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19.湯の愛撫

 焼きあがったカンショは土間の隅に並べて冷ます。

 つかった鉄板などの調理器具は洗って手入れをしてから元の場所へと戻していった。

 追加で沸かしたお湯を手桶にうつしているところで久哉が風呂からあがってきた。ちょうど良い。

 沸かしたお湯はすべて風呂桶へと運ぶ。

 浴室には洗濯たらいと洗濯板もあったので、たらいとすすぎ用の水をためておく桶に、井戸水を運んで満水にする。

 準備を終えた雛は満足そうにうなずいた。

「それじゃ久哉、私もお風呂に入ってくるね」

「ああ、ゆっくりしてくるといい。ただあまり長湯をしてのぼせるなよ」

 一言声をかけてから雛も風呂に入ろうとすると、洗濯した衣服を干しながら久哉はからかうように返してきた。

「さすがにそこまでは……」

 けれども「しない」と言い切る自信もなくなって、反論は尻すぼみになった。

 背を向けたまま肩を震わせて笑う久哉にムッとしながらも、浴室へと向き直った雛は風呂桶から立ちのぼる湯気を見ると、すぐさま目を輝かせて足取りも軽く入っていった。

 脱いだ衣服を先に洗濯してから、自分の体を洗う。

 腰を過ぎるほどに伸びた白髪を洗うのは大変だったが、湯桶だけでなく柄のついた片手湯桶まであったので隅々まできれいに洗い流すことができた。

 最後に湯船につかった雛はほっと息を吐いた。

 緊張していた体がほぐれて、ゆるゆると弛緩していく。

 久哉がいったようにこれなら疲れもかなりとれるだろう。久しぶりの旅は思った以上に雛の体に負担がかかっていたのでとても助かる。

 もう一度大きく息を吐いて肩の力を抜いた雛は、風呂桶のふちに頭を預けて目を閉じた。

「ほんと、どうしてこの村は捨てられちゃったんだろう」

 いろいろと便利なものが揃っていて、お風呂だってこんなに気持ちがいいのに。

 雛はお湯に身をゆだねながらぽつりとつぶやく。

 もたらされるはずのない答えがふいに降ってきた。

「それは僕たちが食べてしまったからですね」

 ぱっちりと目を開いた雛の前には、どこから入ってきたのか一人の青年が立っていた。

 黒い髪に紅い瞳。髪と瞳の色以外は人そのものの外見。

 青年はゆっくりと近づくと、雛が入っている風呂桶のふちに腰かけた。

「妖……」

 思わず零れ落ちた雛の声。

 妖の青年は肯定するように緩やかに笑みを深めた。

 頬に向かってのばされた手を避けようとした雛は、そこでようやく体が動かなくなっていることに気づいた。

「なにをしたの?」

 声はかろうじて出せるとはいえ、かすれてかそけしいものでしかなかった。これでは助けを求めても誰にも聞こえないだろう。この眼の前にいる妖以外には。

 青年は雛の頬をそっと撫でると、その手をお湯の中に手首まで浸した。

 困惑する雛に見せつけるように、青年の唇が妖しく弧を描く。紅い瞳が揺らいだように感じた直後、風呂桶の中のお湯が生き物のようにうごめき始めた。

「やっ、なに!?」

 さっきまで心地よさを与えてくれていたお湯が、いくつもの手の集まりのようになって雛の体中を触り始めたのだ。

 ときには撫でて、ときには揉んで。

「やだ! やめてッ」

 逃げようとしても動かすことができるのはお湯につかっていなかった首から上だけ。

 けれども徐々にお湯が雛の全身を引きずり込もうとしているために、のどのあたりまではすでに囚われてしまっていた。

 青年はまったく動いていない。湯に浸している手も見た目には動いている様子はない。

 しかし確実に湯の手が触れたものすべての感触が伝わっているようで、その表情はときを追うごとに欲情にかられていった。

 青年が舌なめずりをする。

「なんてなめらかで弾力のある肌なんでしょうねぇ」

 温かいお湯に包まれるという気持ちの良い入浴そのものの感覚を維持したまま、全身を緩やかに愛撫され続けた雛は少しずつ抵抗感を奪われていっていた。

 湯の手の動きに合わせてひくりぴくりと体が反応をはじめる。息も乱れて、頭も朦朧としてきた。

 そんな雛の様子に気をよくした青年は囁きながら顔を近づける。

「たっぷりと楽しませてあげますから、しっかりと私の子を産んでくださいね」

 青年の囁きを拾った雛は気力を振り絞って薄く目を開いた。暗くなった視界の中、紅い瞳がゆっくりと近づいてくることだけがわかった。

 ほとんど湯の中に引きこまれて顔だけが出た状態の雛に、青年が口づけようとしていたのだった。

 こんな妖の子供だなんて。雛はぐっとのどに力を入れた。

「ぃやだ……ッ、ひ、さやぁ!」

 あとわずかで唇が重なるといったところで、爆音を轟かせて浴室の扉が木端微塵になって吹き飛んだのだった。

「せっかくここまでかわいがって、ようやくこれから本番というところでしたのに……。横取りはいけませんねぇ」

 まったく動じたふうもなく、妖は言葉どおりにあきれたといった態度でため息をこぼした。

 その息が雛の顔をくすぐる。そんな些細な刺激さえ今の雛にはこたえて、知らず体が震えた。

「横取りしようとしているのはおまえだろう。それは俺のだ」

 現れたのは久哉だった。

 妖は『俺のだ』と言い切った久哉に興味を示したようで、わずかに顔をあげて視線を向けた。

「その割にはまだ手を出していないようですが? まあ君のその姿では出したくても出せないでしょうけどねぇ」

 意味深な言葉に雛は妖を見つめた。

 どういう意味なのだろうか。

 だが問おうにも声はでない。

 久哉と妖の二人は雛の問いかける視線に当然気づいているであろうに、それを見向きもせずに流した。

 当事者である雛を無視して、二人の会話が続く。

「おまえには関係ないことだ。そうだろう?」

「もちろん君の事情は関係ないよ。でもこの子はまだ孕んでないんだから誰が手を出してもいいってことでしょう?」

「くだらん。妖の勝手な言い分など聞く気はない」

「そういう君だって妖の端くれじゃないか」

 はたで聞いている雛は目を瞠った。久哉が妖。それはどういうことだろうか。

 妖はなにも返してこない久哉ににっこりと笑った。

「瞳の色が違うから? 体が子供だから? そんなごまかしが通じるのは人だけだよ。わかっているでしょう? 妖や妖怪、それに動物たち。人以外ならみんな一目で君が妖だってわかるよ」

 呆れたように肩をすくめた。

 それ以上は興味がないとばかりに雛に向き直って、妖は舌なめずりをすると、湯に浸したままの手の中指をほんの少しだけ曲げた。

 とたんに雛の体に刺激が走って体が跳ねた。

 無意識に艶めいた声がもれる。

 それでも雛は再び荒くなった呼吸の合間をぬって二人の声を拾おうと努めた。

 お湯の中でぴくりひくりと跳ねる雛を、久哉は一瞥しただけだった。

 そんな久哉と雛を交互に見た妖は、いっそう楽しそうに目を細めた。

「この子はホントいいね。素直に反応してくれるし。今回だけでいいから貸してよ。あとは君が好きにすればいいからさ」

「断る」

「でもここでやめると辛いのはこの子だよ? なぐさめられるのは僕だけ」

 だから貸してよ。

 声に出さずに要求を突き付ける妖。

 もちろんこの要求が形だけでしかないのはどちらもわかっていた。今も妖は雛の体を愛撫し続けることで、彼女自らが快楽へと落ちてくるように力ずくで仕向けているのだから。

 だがこれに対して久哉は鼻で笑って一蹴した。

「くだらん」

 これ以上話すことはないとばかりに、久哉は妖から視線を外すと雛のもとへと向かった。

 すでにお湯から出ている部分は雛の鼻と口だけ。

 久哉は指の背で、雛の唇を軽く撫でた。

 反応して震える唇を見た久哉は、くっと喉を鳴らすように笑う。

 再びのばした久哉の手は、雛の鼻をつまんだ。

「バカ雛。のぼせるなといっただろう」

 雛に向かってのばされた久哉の両腕は、なんの障害もなくお湯の中へと入って雛の体をすくいあげた。

「あれ?」

 目の前で見ていた妖が呆然とつぶやく。

「ここまで落ちてて、なんでそんな簡単に引きはがせるのさ。その子あんなに気持ちよさそうにしていたのに。しかもちゃんと感じていたよ?」

 解せないといって妖は騒ぎ立てた。

「うるさい。だから最初に俺のだといっただろう。それが答えだ」

 いかにも面倒だといった感じで投げやりに答えた久哉は、雛を横抱きにしたまま浴室をあとにした。

 手ぬぐいや着替えはそこに置いたままだったが、それは外で待っていた陽炎が入っていた籠ごとくわえて持っていった。


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