ゐちゃゐちゃ
時を駆けたり、男女が入れ替わったり、夢の中で出会ったり、なんて青春ストーリーに憧れている自分を否定するのは天邪鬼。かと言って既に青春も今やセピア色のおぼろげな像になってしまった僕としては、今さら眩いばかりのストーリーに入り込むのも少し恥ずかしくなってしまっている。
流行には抗えない。世の中がそっちの方向に流れていて黙っていても情報が入ってくるのに影響されるなという方が難しい。かと言って単に『流行っている』という理由でそちらになびくのも何か違っているような気がする。が、一緒に過ごしている人がどうしてもというのなら付き合いで見るというのもまた吝かではない。
「え?アニメ映画?」
「アニメだけど、凄い映画だって評判だよ?」
「う~ん…わたしはそういうの…」
「いや、見ておいた方が良いって、多分」
傍から見ると僕が彼女にそのアニメ映画を勧めているように見えるかも知れないが、断じて違う。僕はただ世間一般の人の気持ちを代弁して伝えているに過ぎない。
「でもわたし、映画館で見るのってあんまり得意じゃないんだよね…」
「そう?でも今回の映画はあっという間に感じると思うよ。絵が凄いから惹きつけられるだろうし」
「でも何か混みそうじゃない?混んでる時には見たくないっていうか…」
なるほど、そういう人も確かに結構いるだろう。一般論だがかくいう自分もそこがネックになるだろうという風に考えてはいた。
「平日の夜に見るっていう手もあるよ。ほら今週の木曜日とかお互い丁度良いじゃん?」
そうアドバイスしたところ彼女の顔が僅かに歪んだ。そして何かを疑うような視線で僕を見ている。そしてこう言った。
「そんなに見たいの?」
「…」
僕は沈黙した。いや、僕は見たいとか見たくないとかという次元では考えていない。見に行く価値があるかの話をしているだけで。ちぐはぐだったがその後そんな風な説明をすると、
「ふぅ~ん…」
と納得したようなそうではないような返事。彼女はフォークにパスタを巻き付けて口に運びながらどっと笑いが起ったテレビを見遣った。
「ほら、最近テレビもなんかわざと臭くてさ、無理に盛り上げてる感じあるでしょ?映画とかは金を払って見る価値があるかどうかを考えている部分があるわけでしょ。だからしっかり見ようとするしね」
「まあたまにそういう映画を見るのも良いのかもね」
「でしょ?じゃあ何時に行く?」
「へ…?」
話の流れから行って自然だと思ったのに彼女は何故か吃驚したような様子で戸惑っている。
「いや、わたしは『見るのも良いかもね』って言っただけだよ…」
「え…?見ないの?」
僕はいつの間にか食事の事も疎かに彼女を見つめていた。すると彼女は「ふぅん」と溜息のようなものを吐いて、
「そんなに見たいの?だったら観に行くよ?」
「いや…俺は別に観たいって言ってるわけじゃないし、強制でもなんでもないんだよ?」
「…」
彼女は無言で何かを訴えている。軽く2分程間があったかもしれない。僕はそこで折れた。
「そーだよ!観たいんだよ!この歳になって何あんな若者の青春映画って言うかもしんないけどさ、俺だってまだ切ない感じになる映画が好きなんだよ!流行ものだって言うかもしんないけど、それは本当に良い映画だからだろ?良いもの観たいって思っちゃいけないのかよ!!」
無理をしていたものを思いっきり吐き出すと、彼女は恥ずかしさでふてくされている僕にこう言った。
「素直でよろしい。実はわたしもめっちゃ見に行きたいって思ってたんだけど、同じ事考えてたんだよね。ふふふ…」
「あ…お前…」
後で考えて話を合わせてくれたのか彼女の真意だったのかは今は分らないけれど、結局僕等は数日後の木曜日の夜に若干混雑しているF市の映画館でいかにも恋人といった様子で2時間程の鑑賞をしたのだった。終ってから、
「なんだかもう一回観たいね」
と彼女が言ったのは多分本心からだろう。僕は最後の意地で、
「2回見るのは邪道だし、多分すぐブルーレイで出るからそん時じっくり見ようぜ!」
と言った。彼女は「そうね」と小さく笑った。