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カスケイドブーケ  作者: 餅原
雨降って固まるは
18/20

厳しい世界

 自分がそんなことを言われる日が来るのかもしれない。このままではいけない、というプロデューサーからの忠告かもしれない。そんなことを思いながら、彼の言葉を聞いていた。


 ラブグローリーの二人とプロデューサーが奥の部屋に消えていく音を聞いて、静かにパイプ椅子へと座った。そうするしかなかった、といえばそうするしかなかったのだけれど。

 りおはというと、静かにノートを広げて課題に取り組んでいる。さすがにはしゃげる状態ではないと感じたのだろう。意外と常識的なところもあるのだなと思うのは少し失礼だろうか。

「あの二人なら『のーぷろぶれむ』なのじゃ、きちんとしとらすを連れ戻して『はっぴーえんど』になるのじゃ!」

 まるで私の心を見透かしたかのような口ぶりで言う。その件は特に心配はしていなかった。けれどいざそう言われてみると、さっきよりも心が落ち着いていくのがわかるから、いったい何故なのだろう。

「……数学の課題、だね。数学は得意なの?」

「全然じゃ!『でぃてんしょん』常習犯じゃよ、『さげぽよ』なのじゃ」

 そう言うと、彼女は眉間にシワを寄せてペンの頭で擦ってみせた。

「でも、ちゃんと課題は提出してるんでしょう?」

「わしはやる気点と参加賞なら『ぱーふぇくと』じゃ!」

 お得意のブイサインを決めると、私の瞳にキラキラをおすそ分けでもするかのように、眩しく見つめられた。……彼女はなんて前向きなんだろう。ちょっとやそっとじゃへこたれなさそうな人間性を感じる。

 急に瞳の中から光がスンと消えたので驚くと、少し考えるようなフリをしてから低い声で話し始めた。

「……すまん亜海、ここを教えてほしいのじゃ」

 なんだ、そんなことか。教科書を覗きこむよう、そっととなりに近づいた。髪をかけた右耳から、彼女の小さなうねり声を聞き取る。ノートを見ると、応用問題の解答だけがぽっかりと開いているようだった。

「そこなら私もわかるから、教えてあげる。だから……できることなら、私にりおちゃんのことをもっと教えて欲しいな」

「『おふこーす』なのじゃ!いくらでも話し合おうぞっ」

 そう言うりおに触れられた手が、自然と体温が高くなるのを感じた。



「あ、いた……あそこ」

 事務所のエントランスから見える噴水広場。今日はさっきまで小雨がふっていたので、いつもより人影が見えなかった。そこにぽつりとひとつだけ、ベンチに腰かける姿があった。それがシトラスさんだ。

 ことのは外に出ると手を空中に差し出し、雨が降っていないのを確認した。空は相変わらず曇っていて空気もじっとりとしているけれど、傘はいらなさそうだ。

「シトラスさん、どうしちゃったんだろうね」

 私が疑問そうに聞くと、ことのは「さあね」とため息をついた。

「僕たちも、いずれこんな風に喧嘩ばっかりするようになるのかなぁ。……もしそうなら、ちょっとは嫌かもねぇ」

 そう言ってさみしそうに笑うことのが、いつもより大人に見えた。というかやっぱりことの、ダイエット始めたのかな。最近本当に顔がほっそりとしてきて心配だよ、可愛いけど。

「大丈夫だよ、学校でもことちゃんとは全然喧嘩してこなかったもん。喧嘩は心配いらないんじゃないかな」

 ことののほっぺを両拳でうりうりと挟む。そうだね、とため息でサンドイッチを作られた。


 シトラスさんのもとに歩み寄ると、彼女はすぐにこちらに気付き、ぺこりと頭を下げた。どうやら落ち着いたみたい。

 ベンチに座ろうと思ったけれど、やっぱりさっきの小雨で湿っているらしく、シトラスさんはハンカチを敷いた上に座っていた。

「こんにちはぁ。プロデューサーに貴方を連れてくるよう言われたので。落ち着きましたか?」

 ことのが優しく微笑んでいる。ことのが、シトラスさんに、優しく微笑んでいる……?

 同じ状況に驚いたのか、一瞬目を丸くしてからフッと息を吐くシトラスさん。その目はやっぱりまだほんのり赤くて、泣きそうな顔だった。

「意外ですねぇ。貴方は私のことが嫌いなのだとばかり思っていたのですが。……さっきだって酷いことをしたと言うのに」

 できるだけ平静を保っているように見えるけれど、細い眉がハの字になっているからいつもよりしおらしい。

「別に……僕はめんどくさいことは避けたいだけですからねぇ。好きとか嫌いとか、そういう極端な感情は抱いてないですよぉ」

「……成る程」

 それもそうですねぇ、と何かがふっ切れたような微笑みで返すシトラスさん。……しばらくして、ゆっくりと腰を上げると「落ち着きました。戻りましょう」といつも通りのうさんくさい顔で言った。切り替えがはやいというかなんというか……。

 ことのの方を見ると、めんどくさそうなじとっとした目でシトラスさんが歩き始めた方を見つめていた。今日の空気にぴったりのおめめだよ、ことの。


「ただいま戻りましたー!」

 エレベーターが着くなりシトラスさんの後ろから飛んで現れてみたけれど、思っていたよりも皆の反応は薄かった。というか、亜海とりおの姿しか見当たらない。ラブグロの二人は奥で作戦会議の続きをしているのかな、だとしたら私達も負けてられない。

「こっちは一件落着できそうだよ、私達も紫陽花祭の話の続きをしようよ」

 どんなものにしようかな、とわくわくした気持ちでことのの腕をぶんぶん振り回すと反対の手で止められた。よく見ると亜海は紙の資料を握りしめている。その顔はあまり明るいものではなかった。

「衣装と曲ならもう出来たわ」

「え!?まさかこの短時間で亜海さんが作ったの!?」

 頭を横に振る。じゃあ何故。

「曲名は『リーフ』。衣装は追って渡されるみたい」

「なっ……!?」

 シトラスさんが目を見開く。信じられない、というような顔で。視線の先の亜海はりおを見つめているようで、意図的にシトラスさんの顔を避けているように見えた。

 嫌な空気が流れる。りおはおずおずと呟くような声を出した。

「もともとらぶぐろーりーは『にゅー』な『そんぐ』を持ってりりぃぶらいどと一緒にあじさいの『ふぇすてぃばる』に参加する予定だったんじゃが、それが無しになったんじゃ……」

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