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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
終わりの足音
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拳銃強盗

 それから数分後。真一郎は真新しいコートに身を包み、クラウスと

一緒に店から出て来た。裏地は羊毛、表地はなめし革。ほとんど風を

通さず、温かい。これほどのものを作ることが出来るとは、この世界の

技術力もあまりバカに出来たものではないだろう。


「すまんな、クラウス。

 経費が落ちるまではそれなりにかかるんじゃないのか?」

「……そうだな。

 これからしばらくの間、倹約生活を送ることになるだろう」


 クラウスは笑った。考えてみれば、この旅が始まってからクラウスに

頼りきりだな、と真一郎は思った。金を管理するのはクラウス、地図を

読むのはリナかクラウス、野営の準備を進めるのはクラウス。一度野営の

準備を手伝おうとしたが、クラウスの手際には敵わず撤退したことが

あった。野生動物を捌くのもクラウスの役目だった。


「……クラウス。今度動物の捌き方を教えてくれ」

「……なんだ、いきなり藪から棒に。

 私が出来るから、別にいいんだぞ?」

「あまりに頼り切りになっていてはな。

 お前がいなくなったら野垂れ死にしそうだ」


 真一郎は苦笑した。これではまるでヒモか何かではないか。


「あれ?

 そこにいるのって、もしかしてソノザキさんたちじゃありませんかー!?」


 隣からいきなりやかましい声が聞こえて来た。真一郎がそちらを見て

みると、二人の少女がいた。一人はリナ、祭りに合わせて農村の村娘風の

服を着ている。エプロンドレスというタイプだろうか。いつもの服装より

どことなく素朴な風合いだ。

 そして隣にいる少女、フィネは、いつものラフな服装とは違い、

ひらひらとしたレースが裾についた薄緑色のドレスを着ていた。頭には

ヘッドドレスを付け、薄く化粧もしているようだ。顔を赤くし、うつむき

ながら耳を動かしているところを見ると、恥ずかしいのだろう。いつも

見る彼女の印象とは、おかしいくらいに違っていた。


「こんなところで会うなんて、奇遇ですね。

 お二人もお祭りに出ていたんですか?

 ってあ、あれ、ソノザキさん。それどうしたんですか?

 どこで買ったんですか?」


「一つずつ話せ、一つずつ。コートを修理に来たんだ。

 買ったのはついで……というのはクラウスに悪いが。

 とにかく、祭りを楽しみに来たわけじゃあないさ」


 まくし立てるように言うリナを何とかなだめすかす。彼女の頬も赤い。

テンションが明らかに高いが、しかしアルコールの匂いはしない。場の

空気に酔っているのだろう。


「そうだったんですかー。あ、そうだそうだ!

 見て下さい、フィネちゃんを!」


 リナはいつものそれとは比べ物にならないほどの俊敏さでフィネの

後ろに回り、その両肩をがっしりと掴んだ。フィネも抵抗するが、

しかし跳ね除けられない。リナはフィネの体をぎゅっと押し、こちらに

近付けてくる。フィネの顔が赤く染まる。


「見て下さいよ、お二人とも! どうですか、この格好!」

「り、リナさん! あっしにこ、こんな格好は似合わないっすよ!」


 フィネは顔を真っ赤にして、手足をバタバタと震わせながら抵抗した。

これまでこんな格好をしたことがないのだろう、恥ずかしさが上回って

いるふうだった。


「あ、あっしのような醜女(しこめ)がこんな姿をしたんじゃ、て、天下に申し訳が!」

「何を言っているんだ、フィネ。似合っているし、可愛いと思うぞ」


 えっ、とフィネの口からため息のような声が漏れたような気がした。


「似合っているよ。コントラストがいい。

 あー……そう思わないか、クラウス」


 言ってから、相当恥ずかしいことを言っていることに気付いたのだろう。

真一郎も顔を真っ赤にさせながら、クラウスに話を振った。初心な相棒に

クラウスは苦笑する。


「そうだな、似合っている。これを彼女に着せたのは、リナか?」

「えっへっへー、そうです!

 細いから似合うと思ったんですよねぇ……」


 オヤジのように笑いながらリナが言った。その笑い方は止めて

欲しかったが、真一郎もそれには同意する。運動によって引き

締まったスマートな体つき。一見華奢にも見えるが、実のところ

しっかりと肉がついている。これならば何を着せても似合うだろう。

いつも見ている、あの没個性な姿とのギャップもあるのかもしれないが。


「少しは、こういうところにも気を配ってもいいのかもしれないな」


 真一郎はフィネの耳を撫でた。真一郎は犬の耳、特にピンと天を

突くように立った耳が好きだった。その形と言い、手触りと言い、

いつまでも見て、撫でていたくなる。


「あっ……! も、もう、旦那! く、くすぐったいっすよぉ……」

「むっ、すまん。

 ついつい、その、見ていると触りたくなってしまってな……?」

「あのですねえ、触りたくなったからって人の体に触んないで下さいよぉ!」


 確かにその通りだ、と真一郎は思った。気の置けない仲間であるから

いいが、もしこれを初対面の女性にしたとなれば、殴られても不思議はない。

最悪憲兵を呼ばれる。


「と、か、い、って!

 実はまんざらでもないんじゃないんですかぁ、フィネちゃん?」


 リナがフィネに後ろから抱き着いた。彼女の口から変な悲鳴が漏れた。


「ん、んもう、いやっすねえリナさん。んなわけないじゃないっすかぁ」


 そう言いつつも、フィネの耳はピコピコと動いている。思っていることを

隠せないタイプなのだ。耳の動きが本物の犬のようでカワイイ、そう真一郎は

思った。


「取り敢えず、適当な店に入って今後のことを話し合おう。

 それでいいな、お前たちも」


 とはいえ、こんな風にして和んでいては話が進まない。

 真一郎は三人を促した。


 とにかく、どこを見回しても店は長蛇の列だ。ちょうど人波が途切れた

店を見つけた真一郎たちは素早くそこに入り込み、席を確保。長居の体勢を

整えた。


「おお、こんなにたくさん……

 く、食い切れるんすかねえ、これって?」

「なに、すぐに食べろって言っているわけじゃない。

 むしろ時間をかけて食べるぞ」


 日本の繁盛店なんかでは、混雑時には席単位で時間が決められている

店もあるが、この《エル=ファドレ》においてそのような事態はまだ

想定していないのだろう。長時間の飲食を禁止する立て札などはなかった。

もっとも、指摘されればすぐに出て行くが。


「だいたいお前たちももう分かっていると思うが、俺の旅の目的は

 これの回収だ」


 真一郎はシルバーウルフを取り出し、皆に見せた。


「ドースキンで見た、空飛ぶ翼とか、そういう奴っすよね?」

「スワルチカ島で見た光の柱も、もしやお前が出したものだったのか?」

「そうだ。シルバスタの機能を拡張するサブガジェット。

 俺は向こうの世界でそれを持っていたが、この世界に来た時の衝撃で

 散り散りになってしまった。シルバーウルフを含めて、俺が持っていた

 サブガジェットは五つ。残るガジェットは、あと二つだ」


 そして、サブガジェット探索行は《ナイトメアの軍勢》と決して

無関係ではいられない。特に目指しているわけではないが、付き

まとってくると言った方が正しいかもしれない。サブガジェット

あるところに、《ナイトメアの軍勢》あり。


「残されたそのサブガジェットと言うのは、いったいどういうものなんだ?」

「後期に開発された、シルバスタ自体の能力をブーストするタイプの

 装備が残っている」

「あれより凄くなるとか、ちょっと想像がつかないんすけど……」


 確かに、常人の力から見ればシルバスタの力は隔絶しているので

無理からぬことだ。しかし基準とすべきは《ナイトメアの軍勢》、

そして超人たる《エクスグラスパー》だ。とは言っても、

『スタディア』よりも強力な個体はそうそうお目にかかれないが。

『ワイルドガード』と『フォトンレイバー』の力を持ってしても、

敵わぬ敵は多くいた。


「一先ずは、やはり『共和国』内にあるガジェットを目指すべきだろうな」

「そうですね。国境線上の状況がきな臭くなっているらしいんですよ」


 リナの言うところによると、国境線の緩衝地帯にも《ナイトメアの軍勢》が

出現しているらしい。民間船がフィアードラゴンの群れに襲われ、撃墜された

そうだ。幸いいまのところ死傷者が出てはいないものの、熟練の船乗りでも

渡航をしり込みする状況だ。


「確かに、空で襲われては万が一の時が困る。

 地上からやはり攻めていくべきか」

「と、なると首都方面に向かって進むことになりますね。

 ここからだと……一週間」

「それほど困難な道ではなかったはずだが……

 やはり、距離があるということか」

「ええ、かなり。その間に何個か宿場町を挟みますから、問題は

 ないんですけれど」


 多少時間をかけたとしても仕方があるまい。とにかく、前に進まなければ。


 その時だ!

 店の扉が慌ただしく開かれ、店内に異様な出で立ちの男が現れる!


「ウオォーッ! 金を出せッ!」


 強盗だ! 店内は一瞬にして騒然とする! シャツを頭に巻き、体を

隠している。だが真一郎は強盗の持っている武器に注目する。L字の

金属塊、すなわち拳銃に見えた。


「動くんじゃねえ! 動くとテメエら、死ぬぞォーッ!」


 強盗がトリガーを引いた! 発砲音は花火の音にかき消され、外には

聞こえない! しかし、強盗から五メートルほど離れた位置にある花瓶が

割れる! 不可思議な現象を目の当たりにし、客や店員たちは一瞬にして

戦意喪失! すすり泣く声が聞こえる!


「泣いてんじゃねえ、さっさと金を中に入れろ! 早くしろォーッ!」


 強盗は半狂乱になって叫ぶ! このままでは、興奮状態に陥った強盗が

何らかの殺人的行為に及ぶ可能性もある! 真一郎はシルバーウルフを

静かに抜き、構えた。

 強盗は明らかに銃を持ち慣れていない。銃を片手で構え、更に銃身を

横にしている。あのまま発砲すると薬莢が顔面に当たるほか、弾詰まりの

危険があると真一郎は聞いたことがあった。しかも、こうした犯罪にも

慣れていないのだろう。目が泳いでいる。


「ウオーッ、手前! ちんたらやってんじゃねえぞォーッ!」


 しびれを切らした強盗が、店員に向かって銃を向ける。真一郎はその

隙を突き発砲! ショック弾丸が発射され、強盗に命中! 強盗が電流に

身を震わせた。拳銃を取り落し、カウンターに突っ伏す! 真一郎は

素早く強盗に近付き、拳銃を奪った。

 小ぶりなオートマチック拳銃だ。真一郎は昔見た海外刑事ドラマの

真似をし、弾倉を引き抜き、薬室に送られた弾丸を取り出した。そして、

残った銃をクラウスに渡す。


「……どうしてこんなものが、この世界にあるんだ?」


 痙攣する男の顔を見る。立ち振る舞い、姿、どう見てもこの世界の

人間だ。なぜ彼が銃を? そんなことを考えていると、騒ぎを聞き

つけたのか巡回騎士が入って来た。


「何かあったようですが、どうしたんですか!」

「強盗です。すでに制圧は終わっているので、ご安心ください」

「えっ? あ、はい。えっと、こいつが犯人ってことで、いいんですよね?」


 騎士は困惑しながら、カウンターに突っ伏した男と真一郎とを見比べた。

真一郎は頷き、彼の疑問に答えてやった。騎士はどこか釈然としない様子で

男を引きずり、店の外へ。騎士がいなくなったことで、騒然としていた

店内も普段の喧騒を取り戻す。


「……少し、空気が悪くなったな。河岸を変えるか、なあ?」

「えっ! あ、はい、そうですね……そ、それじゃあ、行きましょうか?」


 一行はぎこちない様子で店から出て行った。

 それを目で追うようなものたちはさすがにいないが、どこか不可思議な

集団だと、彼らの脳裏に焼き付けられることになった。


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