表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今度は僕が  作者: 益次郎
5/8

 それから一週間、僕は憂鬱な時間を過ごしていた。

 あの日――守がナイフを見せてくれた日以来、僕は再び守と会えないでいた。

 どれだけ待っても守は現れない。いても立ってもいられなくなった僕は、一度だけ、隣の中学校へ行ってみた。校区外に出ることなどほとんど無かった僕は、緊張した足取りで東中学まで歩いた。すれ違う他校の生徒の視線が僕に痛いほど刺さった。それに学校へ行ったところで守に会える保証もない。公園でただ座って待ち続けることができなかったのだ。

 案の定。

 十分ほど東中の正門辺りで守を探したが、姿を見つけることは出来なかった。

 一体、守はどうしたのだろう。

 朝起きてから床に着くまで――いや、夢の中でも、僕は守のことばかり考えていた。

 そんなある日。

「おい――」

 背後から聞き慣れた声がした。あまり聞きたくない声。出来れば関わりたくない声。

 振り向くと、植山が僕を睨んでいた。

 植山が僕に接触してきたのは、守との一件以来、初めてのことだった。当然僕は座ったまま、体全体を固まらせ身構える。

「あいつと会ってんのかよ」

 あいつとはもちろん守のことだろう。僕は黙って頷いた。

 いつの間にか新田と川島も僕を取り囲むようにして立っていた。新田と川島ともあの日以来の接触だ。だが、二人ともどこか大人しい気がする。いつもの薄ら笑いもなく、よそよそしい。植山だけが居丈高で、二人はこの場所から離れたい――少なくとも僕にはそう感じた。

 植山は口角を上げて、元気にしてんのかよ、と聞いてきた。お付きの二人の妙な様子など気にも留めない。

 僕は気押され、黙って目を伏せた。

「最近会えてないんだろ。知ってるんだぜ。お前らがあの公園で時々会ってるんだろ」

 背筋に寒気が走った。

 植山たちは知っていたのだ。僕と守があそこで会っていたことを。

 ということは、あの一件があってからも三人はあの公園にやってきて、僕と守を影から覗いていたのだろうか。いつか守に仕返ししてやろうと企んでいたのだろうか。

 植山の手が僕の肩を掴んだ。指先が肩に食い込み、痛みが走る。確実に憎しみの籠っている手だ。

「教えてやろうか?」

 顔を近づけてきた植山が耳元で囁く。

 教える?

 一体何を?

「怪我したらしいぜ、あいつ。学校に来れないくらいのな」

「怪我――」

「武の塾に東中の奴がいてな。そいつから聞いたんだから間違いないぜ。一週間学校に顔出していないらしい。噂じゃあ、家で大怪我したんだとさ」

 植山の生温い吐息が頬を撫でまわす。僕は握り締めた拳を震わせた。

 守が怪我? 学校へ来れないくらいの大怪我? 

 果たしてどこまで本当なのだろう。いくら東中の生徒から聞いた話とはいえ、あくまでも噂だ。確実な情報じゃないだろう。それに守は学校に友達がいないと言っていた。友達でもない、ただ同じ学校の一生徒の情報だ。信憑性が高いとはいえない――はずだ。

 まさか植山たちが――。

「おいおい、俺じゃないぜ?」

 僕の考えを見透かすように植山が言った。

「いつか仕返ししてやろうと思ってたけどよ。勝手に怪我してくれりゃあ世話ないわ。それにあいつ――」

 嫌なもん持ってやがるし。

 そう言うと、植山は一枚の紙切れを僕の頬めがけて叩くように貼り付けた。

「武が家の住所教えてくれたけどもういらねぇわ。大怪我したって聞いただけで胸がすっとしたわ」

 川島の顔色が変わった――気がする。まるで自分の名前を出すなとでも言いたげな顔だ。

 じゃあな、と言い残し三人は僕の前から姿を消した。

 僕はしばらくうなだれ、足元を見つめていた。

 守が姿を見せない理由は分かった。

 分かったけれど。

 僕はどうしていいか分からなかった。今すぐ学校から飛び出して守のもとへ行きたい。あいつらの言う大怪我が一体どれほどのものなのか。

 あの手に巻かれた包帯以上の怪我をしたというのだろうか。まさかあのナイフが原因でなんらかの怪我を――。

 確認したいことは山ほどあるのだけれど。

 僕が押し掛けたところで守が喜ぶのだろうか。

 ――色々な事情はいつか話す。

 守はそう言った。彼が自ら話すときまで、僕はあの公園で待つべきなのだろう。

 そう思いながらも。

 気付けば、僕は植山に渡された紙切れを握り締め、教室を飛び出していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ