プロローグ:あの日来た場所へ
:これまでのあらすじ
異世界《エル=ファドレ》に召喚された青年、園崎信一郎こと
スーパーヒーロー、シルバスタは世界を滅ぼす脅威の怪物、
《ナイトメアの軍勢》の殲滅を依頼される。自発的に戻ることが
できない信一郎は、その『提案』を受け入れる。
この世界に散逸した自身の武装、サブガジェットを回収するため、
《ナイトメアの軍勢》と戦いながら彼は旅を続けた。騎士クラウス、
教会員リナ、盗賊のフィネを伴い、《ナイトメアの軍勢》との戦いと
ガジェットの回収を進める真一郎。
だが、彼の前に不穏な影が立ち込める。自分と同じようにこの世界に
召喚されてきた人々、《エクスグラスパー》が彼の前に立ちはだかる。
襲撃をかわしながらたどり着いた宗教都市、ドースキンで、彼は宿敵
天十字黒星とダークマターがこの世界に来ていたことを知る。
黒星が使っていた、人を《ナイトメアの軍勢》とする黒い結晶体。
彼が所属する謎の組織、『真天十字会』。終焉の気配が迫ることを、
そして遥か彼方帝都で世界の終末が始まったことを、彼は知らない。
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崩壊したドースキンの人々を助けよう。そうリナは言った。それに
クラウスも、フィネも、真一郎も同意した。破壊された街の瓦礫を除け、
傷ついた人々を癒し、そして不幸にも亡くなった人々の埋葬を済ませ。
気付いた時には、一月がすでに経過していた。
大司教の死は、不幸な事故として扱われた。最後まで人々のことを
考え、人々のために生きた大司教は、怪物の襲撃に際しても祈りを
止めることなく死んだという。欺瞞。
もっとも、生前の大司教の所業を表沙汰にすれば、天十字教の
信頼さえ揺らぐ事態へと発展するだろう。それは真一郎たちに
とっても望むべきところではない。ドースキンの街も、『共和国』も、
火種燻る火薬庫のようなものだ。新しい火種を投げ込むべきではない。
真実というものは、表沙汰にならない方がいい時も確かに存在するのだ。
シルバスタの力は、災害救助の段階でも大きな力となった。さすがに
ウルブズパックが出る幕はなかったが、瓦礫を除けるためにその力を
利用し、不安定な足場にいる人々を救助するためにシルバーバックを
使い、暴動を鎮圧するためにシルバーウルフを使った。ドースキンの
復興がある程度完了し、旅立つ頃には、シルバスタの噂は街中に
広まっていた。
むずがゆい気持ちになったが、そう悪い気はしなかった。
残るサブガジェットは二つ。
どこへ向かおうか、思案している中、リナが口を開いた。
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「グラフェンに戻る?
どういうことだ、何か理由があるのか?」
いつものように『俗世派』の教会で朝食を取っていた真一郎は、
リナが放った言葉に耳を疑った。災害復興において、『俗世派』の
教会も大きな役割を果たした。特に、『原典派』が軽視して来た
地域下層民へのコネクションを持っていたのは大きかった。そのため
存在感が高まり、寄付が集まり、小規模な炊き出しを行えるまでに
なっていた。
「一先ずはグラフェン騎士団への報告のために一度戻ったほうが
いいかな、と思うんです。
ほら、こっちでかなり派手にやっちゃいましたし、
その釈明も必要でしょう?」
「俺たちがやったわけじゃないのに、そんな面倒なことをしなきゃ
いけないのか? そんなこと、あの金咲あたりがやっているんじゃあ
ないのか?」
「……どうだろうな。彼女は忍軍の所属と言っていた。
なら、していない可能性が高い」
クラウスの傷も、一月の間にかなり良くなっていた。時々ぎこちない
ことがあるらしく、顔をしかめることはあったが、その辺りのことは
リナやフィネ、真一郎がたまにフォローしていたため、特に問題には
ならなかった。
「忍軍は『共和国』本国にある、大統領直下の部隊だからな。
騎士団とは指揮系統も何もかも異なる、他の組織にわざわざ連絡を
するようなことはないだろうな」
「何で異世界だってのに、そういうお役所仕事なのは変わらないんだ……」
忍軍は特殊な組織だ、というのは分かる。しかし、各軍間の連携すら
整っていないというのはいったいどういうことなのだ。縦割りの弊害が
出ていなければいいのだが。
「まあ、たしかにその辺りはしておいた方がいいかもしれないな。
積極的に秘密を作ろうとしているわけでもなし、たまには顔を
出しておかなければ面倒になるかもしれんしな」
「こちらの成果をアピールするという意味でも、一度顔を出した
ほうがいいだろう」
「えー、っと、それに、ですね……個人的な話でもあるのですが……」
そう言って、リナはトーンを落とした。顔はどことなく紅潮している。
恥ずかしいのだろうか。意外な態度に、真一郎は好奇心を刺激された。
「最後まで言えよ。
黙っていたんじゃ、何を言いたいのか分からないだろうが」
リナは最後までもじもじしていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「その……たまには、実家の方に顔を出しておきたいですしね……?」
思ったより普通な理由に、真一郎は吹き出してしまうのだった。
とはいえ、一人娘を男二人と旅に堕しているなら、実家にも何かと
心配事があるだろう。真一郎はリナの申し出を了承し、一向は一旦
始まりの地であるグラフェンに戻ることになった。
この時はまだ、グラフェンで事件が起こることなど想像もして
いなかったのである。
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ドースキン、グラフェン間の行進には、一週間を要した。直線距離では
グラフェン、フランメル間とほとんど変わらないが、遠目には針の筵の
ように見える遠大な山が道を阻んでいる。雲が山頂を覆っていることから、
恐らく標高三千メートルほどもあるのであろう山々の隙間を縫うように
して進むため、かなりの時間がかかるのだ。
宿場で宿を取り、時には野宿をし、山賊や《ナイトメアの軍勢》の
襲撃をかわし、一向はようやくグラフェンの街を一望できるブラウン
渓谷まで辿り着いたのであった。
「ひえー、ようやくここまで来たんすね。
もー、脚も体もパンパンっすよ」
「ここからなら、一時間もかからずグラフェンに到着するだろう。
今日は柔らかいベッドで眠れるぞ、よかったな」
「うへぇー、この一週間、それだけが心の支えだったんすよー?」
フィネは笑った。
全員、疲労の色は濃いが一人も欠けることなくここまで来られた。
街を見下ろしていた真一郎は、ふと違和感を覚えリナに質問した。
「俺たち以外にも、かなりの数の人がグラフェンに入って行くんだな」
グラフェンの街へと続く街道には、長蛇の列が出来ていた。東西南北、
四方に門を置き、街を堅牢な城壁で覆うグラフェンの街への進入経路は
限られているため、団体が通ると自然にああなるのであろうことは、
真一郎にも理解することが出来た。
「ああ、あれはきっとお祭りのために来ている商人の方々ですね?」
「お祭り? あそこでいったい何をするっていうんだ?」
「日々の豊穣を祝う、収穫祭です。それに、街が出来てから今日で
二十年になるそうなので、一層盛大なお祭りになるんじゃないか、
って聞いてます。私がグラフェンに移ってきたのは二年位前なので、
詳しいことは分からないんですけど……」
「……子供の頃、納品のついでに行ったことがある。
十年祭にな。見事なものだった」
真一郎たちの世界でも、収穫祭は盛大に祝うものだ。
それなら納得がいく。
「ふっ、あれだけ人だかりが出来ていると入るのも苦労するな。
面倒な時に戻ったな」
「何言ってんすか、面白そうっすよ、旦那!
ほら、早く行きましょうよ!」
「落ち着け、フィネ。急がなくても、祭りは逃げないからな」
真一郎は落ち着きのないフィネを諌めるように言ったが、
しかし彼の頬も緩んでいた。
ヒト、モノ、カネ。ありとあらゆるものが馬車に引かれ街に入り、
消えて行く。グラフェン市街地には煌びやかな飾りがつけられ、
花びら舞い飛び、人々は歌い踊る。二十年を祝う盛大な収穫祭の
準備が、着々と進められていた。
もっとも、そんな喧騒に包まれているのはそれなりの収入を持つ
人々が暮らす地域だけだ。スラム地区はあの時と同じく、陰鬱な
空気に包まれている。光と闇とが同居する。
真一郎たちは東門を通り街へと入った。グラフェン城塞は全周囲に
展開されているわけではない、帝国との会敵が予想される二百七十度
くらいに渡って広がっており、ちょうどバリアのように都市部を
守っている。そのバリアの隙間北東九十度には広大なスラム地区が
広がっている。それらは再開発によって作られた住居によって巧みに
隠されていた。
もちろん、外から入ってきた真一郎たちはそれを見ることになるのだが。
「記念すべき二十年祭も、彼らにとっては関係のないことなんだな……」
「……まあ、しょうがないっすよ。
祝う金もないって人が大半ですからね、あそこは」
「……天十字教の威光も、すべてを救う事が出来るわけではないんです……」
フィネはどこか達観したように口を開き、リナは自らの非力を
嘆くように恥じ入った。
仕方のないこと、なのだろう。ドースキンで大司教がやっていたような
ことがなければ、貧困とは自然発生するものであり、それを完全になくす
ことは出来ない。富が有限のものである以上、そこに偏在が発生するのは
自然法則とさえ言える。
(そういうものをカバーするのが、政治であったり宗教だったり
するんだが……)
安定的な食糧生産を行えない世界では、飢えた人々をカバーすることは
難しいのだろう。飽食の時代と呼ばれる日本にさえ、飢えて死ぬ人間は
いるのだから。
「今日はどうする? 宿を取った方がいいのか?」
「いえ、多分騎士団宿舎で宿を貸してくれると思います。
ソノザキさんはそちらで」
「ってことは、あっしらは宿を用意しなきゃいけない、ってことっすよね?」
フィネとクラウスはアイコンタクトしたが、しかしクラウスは首を
横に振った。
「……騎士団宿舎には俺の部屋がある。
すまんが、今日はそこで休ませてもらう」
「ええ!? って、ことは!
あ、あっしだけ寒空の下で野宿っすかぁ!?」
フィネは口をあんぐりと開き、白目を剥いた。『ガーン』という擬音が
聞こえてきそうだったが、実際に見て見ると気持ち悪いことこの上ないな、
と真一郎は思った。
フィネの驚きに、しかしリナは首を横に振り、その手を取った。
「フィネさん、私が下宿しているところがあるんです。
今日はそこに泊まって下さい」
「り、リナさんの下宿、って……そ、そんなのダメっすよ!
アッシはそんな……」
「野宿は嫌だって言ってたのに、リナの家に行くのも嫌なのか?」
「嫌なわけじゃないっすけど、旦那! あっしの格好を見て下さい!」
フィネの格好は相変わらず、ラフなものだ。
健康的、と言ってもいいかもしれない。
「あっしの安物の服じゃあ、リナさんとはとてもじゃありませんが
釣り合いがとれやしません! 野宿は嫌ですが、リナさんに恥を
かかせるのはもっと嫌なんです!」
義に篤いフィネらしい物言いだった。
確かに、リナは旅装を着ていても高貴さだとか、品格だとかを
感じさせる立ち振る舞いだ。立てば芍薬、座れば牡丹、といった
ところか。同じような服を着れば、その違いはより一層際立つ
ことだろう。
フィネは断ったが、しかしリナは強い口調でそれを制した。
「何を言っているんですか、フィネさん!
友達を恥じることなんて私はありません!」
その言葉には、言われたフィネが一番驚いているようだった。
「とも、だち……? あ、あっしが、ですか……?」
「そうですよ!
フィネさんは、私がこの旅で得た、とても大切な、友達です!」
そう言って、リナはフィネに抱き着いた。抱き着かれたフィネは
バタバタと手を震わせたが、しばらくして諦めたように、しかし
満ち足りた笑みで、彼女を抱き返した。
「……今日の宿は決まったようでよかったな、フィネ」
「そうっすね。えへへ、ありがとうっす、リナさん!」
二人は顔を見つめ合い、そしてくすくすと笑い合った。
何となく信一郎は居心地が悪い。
「さて、と。それでは、俺は先に宿舎の方に行かせてもらうぞ。
また、後でな」
「あっ、旦那! また明日、っす! クラウスさんも!」
「ああ。これからの旅のプランを話すのは……
明日になってからでいいだろうな」
信一郎とクラウスは騎士団宿舎に。
リナとフィネは下宿の宿に、それぞれ向かった。




