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カスケイドブーケ  作者: 餅原
雨降って固まるは
15/20

今日から六月

 六月一日。梅雨はもうすぐそこまで来ているはずなのに、今日はやけにからっとした空気で、雨の空気を感じられない。去年の今頃は毎日のように雨が降っていて、ことのと毎日のようにコンビニで雨宿りをしていたような。そう、六月限定の中華まん、チキンまんをよく食べていたんだった。今年も出るかなぁ。

 ぼうっとしている間に、間延びしたチャイムの音が鳴った。教科書を閉じると教室にそよ風が吹く。待ちに待った時間がやって来て、うきうきした気持ちで歌を口ずさむ。

「おっひる、おっひる、おいしいお弁当~かわいいことちゃんと一緒に~たくさん食べましょね~」

 次の瞬間、ことのがむせた。


「その歌、センスゼロだと思うよぉ。」

 私が何気なく口にした歌を、半目でじとりと見つめながら否定する。せっかくさりげなく褒めてみたのに不満とは、ことのと付き合う男は苦労しそうだなぁ、なんてツッコミをいれると、さらに口を尖らせて伏し目をこちらに向けた。

 いつもと同じ無地の巾着を開ける私と、ピンクのギンガムチェックが入った可愛い弁当バッグを開けることの。ケチャップの甘酸っぱい匂いがふわりと鼻に舞い込んできて、今日はハンバーグなのだとわかった。


 ふいにどこからか、見慣れないフルーツ柄がちりばめられた橙色の巾着が加えられた。

 置いた手の先を見ると、その巾着の持ち主はどうやら亜海のようだった。私と目が合うと、照れくさそうに微笑する。

「一緒にお昼ご飯、食べてもいいかな?」

 細めた瞳に被さる長いまつげがそわりと揺れた。相変わらず美しい人だなぁ……。「もちろんだよ!」と返すと、となりの席の子の椅子を拝借して三人で食べる姿勢になった。

「珍しいねぇ、亜海さんが誰かとお弁当を食べるなんて。いつも軽食で済ませてるイメージだったから」

 言われてみればそうだったかも、と視線を上にずらす。いつも一人というよりかは誰かしらが近くにいて、楽しそうにお話してるイメージだった。けれど、確かに固定の……いつも一緒にいる子、というよりは、いろんな人とそれなりに仲がいい、というイメージだ。

 視線を弁当に向けたまま、世間話をするように、亜海はぽろっと言葉を発した。

「私、二人とお友達になりたいなと思って。今までお友達を作ったことがなかったの。二人が嫌なら断ってくれていいんだけれど」

 あまりにも自然に、そう話される。やや間があってから、私とことのは目を合わせて驚きの顔で見あった。

「ん……?もうとっくに友達だと思ってたよぉ?」

「そうなの……?私はことのちゃんとはづきちゃんと、お友達だったってことでいいのかな」

 ことのも亜海も、あまりピンときていなさそうな顔をした。亜海にとっての友達が何を指すのかはわからないけれど、私から見たら、とても友達の多い人だと思っていたよ……。

 けれど、完璧だと思っていた彼女が不器用に「友達」という言葉を使っているのを見て、なんだか少し意外に感じた。そんな一面もあったんだ。

 それっきり亜海は、ご飯を食べつつ無言で私とことのの会話を聞いていた。

「そういえば昨日のことちゃんのラテアートは傑作だったなぁ」

「もう忘れてよぉ、はづきちがイグアナなんて難しいの頼むからでしょぉ」

「にしたってあれじゃまるで枯れ葉だよ!今思い出しても笑っちゃう……ぶふっ」

「そんなこと言ったらもう描いてあげないよぉ!はづきちの顔になら描いてもいいけど」

「それってすごく熱いのでは!?私の似顔絵じゃなくて私の顔にラテアートを描くの!?」

 まちがえた、と喉を震わせて笑うことの。二人で息継ぎが上手くいかないでひぃひぃと声を漏らす。ひとしきり爆笑したあと、じんわりにじんだ視界で水色のふわふわが揺れた。

「二人は本当に、仲がいいんだね」

 それほどでも、とおどけてみせると、ことのは私にでこぴんをお見舞いした。左手で額をさすりながら、ニコニコと笑うことのと一緒に亜海のほうに身体を向ける。

「私、亜海さんとも仲良くしたい!リリィブライドでも足を引っ張らないように頑張るよ!」

「僕もできるだけのんびり頑張っていくつもりだから、よろしくねぇ」

 のんびり頑張るって、どうやるんだろう。頭のなかで疑問をぐるぐるしていると、亜海はこちらを見て静かに笑い声を漏らした。小さく上下する肩の薄さが目に入る。ひょっとして変な顔でもしていたのだろうか。

 そんなことはなかったらしく、息を軽く吸い直してからその言葉を紡ぎだした。

「ありがとう。改めて、これからお友達として宜しくね」

 嬉しい、という気持ちが全面に出ている表情と声。まるで子どもがサンタさんからクリスマスプレゼントでももらったかのような、すごくうきうきとした気持ちを表している。

 不思議な魅力を持つ亜海のことが、もっと知りたいと思った。彼女の夢を、応援したい。だからこそ、足を引っ張らないように、私も自分磨きをしないとなぁ……。

「ごちそうさまでした」

 三人で挨拶をして、椅子を元の位置に片付ける。ちらと亜海の方をみると目が合った。にへ、と笑ってみせると女神のような微笑みで返してくれる。別世界だと思ってた子と、となりでご飯を食べて、となりでお仕事をする。なんだか変な話だけれど、現実味がいまだに感じられないけれど……。

 胸の高鳴りに身を任せて前を見ると、なんだかいつもより背筋が伸びた気がした。

 梅雨はもうすぐそこまで来ているはずなのに、今日はやけにからっとした空気で、雨の空気を感じられない。気持ちがいいくらいの快晴だ。

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