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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
終わりの足音
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エピローグ:立ち上がれぬもの

 黒星の体が水平に吹き飛んでいく。

 同時にセーフティ機構が作動し、ダークマターの装甲が炸裂。

 生身の黒星の姿が露わになり、地面に転がって行った。


「どうやら俺の勝ちのようだな、黒星。慈悲はない、貴様はここで殺してやる……」


 真一郎はシルバスタのバイザー越しに、殺意に満ちた視線を黒星へと向けた。

 それでも、暗黒星の輝きを纏った男は。尚も笑っていた(・・・・・・・)


「何がおかしい、黒星。貴様はこれから死ぬ、それは確定しているぞ」

「キミに出来ますかね、園崎くん。キミは優しい人だ、それが人を殺すなどと……」


 黒星は嗤った。ならば、思い知らせてやろう。

 真一郎は決意を秘めた足取りで進んだ。


「そうだね、キミは殺せる。キミは私によく似ている。だから分かるよ、殺せるって」

「黙れ、貴様に何が分かる! 俺が貴様に似ているだと? バカも休み休み言え!」

「違うよ、園崎くん。キミが、僕に、似ているんだ。キミは鏡だ。だからだろうなぁ」


 黒星は再び《ダークドライバー》を手に取り、腰に当てた。嗤いながら。


「キミを見ているとイライラする。

 ままならない我が身を見ているようでイライラする。

 キミは歪んだ鏡だ。歪んだ像が映っていることに、私は我慢ならないんだよ」

「貴様が俺にシンパシーを抱こうがどうでもいい。貴様はただ不快なだけだ」


 真一郎は決断的な殺意を込めた拳を振り上げる。

 しかし、その歩みは止まった。


 黒星の背後から、とめどない暗黒が溢れ出しているのを見たからだ。


「驚いているようだね、園崎くん。そうだよなぁ、キミはこんなこと出来ないもんな」

「どういうことだ、それはいったい何だ! 貴様はいったい何を……!?」


 そこまで言って、真一郎は一つの可能性に思い至った。召喚者の持つ力を。


「まさか、貴様も《エクスグラスパー》の力を持っているとでも言うのか……!?」

「その通り。キミは持っていない。だから言っているだろう、キミは歪んでいるって」


 漏れ出した暗黒が、《ダークドライバー》に収束していく。

 何が起きているのか?


「教えてあげましょう、園崎くん。キミと私とでは格が違うということにね」


 黒星は暗黒錠ダークネスキーを掲げた。

 その形が、暗黒の霞に触れるとともに禍々しいものに変わって行く。

 ドライバーもそれに呼応するように、悪魔を連想させるような形に変わって行く。

 黒星は恐るべき物体をドライバーに挿入した。


「見せてあげましょう、キミの終わりを。そして世界の始まりを。変身」


『END OF THE WORLD……』

 禍々しい機械音声が流れだしたかと思うと、黒星の体が暗黒の輝きに覆われて行く。恐るべきダークマターの姿が一瞬現れ、暗黒の甲冑の姿が変わって行く。より鋭利に、より強固に。背中には同じく漆黒のマントが展開され、彼の体を覆った。


「総てを飲み込む真の黒星、ブラックホールの力をキミにも見せてあげましょう」

「ほざけ、天十字! その場しのぎのハッタリなどにーッ!」


 真一郎は駆け出した。

 内心では感じている、ブラックホールの放つ圧倒的な威圧感を。

 それでも弱気に負けないように心を奮い立たせ、拳を振り上げる!


 放たれた拳は、しかしあっさりと受け止められた。それも、片手で。

 押すことも、引くことも出来ない。

 掌で押さえられているだけなのに、もはや何も出来なかった。


「素晴らしい。これが《エクスグラスパー》の、真なる神の力ということですか」


 かつて神の力を鎧った黒星と、真一郎は戦ったことがある。

 黒星がそう言うのも無理はない。

 対峙した彼だからこそわかる、その力の質も、大きさも、あの時の再現だった。


 暗黒の霞がワイルドガードを侵していく。

 白銀の輝きが急速に失われ、枯れ木のような色になる。

 神の持つ『死』に引きずられているのだと、真一郎は本能的に理解した。

 絶対の力を持つワイルドガードは、ガラスのように砕けて消えた。


 呆然としている暇すらなく、真一郎の顔面に衝撃。殴られたのだと気付くのに少し時間を要した。シルバスタすら上回るスピードに対応することが出来なかった。何度も、何度も、何度も。黒星は嬲るようにして真一郎を殴りつけた。ダークマターさえ上回る圧倒的パワー、そしてスピード。いかなる手段をもってしても、覆せぬ戦力差。


「終わらせてあげますよ、園崎くん。キミと僕との因縁をね……!」


 黒星はドライバーに挿入されたダークキーに触れた。

 掛け値なし、正真正銘のフルブラストが作動したのだ。

 グロッキーになった真一郎には、それが避けられない。


 暗黒のエネルギーが収束した掌を、黒星はいっそ緩慢とも思えるほどのスピードで真一郎に叩きつけた。実際には、残像しか目に映っていないだけだ。

 一瞬にして数百トンものエネルギーを叩きつけられたシルバスタの胸部装甲は粉砕され、真一郎はワイヤーに引かれたようにして吹き飛んでいく。城の城塞に激突、クレーターを作りながらバウンドし地面に叩きつけられた。セーフティ機構が発動し、シルバスタの装甲が消滅する。


 だが、彼の体に纏わりつく靄は剥がれない。

 呻く真一郎の腰に装着された《スタードライバー》が火花を上げ、爆発。

 真一郎は痛みに呻いた。


 ――《スタードライバー》は無事か?

 手の感触を頼りに手近にあったドライバーを掴む。違和感があった気がしたが、すぐにそれはなくなった。ドライバーは無事だった。ならば、シルバーキーは?

 真一郎は顔を上げ、前方を見た。


 そこには異形の闇に浸食され、不可思議な煙を上げながら消えて行く鍵があった。


「ああ……」


 無力感が彼を包み込む。

 《スタードライバー》が無事であっても、シルバーキーがなければ変身することが出来ない。ありとあらゆる力を使っても、真一郎は黒星に敵わなかった。園崎真一郎は――ヒーロー、シルバスタは、この時死んだ。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁーっ!」


 真一郎は絶叫を上げた。

 何に対しての?

 己の無力か、それとも憎き敵への憎悪か。

 それとも二度と変身できぬことへの落胆からか。

 それは誰にも分からなかった。


「そうですよ、その顔です。園崎くん。キミのそういう顔が見たかった……!」


 恐るべき暗黒の甲冑、ブラックホールは哄笑を上げながら真一郎に近付いて来た。


「いい気分です。歪んだ鏡像が正されて行く……偽物は消えて本物が残るべきです」


 もはや真一郎は一歩も前に進むことが出来なかった。

 ただ子供のように泣きじゃくるだけ。

 黒星はしばしの間それを満足げに見つめ、そして興味を失い去って行った。


 そして、真一郎も意識を失い、倒れ伏した。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 ……どれだけの時間、そうしていただろう?

 真一郎は目を覚ました。まだ戦闘の音が辺りに響いている。

 まだ戦いが続いている。だが、もう彼にはどうしようもなかった。


 真一郎は立ち上がった。痛みはあるが、シルバスタのセーフティ機構は優秀だ。

 彼の体には傷一つついていない。月岡博士は死してもなお彼の身を守ってくれたのだ。それが当人の幸福に繋がるかどうかは、分からないだろうが。


 何かに引かれるようにして、真一郎は歩き出した。何かを探すように。

 自分を肯定してくれるものを探すように。

 残念ながら、そんなものはこの世界に存在しなかった。


 彼の眼前に現れるのは、死。

 あるいは黒星によって、あるいはそれ以外の要因によって。

 彼の歩む道の先にあるのは、命を失った肉塊だけだった。


 やがて、彼は城門に辿り着いた。

 いくつもの死体、その中に見知った顔があった。


「――リナ!」


 弾かれたように彼は走り出し、死体の脇に寄り添った。

 否、彼女は死んでない。死が確実であるというだけだ。

 腕が入るほど太い傷を腹に受けながら、彼女はまだ生きていた。


「ソノザキ、さん。よか、った……あなた、ご無事だったんですね」

「すまない、リナ。俺は、俺は……!」


 彼女の体を抱き寄せながら、真一郎は涙を流した。

 いったいどこで間違ってしまったのだろう。

 きっと初めから間違ってしまっていたのだ。


 救えるはずだった。世界を。

 だが彼は救わなかった。

 死を恐れるがゆえに。


 死ななかったかもしれない。仲間は。

 だが世界を救うため犠牲になった。

 恐れたゆえ。


 この世界に来る前も、来た後も、真一郎は変わっていなかった。

 ただ己が死を恐れ、喪失を恐れる。

 誰かのために命を賭けることなど、出来はしない。

 ただの人間だった。


 それが、ヒーローというカテゴリに入れられていただけだ。

 彼は、ヒーローではない。


「言えればよかった、本心を……! 俺は、俺は……!」


 力泣き手で、リナが真一郎の頬を濡らした涙を拭った。

 身を焼く激痛を受けているだろうに、リナは気丈にも微笑み、真一郎を励ました。


「あなたは、強い人。分かってます、孤独を恐れて、戦っていたあなたのことを……」


 独りになるのが怖かった。

 一人で死ぬのも、一人で生きるのも我慢ならなかった。

 それでも、それを口に出すことはしなかった。

 ただ、誰かに傍にいて欲しかった。


 何たる惰弱、何たる身勝手。

 彼は誰よりも、ただ一人の人間であったのだ。


「きっと立ち上がれます。涙が晴れる時が来ます。その時、私は傍にいられないけど」

「傍にいたい……傍にいさせてくれ……! 俺は、独りぼっちになりたくない……!」


 独りで戦い続けた男は、もはや孤独でいることには耐えられなかった。


「生きてください、ソノザキさん。あなたの命を。それだけが、私の、望み」


 ずっと不思議だった。

 死にゆくあの人たちは、どうしていつも――笑っていたのだろう(・・・・・・・・・)

 誰もが笑って逝った。

 恐れなど微塵も出さずに、ただ自分の未来を案じて死んだ。

 未来を託すのに値しない、軟弱なる男のために。


 リナの手が力なく落ちた。しばらくの間、真一郎はその場で呆然としていた。


 恐怖の声が上がる。街が炎に包まれる。

 真一郎は見た、炎の巨人が立ち上がるのを。


 ――だからどうしたというのだ。


 真一郎は立ち上がった。そして、立ち去った。

 もはやここに、彼の守るべきものは何もない。

 たった一つ、己が命を除いては。


 この世界で生きるために、死なないために、戦う。

 奇しくも彼は原点に戻って来た。戻ってきてしまった。

 メッキで張り付けた『戦う理由』は剥がれ落ち、燃え尽きた。


 ウルフェンシュタインが、《エル=ファドレ》が燃える。

 彼はそこから目を逸らし続けた。


 ■終わり 『最弱英雄の転生戦記』、第八章に続く■


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