんだんと覚めてきた私の脳内から、夢に出てきた料理たちの味の記憶は消えていく。ああ、悲しい。せめて完食していたら、どれだけ幸せになれたことか。

 何も知らないことのはさも眠たそうにうつらうつらと頭を揺らしながら、私が着替え終わるのを待っている。腰まである強い内巻きのふわふわの髪が、茶色くキラキラ朝日を反射させている。うとうとするたびに揺れる大きなリボンは、頭から落ちそうで落ちない。

「……ねぇことちゃん、眠いならもう少し寝ていこうよ」

 夢の中と同じぱちくりとしたまばたきを繰り返し、私のことを疑いの目で見つめることの。

「今寝たら、確実に学校に間に合わないよ」

「1日くらい良いじゃない。それに、今寝たら夢の続きが見れそうな気がするの」

 ハァアと長いため息の末、私の腕を強引に引っ張り出した。

「ほら、はづきち行くよ」

「ことちゃんだって眠そうだったじゃん、なんでさ!」

「学校終わったら一緒に何か食べに行こうねぇ」

「話聞いてよー、行くけどさぁ」

 引っ張られた腕でそのまま手を握り返す。満足そうに駅へと歩き出すと、さっきまで庭の木にとまっていた雀たちが一斉に向こうへと羽ばたいていった。

 穏やかな春の、よく晴れた朝である。

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