さんにんで
右を向けば、腕を組んで人さし指を小刻みに揺らし不機嫌さを醸し出しているオッドアイの娘。左を向けば、つり上がった糸目から不機嫌さを醸し出しているキツネ顔の娘。そんな人達に挟まれて、私はお店の前で立ち止まった。
「……ここに、しよう?」
二人の顔を交互に見ると、いかにもイライラしていた顔はだんだんと無表情になり、次第に穏やかな微笑を浮かべはじめた。
「いいですよ。エリザが選んだだけあって、落ち着いていい感じのカフェですね」
「文句はない。さっさと入って飯をいただくぞ」
そう言って店先のメニューを目で追う二人。私はそんな二人を後ろから眺めて、まだなにも食べていないのにちょっぴり満足したような気持ちになった。
先にお金を払って料理を注文し、階段をのぼって2階のテーブル席にシーちゃんと京ちゃんは向かい合って座った。私は悩んだ末に、シーちゃんの隣に座る。今日は思っていたよりもはやく仲直りができそう……。
数時間前に遡る。
お仕事が終わった車の中。来月行われる紫陽花祭に参加することになった私達ラブグローリーは、どんなことをしようかで揉めていた。……いつものこと、だけれど。
「新曲をひっさげよう。インパクトは必要だろ。」
京ちゃんはシートベルトをつかみながら力強くそう言った。私は何も言わずにその声を聞いていたけれど、もうこの時点でシーちゃんの顔は曇りはじめる。
「あなた馬鹿ですかぁ?あと一ヶ月で曲が作れる訳ないでしょう。そもそも作れたとして、ダンスやパート分けを決めて覚えて仕上げる前に一ヶ月なんてすぎてしまいますよ。」
それもその通りだと思った。言い方は少しキツいな、と思ったけれど……。このまま通常運転で私を挟んで喧嘩をしだしたので、私は「元気だね」とだけ声をかけて京ちゃんの膝の上に転がった。頭をぺしぺし叩かれたけれど、気にせず目をつむる。
……次に私が目を開けた時には、二人は私の頭上でお互いにまったく違う方向を見ていた。これもいつものこと、だけれど。
ふてくされた顔の二人を見て、あくびが喉からこぼれる。ほぁ、と小さく声ももらすと、二人の視線は同時に私の瞳に向けられた。おはよう、とロシア語で言うと、シーちゃんは困ったような顔でそっぽを向いた。
仲直し、しなきゃ。前に喧嘩をしたときは京ちゃんがご飯のお誘いをしたから、今日は私が誘う番。
「……ご飯、食べに行こう……?」
やっぱり返事は返ってこなかったけれど、車から降りると自然と両隣で、私の歩くテンポにあわせてついてきてくれた。
「……あっ」
京ちゃんが間抜けた声を出す。それにつられて向こうを見ると、ぱちりと目が合う人がいた。葉っぱのヘアピンをつけた、黄緑色の髪の女の子。確か名前は、はづきだったような。……と、ココアのいい匂いがした、栗色のロングでくるくるした髪の女の子が、こちらに向かって何故か呆れ気味に手を振っていた。確か名前は、ことのだったような。
「エリザさんと、京子さん、シトラスさん!こんなところで会うなんてすごーい!」
楽しそうな笑顔で元気よく私に挨拶をする。その前に座っているココアの女の子は、あまり楽しくなさそうな顔をしていた。
「はづきち、ここお店だからあんまり大きな声だしちゃダメだよぉ……ほんと、運命みたいだねぇ。」
「皮肉を漏らす余裕があるみたいで何よりですねぇ、あなた方もあじさい祭に出られるみたいですけど、一般人として参加するということで?」
ニヨニヨと目を細めて笑うシーちゃんを見て、ココアの女の子はさらに表情を楽しくなさそうにした。
「シーちゃん、あんまりいじめちゃダメ……」
ハイハイ、と適当な返事をして頬杖をつくシーちゃん。向こうを見ていた目を違う方向に向けると、また違うものを見つけたようで、シーちゃんは固まった。
その視線の先には、桃色のショートヘアお姉さんと、ロングヘアお姉さん。私達の先輩にあたるアイドル、フルールの二人がいた。なんだか奇跡的に同じ事務所の子たちが大集合してしまっているみたいだ。事務所から近いから、あたりまえといえばあたりまえか。
ロングヘアお姉さん……もとい桜子先輩は、フォークを握った手と逆の手で口をおさえて、ふふふと笑い声を出すのをこらえていた。
「おはようございます、ラブグロの皆さん。ふふ、相変わらずにぎやかですわね」
とても楽しそうにニコニコと微笑む桜子先輩と、対照的に無言で食べ進める楓子先輩。こんな場面、前にもあったような気がする……。
「あれっ、桜子さんと楓子さん!?お久しぶりです!」
苦味を含んだ笑いがただようなか、スッと一直線に明るい声が伸びた。その声の主はやっぱりというか、葉っぱの女の子、はづきの声。それを聞いてここにいる全員が目を丸くした。まるで知り合いのようなふるまいであったから。
桜子先輩はすぐにぱっと笑顔を咲かせ、立ち上がった。
「はづきちゃん……?やっぱりはづきちゃんですわよね!?」
きゃっきゃと盛り上がる二人と、外野でぽかんとするその他の私達。その様子から見るに、二人は知り合いであるらしかった。それも結構昔からの。
「はづきち、この人たちは誰なの……?」
対照的に、ココアの女の子、ことのはフルールの存在を知らないらしい。テレビとかあんまり見ないのかな……。フルールもそもそも国民的に有名というほどではない。深夜帯にやっているバラエティ番組とラジオ番組で一本レギュラーがあって、それ以外の仕事はまちまちという感じだから、高校生で知らない人がいても不思議じゃない。
私達ラブグローリーにとっては、事務所の先輩であり、ライバルでもあるから、悔しい思い出もたくさんあって、印象的ではあるけれど。……と、京ちゃんは言っていた気がする。正直なことを言うと、誰より輝きたいだとか、誰にチャンスをとられただとか、そういうことはあまり引きずらないで忘れてしまう。寝て起きて、次の朝が来たら次のことをすればいい、と私は思っている。この三人で。
はづきは「そうか、ことちゃんアイドルとかあんまり知らないもんね」と小声で頷き、自分の首筋を撫でた。
「桜子さんと楓子さん!フルールっていうアイドルユニットの人たちだよ、ほら昨日……星が今、僕らを導いて~って、私がカラオケでも歌ってた曲!この二人の曲だよ!」
「あら!星が今、僕らを導いて、ときめきの彼方へと~……はづきちゃん、私達の歌を歌ってくれてるのですか?なんだか恥ずかしいけれどとても光栄ですわ!」
楓子先輩に袖を引かれて、我に返って口に手をすばやく当てる桜子先輩。お店のなかでだいぶにぎやかにしてしまったみたい。他のお客もそれぞれの会話に励んでいたからよかったものの、アイドルがご飯を食べている場所がバレるのはあまり好ましくない、とシーちゃんも言っていた。
「姉さん、座って。声の大きさに気をつけてよ。」
桜子先輩は恥ずかしそうに口角を緩め、楓子さんに目配せした。
「私としたことが……。では、まだ食事中ですので、私達はここで。……はづきちゃん、うちの事務所のイメージガールをするんでしょう?頑張ってくださいね、お友達にも宜しく伝えて欲しいですわ」
ぺこりと頭を下げて席に座る。はづきも挨拶をして、元の席に戻っていった。
「ふん、どいつもこいつもマナーのなってないガキどもだな、うちの事務所はどうなってやがるんだ」
「葉っぱの子と、ココアの子……フルール先輩と、仲良しになったんだね……」
「そこまでじゃねえと思うけどな」
京ちゃんがぶすっとした表情で、つまらなさそうにお冷やの氷をストローで混ぜる。そこにちょうどパスタが運ばれてきて、私達は沈黙のままご飯を食べ進めた。
あとひとくちで食べ終わる。今日はみんなでごめんねを言っていないけれど、ふたりは大丈夫なのかな。……思いきって、喧嘩のきっかけになった話題をしてみようかな。
沈黙に、フォークを置くかちゃりとした音が響いた。
「……エリザね、紫陽花祭、新曲、いいと思う……」
思った通り、苦そうな顔をするシーちゃん。思った通り、驚いたような顔をする京ちゃん。
「何を言ってるんですか、正気ですかぁ?あと一ヶ月ですよ、相当ハードになると思いますけどねぇ」
「うん、シーちゃんが嫌なら、やめる……」
そう言うと、「嫌ではないですけれど」とごにょごにょ口をもたつかせた。
三人でできるならなんだってしたい。三人でできるなら、なんだって。……その意思は、きちんと二人には届いているみたいだった。
「やるだけやって、間に合わなさそうであれば、持ち歌をやる方向でどうだ。」
京ちゃんが弱々しく声を絞り出す。妥協案を出せるくらいには、落ち着いたみたい。
私は首を縦に振った。シーちゃんもしばらく考えるように目をつむり、ふうと息を吐く。
「そうですねぇ、後輩もできた今、私達も輝けるだけ輝かないとですもんねぇ。……やるからには、本気で」
低い声。京ちゃんもそれを聞いてうなづいた。
「にしたって忙しくなるだろうな、これから」
「エリザは、今までも……暇だった訳じゃないよ……?」
「今までのが暇じゃなかったって?今より売れたらもっと忙しくなるんだぞ、そんな感じでやっていけるのかよ」
頭をこつんと叩かれる。叩かれたところをさすりながら二人を見ると、どちらも私の顔を見てにこやかな表情でいた。
「……京ちゃんとシーちゃんが、高いところを目指すなら……。エリザも……となりで……」
心がふわふわする。喧嘩してもすぐに仲直りができるから、私達はきっとこれからも大丈夫。そんな気持ちが心を満たしてたまらなくって、なんだかとても……安心で……ああ、日本語、もっと上手になりたいなぁ……。この気持ちにぴったりな言葉を見つけて、二人に伝えたい。
「でもまずは……寝れるうちに仮眠から……」
「寝るな!飯を食い終わったのなら帰るぞ!おいこらエリザ……!」
京ちゃんが怒る声と、愉快そうなシーちゃんの笑い声に包まれて、私は夢見心地でいたずらに目をつむって見せた。




