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カスケイドブーケ  作者: 餅原
芽吹き
11/20

仲間が見つからない!

「まだまだあるよぉ」

 ことのは腰に手をあてながらフゥンと鼻息を強く吹いて、してやったりという顔をした。

 私はというと、そんな彼女を眺めながら心のなかで「神様仏様ことの様!」と延々と叫びながら、目の前のごちそうを頬張っている。

 もちもちの生地とチーズのハーモニーがたまらないマルゲリータピッツァ。酸味の弱めなトマトと爽やかなモッツァレラチーズのハーモニーがたまらないカプレーゼ。なめらかな生クリームと甘酸っぱいオレンジのコンポートのハーモニーがたまらないパンナコッタ(ああ、おいしいものにはハーモニーが奏でられ続けて止まらない)。

「まっだまだあるよぉ」

 次から次へとおいしい料理が運ばれてくる。なんて幸せなんだろう、ことのの手料理をこんなに食べられるなんて。まるで夢みたいだ。……まるで夢みたいだ?

 私は恐る恐る聞いてみた。

「ねえことちゃん、これって夢なのかな?」

 ことのはデジャヴのように目をぱちくりさせ、少ししてからにっこりと笑った。

「それはね、はづきち……これは、現実だよ」

 そう言って私のくちもとについたボロネーゼを拭ってくれた。これは現実……今一度口のなかで溢れんばかりに踊っている具材達を噛みしめた。あまりにも幸せすぎて、ことのをうっとりした目で見つめた。私の熱烈な視線に満足した彼女は、私の目を見つめ返して微笑んだ唇を開いた。

「まぁ冗談なんだけどね」


「起きて、はづきち」

 神様仏様ことの様が学業の神様のコスプレをして私の前に現れた。

「冗談だったんかーい」

「何のことかな、寝ぼけてないではやく準備をしてよぉ。」

 畳まれた制服の脇にはご丁寧に今日の下着まで置いてある。えっ、これもことのが用意してくれたの?

「失礼な、親御さんが置いておいてくれたんでしょぉ。僕をなんだと思ってるのかなぁ。」

 まだ何も言っていないよとツッコむ間もなく「外で待ってるねぇ」と部屋をあとにすることの。なんとなく働ききらない頭をゆさゆさ横に振って、無理やり目を大きくこじ開けた。眠たい朝だ。いつも通りの朝が来た。


 いつも通り学校について、お昼に近づいたらのろまなチャイムが空腹に流れ込み、椅子をくるりと回転させてことのとランチの準備をする。桃色のギンガムチェックの小包がひとつ、白無地の小包がひとつ机に置かれる。小包から弁当箱を出し、フタをぱかりと開けると真っ黄色のカーテンが目に飛び込んできた。おお、今日は大好きなオムライスだ!やったね!

「さて、メンバー集めの期限の最終日となったわけだけどぉ。」

 冷凍食品のグラタンをつつきながら、焦りの言葉を口にする。そう、本日は残り二人のメンバーを集めて事務所に伝えなきゃならない日である。ちなみにいまだに誰も友達でオーケーの返事をくれた子はいない。三文字で現状を表すと、「やばい」である。やばいのいの字まですっぽり余裕で収まる。やばやばのやば。このままではバイトが始められない、お金もたまらない、おいしいものがなかなか買えなくなる……よくないことだらけだ。

「ずっと気になってたんだけど、乙川さんにも声をかけてみない?」

 廊下側のいちばん後ろの席。遅刻しても誰にも迷惑のかからない角の席だ。そこに乙川亜海……亜海はいる。

 背が高くて、お顔が可愛くて、おみ足が長くてお肌がお綺麗。何よりオーラが芸能人、という感じだった。仲が悪いわけではないけど全くと言っていいほど話したことがなかったので、いきなり一緒にバイトをしないか、しかも芸能事務所のキャンペーンガールを、だなんてびっくりさせてしまうと思っていた。けれどこの際、メンバーを集めるのにあとがないから、もう一か八かで聞いてみてしまえ!とも思った。

「乙川さんねぇ。なんだか僕たちとは完全に路線が違う気がするけど、彼女が入ってくれたらビジュアルとしては百人力だよねぇ」

 大吉とかかれたグラタンのカップと亜海を交互に見ている。何故だかいける気がした。よぉしと力を込めて座席から立ち上がる。


「乙川さん、ちょっといいかなぁ」

 ことのがスマホをいじっている亜海の前に回り込んで声をかけた。

「えっと……甜月さんと、あと……誰だっけ。ごめんなさい」

 ががーん。覚えていてもらえてなかった。そりゃそうか、まだ五月の前半で、初めて同じクラスになってから1ヶ月しか経っていないもんね。私とことのは奇跡的に中学の頃からずっと一緒のクラスだったけれど。

「明和です、明和はづき。はづきでいいよ!」

「じゃあはづきちゃん。どうしたの?」

 スマホを机のなかにしまい、私達を見上げる。くりくりのおめめが眩しいっ。

「ちょっと頼み事というか提案というか、その……今、バイトを一緒にしてくれる子を探してて。乙川さんなら適役というかぴったりというか……!」

「まぁ、この子のお父さんは芸能事務所のプロデューサーのような仕事をしていてねぇ。その事務所のイメージガールをやってみないかって言われたんだよぉ。」

 亜海は驚いた顔をしてことのを見つめた。

「それって、本当にアルバイトなの?れっきとした仕事じゃないの?」

「僕もそう思うんだけどねぇ。契約は一年で、主役の女の子以外はおまけみたいなものらしいから。」

 おまけ、と復唱した。変な話だけど、なんだか急にさみしいような物足りないような気持ちになってきた。芸能界に興味が特別ある訳じゃないのに。

 視線を私とことのからそらし、少し悩むように考えている顔をした。首の後ろに手を伸ばし、そのまま首をなぞるようにして髪を肩の前に持ってくる仕草をする。薄い水色の髪の毛からふわりと華やかないい匂いがした。女の子の匂いだ。

「ごめんなさい、興味はあるけど私ひとりでは決められることではないみたい……やめておくね。」

 返答はこうだった。残念無念なんでやねん……。

「そっかぁ、わかったよぉ。考えてくれてありがとねぇ」

 とりあえず笑ってその場を去ろうとすることの。申し訳なさそうに眉をハの字にして微笑み返す亜海の後ろから、突然にゅっと影が出てきた。

 びっくりして三人でそちらを見つめる。そこには細く黒いツインテールを揺らしてニカニカ歯を見せる、小さなあの子がいた。

 そう、ワイルド童顔少女のりお。

「話は聞いておった、わしがやってもいいのじゃ」

「へっ?」

 どや顔右手ピースをお見舞いし、満足そうな彼女を見てふふふと微笑む亜海。お仲間が見つかってよかったね、と言葉を足してまた髪を触っていた。

「アルバイト、一緒にしてくれるの!?」

 マストでメイビーじゃ、とよくわからない英語の使い方をしながら腰に手をあてて背をのけぞらせる。

「困ってる友人を見たら『れすきゅー』せずにいられなかったのじゃ、『ふれんず』は『べりい』で『いんぽおたんと』なのじゃ!」

 なんていい子なんだ……。まさかこんな縁があるとは思わなかった。よかった、とりあえず一人目を見つけたぞ。

「一人目が見つかったところで、あと二人探さなきゃならないわけですが。乙川さん、興味があるなら今日、事務所の方についてくるだけでもしたりしないかな……?」

 おずおずと改めて聞き返してみたが、返事はすぐに返ってきた。

「ごめんなさい、今日は用事があるの……お仲間、見つかるといいね」

「そっか……」

 お昼休みが終わるチャイムが鳴る。ことのと二人で顔を見合わせて、肩を三十度くらい落としてみせた。

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