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16.一人の力

 雛が寝入ったことを確認した久哉は、一気に表情を消した。

 気配さえ変わったことで、異変に気づいた陽炎が薄目を開いて視線を向けてくる。

 久哉は陽炎だけが聞こえる程度の声で囁く。

「しばらくここを離れる。朝までには戻ってくるが留守を頼めるか?」

 陽炎はゆっくりとまばたきをすることで首肯に代えた。

「雛を頼んだ」

 それだけ言い残すと、久哉はするりと立ち上がって独りで闇の中へと進んでいく。

 久哉にとって闇は視界を遮るものではなく、ただ『夜』であることを示して今の自分が『巫女』だと知らせるものでしかない。

 同様に陽射しは世界の色を見せるものではなく、『昼』の『神子』だと伝えるだけのものでしかなかった。

 夜暗の森をすいすいと歩いていくと、やがてぽっかりと穴が開いたようにそこだけ円形状に木々の生えていない草地に出た。

 中心に向かって数歩進んでから久哉は足をとめた。

「いいかげん出てきたらどうだ? いつまでもつきまとわれては迷惑なんだが」

「それは上々」

 姿は見えないが、声だけはいずこかから返ってきた。

「下劣だな」

「褒め言葉をありがとう」

 どこまでもかみ合わない会話。

 久哉は仕方がないといった感じでため息をこぼした。

「消えるか、消されるか。どちらがいい?」

「おまえがか?」

 耳障りで下卑た嗤いが風に乗って拡散する。

 くだらないことをと胸中で蔑みながら、久哉は手のひらを上に向けた右手を胸のあたりまで持ち上げた。

「バジュラ」

 バジュラとは別名『金剛杵』ともいい、把手の両端に雷を形象した鋭い刃のついた杵形の武器だ。それが久哉の呼びかけに応えて手のひらの上に姿を現した。

 把手をギュッと握ると、今度は手の甲を上にしてから胸の前に引き寄せた。

 左手で組んだ刀印を右手に添えて口中で九字を唱える。

「臨兵闘者皆陣列在前」

 そんな久哉をバカにしたような嗤いは絶えず周囲にこだましていたが、些少なことと取り合わないで集中した。

 やがてバジュラが光を発してその身を闇に浮き上がらせるようになったところで、久哉はそれを頭上に掲げた。

「たわむれはこれまでだ」

 バジュラの放つ光でとうとう姿を捉えられたいくつかの影。

 引導を渡すべく久哉はバジュラを握る手にさらに力を込める。

「オンバザラヤキシャウン」

 渾身の力でもってバジュラを振り下ろす。

 呼び寄せられた雷が、久哉を囲う影のすべてをとらえた。

 残ったのは木々によく似た姿の妖怪が焦げてできた灰だけだった。核すらもすべて焼けてしまったようで力を感じさせるものはどこにも残っていなかった。

 力を開放したバジュラは空気に溶け込むようにして久哉の手の中から消えていった。

 ふうと息を吐きだした久哉は、己の右手を見て心中で舌打ちをした。

「やはり一人ではダメなのか」

 意志に反して震え始める右手をギュッと握りしめて、久哉は再び生い茂る木々の中に紛れ込むべく足を踏み出した。

 だが二歩ほど進んだところで久哉はその場に倒れ込んでしまった。

 いつもの久哉とは違って苛立たしさを隠しもせずに、拳を握った右手で地面を殴りつける。

 そうこうしているあいだにも震えは徐々に全身に広がり、同時に体から力が抜けていくのがわかる。

「くっ」

 久哉は完全に動けなくなる前にと、残る力を振り絞って寝返りを打って仰向けになった。誰に見られなくともうつぶせに倒れたまま意識を失うことは、無様で我慢がならなかったからだ。

 抵抗むなしく閉じられていく瞼の向こうには細く輝く繊月。

 連想するのは風に遊ばれてそよぐ雛の白髪。

 あと数年もすれば親離れ子離れの時期がやってくるだろう。

 数年もあれば久哉が教えられることはすべて教え終わっているはずだ。

 陽炎という友達もできた。

 もう久哉がついていなくても大丈夫。

 雛は自分の力で生きていける。

(あと少しで……)

 瞼が完全に閉じたところで久哉の意識も沈んでいった。


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