ひた走るもの
シルバーウルフのトリガーガードに指を突っ込み、一回転。
左手で《スタードライバー》を取り出し、腰に当てる。
展開されたドライバーに真一郎は鍵を刺し込み、回した。
「変身」
ドライバーから漆黒のラインが彼の体、両手足に伸びていき、そこからせり出すように銀色の装甲が展開された。黄金の目が輝き、変身終了を内外に告げた。
真一郎は飛び去って行くフライの背中にシルバーウルフを発砲。放たれたエネルギー弾はフライの背中にあった羽根を破壊した。
気味の悪い叫び声を上げながらフライが落ちていく。
「二人とも、馬車から出るなよ。こいつらは俺たちが始末する」
馬車を守るようにして騎士団が展開する。
周囲の防御は彼らに任せてもいいだろう、真一郎はそう判断し、跳躍。飛びながらシルバーウルフを発砲、周囲を旋回していたフライの軍団を撃破する。そして、彼方たちがいた馬車を飛び越え後列へ。
南の空からフィアードラゴンの群れが飛んでくる。真一郎はウルブズパックを装着し、遠距離攻撃態勢を整える。一瞬隙を見せた真一郎を殺さんとフライが飛来するが、振り払われた腕を半歩身を引いてかわし、飛んでくる体に肘打ちを当てて迎撃する。胸骨をまとめて粉砕され、吹き飛んで行くフライを見ないまま、真一郎はウルブズパックを構える。
高高度を飛行するフィアードラゴンに向け、真一郎はALPHAモードでの射撃を敢行する。近代兵器とは思えないほどウルブズパックの射程は短いが、これは都市部に出現することが多かった本来の敵、『スタディア』の撃破を想定した武装だからだ。
(まったく、あいつらも出てくる場所を選んでほしかったものだな。採石場とか……)
内心で愚痴りながら、真一郎はトリガーを引いた。フィアードラゴンの高度がそれほど高くなかったのが幸いした。距離による威力減衰を差し引いても、ドラゴンを撃墜するのに十分な威力をウルブズパックは持っている。トリガーを引くたびに光弾が発射され、フィアードラゴンが爆散していく。それほど数は多くない。
(連中にとっても、虎の子の航空戦力なのだろう……これならば!)
瞬く間にフィアードラゴンは撃墜され、どんどん数を減らしていく。残りわずか!
その時、真一郎はドラゴンの背に立つ男を見た。漆黒のダークスーツを纏い、喪服のような黒いネクタイを付けた男。男は眼鏡のブリッジを中指で上げ、鍵を掲げた。
「久しぶりの再戦と行きましょうか、園崎くん……変身!」
男、天十字黒星は鍵を、『ダークキー』を放り投げた。慣性の法則に従って、再び彼の手元に戻って行った鍵を、腰に巻き付けた『ダークドライバー』に挿入し、回した。
真一郎はトリガーを引き、生身の黒星を狙ったが、遅かった。
放出された漆黒のエネルギーが彼の体を守り、全身に銀色のラインが展開される。そして、そこからせり出すようにして宵闇よりもなお昏い装甲が彼の体を覆う。
ドラゴンの背を彼は、蹴った。
両手を上げながら、彼は落ちる。掲げた両手に暗黒星のエネルギーが集中した。戦輪のような形に形成されたそのエネルギーを、黒星は投げた。
ダークマターに装備された数少ない遠距離武装、ダークネスカッターだ。
正確にはフルブラストシステムの応用でエネルギーを収束、射出する機能だが、どちらにしろ似たようなものだ。
ダークネスカッターの一部は放たれたウルブズパックのライフル射撃を迎撃し、残ったものが地上の騎士たちを襲った。直撃するものこそなかったが。エネルギーの放出に巻き込まれ、吹き飛ばされ、動かなくなったものは決して少なくなかった。
「天十字! 貴様は俺が殺す! それが、俺がこの世界に来た意味だ!」
真一郎は駆け出した。己に科せられた使命をも忘れて。フィアードラゴンの背から落ちて来た黒星が、大地に降り立つ。優美な着地姿勢を取り落下の衝撃をほぼ完全に殺し、たたらを踏むことすらなく彼は立ち上がった。何もせずとも個人用防御兵装の身体強化機能があれば、高高度落下からも無傷で生還することが出来るのだが。
「この前は不完全燃焼で終わってしまいましたからね! 楽しみましょう、園崎くん!」
「黙れ! 貴様は俺の手で殺す、そこに喜びも悲しみもない!」
ウルブズパックを取り外し、ベルトのホルスターに戻す。シルバーウルフをナックルとして握り締め、真一郎は黒星に殴りかかった。シルバーウルフの刀身展開機構、シルバーエッジではダークマターの装甲を打ち破ることは出来ない。むしろ、打撃の衝撃で内部にダメージを与えた方が利口だ。
ダークマターの正面装甲に拳が叩き込まれた。甲高い金属音が鳴り響き、火花が散った。黒星は一瞬その衝撃にたじろいだ。
その瞬間を見逃さず、真一郎は両手で連続パンチを放つ! 胴、顎、脇、胴、顎、腹! 目にもとまらぬスピードで拳撃が撃ち込まれる!
「キミの力はそんなものではないでしょう、園崎くん! 楽しませてください!」
攻撃を成す術なく受けていたように見えたダークマターは、驚くべき俊敏さで放たれた一撃を捌き、逆の手でカウンターパンチを真一郎の胸に向かって打った。重トラックの正面衝突音めいた凄まじい音が辺りに響き渡り、火花が瞬いた。
(やはり驚異的なパワー……だが、こうするしかあるまい!)
ドースキンでの戦いの時とは状況が違う。アルファドライブで傷ついていたならばともかく、万全の状態のダークマターを一撃で破壊することは出来ない。同じ手を二度も食らうような男ではない。それに、距離が開いた状態では相手にも防御手段が存在する。
真一郎はあえて距離を取り、シルバーウルフを連射した。黒星は掌を掲げた。暗黒のエネルギーが彼の眼前に展開され、放たれた弾丸をすべて受け止め、消し飛ばした。これもまた、フルブラストシステムの応用だ。エネルギー波を展開しシールドと成す。
「先発システムのシルバスタでは僕と正面から打ち合うことは出来ない。
分かっているはずでしょう、園崎くん! 無駄なことは止めた方がいい!」
「そうかな? そうとも言いきれないから、戦いってのは命懸けなんだ!」
真一郎は構え直し、再び黒星に向かって突っ込んでく。確かに、単純な出力差ならばダークマターとは二倍近い差がある。だが、戦いがスペックだけで決するわけではないのは歴史が証明している。要は、どちらが上手く力を使いこなしているかで決まる!
黒星が呆れたように首を振り、真一郎の動きに合わせてカウンターパンチを繰り出す。繰り出されたカウンターパンチを、真一郎は潜り抜けるようにしてかわし、黒星の後方へ。振り返って来た黒星の顎目掛けて、左のジャブを繰り出し視界を塞ぐ。黒星は煩わし気に腕を振るうが、見えていない攻撃をかわすのは容易い。回避し、再び彼の背後へ。
黒星は真一郎の動きに翻弄され、姿を見失っている。真一郎はシルバーウルフを握った右を黒星の脇腹に打ち付ける。更にインパクトの瞬間発砲、ゼロ距離で弾丸を見舞う! 距離を置いた射撃では傷一つ付けることが出来ないが、この距離ならば! 打撃の衝撃と銃撃の衝撃、二倍の衝撃を受けダークマターが吹き飛ぶ!
「へえ……! 少しは考えたみたいだね、園崎くん!」
「貴様とやり合うのには慣れている……対策くらいは考えるさ!」
黄金のマスクに隠れた真一郎の顔が、憎悪に歪む。対照的に黒星の顔は、喜悦に歪んだ。黒星は両手を広げ、その先端に暗黒の瘴気を集中させた。ダークネスカッターを警戒し身構える真一郎だったが、予想に反して攻撃はいつまでも行われなかった。その代わりに、彼の両手には暗黒の結晶体が握られていた。指の間に挟んだ結晶を彼は握り潰した。
「それはいったい何だ! 貴様、いったい何をしようとしている!?」
真一郎は叫んだが、返答が来るよりも先に変化が訪れた。彼の周囲の空間に靄が立ち上り、そこから異形の怪物が現れたのだ。二本足で歩行する大柄なドラゴン、直立歩行する雄牛めいた怪物、六本の腕を振り回す異形の人型!
真一郎は身構える。
「こいつらは何だ。これも貴様が生み出した兵器か何かか、黒星!」
「質問したことにすべて応えてもらえるとは思わないことですね、園崎くん」
黒星は指をパチンと鳴らした。それに呼応するようにして、召喚された六体の怪物が動き出した。雄牛のとドラゴンは真一郎に、残った四体の異形は周りの騎士のところに! 騎士たちの援護に入ろうとした真一郎だが、雄牛の怪物が角を突き出し突進してくる。受け止めようとした真一郎だが、予想以上に強い力に逆に弾き飛ばされてしまう!
素早く立ち上がり、シルバーエッジを展開。逆手に持った刃の感触を確かめ、雄牛、タウラスに向かって行く。その前に立ち塞がるのは人型のドラゴン、トカゲのように冷たい視線を真一郎に向け、両手から伸びる鋭い爪を振りかざし両者の間に立った。
脇腹から心臓までを抉らんと、真一郎はシルバーエッジを振り上げた。ドラゴンは左の爪を振るいそれを弾き返す。思っていたよりも強い力を受け流しつつ真一郎はその場で反転、もう一度切り掛かる。ドラゴンは右の爪で首を狙った一撃を防御、左の爪を振り上げ真一郎を逆に襲った。銀色の装甲から火花が上がり、真一郎の体が後ろに吹き飛ぶ。
「グァッ! クソ、こんなところで手間取っているわけにはいかないというのに……!」
ドラゴンとタウラス、予想外に強い力に真一郎は狼狽えた。いままで戦ってきた敵の中で、これほど強い力を持ったものはいなかった。オークヒーローでさえ、彼を前にしては相手にさえならなかったのだから。目の前の敵は、文字通りものが違う。
六本腕の怪物も、後方の騎士たちに相応の被害を出しているようだった。左右から二人の騎士が上段、下段から攻撃を繰り出すが、六本腕の怪物はあっさりとそれを受け止めた。更に一人、後方から切りかかるが、それも防がれる。
六本腕の怪物の頭部には蜘蛛めいた複眼があった。恐らくあれで三百六十度、ありとあらゆる方向から迫る敵を見ているのだろう。あの怪物に死角は存在しない。残った三本の腕で左右から切りかかって来た騎士を殴り倒し反転。五本の腕で後方の騎士を襲った。
更にフリーになった黒星の存在も見逃せない。両手に暗黒のエネルギーを集中、ダークネスカッターを生成。ほとんど狙いを付けずに投げ放った。前方、後方、ありとあらゆる場所で爆発があった。アリカたちの乗る馬車を庇おうとしたが、自分に迫るダークネスカッターへの対応を行うので精いっぱいだった。馬車の下にあった地面が爆発した。
少女の悲鳴が聞こえる。続けて少年の悲鳴。落下音と、何か重いものが水没する音が聞こえた。慌てて振り返ると、炎を放つ幌の影で一人の少女が呻いているのが見えた。致命傷は受けていないようだが、足をやられているようだった。御者も血塗れだ。
ならば、彼方少年は? まさか、先ほどの水没音がそれだったのか?
「天十字ィッ! 貴様ァ……!」
「いいですね、園崎くん。その憎悪ですよ。キミの澄ました顔が歪むのが見たかった!」
黒星は醜悪に笑った。怒りに全身の血液が沸騰するような感覚があった。
彼の怒りに呼応するようにして、シルバスタのエネルギーが高まっていく。封印された星の神々の力が、《スタードライバー》を介して真一郎に染みわたっていく!
彼は矢も楯もたまらず駆け出した。ドラゴンが泰然自若として構え、爪を振り下ろした。ショルダーアーマーに鋭利な爪が振り下ろされ、火花と衝撃が彼を襲った。だが、それでも止まらない。ドラゴンに抱き着くようにして突撃、その体を力強く押した。意外な力の強さにドラゴンもたじろぎ、成すがままになっているようだった。
真一郎はドラゴンの体を乱暴に投げ捨てた。やはりドラゴンは成すがままになっている。無防備な体躯に向かって、真一郎は右手を叩きつけた。ドラゴンの頬が歪み、たたらを踏む。真一郎は何度も拳を叩きつけ、フラフラになったドラゴンにハンマーパンチを叩きつけた。地面に押し付けられたドラゴンは立ち上がることすらも出来ない。
仲間の危機を察したのか、あるいは真一郎に隙を見出したのか。タウラスがねじくれた角を向けて突撃してくる。真一郎はシルバーキーを捻った。『FULL BLAST!』、機械音声がエネルギー収束を告げる。真一郎は右足を引き、タウラスを待ち構えた。
必殺の一撃を、真一郎は完全に見切っていた。頭を向けて突撃してくるタウラスの防御を縫うようにして前蹴りを繰り出す。顎を打った蹴撃がタウラスの分厚い皮膚と筋肉、骨格を突き破り、背中から抜け出した。
振り上げた足を、更に真一郎は転がったドラゴンの背中に落とした。爆発的な威力の踵落としがドラゴンの体を完全に破壊した。
二者はほぼ同時に爆発四散した。
真一郎はシルバーウルフの銃口を六本腕の怪物に向け、トリガーを引いた。六本腕の怪物の背中で火花が立ち上り、たたらを踏んだ。その隙に騎士たちが一斉に攻撃を仕掛ける。残った三体の同型種に対しても同じような攻撃を繰り出そうとしたが、妨害された。横合いから放たれた拳によって打。真一郎はよろめき、そちらを見返す。
「あなたの相手は私ですよ、園崎くん! 忘れないで下さい!」
「どけ、黒星! 貴様などに、構っている時間などない!」
激高する真一郎と、黒星が再びぶつかり合った。
彼は落ちた子供を助けることも忘れて、憎い相手との戦いに全神経を集中させた。




