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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
信仰と悪徳の街
31/48

天空の支配者、シルバーバック

 天井を破って現れた怪物は、乱暴に両手を振り回して屋根を

完全に破壊した。

 リナは怪物の足を前に、立ち尽くしていた。外へと通じる扉は

怪物の足の奥にある。壁に空いた穴から外に飛び出すには、生身の

足では少し高く、遠すぎた。もはや五メートルほどの大きさになった

怪物が、リナを見下ろし握った拳を振り下ろした。


 真一郎はそれを狙い、ウルブズパックを連射する!

 チョークを絞って発射された散弾が怪物の太い腕に殺到した。

怪物の腕は豆腐のようにあっさりと破壊され、拳がリナの隣に

落ちて来た。真一郎は屋根を蹴って跳躍、怪物の腹目掛けて蹴りを

叩き込んだ。

 蹴りを叩き込んだ感触は、驚くほど軽かった。風船を殴っている

ようだった。真一郎の突撃を受けた怪物はそのまま、無防備に

吹き飛んでく。スラムの家屋に激突するが、しかしその下にあった

家屋が破壊されることもなかったようだった。


 真一郎は反動を使ってスピードを殺し、リナの近くに着地した。


「リナ、大丈夫か! いったい、何があったんだ?」

「そ、ソノザキさん! た、大変なんです!

 大司教様が、あんな、あんな……」


 そう言って、リナはここから現れてきた怪物を指さした。

 あの怪物が大司教?


「どうにかしてここから出られないかと思っていたんです。

 そうしたら、気付かないうちに金髪の男の人が……

 そう、確か私たちを浚いに来た人がいきなり現れて!」


 あのボスと呼ばれていた男だ。足にダメージを与えたはずだったが、

しかし仕留めきれてはいなかった。ここに隠れながら来るくらいは、

朝飯前ということか。


「そ、それで、『あんたはもう役立たず』、って言って、大司教様の

 胸に何かを刺したんです。そうしたら、大司教様はいきなり

 苦しみ出して、それで、手足が膨れて、それで!」

「分かった、もういい。

 あいつらが何かをしたのは確実、というわけか……」


 あの真っ黒な皮膚といい、醜悪な外見といい、どことなく

《ナイトメアの軍勢》を連想させる。

 もしや、奴らは《ナイトメアの軍勢》を操ることが

出来るというのか?


 巨大な怪物が足と腰の動きで器用に立ち上がる。反対側の

手には、数人の人間が握られていた。真一郎はウルブズパックを

構えるが、しかしそれは遅かった。怪物は力強く、握った。

人間の体が、まるで風船のように弾け飛んだ。

 鮮血が地面に落ちて行った。


 真一郎は激高しながら、散弾を何発も放った。先ほどは怪物の

体をあっさりと貫通した弾丸は、しかし怪物の表皮を割き、波紋の

ような傷を作るだけに留まった。


「こ、攻撃が効かなくなっているんですか!?」

「リナ、逃げろ! 住民たちを非難させるんだ!」


 真一郎は叫びながら飛び、ほとんど崩れかかった天井に向かった。

リナはすぐさま頷き、外へと駆けて行った。真一郎の視線と怪物の

視線とがぶつかり合う。

 恐らく、あの怪物は人間、あるいは動物を『食う』ことで力を

つけていくのだろう。先ほどあっさり吹き飛んで行ったのは、

たった一人分のエネルギーしかなかったからだ。数人分の

エネルギーを取り込んだだけで、この破壊力。放置しておけば、

必ずマズいことになる。人を遠ざけ、この怪物のエネルギー源を

断たなければならない。


 破壊された左腕が再生している。断面から蠢く触手のような

ものがせり出し、それが絡み合うようにして腕を再構成していた。

先ほどウルブズパックの散弾でつけた傷も、少しずつ再生している。

あれもエネルギーを補給した結果なのだろう。

 真一郎は三度、ウルブズパックのグリップを引いた。銃口に

エネルギーが収束する。


『OMEGA MODE! RUNNIGN! WILD!』


 圧倒的なエネルギー量が、ウルブズパックの銃口に収束する。

それを向けられた怪物は真一郎を排除すべく歩き出すが、しかし

その歩みは遅い。エネルギーを補給した結果、自重が増えて

いるのだろう。真一郎は無慈悲にトリガーを引いた。


 天を切り裂く光の刃が、ウルブズパックから撃ち出された。

真っ直ぐと伸びて行った光線は怪物の頭をあっさりと破壊し、

その余波で両肩まで吹き飛ばした。支えを失った両腕が地面に

落下し、ドロドロとした気味の悪い液体のようなものに

変わっていく。


「よし、これで終わりだ。

 さっさとあいつらを追わなければ……」


 そう言うと、真一郎はウルブズパックの結合を解除した。

オメガモードを発動した後は一定の冷却時間が必要になる。

少なくとも十分間は使えないだろう。しかし。


「……なんだと!?」


 怪物の胸から上にうねうねと蠢く触手のようなものが現れ、

絡み合って行った。更に、脚からも触手が伸び、地面に落ちた

両腕を『食って』いった。


「脳を破壊しても活動を続ける……

 いや、こいつ脳が存在していないのか!」


 どんな怪物にも頭がある、という先入観に囚われ武器を

使い潰したことを後悔する。怪物は咆哮を上げながら真一郎を

睨み付けた。頭部が変形し、いくつもの棘が額から生えて来る。

反射的に真一郎は横に跳んだ。怪物から放たれた棘が、凄まじい

速度で真一郎に殺到する。着弾した煉瓦が無残に破壊された。

洒落にならない破壊力だ。


 更に、怪物は全身から触手を発生させ、周囲三百六十度に

向かって発射した。真一郎への攻撃ではない、周囲からエネルギーを

吸収するためだ。分かっていても、妨害することは出来ない。

シルバーウルフを連射し、触手を迎撃するが、それでも撃ち漏らす。

 降り注ぐ触手の雨に貫かれる者が少なくない! 貫かれたものは

一瞬でミイラのような死体へと変わる! あの触手は人間の体液のみを

吸収して成長しているのだろう!


「クソ、どうすればいい!

 どうすればこんな化け物を倒せる!?」


 真一郎は怪物に向かってシルバーウルフを連射する。弾丸を受けた

怪物の体が揺らぎ、数歩後ずさった。六メートルほどの身長だが、

ウェイト自体はそれほど大きくない。逆に言えば、倒せるのは

いまだけだ。これ以上成長されては手が付けられなくなる!

 怪物の腕が触手の束に変わり、逃げる人々に向かって行く。

真一郎はシルバーウルフを構える。だが、もう一つの腕も触手の

束に変わり、他の集団に向かう!


 大通りにいる、観光客を救うか?

 裏道にいる、スラムの住人を救うか?


 考えている時間は少なかった。だが、真一郎にはその決断を

下すことが出来ない。


(どちらかを選ばねばならん!

 中途半端にやれば、それだけ被害が広がる!)


 それでも、真一郎はコンマ一秒間の決断を下すことが

出来なかった。


(こんな時、あいつなら……

 あいつなら、どっちを救った……!?)


 その時だ。怪物の右手の触手が弾け飛んだ。

 見ると、矢がそこを通過していた。


 迷っている暇はなかった。真一郎は左の触手に腕を向け、

トリガーを引いた。触手の束が半ばから弾けていく。尚もそれは

伸びていくが、逃げていく人々に追いつけない。


「どうやら苦労してるようやな。

 あんさんでもこの事態は手に余るか?」


 真一郎の居た屋根に、跳び上がってくる影が一つあった。

上半身の着物をはだけさせ、ノースリーブの服を露わにした女性、

金咲疾風。いつもの余裕は、彼女の表情にはない。


「お前、どうしてこんなところに!

 いや、これはどういうことだ?」

「助かったんやからいいやろ。街を包囲する部隊を敷いといて

 正解やったわ。まさか、こんなことになるとは思っても

 みんかったけどなぁ。なんかあったら動け、とは言っておいたけど、

 これで動いてくれるとはホンマ、持つべきものはええ部下やのぉ」


 ハヤテはまくしたてた。真一郎は半分も理解できなかった。


「……つまり、さっきの矢はお前の仲間が放ったものと

 思っていいんだな?」

「そういうこと。

 ウチらが誇る『共和国』精鋭、黒色忍軍の手のものや」


 見ると、避難民の中に弓矢を持ったものや片刃剣を持ったものが

おり、そうしたものたちがそれとなくドースキン駐留部隊の避難誘導を

アシストしていた。その中にはクラウスやリナ、フィネの姿もあり、

彼らもまた協力しているようだった。


「お前は……いったい何者なんだ?

 これほどの部隊を動かせるとは……」

「いまはンなこと言っている場合やないやろ?

 といっても、そろそろ……」


 そう言うとハヤテは手を振った。どうやったのか、ハヤテの

手には魔法のように棒手裏剣が現れていた。ハヤテは両腕を

鞭のようにしならせ、真一郎越しに怪物に投げた。投げ放たれた

棒手裏剣は、複雑な機動を描き接近する触手をすべて打ち倒した。


「名乗らなあかんやろうな。

 『共和国』忍軍、『銀の』ハヤテ。よろしゅうな」

「『共和国』の依頼を受けているどころか、『共和国』の

 人間だったわけか……!」


 真一郎は怪物に向き直った。辺りから矢が放たれ、怪物の体を

剣山のようにしていった。だが、初めのうちは呻き、叫んでいた

怪物だったが、やがてその態度にも変化が生じる。身じろぎすら

しなくなったと思うと、突き刺さった矢を触手で掴み、包んだのだ。


「オイオイ、人間を食うとはさっき見たが……反則やろ、あれ」


 矢を吸収した怪物は、少し大きくなったような気がした。

生物だけでなく、無生物でも関係なく行けるとは。あれでは

足元の建造物もいつ吸収されるか分からない。


「あんな化け物、倒すにはどうすればいい!」


「あんたでも泣き言、言うことあるんやな。

 とはいえ、それはウチが聞きたい……」


 そう言って、ハヤテはまた手を振った。

 すると、その手にブレスレットが現れた。


「そうそう、リナちゃんからの預かりものや!

 あんたのかもしれん、ってな!」


 そう言って、ハヤテはブレスレットを投げた。内側にスパイクの

ついたブレスレットを見て、真一郎は驚いた。それこそが彼の

探していた、閃光迅シルバーバック!


「これを、いったいどこで手に入れたんだ……!」

「大司教の部屋にあったそうや。

 拾得物やけど、あんたなら上手く使えるんやろ?」


 真一郎は頷き、ブレスレットを左手に向けた。彼の左手首には

ブレスレットのスパイクと噛み合うような穴が付いている。

 ただのスパイクではない、接続端子だ。真一郎は穴に合わせ、

ブレスレットを刺し込んだ。


 ピタリとはなったそれは、電子音を放った。

『SILVER BACK。READY』


 真一郎は左手を掲げ、ブレスレットのネーム部分に偽装された

ボタンを押した。

 すると、彼の背部装甲がパカリと開いた。展開された装甲は

更に広がり、翼のようなパーツを形作った。開いた場所からは

大きな球体が二つ現れた。


「あの化け物をどうにかする手を一つ、思いついた。

 ハヤテ、援護を頼む」

「あの化け物の攻撃なら、あんたでも凌げるやろ?

 なんでウチがやらなあかんねん」

「こいつを使っているうちは、他の兵装がほとんど使えなく

 なっちまうんでな……!」


 真一郎は構え、走り出した。屋根の縁で踏み切り、跳ぶ。

その瞬間、彼の背中についた球体二つ、すなわちブースターが

火を吹いた! 水平に飛んだ彼の体は加速し、怪物に向かって

矢のように飛んで行ったのだ!


「オイオイ、空まで飛ぶんかいな!

 これこそもう、何でもアリやな!」


 言いながら、ハヤテは棒手裏剣を取り出した。

 だが、それはやめた。追いつけない。


 真っ直ぐと怪物に飛んで行った真一郎は真上に急制動、胴体から

せり出して来た触手の群れを回避した。尚もそれに追いすがっていく

触手は、交互に螺旋を描くようにして上空に向かって行く。真一郎は

上昇を止め緩やかな弧を描き、怪物と距離を取る。降下していく

真一郎に向かって、怪物は束ねた触手を振り下ろそうとする。


「あれをやるんなら、せめてこれくらいは持ってかなあかんやろうなぁ」


 ハヤテは一本の直刀を取り出した。柄と鍔の間に付けられた

トリガーガードのような穴に指を突っ込み、ハヤテは刀を一回転させた。

すると、刀身が淡い緑色の輝きに包まれた。

 彼女は袈裟切り、逆袈裟、横薙ぎの斬撃を虚空に向かって放った。

剣を振るうたびに風が逆巻き、一つの形を取った。

 それはすなわち、刃。


 不可視の刃が絡まった触手の束に飛んで行き、それを切断した。

三度放たれた風の刃は両腕を完全に切断した。怪物はおぞましき

咆哮を上げ、体をのけぞらせた。

 真一郎は弧を描き飛び、再び怪物に向かって一直線に飛んで行った。

怪物の胴体が蠢き、いくつもの触手が飛び出して来た。真一郎は空中で

縦回転、すなわちバレルロールと呼ばれるマニューバを行いそれを

避ける。彼の羽根を捕えようとした触手は、逆に切断された。

 武装がほとんど使えない代わりに、羽根は強力な切断力を持っている。


 怪物は更に触手を増産し、真一郎の体を捕えようとする。しかし、

それはハヤテの放った斬撃によって打ち払われた。いくつかはハヤテに

向かうものもあるが、結果は同じだ。


「付き合ってもらうぞ! 成層圏の向こう側までな……!」


 真一郎はシルバーキーを捻った。

 『FULL BLAST!』のかけ声とともに、彼の全身が深紅の

輝きに包まれた。同時に、真一郎の体が更に加速。触手の間を

すり抜けて、怪物本体に突き刺さるようにして激突する。

怪物の体が、宙に浮いた。


「ウッソ!? あんなデカいのどうにか出来るんかいな!」


 ハヤテは心底驚いたが、しかしそれは当然のことだ。怪物の本体は

風船のように膨張しているだけで、重量自体はそれほどでもない。

幾人かの人間を吸収し、多少ウェイトを増しているが、これまでの

迎撃行動によってかなり肉体を削っている。バカでかい体から生じる

空気抵抗さえどうにかすることが出来れば、持ち上げるのは難しくない。


 真一郎は怪物を掴んだまま徐々に上昇した。

 触手は真一郎を引き離そうと触手を向けるが、しかし彼の全身を包む

エネルギーフィールドを突破することが出来ない。真一郎と怪物は

速度と高度を増し、ついに標高四千メートルの霊峰を越えた。


「なるほど、いい山だ。

 今度は観光出来てみるとしよう……!」


 真一郎は前方にエネルギーを集中。怪物の体を突いた腕が、体が、

どんどんと怪物の体にめり込んで行く。圧倒的な熱エネルギーが怪物の

体を焼き溶かしているのだ。怪物は苦悶の叫びをあげる。あの醜悪な

大司教の顔が真一郎の脳裏に浮かんで来た。


「貴様の積み重ねて来た罪、いまこそ清算するときだ!」


 真一郎は怒りのまま突き進む。

 真一郎の体は怪物の肉体を完全に貫いた。


 高度五千メートルからの落下。通常の生物ならば生きていられる

はずはない。

 だが、これは常識の枷から解き放たれた《ナイトメアの軍勢》。

事実、奴は触手を展開し衝撃を殺そうとしている。この怪物を

殺すには、どうしたらいいのか?


 無論、真一郎にはプランはあるし、それはもう実行している。

怪物がどれほど足掻こうとも無駄だ。なぜなら奴が着地すべき大地は、

ここにはもう存在しないのだから。


「楽しんで来い、どこまで続くかは知らんがな」


 真一郎は反転し、街へと戻って行った。怪物は落ちていく。

 咆哮を上げながらどこまでも、どこまでも。


 かつて街の支配者であったそれは、どこまで続くかも分からぬ

無限の青に向かって落ちて行った。かつて、リナはこの世界は

大天空と大海幕の間にある、と言っていた。ならば、奴はこのまま

海に落下するのだろうか。もちろん、そんなことを確かめる術は

存在しないが。


 真一郎は飛んだ。彼の帰還を、夕焼けが出迎えた。


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