破滅のプレリュード
一行は祭りの喧騒を離れ、街の隅にある公園まで来た。この辺りまで
来ると周囲の建物もどこかみすぼらしいものになり、街全体にもどこか
活気がないように見える。
「ように見える、んじゃなくて実際に活気がないんすけどね。ここは……」
フィネはどこか呆れたようにつぶやいた。そう言えば、彼女は最初に
会った時この辺にいたのだな、と真一郎は思い出した。ほんの一月前の
ことだが、遥か昔のことに思える。
「奴隷商のところから逃げてきて、必死になって走って、んで飛行船の
積み荷に潜んで、自分で言うのもなんですけど、ホントよく生きて
ここまで来られたもんっすよ」
「峠でゴブリンに殺されかけて、よく着いて来る気になったもんだな。
本当に」
フィネはこの世界に来て二番目に出会った人間だ。その時は一緒に
助けるその他大勢に過ぎなかったが、こうして一緒に旅をしている。
人生、どう転がるか分からない。
「こうして一緒に戦えているということ自体、俺にとっては驚くべき事態さ」
そう言って、クラウスは苦笑した。騎士団の監視役として真一郎の旅に
同行してきた男だったが、フランメル村で弱みを見せて以来真一郎の彼に
対する評価は変わっていた。彼を目覚めさせるために戦い、そして彼に
自分自身の弱みをも見せた。クラウスへ信頼を抱くなど、この世界に
来た時ならば考えられないことだった。
この世界に来て、様々な変化を遂げて来た。自分も、他人も、世界も。
世界を歪める変化も多いが、自分に限ればこの世界で遂げた変化は決して
悪いものではなかった。
(むしろ、向こうの世界でもあったものがいまも俺を悩ませているのだな……)
宿敵、天十字黒星のにやけ面を思い出す。こちらの世界に来て、奴の力は
弱体化しているように思えた。かつて覚醒させた暗黒神の力はエンブリオ、
高崎天星が打ち破った。神の力をダイレクトに取り込んだ奴の力は、
天星との戦いで霧散したということか。プレーン状態のダークマターが
相手であるのならば、シルバスタでも勝機は存在する。
そこまで考えて、真一郎は疑問に思った。
この世界に来た時点で気付くべき疑問を。
(俺も黒星も、俺たちの世界に存在していた星神、『スタディア』の力を
利用して変身していた。
ならば、なぜ……|俺たちはこの世界でも変身をすることが出来るんだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?)
神の力は次元すらも越えるのかもしれない。だが、しかしこれは……
「? どうしたんっすか、旦那?
もしかして、食ったものが当たったんすか?」
「むっ、そうなったのならば大変だぞ。
食物の乱れは、すべての乱れに繋がるからな」
「いや、そういうことじゃない。
少し考え事をしていただけだ、すまない」
真一郎は首を横に振り、考えを振り払った。考えても栓無きことだ、
ならば考えない。いま重要なのは、シルバスタの力はこの世界で生きて
いくために必要なものであり、ダークマターをシルバスタの力を持って
して打倒しなければならないということだ。
仲間たちも慣れたのか、真一郎の考え事を問い正したりはしてこない。
すっかり気安くなった仲間たちの態度に安心しながらも、一抹の
申し訳なさを感じたりもする。いままでの自分はあまりにかたくなに
なり過ぎていた。彼らを傷つけるような態度もとって来た。
真一郎がかたくなにこの世界で仲間を作ることを避けてきたのは、
もちろん黒星が生み出した不信と『月岡宇宙研究所』壊滅のトラウマに
他ならない。結局、あの戦いを経て生き残ったのはたったの二人だ。
月岡博士は黒星によって残忍に殺され、天星は……
「やっぱりボーっとしているみたいっすね、旦那。
今日はもうお休みになりやすか?」
「……そうだな、今日はいろいろと話し過ぎたかもしれない。
どうせまた明日から忙しくなる。
今日はこの辺りで解散して、明日に備えよう」
「そうですね。ついに首都、ウルフェンシュタインへ……
き、緊張してきました!」
いまから緊張してどうする、と真一郎は苦笑したが、しかしそれも
仕方のないことかと思った。地方から東京に昇っていくようなものかな、
と彼は思った。
そして、その日はそれで解散した。翌日からは再び、旅の日々が続く
ことになる。彼らはそう思っていた。だが、彼らの予想よりも早く、
現実は進行していった。
『共和国』に潜伏中のスパイからある報が入った。
『帝国』帝都グランベルク、謎の武装集団『真天十字会』の攻撃に
よって陥落。これによって皇帝は死亡。
残された帝国家臣団は『共和国』の助力を求めて来た。共和国大統領は
この申し出を承諾。数十年間続いて来た『帝国』と『共和国』の敵対関係は
なし崩し的に終焉を迎えた。
だが、それは平和な世界の到来を意味しない。正体不明の武器『銃』と、
多数の《エクスグラスパー》を要する危険なテロ集団、『真天十字会』との
戦争に世界は突入した。




