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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
プロローグ
5/48

果てしなき旅の始まり

 案内人を置いて真一郎は歩いた。

 歩幅が狭いのか、リナはなかなか追いついて来ない。

結局、彼女が真一郎と合流したのはあてがわれた客間に

ついてからだった。


「それで、案内役の選定にはどれくらい時間がかかるんだ?」

「い、一両日中には、分かると思いますけれど……ハァッ、ハァッ」

 それほど早いペースで歩いたわけではないのだが、と真一郎は思った。

機械文明が発達していない世界にしては、貧弱過ぎるのではないだろうか。

 それとも、自分の考え方が偏見に満ちているだけで、この世界ではこれが

標準なのだろうか。


「旅に出る前に、いくつか聞いておきたいことがある。いいか?」

「え、ええ。神官長様からは身の回りの世話をするように仰せつかっていますから」

 ここにも監視役がいるのか、と真一郎は思ったが、すぐに気を取り直した。

「まず、俺がこの世界に現れた時、何か他に変わったことはあるか?」

「変わったこと、と言われましても……そもそもあなたが変わったことですし」

「どんな些細なことでもいい。とにかく、いまは情報が必要だからな」


 リナはしばらく考え込み、そして思いついたように言った。

「そう言えば。あなたは光の玉に乗って現れたのですけれども、

 あなたが『水鏡の間』に現れる前、四つの流星が同じ時に

 落ちて来たと記憶しています」

 大したことではないのですけれども、とリナは言ったが、上出来だ。

「それがどの方向に飛んで行ったか、大まかでいい。分かるか?」


 リナは大慌てで背負っていたバッグを下ろし、中に入っていた地図を取り出した。

 羊皮紙に鮮やかな色合いで書かれた物であった。精度に関してはよく分からないが、

 現代地図のようなものを期待してはいけないだろう。目印程度になればいい。


「えーっと、いま私たちがいる地点……『共和国』領グラフェン州を

 中心にして、東西南北四方向に流星が流れて行きました。

 図にするとこんな感じになりますね……」


 そう言うと、リナはバッグから矢印状の棒を四つ取り出し置いた。

グラフェン州とやらは地図の中心からちょうど真東にあり、

そこから東西南北四方に棒が置かれていた。中には陸地と陸地の間を

どう考えても飛び越えているものさえもある。


「一番近く、南側のグロフキンス島に流星が落ちたのは見えました」

「気になったんだが、どうして陸地が浮いているんだ?」

 素朴な疑問を口にすると、リナはそれこそが驚きだ、と言わんばかりの

表情で真一郎を見た。恐らく、この世界では陸地が浮いているほうが

正常なのだろう。


「……空に浮いていない陸地が、あるんですか? どういうものなんでしょう」

「失言だ、忘れてくれ。島に落ちたと言ったな、つまりこの陸地にはない」

「そうなります。大地と大地とを隔てる『星海』を渡る必要がありますね」

 海に囲まれた世界で海上交通路が発達したように、この世界には

空を渡る手段が発達しているのだろう、と真一郎は漠然と思った。


「その『星海』とやらを渡る手段は、俺でも利用できるようなものなのか?」

「ええ、海渡りの船はどんな方でも利用することが出来ますよ。その、お金があれば」

 自信満々だった態度はドンドン尻すぼみになっていく。貧乏人には使えぬ物か。


「その辺りの支援はしてくれるだろうから、道々には困らんだろうな」

 そこで真一郎はいったん言葉を切った。喉が乾いたが、水はなかった。

「それで、他の三つに関してはどのあたりにあるのか、見当はついているのか?」

「東側に落ちた者は、恐らく霊峰ドースキンに落ちたのではないかと。

 それを超えてしまうと陸地がありませんから、『星海』の底まで落ちて

 しまったことになります」

「『星海』の底とやらをに行く方法はあるのか?」

「ある程度まで下りると、浮力が足りなくなって戻れなくなるということは……」


 つまり、現状落ちてしまったものを回収する手段は存在しないということか。

「北側は分かりませんが、首都に近い方角なので情報は集まると思いますよ」

 と、そこでリナは言葉を切った。顔を伏せ、少し言葉のトーンも落ちた。

「ただ……最後の西側に落ちたものに関しては……どうなるか分かりません」

「どういうことだ。地図で見る限り、こっちの方にも陸地は広がっているようだが?」


「陸地が広がっているのが問題なんです。こちら側は、『帝国』領ですから」

 『帝国』。その話題を口にしたとき、見るからにリナのトーンは落ちた。

いい感情は抱いていないのだろう。真一郎も『帝国』と聞いてあまりいい

イメージは浮かばない。


「『共和国』は『帝国』の圧政から逃れてきた人々が作った国ですから。

 伝統的に『帝国』とは仲が悪いんです。国境線沿いの小島では小競り合いが

 続いていると聞きます」

 そう言って、リナは地図に描かれた線に沿って指を動かした。

地図の左側、三日月上の大陸と周囲に浮かぶ小島が『共和国』の

領土であり、中心に座するほぼ真円形の大陸、その他雑多な

島々の数々は、『帝国』領なのだとそこには記されていた。


「最近は関係改善の報も出ているんです。でも多分、『帝国』領には……」

「なるほどな、では『帝国』側は後回しにすると仕様。確実に回収しなくてはな」


 その四つの流星が、真一郎の目指すものであるかは分からない。

 だが、他に手がかりが存在しないうえ、求めるものの数と符合している以上、

無関係とは思えなかった。


「あの、ところで……」

 何と言って誤魔化そうか。手の内を明かし過ぎることはない。

「お名前、まだ聞いていませんでしたよね」

 今度は、真一郎が間抜けな顔を浮かべる番だった。

 初めて、彼は笑った。


「園崎真一郎だ。この世界……俺が救ってやる」


 翌日。真一郎はグラフェン砦門の前で困惑していた。

 結局、彼の護衛として一人の男が選ばれた。

動きやすさを重視した軽装鎧を身に着けた男で、

角ばったがっしりとした体つきが特徴的だった。

ご丁寧に髪型まで角刈りだ。

 クラウス=フローレインと名乗った男は、

真一郎への警戒心を隠さなかった。


 それはいい。見張られることは分かっていたし、どうとでもなるからだ。

 それよりも彼を困惑させたのは、旅装に身を包んだリナ=シーザスの姿が

そこにあったことだ。通気性の良い、上等な絹の服と、その上から纏った

鼠色のローブ。ちぐはぐな格好をしていた。


「……どうして、キミがここにいるんだ? 神殿の仕事があるんじゃないのか?」

「私、ソノザキさんの身の回りの世話をしろって言われてますからね!」

 彼女の声は切実な色を帯びていた。

 これをなくしたら、仕事がないのだろう。


「恐らく、危険な旅になると思うんだが。大丈夫なのか、お前?」

「僧侶として最低限の、格闘技の修練は受けていますし! 

 それに、ソノザキさんは地図を読めますか? 旅暮らしに、

 慣れてるようには見えませんからね!」


 たしかに、あの縮尺すら記載されていない適当な地図を読める気は

しなかった。クラウスを見る。特に何の感慨も抱いてはいないようだった。

止めてくれればいいのに。帰そうとも思ったが、彼女のバッグを見た。

昨日見たものよりパンパンになっている。旅装の換えを含めた、

様々な物品をそこに入れているのだろう。

 帰すのもかわいそうだった。


「分かったよ。ただし、お前の身の安全を考えてやれるほど暇じゃない」

「もちろんですよ。なんたって、これが初仕事ですからね。無事完遂させます!」

 使命感に燃えているのか、それとも今後の出世を考えているのかは

分からなかったが、とにかく凄い熱意だ。一度のど輪を潰されたのに

よくやるものだ、と真一郎は思った。


「……話はまとまったか? まとまったならば、そろそろ出発しなければな」

 真一郎とリナの面倒な会話が終わったタイミングを見計らい、

クラウスが声をかけて来た。

いい性格していやがるな、と真一郎は思った。

「それじゃあ、さっそく出発しよう。目的地までは、どのくらいで着くんだ?」

「はい! 最初の目的地はフランメル村、ここから三日ほどの距離です!」

 何とも言い切れない、適当な距離感だった。とはいえ、従わざるを得ないだろう。


「なら、さっさと行くとしよう。旅が目的じゃない、その先に……」

 不意に、真一郎は視線を感じた。振り返るが、そこに人影はなかった。

「どうした? 出発しないのか?」

 クラウスが真一郎を促した。どことなく違和感を覚えながら、彼は歩き出した。


 息を潜め、フィネ=ラフィアは真一郎たちが動き出したのを見た。

 人ごみに紛れて彼女は動き出す。大丈夫、旅人は多い。バレはしない。

 彼女はそう言い聞かせた。

 長旅になるというのに、彼女の装備は最低限のものしかないように見えた。

小さなショルダーバッグと、そこから溢れ出たそれほど高価そうではない

衣装の数々。擦り切れたローブと相まって、その姿を数段みすぼらしいものに見せた。


 奪われるものがなければ、わざわざ襲ってくる奴はそうそういない。

 奪うべきものはもっとたくさんある。だから彼女は、旅立つ時いつも

この服装をしている。慣れたものが観察すれば、ローブの中に仕込まれた

数多くの装備にも気が付くだろう。万が一、物好きにも何も持たぬ女が

好きな奴がいれば、それは死をもって罪を償うことになるだろう。


(あの男の人……神殿に匿われてたけど、偉い人なのかねェ……?)

 マントの中で、フィネの耳がピクリと動いた。

 いつもの癖、好奇心を押さえられなくなると、自然とそうなる。

教会に匿われるほどの地位を持ちながら、スラムの貧民窟を

助けるような男に、彼女はすっかり心を奪われていた。


「護衛を伴っての三人旅……こりゃあ、きっと何かがあるね!」

 実際には護衛ではなくお目付け役なのだが、それを彼女は知らない。

 ただひたすら、彼女はその影を追い続けた。自分の心を変えた男と、

もう一度出会うために。


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