フルブラスト
「変身」
エネルギー場が展開され、哀れにも内側にいたゴブリンを
一瞬にして霧散させた。飛びかかってきたものは力場に弾かれ
飛んで行き、不幸なものは頸椎をへし折り死んだ。変身を完了させた
真一郎はシルバーウルフの刃を展開、ゴブリンを切り裂いた。
「チッ! このままではキリがない! ここから離れた方がいいんじゃないのか!」
真一郎はクラウスに向かって叫んだ。
クラウスの方はと言うと、飛びかかって来たゴブリンをガントレットで
受け止めた。守られた腕を傷つけようと躍起になっているゴブリンを、
飛びかかってきた別のゴブリンにぶつけ、止めとばかりに岩に叩きつけた。
「分かっている。あちら側が村だ、走るぞ」
クラウスは剣を薙いだ。死の概念がないゴブリンたちは、あからさまな
死の気配に向かって一直線に飛び込んで行った。崖に身を投げる
レミングスも、もう少し命を惜しむ。
リナの近くにいたゴブリンに向けて、真一郎は弾丸を放った。
自分にまとわりついてくるゴブリンが、シルバスタの装甲を
貫くことはなかった。
「早く行け! このまま骨になりたくなかったら、さっさと行くんだ!」
足にまとわりついて来たゴブリンを、真一郎は無造作に踏み潰した。
その姿を見てリナは戦慄するが、すぐに正気を取り戻しクラウスに
続いて走って行った。
「まったく、宗教家の先生というのは、これだから困る」
人道主義も結構だが、それは自分を食い尽くそうと走ってくる獣にも
適用されるのだろうか。いずれにしても神の思し召し、どっちが
生きても死んでも恨みっこはなしだ。敬虔ではない宗教家である
真一郎など、そんな風に考えてしまうのだが。
「ああ、もう! こっちに来るな、来るなって言ってんだろ!」
ゴブリンの群れから離脱しようとした真一郎は、背後から叫び声がするのに気付いた。
苛立たしげな視線を向けると、そこには鼠色のローブを纏った人間が
襲われていた。短刀を振り回し、すでに複数のゴブリンを仕留めていたが、
いかんせん数が多すぎる。華奢な肉体には堪える作業だろう。
肩で息をしているのが遠目にも分かった。
「ああ、まったく……伏せろ、死にたくなければなッ!」
素早くホワイトウルフを順手に持ち替え、トリガーを引きっぱなしに
しながら跳んだ。自分に言われた言葉だと、鼠色のローブの人物は
すぐに理解したようで、通常ならば自殺行為に他ならない、
身を屈めるという行為をすぐにやってくれた。
光の刃は五メートルほどにも伸びた。刀身を形成していられる限界だ。
真一郎は空中でそれを横薙ぎに一閃。ローブの人物の背後にいた
ゴブリンが、一瞬にして散滅した。着地し、振り返りながらの振り上げ。
右方向にいたゴブリンが、まとわりついていた岩ごと切断された。
更に、袈裟掛けに一閃。左方向にいたゴブリンも同様霧散した。
最後に、真一郎は大上段に剣を掲げ、シルバーキーを秘密スロットルに
挿入した。《スタードライバー》からは、『FULL BLAST!』という、
男性のセクシーなヴォイスが流れた。
光は刃を形成することを止めた。振り下ろしの軌道上にあった物体は、
光の奔流に飲み込まれ残さず消滅した。前方二十メートル、幅五メートルに
渡って、その場にあったものは完全に消え去り、赤熱する融解痕と
黒い焦げ跡だけが辺りに残った。
「立てるか? 立てるんなら、あの山と山の間まで真っ直ぐ走れ!」
真一郎はしゃがんだローブの人物に手を差し伸べた。
華奢な手を伸ばし、ローブの人物、フィネはその手を取った。
真一郎の体を支えに、よろよろと立ち上がった。
「また……また、あなたが……助けて、くれた……」
真一郎は仮面の下で訝しげな視線を向けた。この女は何を言っている?
「あの時は、ちゃんとお礼を言うことが出来なかったけど、でも、いまは!」
真一郎は彼女の言葉を最後まで聞かなかった。シルバーウルフを逆手に
持ち替え、迫り来るゴブリンをフィネの肩越しに狙撃した。
轟音に、フィネの耳が瞬間潰れる。
「なにが言いたいのか知らんが、そんなものは生き残ってからだ! 走れ!」
彼女の襟元を掴み引き寄せ、耳元で大声で真一郎は言った。
フィネは壊れた人形のようにカクカクと頭を振り、真一郎の予想よりも
ずっと速く走り去っていった。
「さて、と。俺もそろそろ、向こうに行かせてもらうとするか……!」
身を翻し、真一郎も山と山の間に向かって走り出した。
その間にまた山道があり、そこを抜ければ目的地であるフランメル村へと
続く平原が続いているそうだ。
進行方向上にいるゴブリンを文字通り蹴散らしながら、真一郎は進んだ。
その眼前で、巨大な土煙が上がった。何らかの兵器による攻撃が、
と思ったが、違った。
陽光に照らされ、浅黒い皮膚がぬらりと輝いた。
体の表面を覆っている、脂のような物質がそうさせているのだろう。
毛のない肉体に、腰蓑めいたものだけを巻き付けた姿は、それだけなら
人間に見えるだろう。だが、それは異常なほど巨大だった。
遠方にある山と、ほとんどその姿は重なって見える。五メートルほどは
あるだろうか。人間一人分はあろうという巨大な頭、そこに一つだけ
ついた巨大な目が、クラウスたちを見据えた。
単眼の怪物は、クラウスたちに向かって丸太を振り上げた。
グリップがついている、どのように加工したのだろうか。
そんなことを考えている暇はなかった。
真一郎は更にスピードを速め、クラウスたちの元に向かった。
丸太めいた棍棒が振り下ろされる直前に、真一郎は二人の前に辿り着いた。
両腕をクロスさせ、棍棒を受け止める。真一郎の足元が押し潰され、
蜘蛛の巣状のヒビが出来た。
「こいつはなんだ……! こんなデカい奴がこの世界に入るのか!」
「サイクロプス……攻城兵器にも例えられる強大な腕力の持ち主だぞ!」
クラウスは思わず声を荒らげた。真一郎に加勢しようとするが、
すぐにゴブリンたちが寄ってくる。彼らはそれへの対応を余儀なくされる。
力を緩めぬまま、真一郎は棍棒を逸らした。狙いを余した棍棒が地面に
激突、凄まじい衝撃波と土埃を上げた。思わず真一郎の体も吹き飛ばされる。
まともに受け止めれば、シルバスタの装甲と言えども甚大なダメージを
受けることだろう。
(チョロチョロされないだけ、一人で戦っていた方がいい!)
真一郎は刃を再形成、サイクロプスと向き合う。
サイクロプスは棍棒を振り上げ、力任せに振り下ろした。
真一郎は横に跳んでそれを避ける。味方を守るためならともかく、
真正面からあの鈍重な攻撃を食らってやる筋合いはない。
真横に会った巨岩を蹴り、真一郎は三角跳びの要領で
サイクロプスに向かった。意外にも速い切り返しで、
サイクロプスは腕を振るう。棍棒ではなく、ラリアートめいた
攻撃で真一郎を吹き飛ばそうとした。棍棒の軌道上にいたゴブリンが、
哀れな肉塊と化した。
空中の真一郎はそれを避けられない。シルバーウルフの刃を立て、
ラリアートを受けた。サイクロプスの薄い皮膚を突き破り、
シルバーウルフの刃がサイクロプスの腕を貫いた。瞬時に刃を捻り、
痛みに暴れるサイクロプスに何とかしがみつく。
シルバーウルフを軸に真一郎は身を捻り、サイクロプスの腕に足を乗せる。
そして、サイクロプスの腕を足場にして跳躍した。
狂乱しているサイクロプスはそれに気付かない。
真一郎はシルバーキーをベルトから抜き、シルバーウルフに隠された
秘密スロットルに挿入し、捻った。シルバーウルフの刃が瞬時に
格納される。代わりに、シルバーウルフ全体が眩い光に包まれた。
ベルトから再び聞こえてくる、『FULL BLAST!』のかけ声。
真一郎は腕を弓のように引き絞り、サイクロプスの頭に放った。
シルバーウルフのナックルガードが、サイクロプスの頭頂に突き刺さった。
サイクロプスの頭から股間までを、エネルギーが貫く。先ほどゴブリンの
集団に放った攻撃と、原理的には同じだ。
一点に集中するか、拡散させるかの違いだ。武装に分配するエネルギー量を
瞬時に上昇させ、一時的に数倍の破壊力を叩きだすシルバスタの必殺機構だ。
サイクロプスの体内構造がどうなっているのかは、真一郎には分からない。
だが、人間で言えば脳と内臓を丸ごと焼き尽くされたような状態になっている。一瞬遅れて、サイクロプスの体内に送られたエネルギーが莫大な熱量を
発生させた。一瞬にしてサイクロプスの体液は沸騰、膨張圧に耐えられず、
サイクロプスの体は爆発四散した。
空中で三度回転し、真一郎は華麗な着地を決めた。辺りを見回すと、
死すらも障害としないゴブリンが怯んでいる。サイクロプスを
撃破したことが、彼らの精神にダメージを与えたのだろうか。
ゴブリンたちは後ずさり、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
自分たちも、こんなところで留まっている理由はない。
彼らは正気の世界に走り出した。




