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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
空を渡る船/裂空のウルブズパック
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フランメル峠の遭遇戦

クラウスの言葉は果たして、間違っていなかった。

『危険』という二文字が形になったような、荒れた山道だ。

左右には切り立った岩肌があり、陽の光も届きにくい。

歩きやすいように砂利が敷き詰められ、大きな岩は

どけられているが、それだけに隠れるのに適した岩が

辺りには散見していた。少し急な斜面になっており、

一度転倒すると下の方まで一直線に落ちて行ってしまいそうだった。


「ひぃー、こ、こんなところまで来たことありませんでしたが……」

「山道と言うより、岩山か何かだな。わざと険しいところを行っているのか?」

「そんな面倒なことはしない。フランメルまで続く道は、ここだけだ」


そう答えるクラウスの額にも、小さな汗の玉が浮かんでいる。

交通網が整備される前、旅は命懸けの行事だと言われていたが、

まさにその通りだった。


「しかし、この狭い道で左右を挟まれてはまったく視界が効かんな」

「それだけに、ここを根城にする山賊も多くいる。気を付けろ」


そんなことを言っていると、山道の頂点に人影が現れた。

逆光になっているためよく見えないが、手にはナイフを

持っているように見えた。クラウスは腰の剣に手をかけ、

真一郎はシルバーウルフのグリップを握った。

人影が、ぐらりと動いた。


そして、そのまま倒れ込んだ。

それは、ごつごつとした斜面を無抵抗に転がり落ちた。

一同は身をかわした。粗末な身なりの男が、落ちていくのが

見えた。リナは息を飲んだ。転がっていった男は山道の

中頃にある大岩にぶつかり、ようやく止まった。


「……丸太代わりに人間を流すのが、ここの山賊のやり口なのか?」

真一郎は言ったが、クラウスは険しい顔で首を横に振った。

剣の柄に手をかけたまま、かつて人間であったそれに近付いて行く。

高所から滑落したせいで、男の全身には細かな傷がいくつも刻まれ、

全身は押し潰されたようになっている。リナはその死体から目を

逸らすが、真一郎は近付いて行った。死体を見慣れているわけではないが、

初めて見るわけでもなかった。

クラウスは躊躇いなく、死体をゴロリと転がらせた。


真一郎は、男の背中に大穴が開いているのを目ざとく見つけていた。

そして、男の脇腹には同じくらいの大きさの刺突痕があった。

恐らくは、これが死因だろう。


「脇腹から背中にかけて一突きか。凄まじい腕力だな。人間がやったと思うか?」

「オークならこれくらいはやって見せる。もしくは、ゴブリンの剣士だろうか」


ファンタジー・ゲームでお馴染みになった怪物が自分の命を

狙ってくるとは。奇妙な心地だが、それが現実であるのだから

仕方がない。真一郎も、クラウスも、頂上付近の音に耳を

澄ませるが、どうやら上で戦闘が行われているわけではないようだ。


「《ナイトメアの軍勢》との戦いから逃げ出そうとするが、

果たせなかったのだろうな」

「なるほど、ではあの傷は下から上、つまり脇腹から背中に

突き刺したのではなく、背中から脇腹に突き刺したのだろうな。

体重を乗せれば、それくらいは出来そうだ」

「あ、あのー……冷静におっしゃってますけど、つまりどういうことなんですか……?」


リナは胸元で十字を切り、男の死を悼んだ。男の身なりは、

どう考えても堅気のそれではない。不潔な垢のこびりついた服、

髭だらけの顔面、それなりにがっしりとした体格をしているが、

不養生を表す特徴がいくつも彼の体からは見て取れた。

それでも、このお優しい神官見習い様は、この男の死を

悼んでくれるというのだろうか。


「どうやら、この山道には山賊よりも厄介な連中が巣を作っているようだな」

「そ、それでは、どうするんですか? このまま行くんですか?」

「行くしかあるまい。村まで続くルートは、ここしかないのだからな」


クラウスは遂に鞘から剣を引き抜いた。

厚みの少ない、刃渡り九十センチほどの両刃剣、ブロードソードと

呼ばれるタイプのものだろう。刀身や柄頭には装飾がまったく

施されておらず、実用性を重視したタイプの剣であることは

一目でわかった。


人差し指でシルバーウルフを回転させ、握り直した。

白銀銃剣シルバーウルフは反動の強い武器だが、人間でも

使いこなせないことはない。五つあったサブガジェットの中でも、

これが残っていてくれたのは天恵にも等しいものだった。

他のガジェットは、人類が操るには少々使い勝手が

悪すぎるものなのだから。


クラウスが前進し、その後ろに真一郎、リナが着いていく。

リナはちょうど、真一郎を挟むような立ち位置にいるが、

監視しているわけではないだろう。それは、彼女の緊張しきった

態度からも理解することが出来た。


クラウスは身を屈め、先を見た。そして、ハンドサインで二人を促した。

先には何もいないと判断して、二人は大胆に歩を進めた。

辺りを見回してみると、河原のようにゴツゴツとした石や

岩が敷き詰められた場所だった。乾いた風が荒涼とした印象を強める。


「開けた場所だな。何か、先を見通すような道具はないのか?」

「私が確認する。お前たちは、周囲の警戒を行ってくれ」


ぶっきらぼうに言うと、クラウスは腰のベルトに刺した望遠鏡を

取り出した。細い筒状の、原始的な形の望遠鏡であり、単眼だった。

真一郎とリナは彼の背後を守った。


「……いくつかの死体が、大岩に張り付けられている。気を付けろ、二人とも」


こいつはさっきからそればかりだな、と思ったが、たしかにその通りだ。

狩った獲物の残骸に執着を持つ獣がいる、と真一郎は聞いたことがあった。

それを取り返すために集まった同族を、より多く狩れるからだ。

括り付けられた死体はそのためのモニュメントだ。


四方数キロにわたって、視界を遮るのは大岩と起伏に富んだ地形だけだ。

そして重要なことだが、低所にいる自分たちでは辺りの状況を正確に

判断することが出来ない。流れてくる血の臭い、獣の臭い。

そう言ったもので、周囲の危険を判断するしかない。


三人は互いの死角をカバーするように進んでいく。

自然と、真一郎は殿の位置に付いていた。巧みにリナを

先行させた結果だ。彼の感覚は、背後から迫る存在に気付いていた。


(俺たちを追いかけ……どうするんだ? 追い詰めて……殺そうというのか?)


振り返り、銃口を向けた。そこには何もいない。真一郎は息を吐いた。


その時背後、すなわち進行方向で金属音がした。

振り返ると、クラウスに剣を振り下ろす醜悪な怪物がいた。

オークを小さくして、丸々とした腹を足したような醜悪な怪物だ。

緑色の肌の小男、ゴブリンのイメージにぴったりだった。


真一郎は銃口を向けトリガーを引く。

高い発砲音がしたかと思うと、ゴブリンの頭が柘榴のように弾けた。

どす黒い体液が、クラウスの体に降り注いだ。


「大丈夫か、クラウス」

「私は問題ない。だが、少しマズいことになったな」

クラウスは油断せず剣を構えた。広場に濁った咆哮が轟いた。

「ゴブリンは十体前後の家族を持ち、十グループほどで一斉に行動するそうだ」

「つまり、ゴブリンを一体見たら、百体ほどのゴブリンがいると考えればいいのか?」

「考える、のではなく事実だ。先ほどの咆哮は、ゴブリンのものだろう」


辺りを見回す。背筋も凍るほど恐ろしい叫び声が、そこかしこで立ち上がった。続けて、視界の端で白い布の旗が上がった。雑多な木を組み合わせて作った旗だ。


「ゴブリンたちは旗を作る風習がある。あれで、少しずつ形が違うらしいのだが」

「少なくとも、俺の目で有為な差を見出すことは出来ないな」


 真一郎はスタードライバーを手に取り、腰に当てた。

ベルトが展開される。その時、近くの岩に隠れていたゴブリンが

一斉に飛び出して来た! あの小さな体躯を利用し、普通ならば

隠れられないような場所にも潜伏を可能としているのだ!


剣とも言えないような物体を持ったゴブリンが飛びかかってくる。

それは、鋭利な石だ。旧時代の石器のように、よく研がれたもの。

あんな物で切り裂かれれば後が悲惨だろう。

傷口がぐちゃぐちゃになり、治癒に時間がかかる。


飛びかかって来たゴブリン目掛けて、クラウスは剣を横薙ぎに一閃した。

ゴブリンの体は非常に柔らかく、脆いようで、豆腐のようにゴブリンの

体は真っ二つになった。汚らわしい体液が辺りに撒き散らされ、

大地を汚した。


鉄杖を振り回し、リナはゴブリンに応戦する。

護身術の類を身に着けている、と言ったのはウソではないようで、

真一郎の目から見てもリナはよく動けていた。巧みにゴブリンの

剣撃をガードし、いなしている。直接打ち据えないのは、宗教的要因か。


足首を刈り取るように放たれた横薙ぎの一閃を、真一郎は跳んで回避。

飛びながら放った蹴りで、ゴブリンの小さな体を弾き飛ばした。

着地するなり、横合いから飛び出して来たゴブリンが両手を広げて迫る。

まとわりつき、噛み付き、力任せに引き千切る構え。

それを、シルバーウルフのグリップガードで殴りつけた。

銃としての機能だけでなく、ナックルとしての機能も備えている。

特に問題はない。


トリガーを引きっぱなしにし、一閃。銃口の軌道上にいくつもの

弾丸がばら撒かれ、ゴブリンを無残に破壊した。それを見ても、

まったく怯む様子はなかった。死という概念が奴らに存在するかは

分からない。理解するほどの知能がないのかもしれない。


シルバーキーを《スタードライバー》に挿入し、一つ捻った。

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