5
それから一週間、僕は憂鬱な時間を過ごしていた。
あの日――守がナイフを見せてくれた日以来、僕は再び守と会えないでいた。
どれだけ待っても守は現れない。いても立ってもいられなくなった僕は、一度だけ、隣の中学校へ行ってみた。校区外に出ることなどほとんど無かった僕は、緊張した足取りで東中学まで歩いた。すれ違う他校の生徒の視線が僕に痛いほど刺さった。それに学校へ行ったところで守に会える保証もない。公園でただ座って待ち続けることができなかったのだ。
案の定。
十分ほど東中の正門辺りで守を探したが、姿を見つけることは出来なかった。
一体、守はどうしたのだろう。
朝起きてから床に着くまで――いや、夢の中でも、僕は守のことばかり考えていた。
そんなある日。
「おい――」
背後から聞き慣れた声がした。あまり聞きたくない声。出来れば関わりたくない声。
振り向くと、植山が僕を睨んでいた。
植山が僕に接触してきたのは、守との一件以来、初めてのことだった。当然僕は座ったまま、体全体を固まらせ身構える。
「あいつと会ってんのかよ」
あいつとはもちろん守のことだろう。僕は黙って頷いた。
いつの間にか新田と川島も僕を取り囲むようにして立っていた。新田と川島ともあの日以来の接触だ。だが、二人ともどこか大人しい気がする。いつもの薄ら笑いもなく、よそよそしい。植山だけが居丈高で、二人はこの場所から離れたい――少なくとも僕にはそう感じた。
植山は口角を上げて、元気にしてんのかよ、と聞いてきた。お付きの二人の妙な様子など気にも留めない。
僕は気押され、黙って目を伏せた。
「最近会えてないんだろ。知ってるんだぜ。お前らがあの公園で時々会ってるんだろ」
背筋に寒気が走った。
植山たちは知っていたのだ。僕と守があそこで会っていたことを。
ということは、あの一件があってからも三人はあの公園にやってきて、僕と守を影から覗いていたのだろうか。いつか守に仕返ししてやろうと企んでいたのだろうか。
植山の手が僕の肩を掴んだ。指先が肩に食い込み、痛みが走る。確実に憎しみの籠っている手だ。
「教えてやろうか?」
顔を近づけてきた植山が耳元で囁く。
教える?
一体何を?
「怪我したらしいぜ、あいつ。学校に来れないくらいのな」
「怪我――」
「武の塾に東中の奴がいてな。そいつから聞いたんだから間違いないぜ。一週間学校に顔出していないらしい。噂じゃあ、家で大怪我したんだとさ」
植山の生温い吐息が頬を撫でまわす。僕は握り締めた拳を震わせた。
守が怪我? 学校へ来れないくらいの大怪我?
果たしてどこまで本当なのだろう。いくら東中の生徒から聞いた話とはいえ、あくまでも噂だ。確実な情報じゃないだろう。それに守は学校に友達がいないと言っていた。友達でもない、ただ同じ学校の一生徒の情報だ。信憑性が高いとはいえない――はずだ。
まさか植山たちが――。
「おいおい、俺じゃないぜ?」
僕の考えを見透かすように植山が言った。
「いつか仕返ししてやろうと思ってたけどよ。勝手に怪我してくれりゃあ世話ないわ。それにあいつ――」
嫌なもん持ってやがるし。
そう言うと、植山は一枚の紙切れを僕の頬めがけて叩くように貼り付けた。
「武が家の住所教えてくれたけどもういらねぇわ。大怪我したって聞いただけで胸がすっとしたわ」
川島の顔色が変わった――気がする。まるで自分の名前を出すなとでも言いたげな顔だ。
じゃあな、と言い残し三人は僕の前から姿を消した。
僕はしばらくうなだれ、足元を見つめていた。
守が姿を見せない理由は分かった。
分かったけれど。
僕はどうしていいか分からなかった。今すぐ学校から飛び出して守のもとへ行きたい。あいつらの言う大怪我が一体どれほどのものなのか。
あの手に巻かれた包帯以上の怪我をしたというのだろうか。まさかあのナイフが原因でなんらかの怪我を――。
確認したいことは山ほどあるのだけれど。
僕が押し掛けたところで守が喜ぶのだろうか。
――色々な事情はいつか話す。
守はそう言った。彼が自ら話すときまで、僕はあの公園で待つべきなのだろう。
そう思いながらも。
気付けば、僕は植山に渡された紙切れを握り締め、教室を飛び出していた。