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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
終わりの足音
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次なる旅立ちと別れ

 翌日。真一郎とクラウスは騎士団長、そして神官長に呼び出された。最初にこの世界に来た時と同じだな、と真一郎は思ったが、その表情はあの時よりも暗かった。


「よく来てくれたな、ソノザキくん。まあ、掛けてくれたまえ」


 騎士団長は丁寧に着席を進めて来た。普段のように偉そうにふんぞり返っているのではなく、応接机を使い対面に座った。これもどこか違和感があるように真一郎には見えた。


「聞き及んでいるかもしれないが、『帝国』が陥落した」

 初耳だった。クラウスが驚き、立ち上がりそうになるのを真一郎は押さえた。


「『帝国』か。目的地の一つがなくなってしまうとは……」

「陥落したということは、何者かの攻撃を受けたということでしょうか? 『帝国』を武力で制圧できるような者たちがいるとは、到底思えませんが……」


 この《エル=ファドレ》において『共和国』と双璧を成す力を持つ国家、『帝国』。かつてクラウスから、地続きであったのならば『共和国』も危ない、と聞いたことがあった。『共和国』の戦力がどの程度のものかは分からないが、騎士の練度自体は高いように思える。装備の質と合わせて、『帝国』と互角。それを正面から打ち破れるとは、何者か。


「敵は『真天十字会』を名乗るカルト宗教組織だ。どのような主張を持っているのかは判然としないが、ともかく『帝国』を落とせるほどの戦力を保有しているようだ」

「目的も判然としないのに、なぜカルト『宗教』組織だと分かるのです?」


 何らかの内偵調査の結果かと思ったが、騎士団長は首を横に振った。


「グラフェン政府に『真天十字会』を名乗る者たちから檄文が届いていたのだ。届いてからこれまで何もなかったため、悪戯と判断していたのだが……このような事態になってしまった以上、あの文章が犯行声明だと判断せざるを得ない」


 そう言って、騎士団長は一枚の羊皮紙を取り出して来た。縦二十センチ、横十五センチほどの小さな紙片に、びっしりと赤いインクで何か文字が書かれているのが見えた。もちろん、真一郎にはその内容を理解することが出来るが、見ていると目が滑ってくる。とにかくそこに書かれている主張は抽象的なもので、具体性を欠くように思えた。


 大部分を要約するのならば、現在の世界にある天十字教会は商業主義と大衆主義に迎合した唾棄すべき存在であり、神より賜った大地を汚し、神の与えたもうた神託を曲解している。ゆえに、現行の天十字教会は破壊されなければならないのだ、と書かれている。

 更に、与えられた教義を曲解する『帝国』、更にはその矛盾の上に成り立つ『共和国』もまた同じように排除されるべき存在であるという。『帝国』と『共和国』が秘密裏に結託し、この世界の行く末を操っているという、陰謀論めいた記述さえもある。


「檄文というよりは、怪文書と言った方が正しいのではないでしょうか。あまりに内容がなさすぎて、見ていて困ってしまいますよ……」

「しかし、現実に『真天十字会』なる勢力が台頭している以上、彼らが本当にこのような思想を、少なくとも表面上は持って事に当たっていると考えざるを得ないだろう」


 『真天十字会』のトップがどのような思惑を持っているかは分からないが、少なくとも末端の人間はこう考えながら行動しているのだろう。そうだとしたら厄介だな、と真一郎は思った。自分のことが正しいと思っている人間が、一番始末に負えない。


「俺をここに呼び出したのは、『真天十字会』との戦いに俺を巻き込むためか?」


 ここまで話されて、何も分からないほど真一郎も鈍くはない。騎士団長は重々しく頷いた。彼がフランメル、そしてドースキンでやって来たことを、彼は知っている。騎士団との協調行動がとれないため、通常兵力として運用するのは難しいだろうが、しかしエクスグラスパー戦をこなせる戦力として、彼の力は貴重なものなのだ。


「勝手なことを言っているのは重々承知している。だが、『帝国』を滅ぼした『真天十字会』の力は我々も重く受け止めている。どうか、その力を貸していただけないだろうか」

「分かった。それで、俺はいったい何をすればいい?」


 真一郎はあっさりとその要請を了承した。むしろ、それを頼んだ騎士団長と神官長の方が面食らってしまったくらいだ。真一郎はその表情を見て訝しんだ。


「どうした、頼んでおいて。こうなることを期待していたんだろう?」

「いや、もちろんそうだが……しかし、これほど簡単に頷いてくれるとは……」

「『共和国』がなくなれば、俺の探索行にも支障が出るからな。それは避けたい」


 真一郎はそう言い、口では悪ぶって見せたが、それだけではないだろうなと神官長は思っていた。一月ほど前に会った時より、真一郎の態度は幾分か柔らかかった。


(何をしたのかは承知してはいないが……リナはよくやってくれているようだな)


 内心で神官長はほくそ笑んだ。分かっていた、この男を力によって押さえつけたり、屈服させたりするのにはかなりの困難を要すると。それならば、精神的に押さえつけてしまえばいい。相手に情を抱かせる。思考を誘導されている実感さえ、対象者には抱かせない。危険な旅に神官が同行すると言い出した時、賛成したのは神官長だけだった。


(彼女の真摯な態度が、彼の心を開いた……そう思っておきましょうか)


 神官長はリナが死なずに帰ってきたことに、始めて感謝した。もし、彼女の命が失われていたのならば、このような結果にはならなかっただろうから。


「それで、その『真天十字会』とやらはいったいどういう存在なんだ? スパイを送っていたんだろう、敵の規模は分からずとも装備や構成くらいは分かるだろう?」

「もちろんだ。蓄積してきた情報がこちらにはあるからな」


 騎士団長は語り出した。『真天十字会』の構成員は、主に田舎で食い詰めた農民や『帝国』騎士団に追われた山賊や盗賊の類、いわゆるアウトロー。彼らに共通しているのは、社会に対して強烈な不満を持っているということだ。特に『帝国』は長い日照りで農産物が壊滅的な状態に陥っており、農民たちの生活は日に日に苦しくなってきているという。


 山賊や盗賊の中には、そうした止むにやまれぬ事情を持っているものたちも多い。『帝国』はその理由を鑑みず、一緒くたにして彼らを狩り立てた。


「なぜ農民だと分かる? 構成員の身元を一々洗ったわけではあるまい?」

「彼らの身体的特徴や語彙、知性、教養といった観点からの推察だ。恐らく、それから遠くは外れていないだろうというのが我々の見方だ。体格的には恵まれたものが多いが背は低い、体を酷使してはいるが栄養が足りていない、ということだろう。手足は節くれだっており、日常的に農具のようなものを使っていると思われる。これでどうかね?」

「なるほど。確かに信憑性はあるように思えますね」


 どのみち、相手の素性を完全に理解することなどこの世界では出来ないのだ。雑なプロファイルだろうとどうでもいい、とにかく自分と対立する敵がいるということが重要だ。


「それから……敵は銃火器を使用している」

「銃火器を? それは、本当なのですか?」


 いきなり現実に引き戻されたような気分になった。カルト宗教集団のテロ、というのももちろん現実感を持ったものではあるが、それでも真一郎にとっては別世界の出来事だった。だが、一度はその目で見たことがある銃を使っているとなると話が変わってくる。これまでとは打って変わって、リアリティが彼に襲い掛かってくる。


「敵はどのようなルートで銃を手に入れているのでしょう? この世界では銃を作れるような冶金技術はないでしょうし、兵士一人一人に銃を与えられるような設備も……」

「ない、と言えるだろうな。この国にも銃を持っているものはいる。だが《エクスグラスパー》だ、我が国の技術者が総がかりになっても、コピー品すらも作れていない」


 恐らく、その銃を持つものというのは尾上雄大のことだろう。フランメル村で出会ったあのうさん臭い男のことを、真一郎は思い出した。彼は兵士だったのだろうか? どのようにしてこの世界に銃を持ちこんできたのか、それだけが気になった。


「ともかく、敵は現実に銃で武装している。その力を前に、『帝国』騎士団さえ敗れ去った。我々『共和国』は、この事態を重く受け止めている。すでに十隻の飛行船を『帝国』本土に隣接するアルクルス島に飛ばす手筈になっている」

「『帝国』本土を蹂躙した『真天十字会』との戦いのためですか?」


 真一郎は出来るだけ丁寧に聞いたが、騎士団長は首を横に振った。


「敵の進行速度は極めて早く、アルクルス島では迎撃態勢を整えられないと我々は判断した。飛行船を飛ばすのは避難民を収容するためだ。業腹なことではあるが、『真天十字会』を我々『共和国』本土に誘い込み、彼らとの交戦を行う」


 まさか、敵を懐に招き入れるとは思っていなかったため、真一郎は驚いた。本土決戦と聞くとどこか悲壮感さえ漂ってくるが、大型爆撃機のようなものが存在しないこの世界では現実的なプランだろう。『真天十字会』がどの程度の規模を持っているかは分からないが、上陸するとなれば一度体勢を立て直さなければならないだろう。その隙に『共和国』側が迎撃態勢を整え、正面からの戦いに持ち込む、ということか。


「ついては、キミには『帝国』避難民を収容する飛行船の護衛を頼みたい」

「あのドラゴンもどきが空を占領しているのだったな? 任せてくれ、手はある」

「そう言ってもらえると助かる。フィアードラゴンは現状、空の王者だ。よほどの幸運と熟練が重ならなければ、空であれを落とすのは困難だ。キミの力に期待している」


 騎士団長は深々と頭を下げた。真一郎はその手にシルバーキーを乗せ、握り締めた。かつて、同じようなことを真一郎は経験したことがあった。

 『スタディア』災害が市民にも認識され始めた頃、すなわちあの戦いが終盤に差し掛かった時のことだ。『スタディア』が市街地にも浸透し、甚大な被害をもたらした。街から脱出しようとする人も多くいたが、それを狙って多くの『スタディア』が現れた。真一郎には彼らを守り切れなかったという、苦い経験があった。


(今度こそ守り抜いて見せる。そして天十字黒星、貴様は俺の手で殺す……!)


 真一郎は決意を新たにし、目の前の現実に立ち向かうことを決めるのだった。


 グラフェン市街で合流した真一郎たちとフィネたちは、今後のプランを話し合った。


「なるほど、『帝国』の連中を助けることになるんすか……あっしとしては複雑ですね」

「『帝国』の奴隷狩りに追われてきたんだったな、お前は。確かに複雑な気持ちになるのは分かるが、彼らはそうしたことに関連してきてはいない。『真天十字会』というならずものに居場所を追われ、どうにもならなくなっている人々だ。お前と同じさ」


 言って、真一郎はそうかな、とも思った。確かに、『帝国』の住民すべてが奴隷制度を肯定しているわけではないだろう。だが、それは必ずしも否定しているとは言い切れない。ドースキン地下で会った、元農場主だったという男の言葉を思い出した。


「俺たちゃあいつらが言ってたみたいに、奴隷を物みたいに扱っちゃいなかった。そりゃあ、ただの労働者より何段か待遇は落ちるだろうがよ。家族みたいなもんだったんだぜ、ホントだ」


 勝手な言い分だ、と今になると思う。本人がそう思っていたとしても、奴隷として使役されていた人々はそうは思っていなかっただろう。彼自身が奴隷を狩り立てているわけではないが、奴隷制度を肯定し、奴隷を使っていたのではそれと同じではないのだろうか。もっと言うのならば、『帝国』で暮らしていたごく普通の人々も……


「……ともかく彼らは助けられなければならない。理解しなくていいが、納得してくれ」

「別に、助けたくねーって言ってるわけじゃないんですよ? ただ、もやもやするんで」


 フィネのもやもやは正当なものだ。考え始めて真一郎もモヤモヤし始めていた。このもやもやは自分を殺すものだな、と思い、真一郎は無理矢理自分の考えを振り落とした。


「またお前たちには、困難な仕事に付き合ってもらうことになる。本当にすまない」

「これは俺の仕事でもある。むしろ、お前に協力してもらえて助かるくらいだ」

「あっしは旦那に助けられてから、旦那のために命を使うって決めてますから!」


 クラウスとフィネはすぐに返答をしてくれた。二人の気負いもてらいもない表情に、真一郎は思わず笑みを返してしまう。しかし一人、肯定の感情を示さないものがいた。


「……すみません、ソノザキさん。今度ばかりは……ついて行けません」


 彼女は本当に申し訳なさそうな表情で、そう言った。


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