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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
信仰と悪徳の街
33/48

閑話休題:悪党たちの賛歌

 ドースキン近郊、『神霊の森』。

 かつて、この場所には原初の天十字教寺院があったという。

旧時代の人間がこの場所に入植していったことは確かなようで、

それを表す史跡が多く残されている。


 だが、現在この森に足を踏み入れる者は稀だ。繁殖力の強い

葦のような植物と地中深く根を張った広葉樹林により開拓には

向いておらず、なおかつ《ナイトメアの軍勢》が出没するように

なっているため、安全の保障すらもない。


 つまり、いまこんな場所を進んでいる二人はまともな人間ではない、

ということだ。

 足に痛々しい包帯を巻いた金髪の男はコンラッド=パーティクル。

そう名乗っているが、日本人だ。カラーコンタクトを外せば茶色い瞳が

顔を出す。

 もう一人は執事服の上に黒いダスターコートを纏った男、

『ダークマター』天十字黒星。大司教を暴走させた彼らは『共和国』軍の

包囲を突破しすでに市内から脱出していた。特に荒事になったわけでは

ないので、脱出自体は容易だった。追跡して来た奇妙な格好をした、

ニンジャのような姿をした男は、彼らが速やかに始末した。


「いやはや、まさか緊急避難プログラムを発動することになるなんて。

 まさかねぇ」


 緊急避難プログラムとは、黒星が発動させた大司教暴走プログラムの

ことだ。大司教には『暗黒星の加護』と呼ばれるデバイスを仕込んでいた。

これは徐々に装着者の肉体構造を変化させ、《ナイトメアの軍勢》の

それに近付けていくものだ。副作用として《ナイトメアの軍勢》と

コンタクトを取り、操ることが出来るようになる。普段は細胞変化に

リミッターがかけられているが、それを解除すると一気に怪物化する。


 長時間の使用であったため、大司教には予想をはるかに上回る

肉体変化が起こった。かつては天を突く巨体を持つ《ナイトメアの軍勢》、

ネフィリム級と呼ばれる存在がいたとされているが、もしかしたらこれは

伝説の再現になるのかもしれない。


 『暗黒星の加護』とはいったい、どのようなものなのか? 黒星には

分からない。これを作り出した狂気の科学者は、それほど驚くような

ことではないと言っていたが、しかし人間の姿をあのように変える知識は、

少なくとも黒星の頭にはなかった。


(あのプロセスを解析すれば……もしかしたら)


 そう思い、進んでいた二人は突然足を止めた。

 二人とも、眼前の気配を感じ取った。


 それは、ひどく凡庸な男だった。

 背丈に合わせた学ラン。短めの白い髪。すらりと伸びた手足。

 パーツパーツは特徴的でも、合わせれば凡庸な印象だった。


「……久しぶりだね。少し、背が伸びたんじゃあないかな?」


 黒星は努めて冷静に言葉を放ったが、自分の額から脂汗が流れている

ことに気付いた。


「ええ。お久しぶりですね、黒星さん。

 コンラッドさん。お迎えにあがりましたよ」

「お迎え?

 それは、あの世からの出迎えという理解でいいのかなぁ……?」


 彼はこの男が、組織でどう呼ばれているか知っている。

 『死神』『音なく歩むもの』『殺戮の申し子』。すでに意に沿わなかった

《エクスグラスパー》を多数始末して来たことで知られている。それほどの

功績にも拘らず、組織では軽んじられ、こうした使い走りのようなことを

やらされている。否、優秀だからこそ、かもしれないのだが。


「まっさかあ、そんなことしませんよ。

 この程度で死んでいたら、肝心な時に何もしてくれる人がいなくなって

 しまう……でしたよね、黒星さん?」


 『死神』は凡庸に笑いながら言った。

 かつて、黒星が言った言葉と同じだった。


「それに、あの変化パターンは初めて見たって『博士』も喜んでいました

 からね。お二人がかき集めてくれた資金も、結構な量になりましたし。

 それに始末も付けてくれた」


 そう。あの街から逃げられなかった二人は、すでに二人が殺した。

変異大司教の方に気を取られた街で二人を始末するのは、簡単では

なかったが難しくもなかった。


「お二人はこの功績で『十二人』まで昇格するそうです!

 おめでとうございます!」

「ま、マジか!

 へ、へへ……これで使い走りからはおさらばってワケだ……!」


 コンラッドは無邪気に喜んだが、黒星は喜ぶ気にはなれなかった。


(……まあ、いいさ。やるべきことは、まだある。

 そのためになら何だって利用する)


 黒星は汗ばんだ顔で、『死神』を見た。彼はそのあだ名にそぐわぬ、

柔和な笑みを浮かべた。


「では、改めまして……ようこそ、お二人とも。

 『真天十字会』へ! この世の真理を、この世界に知らしめるために!」


 どこまでも柔らかい、だからこそ信頼できない顔で、『死神』は言った。


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