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2.妖怪退治

 季節を問わず青々とした緑葉を茂らせる木々で埋め尽くされた森。

 森ではない場所といえば、湖と、人が生活している村、そして砂漠くらいのものだろう。

 人は森を切り開いて村をつくる。村の周囲には畑や家畜の放牧地がつくられる。牧草が食べつくされて砂漠化すると、人は別の森へと移動した。

 そうして移動しているうちにまれに人以外のモノの棲み処や狩場に出くわしてしまうことがある。

 一つは人とそっくりな姿かたちをしているが、髪は黒く、瞳の紅い妖。

 もう一つは人とも動物とも異なる醜悪な外見の妖怪。

 妖は男性しかいないため、まれに人の女性を襲って子を宿らせる。

 妖怪は人や動物を襲って食べる。

 どちらも厄介な存在だった。

 人は多少の色の濃淡はあるものの髪も瞳も赤茶けた色をしている。

 久哉のように漆黒の髪と瞳を持つ人は他にはいない。これで瞳の色まで紅ければ妖としか思われなかっただろう。

 しかし妖ではなくとも実際のところは、どれほど時が過ぎようとも子供の姿のままの久哉を恐れているものは多い。ミコとして祭り上げているようにみえて、そこにあるものは神に対する畏れでは決してなく、ブキミな存在に対する恐れでしかなかった。

 願いを叶えてくれるとしてもその条件はかなり厳しい。小さな欠片は探したところでそうそう見つかるものではないからだ。

 必然扱いは敬うミコとしてではなく、恐れるブキミな存在ということになってしまう。

 ミコとして敬うフリをするのは願いを告げるその瞬間だけ。

 欠片さえあればミコはその望みを叶えなくてはならないのだからへりくだる必要はないのだが、ブキミな存在だからこそ人は本心を隠してこうべを垂れる。保身ゆえに。

 久哉と共に旅をすることとなった雛も、周りからの扱いは似たようなものだ。

 見たことのない白い髪。茶色味が薄く一見赤にも見える瞳。ただそれだけで禁忌の子供とみなされて捨てられた赤子。それでも命を奪われなかっただけマシだと考えるのか、むしろなにもわからない赤子のうちに命を摘み取られていたほうが本人のためだっただろうにと考えるかは、部外者ならではの思考だ。

 雛にとっては、産み落とされて生かされた。ただそれだけのことでしかない。赤子のうちは誰しも他人に育ててもらわなければ生きていけない。

 雛は久哉や乳を飲ませてもらった村人たちによって生かされた。ただそれだけのこと。

 生きているから生き続けている。

 そして生きていれば当然腹は減る。

 盛大に鳴き喚く腹の虫。

 雛は顔をしかめながら足元にあった枝を手に取った。

「久哉、これは食べられる?」

 雛が指差したのは、甘い香りのする長楕円形で淡紫色の果実だった。

「ああ。それなら食べられる」

 ようやく食べてもいい果実が見つかり、雛は歓声をあげながら手にした枝で叩き落とした。

 上のほうにももう一つ実がなっている。しかし大人ならまだしも、そこは幼い雛がどれだけ飛び跳ねても届かないほど高い位置にあった。

「久哉、あれはどうやったら採れる?」

 雛よりは幾分背が高いとはいえ、子供でしかない久哉では当然届かない場所にある果実。やはり樹に登るしかないかと思われたが、久哉は屈みこむと雛の脚を抱えて持ち上げた。

「これでどうだ? 届かないか?」

 いきなり目線が高くなった雛はおもしろがって周囲を見渡していたが、久哉の一言に目的を思い出して背伸びをするようにして手に持ったままだった枝を振った。不安定な体勢だったため数回空振りをしてしまったが、なんとか無事に叩き落とすことができた。

「採れたよ、久哉」

 地面におろしてもらった雛はその果実を久哉へと差しだした。

「はいっ久哉の分」

 半ば押し付けるようにして久哉に渡すと、雛は残った果実を矯めつ眇めつ眺めた。

「この果実はアケビという」

 久哉がいつものように雛へと説明を始めた。

 本来は一つの房から三つほど実がついているはずなのだが、誰かにすでに収穫されてしまったあとのようでこれだけしか残っていなかった。

 アケビは熟すと肉厚の皮がぱかっと縦に割れて中の実があらわになる。中の白い実はとろっとしており、たくさんの黒い種を抱えていた。

「この白い実をこのまま食べて、口の中で軽く噛んで崩しながら実と種を選り分けるんだ」

 種は食すと便秘になるといわれているので、噛み砕かないように気をつけて必ず吐き出して実だけを飲み込む。

 雛はわかったとうなずいてさっそく皮を開いて白い果実に歯を立てた。

「あんまーい」

 香りから想像したままのとろけるような甘さが病みつきになりそうだ。

 歩きながらアケビの実を頬張る。選り分けた種をときおり吐き出しながら、雛の視線は新たな食べ物を探して上下左右に動いた。

 道から外れて森の奥へ分け入ればもっと食べられる果実は見つかるだろうが、下手に道から外れると妖や妖怪に出くわしてしまう可能性が高まる。獣なら食料になるが、彼らは身の危険を招くだけでなんの利点もない。かかわるだけ損だ。だから多少ひもじい思いをしたとしても、できるだけ道を使うのは旅人の常識となっていた。なぜだかわからないが妖や妖怪は道には現れないからだ。

 ただし『道』であればなんでもいいというわけではない。

 道の中央に埋め込まれた白い石によって線がひかれているように見える道だけだ。そのためその道は白道と呼ばれている。その石から左右に、それぞれ成人男性三人の身の丈分の幅が安全帯だといわれている。

 道そのものはそれほど広くはないが、野宿をする際には道のすぐわきでおこなうようにすれば安全帯の中なので、少なくとも妖や妖怪に襲われる心配はしなくてもよくなる。

 そうした理由もあって雛たちが白道を歩いていると、やがて道が二股に分かれた場所にたどり着いた。先が見える範囲ではどちらも白道だ。

「久哉、今度はどっちに行く?」

 分かれ道に差し掛かると雛は何度も久哉にたずねた。

「雛はどちらに行きたい?」

 返ってくる答えはいつもこんな感じ。けれどこのときはめずらしく久哉が方向を示した。

「昨夜星が流れたから、ここは星を追って右の道を進もう」

「なにがあるの?」

「欠片が」

 それ以上は久哉は答えなかったが、雛は星の欠片だろうと思って合えるときを楽しむことにした。

 その後も分かれ道があれば久哉が選ぶ。どうやらずっと右のようだ。途中で白道から外れることになってしまったが、久哉は躊躇しなかった。

 三股のところだけ真ん中の道を進めば、やがて砂漠が見えてきた。

 その手前の木々がまばらになっているところに天幕が張られている。

 旅人だろうか。

 雛が首をかしげていると、天幕のそばにいた人がこちらに気づいて仲間に声をかけている様子が窺えた。

 久哉はその人たちのところに向かっているようだった。

 天幕から出てきた人たちは男性ばかりで、全部で五人。

 いっせいに膝をついて久哉を迎える。

 久哉が立ち止まると中央にいた一人が一礼した。

「昼の神子さま、夜の巫女さま。ようやくまみえることが叶い、恐悦至極に存じます。約定の品はこのとおり。どうぞお力添えをお願いいたします」

 男は手のひらに小さな欠片をのせて久哉に差し出した。

 七色に輝く小さな欠片。

 雛はあれが星の欠片かと思うと胸がわくわくしてきた。あとでじっくり見せてもらおうと心に決めて、今はおとなしく久哉の後ろに立つ。

 口をはさんではいけないことくらいは、幼い雛にもわかったからだ。

 久哉は欠片を一瞥すると口を開いた。

「なにを所望する?」

「村に生け贄を要求してきた妖怪の退治をお願いします」

 村は移動してきたばかりで、ようやっと開墾を済ませたところ。食料の備蓄も残りわずかしかなく、逃げるに逃げられない状態のところへ妖怪がやってきたのだという。

「余裕があれば村ごと逃げてしまえば済む話ですが、さんざん探し回ってようやく生活できる場を見つけたところなのです。どうかお助けください」

 もとより欠片を差しだしてきたからには久哉に否やはない。

 久哉と雛は男たちに案内されて彼らの村へと向かった。

 村は男の言葉どおり、いかにもできたばかりという状態だった。

 家は獣から身を守るために、大人の背丈ほどの高い位置に丸太敷きの床がある。あとは雨よけに羽状複葉で羽片が線状披針形の大きな葉を葺いた屋根と、木質化した茎を縦に四つ割りしたものを風が通りやすいように適度に隙間を開けて並べた壁があるだけ。その家一つ一つに十数家族ずつが暮らすため、大きさだけはそれなりにある。とりあえずは村人全員が最低限生活できる場所だけは確保できたという状態で、家族単位の家や食物倉庫などはこれからおいおい作っていくといったところだ。

 雛たちはできたばかりの小屋の一つへと案内された。

 この小屋が基本的に家族単位の家となる。家族というよりは若い夫婦用のといったほうが正しいが。

 大部屋からわずかに離れた場所に建てられたこちらの小屋には、出入口以外は隙間なく板を張った壁で覆われているため、容易には中が見えないようになっている。せいぜい、人が覗けない高い位置に換気用の穴が数か所あけられている程度。

 若夫婦が気兼ねなく子孫繁栄に励めるようにという配慮だ。

 雛たちは夫婦でもなければ大人ですらないが、大部屋に雑魚寝させることを、村人が嫌がったからだろう。実際雛たちにあてがわれたのは、大部屋群とも小屋群とも微妙に距離をあけた位置に建てられた小屋だったからだ。

 それでも小屋の中は生活に支障がないように村人と遜色なく整えられていたし、すぐさま運び込まれた食事も礼儀に反するものではなかった。むしろ客人として丁重に遇したものだった。

 雛にとってはご飯が食べられるだけでじゅうぶんともいえたが。

 食後は村長が挨拶に来て、生け贄について説明してから退室していった。

「ねえ久哉、どうやって退治するの? いつものようにスパンって切っちゃう?」

 言いながら雛は久哉のマネをして片腕を斜めに振り上げた。

「さすがにそれは無理だろう」

「どうして?」

「妖怪や妖は、ほかの生き物と比べ物にならないほど強いからだよ」

 人や動物――仮に獰猛な獣だったとしても――は大量の出血をさせたり、頭や胸などの急所を攻撃すればいいだけなので息の根を止めることはたやすい。

 いっぽう妖怪や妖は急所の位置が個体によって違ううえに、がっちりと守られていて、通常の刃物ではそこまで届かない。せいぜい表面に傷をつけるのが精一杯。その傷すらも異常に発達した治癒力で瞬く間に治ってしまうので、倒す前にこちらが倒されてしまうというのが現状だった。

 だからこそミコの久哉に助けを求めてきたのだ。

 ふうん、と雛は相槌を打つ。

「でも久哉なら倒せるんでしょう?」

 久哉の口元だけがわずかに弧を描く。肯定の証だ。

「だが、雛の協力も必要だ」

 珍しい言葉に、雛は一瞬聞き間違いかと思ったが、見返す久哉の瞳からそうではないことがわかった。

 雛はしっかりとうなずいた。

「うん、わかった。なんでも手伝うよ」


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