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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
プロローグ
4/48

ここにいる理由

 眩い太陽の光で、真一郎は目を覚ました。

 頭がガンガンと痛む、枕が変わったせいだろうか。

身を起こし、辺りを見回し、自分に起こったことが

夢でないことを確認した。


 真一郎はレンガ造りの冷たい部屋の中にいた。

 壁面にある暖炉からは煌々とした灯りが漏れている。

くべられた木炭がパチパチという音を鳴らした。

掛けられた毛布をはがし、立ち上がった。

鍛え上げらた上半身が空気に晒される。

寝る時は上を脱ぐ派だ。


 備え付けられた窓から外の様子を見る。

 自分の身に起こった事態を再確認し、くらくらするような心地がした。

窓の外にあった世界は、彼の知るものとは違っていた。

煉瓦と石で作られた街。

 街行く人々は麻で作った服を着て、背中に大きな革製の背負い袋を

持って歩いている。牛やロバを引き、多くの荷物を持っているものもいる。

商人だろうか?

 都市の街並みは、現代のそれよりも緑に乏しいように見えた。

その代わり、いくつもの石を複雑に積み上げた城塞の向こう側には

広大な森林が広がっている。


 もちろん、真一郎を驚かせたのはそんなものではない。問題は外周だ。

世界は地平線の彼方まで広がっているわけではなかった。

 大地は途中で途切れ、その先には空があった。見上げてみると、

そこにも大地が飛んでいた。雲の間に間に浮かぶ大地。

まるで伝説の高天原か何かか、と真一郎は思った。


 空飛ぶ大地はだいたい、独楽のような形をしていた。

 表面、すなわち人間が暮らしている大地は山や谷ででこぼこしているが、

概ね平べったい。その縁は切り立った崖になっている。

底が深く、少なくとも大地を踏み抜いてしまう心配はなさそうだ。


 下に海はあるのだろうか。

覗いてみたが、無限の雲海に阻まれ確認は出来なかった。


 そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされた。

 真一郎は慌てて、支給された朝のシャツを着た。

チクチクとした肌触りが気に入らなかったが、贅沢は言えない。


「あの、すみません、私です。リナ=シーザスです。入ってもよろしいですか?」

「鍵はかけていない。入ってきてくれ」

 遠慮がちに扉が開かれ、まだ少女と言っても差し支えのない、

あどけない表情をした背の低い女性が入って来た。

真一郎がこの世界に来て最初に会った人間だ。


「この度は、我々の呼びかけに応じ、馳せ参じていただいたこと、感謝します」

「俺がいつ、お前たちの呼びかけに応じたかは知らんが……」

 少なくとも、気が付いた時にはこちらにいたのは『呼びかけに応じた』とは

言わないだろう。リーンは困ったような表情を作った。

この女に言っても仕方はあるまい。


「昨日は聞けなかったが、詳しい話を聞かせてもらおうか」

「もちろんです。騎士団長と神官長がお待ちです。ご案内いたします」

 真一郎は訝しんだ。騎士団長と神官長、すなわち軍事と宗教両面の

トップを招集するほど、自分の存在と言うのは彼らにとって

大切なものなのだろうか、と。


 リナの導きに従い、真一郎は通路を進んで行った。

このあたりは客間になっているのだろう、ホテルめいた清潔感の

ある通路だった。だが、鈍色の石畳と壁に囲まれた空間は、

何となく閉塞感を感じさせた。壁面には左右等間隔にランプが

設置されている。夜になったら、これに火を入れる役目が

この世界にはあるのだろうな、とぼんやりと思った。


 階段を下り、レッドカーペットの上をしばらく歩き、中庭を通過した。

真一郎は太陽を見上げた。彼の持っている知識がこの世界で

通用するのならば、彼がいままで泊まっていた客間は東側にあった。

リナは彼を北側の、一際高い尖塔がある建物に誘った。

 尖塔には雷神を象ったモニュメントがかけられており、

大きな鐘が設置されていた。


 北側の建物は重厚な鉄鎧を纏った兵士によって守られていた。

リナは彼らに通行証らしき羊皮紙を見せた。確認が終わると、

兵士の手によって扉が開かれた。扉の奥にはもう二人、兵士がいた。

油断なく入り口を見張っている。よほど重要な場所なのだろう。


 入った先は広間になっていた。

全方位に扉があり、北東方面に階段があった。

リナはまっすぐ進んで行き、一際大きな扉を開いた。

 長テーブルが置かれた、食堂のような場所だった。

 奥行二十メートルもあるような広い部屋で、天井も高い。

掲げられている絵画も、飾られている壺も、部屋を照らす

シャンデリアも、何もかもが高価で貴重なものなのだろう。

テーブルに置かれたナイフとフォークでさえ。

軽い目眩が彼を襲った。


 部屋の奥には、すでに二人の人がいた。リナの言っていた騎士団長と

神官長であろう。戦場では役に立たなそうな、複雑な装飾を施した鎧を

着た人物と、純白のローブを纏った人物。

 いずれもかなりの高齢だが、相貌には力が宿っていた。


「よくぞ、お出で下さいました。神官長、島影相馬と申します」

「……日本人?」

 真一郎は思わず言った。たしかに、隣の騎士団長と比べれば彫りが浅い。

「立ち話と言うのもあるまい。こちらにかけてくれ」

 騎士団長は座ったまま尊大な口調で言った。

もっとも、相手の地位が高いのでそれは致し方ないだろうが。

 特に何も言わず、真一郎は神官長の左隣に座った。


「よもや、本当に《エクスグラスパー》なる者が存在していたとは、驚きを禁じ得ない」

 何を言っているのかは分からなかったが、それが自分を指しているのだろう、

ということは分かった。幸い、すぐに神官長がフォローを入れてくれたが。


「《エクスグラスパー》とは《エル=ファドレ》の地に伝わる伝承の存在です。

 我々人類の敵について、リナから説明を受けておいでですかな、真一郎殿?」

「彼らが人間の敵であるということ以外は、まだ何も。何分夜遅かったものですので」

 一応、リナにもフォローを入れておいた。


「太古、光と闇がまだ一つだった時代。混ざり合っていた二つの根源は、

 闇が力を増したことによって分離し、一個の存在となりました」

 長くなりそうだ。茶は振る舞われていたが、飲む気にはなれなかった。

「闇は世界を覆い、自らの眷属を作り出した。それが暗黒の軍勢、

 《ナイトメアの軍勢》。彼奴らは光と闇がまだ一つだった時代に

 作り出した人間や、多くの生物を滅ぼし、《ナイトメアの軍勢》を

 この地に蔓延らせようと画策した、と伝えられております」


「その神話と、《エクスグラスパー》とやらの関連性は?」

「この先に。逃げ延びた光は世界を救うため、密かに活動した。

 しかしながら、自分の眷属では《ナイトメアの軍勢》には敵わない。

 光は外の世界に助けを求めたのです」

 自分がこの世界に呼び出されたのは光とやらの仕業らしい。


「光の呼びかけに応じて現れた勇者に、彼の者は根源たる力を

 分け与えたと言われています。十二人の勇者は根源の力を借り、

 邪悪なる《ナイトメアの軍勢》を打ち倒し、ついには闇を

 打倒したと言われています。勝利を掴み取った者、

 《エクスグラスパー》は戦後もこの世界に残り、

 豊穣をもたらしたと伝えられているのです」

「それ以来世界からの来訪者を《エクスグラスパー》と呼ぶ風習の名残なのだ」

 いかめしい顔をした騎士団長はあくまで慇懃な態度を取り続ける。

「もっとも、この数百年間、《エクスグラスパー》などと言う存在が現れた、

 ということはなかった。十二人の勇者の足跡をも、伝承の中に埋もれるのみ。

 よもや本当に、キミのような存在が現れるなどとは思っていなかったのだよ」

「だが、俺はここに現れた。あんたたちに呼び掛けによって。なぜだ?」


 回りくどい話は、真一郎の苦手とすることだ。彼は核心に迫った。

「……数百年に渡り、滅んだと目されていた《ナイトメアの軍勢》が蘇ってきた」

 騎士団長は重苦しい口調で言った。本当ならばやりたくない、とでも言うのか。

「無尽蔵とも思える戦力を持って、彼の者たちは《エル=ファドレ》の地を

 蹂躙しつつあります。我々の力には限りがある。だからこそ、我々は勇者を

 頼ったのです」


「《ナイトメアの軍勢》など、何するものぞ! だが、兵站も兵力も

 無限ではない! ゆえに我々は、このような手段に出ざるを得なかったのだ!」

 騎士団長は唇を強く噛み締めた。面と向かって『敵わない』と言われては

立場がないのだろう。その体は小刻みに震えている。神官長も失言だったと

気付いた。


「だから俺に解決させようというのか。この世界の問題を、関係のない俺に」

「無責任であることは重々承知の上……! ですが、我々にとっては喫緊の

 事態なのです! この世界を守るためならば、私はどのような手段でも

 取らせていただく……!」

 神官長は強い意思を秘めた瞳で真一郎を見た。たしかに、この男は

なんでもするようだ。人の逃げ道を塞いでおいて、あたかも選択肢が

あるような言い方をする。片道切符の旅行、この先どうなるかはこ

の男の考え次第、ということなのだろう。


「いいだろう。どうせ行く宛もない、この世界……救って見せようじゃあないか」

「おお……! か、感謝する! 感謝いたします、ああ! 『光』よ……」

「ただ、条件がある。あんたたちなら簡単な条件のはずだ」


 神官長は色を失った。どんな無茶苦茶な要求をされるのか、と身を震わせた。

「まず、俺はあんたたちの指示では動かん。騎士団とやらもあるようだが、

 そいつらの指図は受けん。俺は俺の意思で、俺のやりたいようにやらせてもらう」

「バカな……! 《エクスグラスパー》の力、野放しに出来るはずがあるまい!」

 騎士団長は憤慨したが、真一郎は無視した。狼狽えて隙は見せられない。


「次に、この世界の案内人を付けてもらう。

 まずは、やらなきゃならないことがあるんでな。

 恐らく、ここでそれを成し遂げることは出来ないだろう。

 旅立つ必要がある」

「つまり、キミの自由を約束し、自由に振る舞うだけの後ろ盾が欲しい、

 ということか」


「神官長、このような妄言を聞いていても仕方があるまいッ!」

「聞かないなら聞かないでいい。俺は俺の好きにさせてもらうだけのことだ。

 この間はオークと斬り合いになったが、人間相手にやるのもそうそう悪くは

 ないだろうなァ」


 真一郎は挑発的に言った。

 貧民窟での惨状が、騎士団に伝わっていないわけではない。

あれを騎士団相手にやられれば、どうなるか。騎士団長は狼狽えた。

「騎士団長、止めておきましょう。《エクスグラスパー》を自由には出来んだろう」

「くっ、だ……だが、このような無法を許すことは断じてッ……!」

 あくまで騎士団長はこだわるようだったが、神官長はそれを無視して話を続けた。


「分かった。ただ、人員の選定はこちらでさせてもらう。いいかね?」

「俺はこちらの世界についてよく知らないからな。選定についてはそちらに任せる」

 体のいい監視。無論、そんなものをつけないわけがないということは

分かっていた。真一郎は話は終わった、とばかりに立ち上がった。

呼び止められるのは面倒だ。

 その後ろを、リナが慌てて追いかけて行った。

部屋を出る前、深々とお辞儀をして。


 部屋に残されたのは、苛立たし気な騎士団長と神官長だけだった。

「くっ……あのようなことを許していいはずがありますまい! 危険すぎます!」

「騎士団長、あなたは彼がこの国に仇成すとお考えなのでしょうか?」

「その可能性が少しでもある限り、あれほどの力の持ち主を

 放置しておくわけにはいきますまい! ダウンタウンでの

 戦闘の結果を、あなたも聞いているはずですぞ!」


 戦闘が終わった後の惨状は、とにかく酷いものだった。

 人間の犠牲者も少なからずいるが、オークの死体はその数倍に上った。

たった一人でオークを蹂躙出来る力を持つ人間を、騎士団長は

危険視しているのだ。だが、神官長は冷静だ。


「もし、彼が本格的に仇成すことになれば……本営への報告もせねばなりますまい」

 騎士団長はビクリ、と体を震わせた。『共和国』本営。

その噂を聞いたことが、彼にはあった。一騎当千、鬼神の如き兵を

擁していると。一笑に伏すにはリアル過ぎた。


「ご安心召されよ。話してみた感触でしかないが、自らの状況が

 分からぬほどのバカではなさそうだ。自分の分もよく心得ている

 ように見える。しばらくは好きにさせましょう」

「《エクスグラスパー》召喚は本国の命です! どう報告すればよろしいので……!」

「ありのままを報告します。伝承通り、《エクスグラスパー》を縛ることは出来ない」


 そういうと、彼は外の景色に目を向けた。

 《ナイトメアの軍勢》の出現により、この街は大きく傷つけられた。

 手段を選んでいられる時では、なかった。


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