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10.働き者

 陽炎の背にのってあちこち探索した結果、寝床の基礎となる一番下にはタケを並べて通気性を確保することになった。

 そのうえにヨシの枯茎。

 最終的にはココナッツジュースを飲む際に使ったストローの枯茎や、ストローによく似たイの枯茎を、寝床の大きさに合わせて盛っていった。

 すべてを敷き終えた雛は笑顔で寝床に飛び込んだ。

「でっきたー」

 寝床はしっかりと雛の体を支える。しばらくゴロゴロと寝返りをうつなどして寝心地を確認していた雛は、体を起こしてその場に座ると陽炎に顔を向けた。

「ふかふかしてて気持ちいいわ。陽炎、ありがとう」

 にっこりと笑みを浮かべる雛に嘘はない。

 陽炎も微笑ましいものを見つめるように目を細めた。

「そうか。よかったな」

 その後はココナッツなどの果実をいくつか収穫して雛の食料を確保。さらにタケを持ち帰れるだけ伐りだして棲み処まで運んだ。

 タケは一本だけ残して、いつものように陽炎の爪で、雛の指の幅くらいに縦に割っていった。幅だけでなく厚みのほうも薄くして、細工がしやすいように整えていった。

 残したタケは洗濯ものを干すための物干し竿として使用する。近くの木の枝からちょうどいい高さのものを選び、邪魔な枝葉をこれまた陽炎が爪で切り落としていく。

 雛はそのたびに陽炎を尊敬のまなざしで見つめた。

「陽炎ってとっても器用で働き者なんだね」

「普段からこんなことをやっているわけがないだろう。寝床を作るときくらいなものだ。狩り以外でこんなに爪を酷使したのはオレだって初めてだ」

 呆れたふうに、けれどときおりくつくつと喉を鳴らしてそれなりに楽しみながら軽やかな身のこなしと器用な爪使いを見せていた。

 雛のほうはといえば、陽炎が切り落とした枝葉を集めて、日の当たる場所へ運んで干すように並べていく。乾かして薪として使うためだ。

 また棲み処である洞の中に煙が入ってこない場所へ、洞の片づけをした際に出入り口付近に避けていた小石を持っていって煮炊き用のかまどを作っていった。もちろんそれだけでは量が足らないので、そのあたりに落ちている石も拾ってきて利用する。

 とりあえず今日のところはここまでにして、雛はさっそく着替えを持って水浴びに行くことにした。

 すでに慣れてしまった陽炎の背中に乗っての移動。

 陽炎に連れてこられた泉で体を洗って、着ていた衣服を洗う。汚れた部分だけ持ってきていたタワシを使って落としていく。手ぬぐいで体を拭いてから着替え用の衣服を身につけると、さっぱりして気持ちがいい。雛はほっとしたように相好を崩した。

 翌日は割ったタケで大きめの背負い籠を編んでいった。

 さすがに少女と呼べるほどに成長した今の雛には無理だが、童女くらいであればしゃがめばなんとかおさまるくらいの大きさだ。

 あたりまえといえばあたりまえのことだが、ここまで大きな籠だとかなりてこずった。しかし村にいた際にいろいろやらされていた雛にはある意味慣れた仕事だともいえた。たしかに道具がないことに不便を強いられたが、監視の目はなく、期限も定められているわけではないのでむしろ楽に思えた。

 そんなふうに雛が背負い籠を編み始めて二日目のこと。陽炎が独りで出かけるという。

 暇なのだろうか。それともなにか用事ができたのか。とりあえず少しは逃げないと信じてもらえたのかと嬉しくなって、雛は理由も期間も聞かずにただわかったと答えて笑顔でうなずいた。

「ご飯がなくなる前には帰って来るよね」

 雛が冗談めかして言えば、陽炎は少し考えたあとで、食べ物がなくなる前に戻って来られなかったらここを離れて探しに行ってもいいと答えた。

「え? いいの? でも陽炎がそんなふうに言うってことはけっこう遅くなりそうなの?」

 急に不安になってきた。信じてもらえたというよりは、捨てられそうになっているのではないかという疑念さえ浮かんでくる。

「ちゃんと帰ってくる?」

 よほど情けない顔をしていたのか。陽炎は苦笑したようにくっと喉を鳴らした。寝るときには布団代わりに雛の体に掛けてくれる大きな尻尾で、雛の頭を撫でる。

「サビシイのか?」

 以前雛が言った言葉を覚えていたらしい。陽炎がからかうように口にした。

「うん。寂しい。寂しいよ」

 雛は陽炎の首に飛びつくようにしてギュッとかじりついた。

 そんな雛の背をなだめるように、陽炎の尻尾が何度も撫でさする。

「なんだ? オレのことを親と勘違いしているんじゃないだろうな」

「そんなつもりじゃないけど……、陽炎がそう思うんならそうかもしれない」

「おいおい、大丈夫か? オレは妖怪だぞ。忘れたわけじゃあるまい」

「それはさすがにわかっているんだけど」

「わかってなさそうだから言ってるんだかな……」

「どういうこと?」

 陽炎の首に顔をうずめるようにしていた雛は、腕を緩めて陽炎の朱い瞳を見上げた。

 陽炎は雛の頬をペロンと舐めた。

「しょっぱいな」

 いつのまにか涙が流れていたらしい。

 雛は袖に目元を押し付けると、数回首を左右に振るようにして涙を拭う。未だに腕は陽炎の首に回したままだ。

 再び顔をあげた雛を陽炎の朱い瞳が見下ろす。

「ヒナはうまそうなんだが食うわけにはいかないだろう。だがそう思っていても、こうやって意思が通じていたとしても、腹が減ったら食い物にしか見えなくなる。その辺のタガは人より外れやすい」

「陽炎、お腹すいたの? もう?」

「あれだけ働けば腹も早く空く」

「だからいつ帰れるかわからないの?」

 陽炎の食料となりうる獲物が腹を満たすほど狩れるかどうかは、やってみなければわからない。どこに行けば見つかるのか、見つけたとして狩ることができるのか、そんなことすらもわからないのだ。だからこそ遅くなったときは雛自身で食べ物を探せと言いたかったらしい。

 雛がいたあの村の人たちはさすがに逃げてしまっているだろう。もうミコである久哉はいないのだから。

 そうなると次に探すのは動物ということになる。

 大きな群れを見つけることができればいいが、妖怪のように単独行動の動物もいる。陽炎の体の大きさからいって、一頭二頭じゃ足りないだろう。そのぶん満足できるようになるまで時間がかかるということだ。

「そういうことなら仕方ないね。我慢して待ってる」

「なるべく早く帰ってくる」

 陽炎はもう一度尻尾で雛の頭を撫でて、背中も撫でてから、励ますように腰をぽんと叩く。

 雛は陽炎の首から腕をはなして数歩後ろに下がった。

「いってらっしゃい」

 軽く手をあげて笑顔を浮かべた。そのまま陽炎の姿が見えなくなるまで見送る。

 それからの雛は寂しさを紛らわせる意味も加算されたせいで、より一層背負い籠作りに没頭した。

 そうして数日がかりで二つの籠を作り上げたのだった。

 次に細い縄を編んで平たい帯を二本作る。その帯の両端に籠をくくりつけた。その帯の部分を陽炎の背中にのせると籠が自然と胴体をはさむようになる。これで少しは収穫した果実を運びやすくなるだろう。陽炎を荷を運ぶ家畜扱いしてしまうのは気がひけるが、いまさらともいえる。ここまでこき使ったあとでは。

 背負い籠は出来上がったが陽炎はまだ戻ってこない。

 割ったタケはまだ残っていたので、今度は雛が背負えるくらいの小さめの背負い籠を編むことにした。

 さすがに大きい籠を二つも作ったあとでは、進行も早い。とはいえやはり数日は要したが。

 背負うための平帯をつけると、雛はさっそくその籠を背負って果実を探しに棲み処をあとにした。

 陽炎が戻ってこないまま食料が尽きたのだ。

 それだけの日数を一人で生活するのは初めてだった雛は、毎晩泣きそうになると久哉や陽炎の姿を脳裏に思い描くことで自身を慰めた。

「いつになったら帰ってくるんだろう」

 ぽつりとつぶやきをこぼす。足は無意識に動かしていたが、雛は周囲を見てはいなかった。

 そのことに気づいたときにはすでに足は宙に浮いていたのだった。


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