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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
信仰と悪徳の街
32/48

エピローグ:一つの顛末、そしてまた続く旅

 リナたちがどこにいるかは分からなかったが、とりあえず真一郎は

教会へと向かうことにした。

 目印となる場所は、あの教会しかないのだから。


(もっとも、これだけ派手に飛んでいるんだ。

 すぐ見つかるかもしれないがな)


 真一郎は首を振り、リナたちを探した。そして、それはすぐに

果たされた。『俗世派』教会の前で、リナとフィネが手を振っていた。

クラウスは体が痛むのか、特に何をしているわけでもなかったが、

しかし彼の目は口の端を歪ませる姿をたしかに捉えた。


 逆噴射をかけ、減速。ゆっくりと真一郎は地面に降りた。揺さぶられた

頭がガンガンと痛む。高高度での戦闘で酸欠のような状況になったのも

無関係ではあるまい。とにかく、いまは休みたかった。真一郎は着地と

同時に変身を解除した。


 と、その瞬間真一郎は崩れ折れた。

 立ち上がろうとしたが、脚に力が入らなかった。


「だ、大丈夫ですかソノザキさん!

 ど、どこかあの怪物にやられたんですか!?」


 リナは駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 そして、彼の肩を揺さぶった。


「うわっ、顔青いっすよ!

 大丈夫っすか、すぐに手当てしないとまずいっす!」

「大丈夫だ! 手当は必要ない!

 と言うより、そこから退いてくれ……!」


 限界が近かった。真一郎は口を押え、リナたちから目を背けた。

そして、吐いた。


「えっ……だ、大丈夫っすか? な、何か……どうしたんすか?」

「シルバーバックを、あれを使うといつもこうなる……気にしないでくれ」


 一度吐いてかなり楽になったのか、真一郎の受け答えははっきり

していた。シルバーバックの加速力、旋回性能はかなり高い。戦闘機の

スピードとヘリの旋回性能を併せ持っている、とさえ言われている。

だがそれだけに、中の人間にかかる負担は軽いものではない。熟練の

パイロットでさえ、全力機動をさせれば無事では済まないだろう。


「絶えず頭を左右に揺さぶられて、体をねじられるんだ。

 こうもなるだろう……!」


 真一郎は言い訳めいて言った。

 そんな様子を見て、リナたちは笑うのだった。


「わ、笑うな……!

 あれは、本当にとんでもないものなんだぞ……!」

「あ、ごめんなさいソノザキさん。

 それで笑ったんじゃなくて、その……」

「旦那がそんなこと言うなんて、あっしら思ってなかったっすからね」

「そうだな。あんな弱音を吐くとは、思っていなかった。

 面白いやつだ、お前は」


 しばし、そこは和やかな雰囲気に包まれた。真一郎はバツが

悪くなり、舌打ちを一つして顔を背けた。その顔が赤らんでいる

ように見えたのは、夕焼けのせいだろうか。

 そんなところに、ハヤテが駆けて来た。服装はすでに元に戻していた。


「いやあ、とんでもないことになったなぁ。

 今回はあんたおらんかったら危なかったわ」

「金咲さん!

 こ、この度は助けていただいて、ありがとうございました!」

「ああ、ええよ。かまへん。

 ウチもやらなきゃならんことがあったさかい、ついでや」

「そうだな。

 この街に来たのは、あの大司教を狙ってのことだったんだろう?」


 リナとフィネは真一郎の顔を見た。

 ハヤテはあくまで、落ち着いた様子だった。


「ややねえ、何でそんなことを思うんか、ウチにはよう分からんわ」

「大司教がどうの、というのは想像だがな。

 だが、《エクスグラスパー》がこの件に絡んでいたのは知って

 いたんだろう? でなければ、あれだけの部隊を持ってくるはずが

 ないだろう。今回来たのは《ナイトメアの軍勢》じゃなく、奴らのためだ」


 根拠が特にあるわけではなかったが、しかし真一郎なりの確信があった。

怪物を前にしての、落ち着いた対応。リナたちに力を貸したこと。

そして、彼女自身の態度。


「ま……それがホントのことかは置いといて、や」

 ハヤテは教会の扉を指さした。

「ちょっと腰落ち着けて話そうや。あんたたちもみんな、疲れてるやろ?」


 『俗世派』の教会はこれまでにないほど賑わっていた。大通りから

離れているおかげか、怪物騒ぎから避難してきた住民が来ることも

なかったため、驚くほど静かだった。何よりも驚くべきことは、

この教会の司祭が避難をしていなかったことだ。


「私が出て行って、何が出来るということもないしね。

 誰か来たら来たで対応するさ」


 そう嘯いていたが、どこまで本当のことかは判断がつかなかった。


「なるほどなるほど……まさか、あの大司教様が化け物になるとはなぁ」

「白々しい物言いだな。本当は全部、知っていたんじゃあないのか?」


 その中で、真一郎たちとハヤテは情報交換をしていた。


「失敬なこといいなさんな、そのうちホンマに殴るで?

 ウチらは大司教が『変わる』瞬間を見てへんのや、せやさかい、

 そんなことが起こったって言われて信じられるかい」

「うう、やはり信じてもらえませんよね……

 見た私も信じられませんし……」

「いやいや、大司教になんかあった、ってとこまではウチらかて

 信じるで?」


 そう言って、ハヤテは一枚の紙を差し出した。羊皮紙ではなく、

和紙のような感じの紙だ。これも日本から伝来したのだろうか。

小さな紙片には短文が書かれていた。文字が並んでいる、ということは

分かるがその内容までは判別できない。無茶苦茶な並びだ。


「読めなくて当たり前。

 これはウチら忍軍が使ってる暗号パターンやからな。

 読まれたらむしろ、これを変えないけなくなる。

 あんまり長く見せるのも問題やから仕舞うで」

「俺たちにこれが読めないってことが分かってんなら、

 何で見せたんだよ……」

「これによるとな、事件後大司教の姿が確認出来んそうや。

 あの変に金廻りのいい大司教のことは、結構前からマークしてたんや。

 で、あの建物にいるってことは掴んでた」


 あの建物、というのは闘技場の上に建っていたあれのことだろう。

上層から下層の殺し合いを安全に観戦し、かつ上流階層の浅ましさも

見える、悪趣味な部屋。


「せやけど、事件後大司教が出てくるのは見えんかったんや。

 あの化け物との戦いの時も、絶えず監視を置いといたんやけど、

 煙のように消えてしまったんや」

「恐らく、もう二度と帰ってくることはないだろうな。羽根を

 生やしてこない限りはな」


「戻ってこないでええやろ、あんなの。証拠こそ掴めんかったけど、

 内偵の結果はひどいもんやで? 恐喝売春略取暴行殺人。

 自分で手を下してないってだけで、真っ黒や。あんなのは

 この世からいなくなってくれた方が、世のため人のためってこっちゃ」

「……確かに、大司教様は多くの罪を犯して来た方ですけれども……」


 ハヤテは毒づいたが、それにリナは口を挟んだ。

 ハヤテは大層驚いた顔をした。


「それでも、死んでよかったなんて、そうは私は思いません。

 あの人が罪を犯したなら、それを裁くのは私たち人間が、

 人間の法で裁くべきだったはずです。ソノザキさんに任せて、

 それでいなくなってもらって、それが正しいことだとは私は思えません」


 リナの言葉は、理想論だ。たしかに、大司教を人間の法で裁ければ

一番いい。だが、『共和国』軍ですら抱き込み、誰にも知られぬように

多くの犯罪を扇動し、それによって富を蓄えた男を、裁くことの出来る

法は、果たして本当に存在するのだろうか。

 もし、大司教が何らかの法的な裁きを受けたとしても、その罪に応じた

罰を与えられる可能性は、限りなく低かったと言えるだろう。


「……そうだな。人が人の意思で、自分の欲を律する。

 それが出来なかった人は、人によって裁かれる。

 そうでなければいけない。

 きっと、それが本当に正しいことだ」


 けれども、リナの思いは尊いものだ。真一郎はそう思ったから、

素直にそう言った。リナはその言葉に驚くことはなかった。ただ、

穏やかな笑みを浮かべるだけだ。


「……なんやなんや、ちょっと会わんかったくらいで、

 大分態度変わったやないの」

「いやっすねえ、ハヤテの姐御!

 人が人を好きになるのに時間は要らないっす!」

「その言い方は誤解を招くから止めろ、フィネ」


 真一郎はフィネの頭に軽いチョップを食らわせた。こんな光景も、

いままでは想像さえ出来なかったものだ。人は変われば変わるものだ、

そうハヤテは思った。


「それはそうと、だ。ハヤテ。

 俺たちは、俺たちの事情をお前に話したぞ」

「だから、ウチの事情も話せ、言うんかいな?

 そりゃちょっと……」

「別に話したくないなら、話さなくたっていいさ。だが、今回の件で

 《エクスグラスパー》の連中は《ナイトメアの軍勢》に関わっている、

 ということが分かった。俺も、奴らには少しばかり因縁がある。

 もしかしたら、力になれるかもしれないぞ」


 ハヤテは少し考えるようなポーズを取った。そして、口を開いた。


「あんたが協力してくれる条件、ってのはウチがウチの目的を

 教えることかいな?」

「言わなくたって協力はするさ。

 さっきも言った通り、《エクスグラスパー》の一人とは少しばかり

 因縁がある。あいつを排除するために戦うってんなら、やぶさかでは

 ない。それに、俺の旅先には《ナイトメアの軍勢》が何かと関わって

 くるんでな。お前が教えてくれなくても、俺の旅の目的は変わらないさ」


 その答えを聞いて、ハヤテは微笑んだ。


「ウチの答え一つで、あんたの機嫌を損ねることはないっちゅう

 ことやな。安心した」

「俺が怒り出しそうなネタを、何か持っているのか?」

「さあ? あんたの導火線って分からんからなあ。

 まあええ、こっちにも作戦上必要なことってのがあるから、

 全部を教えてやることはでけへんけど……」


 そう言って、ハヤテは袖の下に手を伸ばした。また紙を取り出すのか、

と思ったが取り出したのはキセルだった。よく時代劇で小坊主が

殴られているような、鉄で出来た無骨なキセルだ。ハヤテは鉄皿に

煙草の葉を敷き、どこかから取り出したマッチで火をつけた。


「どっから話したもんか。

 あんたに関係あることなら、《エクスグラスパー》のことや」

「あの、すいませんハヤテさん。教会って全面禁煙なんですけど……」

「まあまあ、リナちゃん固いこと言いなさんな。

 まずは、あんたのことや。あんたは『共和国』が直々に召喚した

 《エクスグラスパー》や。そのために安くないコストを払って、

 それであんたをこの世界に呼んどるんや」


 当てこすりだろうか、真一郎は憮然とした表情をした。

 ハヤテは笑っていた。


「《エクスグラスパー》召喚の儀は秘中の秘やからな。その情報に

 アクセス出来る人間も限られとるし、必要な資材も多い。

 そんじょそこらの連中が出来る技やあらへん」

「話が回りくどいな。それがいったい、どうしたっていうんだ?」

「せやけど、あんさんは結構なエクスグラスパーを見とるはずや。

 それがどういうことか、いまの話を聞いて、少しは疑問に思って

 くれたんとちゃうかな?」


 たしかに、いままで出会った《エクスグラスパー》は『共和国』の

人間ではなかった。むしろ、積極的に『共和国』と敵対しているように

さえ思える。


「いま問題になっとるのは、『共和国』の召喚によらへん

 《エクスグラスパー》なんや」

「召喚によらない……? そんなものがあり得るのか?」


 沈黙を保っていたクラウスが、口を挟んだ。

 痛みが引いて来たからかもしれない。


「んなこと知らんがな、それをウチらがいま調べてる最中や。

 何度か《エクスグラスパー》と交戦はしてきたが、あかんのや。

 情報を聞き出せてへんのが現状っちゅうわけ」

「『共和国』にとっては、懸念すべきことなのだろうな」


「そりゃそうや。

 村一つ、街一つ簡単に滅ぼせる連中が、何の前触れもなく現れて

 来るんやで? 駐留の騎士団や自警団だけやと、対処出来へん。

 酷い時になると、街一つがあいつらの手で奴隷化される。

 ボロボロになるまで搾り取って、捨てられるんがいつものオチや。

 その前に住む場合もあるけど、土地も人もやせ細ってもうどうにも

 ならなくなるんや」


 ハヤテは沈痛な面持ちで首を横に振った。これまで見て来た惨状を

思い出しているのだろう。真一郎のような一般人が召喚されてくると

すれば、領地経営の知識など存在しないか、あったとしてもこの世界では

使えないようなものばかりだろう。


「奴らが現れる原因を見つけ、対処する。

 それがウチらに科せられた任務なんや」

「この国を荒らし回ることが目的なら、『帝国』とやらの

 仕業なんじゃないのか?」


 普通に考えるなら、『共和国』への婉曲的な弱体化政策の一部だろう。


「そう考えるのが妥当や。『帝国』側にはさしたる被害が出てないしな。

 ただ、証拠が何にもない。報復をするにも、何らか正当性がなければ

 いかんのや」

「戦争状態なんだから、お題目を立てる必要もないと思うんだが……」

「あかん、あかん。敵対状態って言っても天十字教会から停戦の

 お墨付きを得てるからなあ。もし、一方的にそれを破るようなことに

 なれば、今度は天十字教まで敵に回る。

 それに、原因が分からんかったら戦争しとる間に内側から食い破られるで」


 ごもっともだ。

 やはり軍略的なセンスは自分にはないのだな、と真一郎は思った。


「まあ、そういうわけや。ウチらもその全貌を掴んどるわけではない。

 ただ、全国に散った忍軍やその他の連中から提供された情報を元に、

 この辺りで奇怪な事件が起こってるっていう報告を受けただけなんや。

 で、一番怪しい大司教を当たったんやけど……」

「それが一発で大当たりしてしまった、というわけか」

「せや。むしろ、逆に頭抱えたくなってくるで。大司教がああなった

 影響で、ウチらが展開してた部隊もその対処に当たらざるを

 得なくなってもうたからな。当然、《エクスグラスパー》の

 探索なんて後回しになってしまったんや」


 そこまで計算して、あの男は大司教を怪物化させたのだろうか?


(恐らく、そうだろうな。あいつならば、大司教は使い潰す……)


 真一郎は『ダークマター』、天十字黒星の姿を思い浮かべ、ギュッと

手を握り締めた。憎むべき敵が、こんなところにいたとは。

 一体どんな因果か。


「もし行く先で《エクスグラスパー》に会ったら、死なん程度に

 調べてくれや」


 そう言って、ハヤテは立ち上がった。

 もうキセルも吸い終わったようだった。


「あれ、もう行かれるんすか? ハヤテの姐御?」

「ウチもこう見えて忙しいんや。

 寂しいのは分かるけど、またなフィネちゃん」


 ハヤテは冗談めかして言い、フィネの頭を撫でた。くすぐったそうに、

フィネは身をよじった。そして、真一郎たちに向かって一礼し、彼女は

去っていった。


「どこから現れたかも分からない、《エクスグラスパー》……」


 リナは自分の言葉を確認するように、一人呟いた。


「俺たちが考えても仕方がない。旅を続けよう、そうすれば……」


 旅を続けて、自分はどうするのだろうか。真一郎は考えた。全ての力を

取り戻した時、自分はどうするのだろうか。『共和国』のために戦うのか。

それとも。


「あの、ソノザキさん。あの時会った人は、いったい誰なんですか?」


 リナが放った言葉によって、真一郎の思考は押し流されて行った。


「……あの男は悪魔だ。

 この世に存在してはいけない、滅ぼさなければならない悪鬼だ」


 真一郎の言葉には、有無を言わせぬ威圧感があった。リナも、それを

問い詰めるのを止めた。真一郎は、己の手を見ながらもう一度、

言い聞かせるようにして呟いた。


「奴は悪魔だ……俺が潰す……!」


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