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カスケイドブーケ  作者: 餅原
芽吹き
12/20

乙川亜海という少女

 ぬるいココアを飲んで心を落ち着かせ、ほうと息を吐いた。

 結局あとこちらで二人集めるはずだったメンバーが、期限内に一人しか見つけられず、かなり心配だけれど、とりあえず報告しにバスに乗ることしかできなかった。

 バスを降りてすぐに見える黄色い店構えの花やさん。りおはそこに吸い寄せられるように入っていった。目的地はそこじゃなくて事務所だよ、と声をかける間もなくぴゅ~っと素早く消えてしまった。

「相変わらず野生児みたいな子だねぇ……」

 やれやれと思いながら店のなかを覗くも、りおの姿がない。困惑しながらはづきちと見つめあう。今間違いなくここにりおは入っていったと思ったのだけれども……。


「ごめんくださーい」と、はづきちが室内に間延びした声を反射させた。しばらくして、りおがせわしなく駆け出てくる。

「『あいむそーりー』なのじゃ、準備が出来たから『ごー』するのじゃ!」

 頭の整理が追いつかず、一瞬の沈黙が訪れる。

 そうか、りおはここに住んでいるんだ!……そういうことだったのだ。

「きちんと履歴書というのを書いたのじゃ」

 そう言って一枚の紙を提示する。確かに履歴書だが、敬礼のポーズをとった写真を貼るとはなかなかのくせ者じゃないか。僕が飲み込んだため息を、はづきちは感嘆の息にしてもらした。

「すごい!この短時間で書いたんだね!」

「『おふこーす』なのじゃ!」

「ところでりおちーはなんでお花屋さんに寄ったの?お友達のお家なの?」

 まだわかってなかったのか。というかなんて無邪気な人達なんだ……。痛くなる頭と()()()()()()を見て、僕が引っ張らなきゃなのかなぁ、と不本意な展開に唇をつきだした。


 事務所へ訪れるのは二度目だけれど、やっぱりこの独特の空気に包まれると緊張する。いかにも上質そうなピカピカの石の床を歩くと、コツコツという音があちらこちらに反響して聞こえる。それがまるでリズミカルに心臓を叩かれているみたいだった。

 受け付けのお姉さんに挨拶をしてエレベーターに乗りこむ。りおは見慣れない景色に興味津々なのか、はたまた緊張しているのか、あたりを見回すばかりで口数も少なくなっていた。

「はづきちのお父さんとはいえ、他にも仕事で一緒になるかもしれない大人がいっぱいいるからさ、ここは敬語で行こうねぇ」

 当の本人は、エネルギー補給にドリンクゼリーを吸っていた。ゼリーをあらかた喉に流しきると、舌をぺろりと出しながら元気にうなづく。

「敬語だね、わかった!」

 チン、という音とともに床の揺らぎが止まる。開ききった扉を通ると、はづきちがお父さんを目視した。

「ほら、はづきち、敬語で挨拶」

「お父上!お頼み申す!」

 それは敬語と違うよ。


「よく来たね。その子が君たちが選んだ一人かい?」

 りおが先程の履歴書を取りだし、きちんと両手で手渡した。

「丹菊りおじゃ!『ぱーとたいむ』にはきちんと励もうと思っているのじゃ!『ないすとぅみーとぅー』なのじゃっ!」

 勢いに圧倒され表情を固めるパパさん。徐々に表情筋を柔らかくして苦笑した。

「私はそこにいるはづきの父親で、君たちをプロデュースする者だ。この前はうちのエリザがお世話になったね」

 前と同じ黒いソファに腰かけるよう促され、三人ならんで同じタイミングで着席した。

「私からは二人連れてくるように言ったはずだけれど、あと一人はどうしたのかな?」

 ぎくり。……聞かれるとわかっていたことだが、いざ指摘されると背中に汗が伝った。できるだけ申し訳なさそうに、まだ一人しか見つけられていない事を話すと、パパさんは眉を少しだけ下げて困ったような顔をした。

「そうか、今日は一応こちらから出てもらうメンバーの一人も呼んでいるから、全員で顔合わせをしようと思っていたのだけれど。仕方ない」

 それを聞いて背筋を伸ばすはづきち。事務所から出るメインの子が気になっているようだ。

 事実、僕もずっと気になっていた。こちらから仲がいい人達を集めたとて、メインの女の子とは初めましてなのだ。すごく緊張もするし、どんな可愛い子なんだろう、と心のハードルを上げた。

 パパさんがここから見えない出口の向こうに身体を乗り出して、手を招くそぶりをした。足音なくスッと現れたのは……

 ゆるく巻かれた水色のミディアムヘア。長いまつげに、濃いピンク色のぱっちりとした大きな瞳。女性的な柔らかさを残しつつ、余分な肉のない引き締まったフォルムで、背も高い完璧なスタイル。誰がどう見ても綺麗な女の子……だが、見覚えのある人。そう、同じクラスの乙川亜海が立っていた。

「あれ!?乙川さん!?」

 僕が声を出す前に、はづきちが同じ感想を口にした。

「えっ?ことのちゃんと、それから……」

 デジャヴ感のあるやりとり。あっ、はづきちがショックで固まっている……。

「丹菊りおじゃ!こやつは明治はづき」

「明和はづきだよ!?」

 素で間違えたらしく、りおは一瞬びっくりした顔を見せ、すぐにけらけらと笑いながら片手でごめんのポーズをとった。それを見て申し訳なさそうに苦笑いする乙川さん。

「ごめんなさい、人の名前を覚えるのが苦手で……そう、はつきちゃんだったね」

「はづきです……」

 うなだれて僕の胸に倒れこむはづきち。その頭をよしよしと撫でてやった。仕方ないね、まだ話したこと数回しかないからそんなものだよ。

「そうか、やっぱり知り合いだったか。お前たちは仲はいい方か?」

 お互いのことをよく知っているわけではないけれど、悪くはないので皆一様にうなづいた。

「ならよかった。まああと一人参加するわけだから、その子とも仲良くやるように。」


「そのことなのですが。」

 パパさんのとなりに座った乙川さんが小さく手をあげる。

「五人、というのは単純に雇う側のコストもかさみますし、事務所のイメージキャラクターとして覚えてもらうのであれば、私としてはこの四人で構わないと考えます。」

 言い終えると足元においたカバンからクリアファイルを出し、パパさんに数枚の紙を束ねたものを手渡した。

「それから今手渡した資料が、1か月半後に開催される紫陽花(あじさい)祭の有志団体を募集しているものの概要です。まずはこのような小さな、地元の人たちに知ってもらえる、見てもらえる場所で何かするというのはどうでしょうか……という提案です。それと、団体名の案もいくつか書き出してみました。」

 思わず息を飲む。

 真面目な顔で資料をめくるパパさんと、それを見つめる僕たち。しばらく静寂があたりをうろついていたが、ぱたんと資料を閉じた音を聞いて皆一斉に背筋を伸ばした。

「うん、四人グループでいいかどうか、相談してみるよ。紫陽花祭については実は参加してもらおうと思っていたんだが、やる気があるみたいだから詳細を後日伝えよう。」

「ありがとうございます。」

 そこから少しの間二人は今後のあれこれについて談笑して、僕たちはそれをただ見ていた。

 ……なんだか、すごい。自分で仕事を作っていっている。同い年の女の子で、同じクラスの子だけど、やっぱり別の次元にいる人みたいだなぁ。この子がメインだというのも、あたりまえだけど納得してしまった。


「ではとりあえず、今日のところは解散しよう。あとでまたメールで細かな連絡をいれておくので確認するように。……結成おめでとう、えっと……」

 さっき乙川さんが書き出したというグループ名の案を確認する。パパさんは二度頷いて、僕たちひとりひとりと目を合わせてから、その名を呼んだ。

「リリィブライド。君たち四人の活動グループの名前だ。……で、どうかな?」

 直感で決めておきながら不安そうに小首をかしげるパパさんが、困ったときのはづきちと少し似ていた。おかしくて少し笑ってしまった顔のまま、はづきちの方を見ると、口角もあがらず影のかかった目をしていた。

「……はづきち?どうしたの?」

 目が合うよう身体を軽く前のめりにさせると、はづきちはハッとしていつも通りの瞳でニコニコ笑った。

「えっ!?なんでもないよ!お腹が減ってボーッとしちゃってたや」

 なんだそんなことか、心配することでもなかったみたいだ。はづきちらしいや、と声をかけると、照れ笑いを浮かべて頬を少し赤らめた。

「『りりぃ』で『ぶらいど』とな!?なかなか『びゅーてぃふる』な名前なのじゃ!」

 英語博士(発音は微妙だけれど……)のりおが話にようやく乗ってきた。さっきから色々と興味を持ちつつ視線をあちこちに泳がしていて子どものようだったが、このキラキラな目でグループ結成を喜んでいる様子を見るとなんだか気持ちが和んだ。

「ことちゃん」

 はづきちが僕の左手を握る。

「リリィブライドのお仕事、がんばろうね」

「その気持ちはわしも同じなのじゃ!この四人で『はっぴー』で『すぺしゃる』な『ふゅーちゃー』を迎えるのじゃ!」

 りおに続いて乙川さんも僕とはづきちの重なった手の上に手を置く。これはえいえいおーをする構図だ。

「ふふ、短い期間だけどよろしくね」

「うん、なるべくゆっくり平和にやっていこうねぇ。……と、その前に……パパさん」

 私のことか、と驚いた顔で己の顔を指差す。僕はその指を引っ張って、手のかさなりのいちばん上に置かせた。

「えい、えい、おうー」

「そんなゆるいかんじでいくのじゃ!?やりづらいのじゃ!」

 僕の音頭に元気な不満が飛ぶ。仕方ないなぁと苦笑して、息を吸い込んだ。

「じゃあ皆で言おうよぉ。いくよ、せーの……!」


 自室のカーテンを開き、窓から淡い水色の朝日を見た。なんだかぼうっとしていて昨晩はあまり寝つけなかったみたいだ。昨日のことで、興奮でもしていたんだろうか。いかにも面倒そうなバイトを掛け持つことになったというのに。

「……でもまあ、楽しそうだし、今はこれでいっかぁ」

 ベッドからゆっくりと滑りおり、スマホのまだ鳴っていないアラームを解除した。はづきちも同じ気持ちで、寝れていなかったりするんだろうか。……いや、いつも通りまだ爆睡していてもおかしくない。

 今日ははやめにねぼすけさんを迎えに行こう。


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