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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
終わりの足音
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皇子と皇女と

 荒く舗装された街道を移動しているせいか、幌付きの馬車はガタガタと揺れた。真一郎はため息を吐く。これほど息のつまる旅をしたのは、この世界に来てから初めてだった。

 護衛対象である皇族を守るため、『帝国』『共和国』の両国は最精鋭を集めていた。彼らに取り囲まれて移動する二人の皇族は、さながら犯罪者か何かのようだった。


「あの、ごめんなさい。何か、気に障ることでもありましたか?」

「いや、キミが気にすることじゃない。こちらこそ、妙なことをして悪かったな」


 気弱そうな鼠色の髪の少年が、相手が何に苛立っているのかも分からないままに謝って来た。まさか、騎士団長の部屋にいたあの子供が護衛すべき皇族だとは思っていなかった。少年の名前は花村彼方、亡き『帝国』皇帝の遺児だ。


「彼方、あんたちょっとビクビクし過ぎなんじゃないの? ビシッとしなさいな」


 その隣にいた少女は少年をたしなめた。気楽に過ごしているように見えるが、所作の一つ一つにはどこか高貴さが感じられる。よく訓練されているな、そう真一郎は思った。彼女の名はアリカ=ナラ=ヴィルカイト、『帝国』の皇女だ。


 二人とも皇帝ヴィルカイト七世の子供ではあるが、身体的特徴はほとんど似ていない。控えめに見れば、二次性徴の訪れていないであろう彼方少年はどこか中世的な体つきをしており、少しばかり目元が二人とも似ているな、と思うくらいのものだった。疑問に思い聞いてみたが、芳しい回答は得られなかった。そういうことなのだろうと彼は納得した。


「御者さん、ウルフェンシュタインまではあとどれくらいで着くんだ?」

「陽が落ちるまでには到着するはずです。しばらくの辛抱ですよ」


 御者は出発から何度も繰り返されてきた質問に、うんざりするように答えた。真一郎には太陽の位置で時間を測るような、便利な技能は持っていない。それに加えて地図が読めない。おおよその距離も把握はしていないので、どれだけ時間がかかるかも分からない。


「あんた、その歳で地図も読めないの? なっさけないわね」

「俺以外に読める奴がいるんだ。だったら、俺が読めなくても問題はないさ」


 アリカ皇女のどこか挑発めいた言葉に、真一郎はつれない言葉で返した。どこか歳に見合わない、刺々しい雰囲気を感じるが、それは彼女が幼くして父を失ったことに起因しているのだろう。それも、自然なことではない。テロによって失われたのだ。

 いままであったものが九に失われる恐怖は、想像するに恐ろしいものだった。


(ま……ガキのストレス解消に付き合ってやる義理もないがな……)


 そこまで考えて、真一郎はくだらない、と自分の考えを打ち消した。この子供が何を考えていようが、どんなことを思っていようが、自分には関係のないことだ。

 いま彼がすべきことはこの二人を安全にウルフェンシュタインまで送り届けること。そうでなければ仲間を推薦してまで護衛部隊に入った意味がない。自分の価値を守ることが出来ない。


「他の世界から来た《エクスグラスパー》には何人か会ったことがあるけど……

 あんたって、変わってるわね。他の人たちとは何て言うか、雰囲気が違うわ」

「俺以外の《エクスグラスパー》と会ったのか。さすがは『帝国』の皇女様だな」

「色んな人がいたわ。男、女、若いの、年寄り。それぞれ色々だったけど……」


 アリカは真一郎の頭頂から爪先までを、何度も見た。真一郎はさすがにバツが悪そうな表情を浮かべ、そんな彼の心情を察した彼方が彼女を止める。だがアリカは止まらない。


「……ふん。いままで会った連中の中で、あんたが一番つまんない奴だわ」

「なんだと?」


 別に張り合おうだとか、そんな気があったわけではなかった。だが、彼女から放たれた挑発的な言葉がどうしても気にかかった。思わず彼は身を乗り出し、アルカを睨む。


「も、もうアリカ! どうしてそんなこと言うのさ! ご、ごめんなさいソノザキさん」

「別に。あたしはただ思ったことを口に出して見ただけ……不快に感じるっていうなら、あんたもそのことを自覚してるってことじゃないの? いわゆる図星ってやつ」

「……ふん。お前のおもちゃになりたくて、こうしてここに来ているわけじゃない」


 見ず知らずのガキが、自分のことをどれだけ理解している? 見透かしたようなことを言うアリカに、段々と腹が立ってきた。だが彼の言葉は馬車の揺れにかき消される。


「ここから先は道がなくなりますので、少し揺れます。ご注意ください、皆さん」

「道がなくなる? どういうことだ。首都まで行くんじゃあないのか?」


 護衛計画の詳細について、真一郎は知らされていない。だから彼は、そのまま真っ直ぐ街道を進んでいくものと思っていた。だからこそルートから逸れた、と彼は判断し、馬車から身を乗り出した。目の前に広がっていたのは、断崖絶壁だった。


 かろうじで一本通った太い道が伸びているだけで、左右には切り立った崖があるだけだ。そこには大量の水が貯まっており、貯水池のようになっている。


「これはいったい……まさか、こんなところがあるとはな」

「なんだ、あんた知らないのか? 本当に何も知らねえんだな、あんた。

 ここは有名だぞ。十数年前、大統領肝煎りでここで工事があったんだ。

 山一つを削り出すような、スゲエ工事さ。だけど、途中で事故があって計画そのものが潰れちまったのさ。工事現場は水の底に沈んで、何人もの工員が犠牲になった。大地を汚すようなことはしちゃなんねえ」


 この世界でもそれほど大きな公共工事が計画されていたとは思わなかったので、真一郎は大いに驚いた。と、そこで別のことが気になり御者に話しかけてみた。


「なあ、ところでここに作られようとしていたのはいったいなんなんだ……」


 だが、御者が二の句を発する前にけたたましい銅鑼の音が鳴った。御者は冷静に馬を御し、馬を止めた。先ほどの銅鑼のパターンは、前方に妨害するものがあり、だ。この状況で妨害を仕掛けてくるものなどそうはいまい、すなわち『真天十字会』。


「新手の《ナイトメアの軍勢》が現れたぞぉーっ! 総員、戦闘態勢ーッ!」


 総隊長の怒声が戦場に響き渡り、騎士たちの怒号が空間を覆い尽くした。同時に、空から羽ばたきの音が聞こえてくる。真一郎は馬車から身を乗り出す。何体ものドラゴンが空中を旋回していたのは想像の範囲内だったが、それ以外にも飛んでいるものがいた。


 ミステリ漫画に出てくる犯罪者シルエットのような、黒ずくめの人間のような形をした生物。だが、その背中からはハエのような羽根が生えており、不快な羽ばたき音を上げながら飛んでいる。シルエットの口に当たる部分が開き、白く鋭利な歯が顔を出した。

 口を広げ突撃してくる怪物を前に、真一郎は御者を押し倒しながら倒れ込んだ。一瞬前まで御者の首があった場所を、怪物の口が通り過ぎていった。


「ザ・フライってところか。グロテスクな化け物はスクリーンの中だけで十分だ」


 シルバーウルフのトリガーガードに指を突っ込み、一回転。左手で《スタードライバー》を取り出し、腰に当てる。展開されたドライバーに真一郎は鍵を刺し込み、回した。


「変身」


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