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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
終わりの足音
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星の記憶

 騎士団の宿舎はグラフェンの北西部に位置していた。緊急時に

出動しやすくするためだろう。大きめの訓練スペースが設置されて

おり、更には馬房などもある。堅牢な作りの倉庫のようなものも

いくつか見える。非常時には避難所にもなるのだろう。

 クラウスは騎士団長への面会を申し出た。そしてそれはすぐに

了承された。提案したクラウス自身が驚いているようにも見えた。

副官の背中について行く途中も、彼はずっと落ち着きなく辺りを

見回したり、襟元を正したりしていた。


「落ち着け、クラウス。

 都会にやってきたおのぼりさんみたいになってるぞ」

「仕方があるまい、騎士団長は俺にとって天の上の存在だ。

 お前は一度面会しているからいいかもしれんが、俺は直接顔を

 合わせるのは初めてなんだぞ……!」


 クラウスの言葉には、どこか無神経な真一郎への怒りが込められて

いるように感じられた。分かった、悪かったと言いながら、真一郎は

口をつぐんだ。確かに、厳格な階級社会である騎士団において、

真一郎が取った態度は決していいものではなかったのだろう。

 そうしているうちに、二人は騎士団宿舎敷地内で一番大きな建物に

案内された。二階建てのレンガ造りの建物で、見張りの尖塔が四方に

建てられていた。焼き固められた煉瓦そのままの色をしており、

外見よりも機能性を重視しているように思えた。


 鉄で補強された扉も、恐らくそのような意図の下に作られたのだろう。

これならば合板の部分が破壊されても、しばらくの間は保っていられる

だろう。籠城も考えた設計になっているのだ、よく見てみるとバルコニーの

下には返しのようなものがある。

 重い鉄扉が開かれ、二人は副官の騎士について行く。当然ながら建物の

中にも多くの騎士がおり、そうした人々の視線が二人に突き刺さった。

自然と真一郎も佇まいを正した。


 傾斜のキツイ階段をのぼり、二人は二階に案内された。階段を上がって

すぐにあった扉を、副官は叩いた。しばらくして、『入れ』という短い声が

聞こえて来た。あの時の声。


 部屋に入ってすぐ、騎士団長の姿が見えた。大柄なマホガニー製の、

艶めいた机をバックにして立つ姿は、目の前にいる男が確かに高位者

なのだと真一郎に認識させた。


「『共和国』グラフェン騎士団歩兵大隊所属、クラウス=フローレイン、

 帰還しました」


 クラウスは片膝をつき、恭しく騎士の礼を取った。と言っても、

真一郎は映画でしかそのようなものを見たことがなかったが。

とりあえず、直立し深々と頭を下げた。


「うむ、ご苦労であった。フローレイン第五位。楽にしたまえ」


 クラウスは言葉もなく立ち上がり、両手をぴんと伸ばし足につけた。

『休め』の姿勢だ。真一郎の方は言われるまでもなくそのような姿勢を

している。


「ソノザキ殿も、長旅ご苦労であった。部屋の準備はすでにさせている。

 何かと面倒事があるだろうから、部屋はクラウスの隣にしてあるが、

 それでよろしいな?」

「問題は……ありません。

 部外者に格段の御配慮をいただき、感謝します」


 真一郎は頭を下げた。騎士団長が意外そうな顔をしたのを、真一郎は

見逃さなかった。


「まあよい。それで、私に話があるということだったな。

 聞こう、掛けたまえ」


 騎士団長は自分に支給された物であろう、重厚なマホガニー製デスクまで

戻って行った。二人は備え付けられた来客用の、勝るとも劣らない出来の

椅子に腰かけた。


「それでは……まず、何からお話したものか。

 判断に迷うところではあります」

「逐一、報告せよ。

 フランメル、ドースキンで起こった出来事に関しては、我々もすでに

 聞き及んでいる。だが、現場にいた諸君らからの情報が欲しいのだ」

「さて、あの場で起きたことに関しては、忍軍が一番詳しいはずなのですがな」


 牽制するように、真一郎は言った。騎士団長の眉が、ピクリと動くのを

真一郎は見逃さなかった。やはり、騎士団長は忍軍が動いているという

ことは知らなかったようだ。大統領令に従うCIAのような、機密諜報

機関なのだろう。ニンジャだけに。


「忍軍が動いていたとは、こちらは把握していなかった。

 まあいい、どちらにしろ彼らから聴取を行うことは出来ん。

 キミたちがもたらしてくれる情報に、期待する」


 真一郎とクラウスは顔を見合わせ、頷いた。そして、フランメル村、

そしてドースキンで起こったことを逐一話した。フランメル村で起こった

《ナイトメアの軍勢》襲撃事件、それを統率していた《エクスグラスパー》、

ドースキン一帯を支配していた山賊とその統率者たる《エクスグラスパー》

と大司教の関係、そしてその末路。


「それから……一つ聞きたいことがある。

 天十字黒星という男の名に聞き覚えは?」

「テンジュウジ、と申したか? そのような不遜な……

 名を持つ者がいるはずはない」


 そして、ドースキンの闇で蠢いていた男、天十字黒星についても

包み隠さずに。


「天十字黒星は極めて危険な男だ。《エクスグラスパー》としての

 能力だけに留まらない。奴の持つ技能、知識、そして人間性。

 そのすべてが、人間にとっての害悪だ」


 真一郎は、腹の底から絞り出すような声で言った。

 黒星への憎悪を込めた言葉を。


「……ソノザキ。天十字とは、いったい何者なのだ?」


 真一郎は口をつぐんだ。その唇は震えている。口に出すのも汚らわしい、

とばかりに。


「リナから、お前が《エクスグラスパー》と遭遇し、交戦したことは

 聞いている。だが、ただ一度の交戦ではないのだろう?

 もっと前から、お前は奴を知っている」

「……そうだ。俺は奴を、天十字黒星を知っている。

 だからこそ、許せない」


 真一郎は騎士団長を睨むように見た。

 睨んでいるのは、彼ではなかったが。


「……頼みがある。天十字黒星について、『共和国』でも行方を

 追ってはくれないだろうか? 奴は危険な力を持った輩だ。

 遠からず、この国に災いをもたらすだろう」

「……ドースキンでの惨状を聞けば、納得せざるを得ないだろうな」

「もし、お前たちが奴を探し出してくれるなら……

 始末は俺の手で、必ずする」


 騎士団長はしばし、考えた。クラウスはじっと、それを見ていた。


「……よかろう。

 危険な《エクスグラスパー》であるのならば、致し方なし」

「感謝します、騎士団長」

「だが、我々もお前に聞きたいことがある。天十字なるものとお前の関係だ」


 今度は、真一郎の方が黙る番だった。


「私怨で、騎士団を動かすわけにはいかん。信頼に足る証拠が必要だ」

「……分かった。話しましょう。俺と、奴の。

 『星』の定めを背負った者の宿命を」


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 西暦二千十七年。我々が知るものと、そう変わらぬ世界。

 だが相違点が一つ、ある。


 それは、ある『占い』が流行していたことだ。それは『星占い』。

それも、ただの『星占い』ではない。この世に存在するありとあらゆる

惑星を網羅し、数十パターンの回答の組み合わせによって自分の『宿星』

と運命を知ることが出来る、という突拍子もないものだった。驚くほど

当たる、そうメディアでもてはやされ、『星占い』は爆発的に広がって

いった。いつの世も、流行は些細なきっかけから生まれるものなのである。


 だが、星の力は危険なものでもあった。満天の空に輝く星は、単に

光り輝くだけのものではない。その輝きは、太古に封印された悪の力が

発しているものだったのだから。


「太古に封印された、悪の力?

 それは、まるでナイトメアのような……」

「そして、星に封印された悪は、かつて存在した自分の力を取り戻そうと

 した。それこそが、『星占い』。他者の運命を操作し、増やし、食らう。

 人を餌にする呪法だったんだ」


 星に封印された悪魔を、真一郎たちは『スタディア』と言った。彼らは

おおむね、世界に伝わる神話と似たような力を持っていた。金星の化身、

アマツミカボシ。英雄ヘラクレスに倒された怪物たち。敗北し追放された

神の力を持つ者たち。力を取り戻した彼らは、密かに社会に潜伏していった。

力を完全に取り戻し、世界を自分のものとするために。


 しかし、それに気付き、対抗しようとする者たちがいた。

 それが『月岡宇宙研究所』。彼らは星の胎動を知り、そして長年星の

力を封印して来た巫女たちと接触。この世界に迫る危機を知り、来たる

破滅の時の備え、準備を進めていた。


「しかし、古の神々の力など……どうすれば覆すことが出来るのだ?」

「そのために生み出されたのが、俺たちの持っていた『スタキー』だ。

 この鍵は、星と俺たちとを繋ぐ鍵だ。この鍵を使い、俺たちは

 星の力を纏い、神々と戦った」


 そう。星に封印されてきたのは、邪神や悪魔たちだけではない。いずれ

施した封印が解かれることを想定し、古の神々もまた、自身を星の姿へと

変えて時を待っていたのだ。数千、あるいは数万年の時を経て、その封印が

解かれる時がついに来たのだ。

 更に人間は、数千年の時を経て神々の力をより高めるための細工を施して

いた。それこそが星身器(ドライバー)を使った、神々の力を用いた兵器の創造。

無限の星命力を使い、人類の技術力では運用不可能と言われた個人用兵装

『ゴースター』を起動する、禁断の技術。神と人とが合わさり、神話の

時代殺せなかった怪物を殺すに至ったのだ。


「それが、キミの持っているその……

 《スタードライバー》というわけか」

「シルバーウルフやウルブズパックも、『スタディア』との戦いの中で

 発明された技術の一つだ。俺たちの世界にも《ナイトメアの軍勢》の

 ような怪物がいたのさ」


 真一郎は騎士団長の質問に答えてから、続けた。真一郎は星身器を使い、

『スタディア』と戦った。もちろん、一人だったわけではない。星身器を

発明した月岡光一博士、星の巫女最後の一人であった星神加奈子、事情を

知り、協力を要請して来た警察官、花沢梓。彼を支えてくれた人間だけでも、

両手の指では収まるまい。


 天十字黒星は、そんな協力者の姿を取って、真一郎たちの前に現れた。


「スポンサー……と申したか」

「出資者、というか。月岡博士の研究に金を出してくれた。星身器や

 周辺機器の開発には、膨大な資金が必要だ。俺もほかの連中も、

 自慢じゃないが金がある人間じゃなかったんでな。月岡研究所は

 常に資金不足、そこに目を付けたのが黒星だった」


 天十字黒星は擬態に長けた男だった。気の利いた青年資産家、と

言った風情の男で、柔らかな物腰と確かな知性を感じさせる紳士だった。

それでいて、社会を乱す『スタディア』への怒りに燃えていた。研究所の

面々ともすぐに打ち解け、共に死線を何度も潜り抜け、真一郎も、不覚にも

彼との友情めいたものを感じた時期もあった。

 『スタディア』との戦いも佳境に差し掛かった頃のことだ。これまでも

《スタードライバー》システムのアップデートは定期的に進められていたが、

次々と現れる邪神級『スタディア』に対して苦戦を強いられることが多く

なってきた。『スタディア』が人々から星命力を奪い、力を増大させていた

ことが原因だ。早急に対策を練る必要があった。


 そこで、考案されたのが《ダークドライバー》システム。これまで

未知の領域とされてきたもの、すなわち死した神の力を利用するシステムだ。


「死した神の力を……利用する?

 それは、いったいどういうことなのだ?」

「俺も、詳細を知っているわけではない。

 だが、神は死してなお輝きを絶やさない。

 人智を越えたエネルギーを持ちながら、意思を持たない。

 ドライバーを介してコンタクトを取る事が出来れば、圧倒的な

 パワーを、何の制限もなく使用することが出来る」


 黒星は《ダークドライバー》システムの開発を、強力に後押しした。

真一郎を騙し、巫女を懐柔し、警察官を信用させ、ついには月岡博士の

全面的な信任を得るに至った。初期段階では不可能だったことが、

長引く『スタディア』との戦いによって生じた技術革新と、星の力の

減退によって可能になったとは皮肉と言うほかない。

 《ダークドライバー》は果たして、完成した。完成したダークマターは、

正しく神の如き力を振るい『スタディア』を倒した。そして、その牙は

月岡博士に及ぶことになった。


「黒星はダークマターの力を奪い、ドライバーの設計データを盗んだ。

 誰も自分の力を手に入れることが出来ないように、だ。

 自らの目的のために月岡博士を殺し、研究所を破壊し、俺たちを

 裏切り、あいつはあの世界の神になろうとした……!」

「何たる不遜な物言い……!」


 天十字黒星と彼の操るダークマター、そして《ダークドライバー》の

力は、まさに圧倒的と言うほかないものだった。元々の力が桁違いで

あることに加えて、既存のドライバーには付けられていた出力リミッターが

《ダークドライバー》には課せられていない。これは、死した神の力が

暴走する危険性が限りなく低いからだ。更に、これまでの戦闘データの

蓄積により、ダークマターの制御システムの精度も高まっていた。


 黒星は死したる神の力を更に蓄積し、世界の神になろうとした。


「だが……ソノザキ。

 お前が生きているということは、奴はお前に倒されたのだろう?」


 真一郎は、口をつぐんだ。顔を伏せ、絞り出すような声で、言った。


「天十字黒星を倒したのは……俺ではない」


 真一郎はダークマターの持つ、圧倒的なパワーの前に敗北した。

死したる神の力を蓄積し、この世界で振るったものより強大な力を

誇っていた。シルバーウルフも、ウルブズパックも、シルバーバックも、

ワイルドガードも、フォトンレイバーも通用しなかった。倒れ伏した

真一郎は、死を覚悟した。だが。


 それを、止める者がいた。

 彼は、いつだってそうだった。

 圧倒的な力を前にして、しかし少しも怯むことなく、ただ一直線に

進んで行った。


「天十字黒星を倒したのは、俺ではない。

 輝星の力を持つ男……高崎(たかさき)天星(てんせい)


 真一郎は思い出した。エンブリオの放った、高貴なる輝きを。


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