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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
信仰と悪徳の街
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暗黒星襲来/もう一人の装着者

 一方で、上層階。その場は騒然としていた。

 いままでの乱痴気騒ぎではない。リナの一言によって彼らの熱狂は

覚め、その場に生じたエネルギーは行き場をなくしている。酒と賭けが

手伝ったとはいえ、上層階の熱狂ぶりは異常なものだった。


「なぜだ……どうして!

 どうして、貴様は闘争本能に呑まれない……!?」


 その状況を作り出したリナは、ドレス姿の女によってバックヤードに

引きずり込まれていた。間の抜けた喋り方も、ぼんやりとした表情も、

彼女にはもうない。性格の悪さを反映したような、怒りに歪んだ

醜い顔でリナの首を締め上げている。凄まじい力だ。

 彼女は人々の持つ感情を増幅させる細菌のようなものを放出することが

出来る。歓喜と陶酔とを作り出すことが出来れば、あとは簡単だ。罪悪感だの

倫理観だのは、増幅された喜悦によって押し流されるのだから。

 彼女こそが地下闘技場を支配する存在なのだ。


 ゆえに、彼女は自分の意思に従わない存在を決して許さない。彼女は

負けたことがなかった。裕福な家庭に生まれ、成績は常にトップクラス。

追いすがる者たちを蹴り落とし、覇道を突き進んできた。チアリーダー

チームの部長を務めたこともある。これまで付き合ってきた彼氏は

全員アメフト部のクォーターバックだ。彼女は支配者の中の支配者であり、

女王(クインビー)になるために生まれて来たと言っても過言ではない存在なのだ!


「はぁん……あんた、こんなものに縋っているのか?

 下らないものにィーッ!」


 クインビーは彼女の首に掛けられた、古錆びたロザリオのチェーンを

引き千切ろうとした。だが、リナは必死になって抵抗する。両眼には

溢れんばかりの涙を浮かべ、しかし、その視線は力強くクインビーを

見据えていた。


「そのッ! 顔ッ!

 下らないナードのクセしやがってェーッ!」


 クインビーは鬼めいた表情で凄み、リナに平手を打ち付けようとした!


 その時、部屋中央に設置されたマジックミラーが甲高い音を立てて

砕けた! マジックミラーを破り、部屋に突入してくるのはもちろん

シルバスタ! 真一郎は首を振りリナを探した。バックヤードの裏に

連れ込まれた彼女の姿を確認。柵の上に器用に立つと、そこを足場にして

跳躍。シャンデリアに腕をかけ、振り子のように使った。反動で彼の体が

大きく揺られ、目的地までの足場となった。


「言えーッ!

 お前はどうして、どうして私の力に呑まれないィーッ!」

「なぜそいつがお前に呑まれないかだと?

 そんなのは簡単なことだろうが」


 真上から掛けられた真一郎の声を受けて、クインビーはようやく彼が

近づいてきていることに気が付いた。だがだからと言って、現状を

打破する手段があるわけではない。クインビーに出来るのは人を

動かすことだけで、自身に作用する力を持たないのだから。


「貴様のような下種ではないからだ!」


 十分に手加減した唐竹割チョップが、クインビーの脳天に叩き込まれた! 

それでもクインビーの体は、ほとんど垂直に地面に向かって落ちて行った。


「ソノザキさん! 無事だったんですね!」


 真一郎の無事を確認し、リナは花が咲いたような笑顔を見せた。


「ああ、クラウスも無事だ。

 すぐにフィネやハヤテと一緒に上がってくるだろう」


 真一郎も知らず、シルバスタの仮面の下で微笑みを作った。


「脱出するぞ。あいつらを上手く逃がすためにも、ここを混乱させる

 必要がある」

「えっと……じゃあ、あれを使うのなんてどうでしょうか?」


 リナは天井に合った、もう一つの窓を指さした。闘技場を見下ろす

ミラーよりも遥かに巨大だ。あれを破壊されれば、少なくとも会場は

大混乱に陥るのではないだろうか。


「いい案だ。なら、行こう。シルバーウルフは持っているな?」


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


「ええい! つまらん、つまらん!

 どうなっておるのだ、ムファァーッ!」


 大司教は駄々っ子めいて膝を叩き、憤怒を辺りに撒き散らす!

 彼は思い通りにならないのが大の苦手なのだ!


「参りましたねえ。

 どちらかが死ぬとは思っていたんですが、これとは」

「『ダークマター』!

 お前が面白くなるというからやったんだぞ、何だあれは!」


 まったくつまらないものを見せられた、とでも言いたげな大司教に

向かって、『ダークマター』は皮肉気に肩をすくめた。そして、ピクリと

表情を震わせた。


「主。怪我をしたくなければ、マントを被ってそこでじっとしていることです」


 呆けた大司教を放置し、『ダークマター』は階下を見下ろす大マジック

ミラーを見据えた。そこには、いまにもそれを突き破ろうとしている

シルバスタの姿が映っていた。

 シルバスタはリナを抱えたまま跳躍! 『FULL BLAST!』、

奇怪な機械音声が室内に響き、順手に握られたシルバーウルフの刀身が

赤熱しながら伸びる。振り払われた光の柱のような刀身はマジックミラーを

切断。膨張したガラスが爆発した。


「ブイッヒィーッ!?」


 大司教は身をすくめる! しかし彼の身を守るものはほとんどない! 

破砕したマジックミラーの破片が彼に襲い掛かってくる! 醜い体に

醜い裂傷が刻まれる!

 一方、マジックミラーを破壊した当の真一郎は逆に驚いていた。

当然だろう、何もないと思っていた空間にまさか部屋があるとは。

彼は破壊したマジックミラーの縁を掴み、懸垂の要領で飛び上がり、

悪趣味な室内に着地した。


「ここは、いったい……どうなっているんだ?」

「まさか、ここも観戦部屋、ってことなんでしょうか……?」

「ファーッ!? き、貴様らぁ!

 い、いったいなにをしているのだぁ!」


 でっぷりと太った大司教が、威圧感たっぷりに叫ぶ!

 リナはその姿を見て驚いた。


「大司教様……!? あなたがなぜこんなところに……

 ということは、まさか!」

「どうやら、ここを運営していたのはあんたのようだな。大司教」


 大司教は体を震わせるが、動く気配はない。

 あの体では動けないのかもしれないが。


「どうしてこのようなことを!

 人を隷属させ、あまつさえ殺し合いをさせるなど!」


「隷属させる? 何を言っている、あやつらは自らの意思でここに

 来ているのだ! ワシらはあやつらが命を賭けるに足るだけの金を出す、

 あやつらはそれを受け取る! そしてワシらはそれを見て楽しむ! 

 理想的なWinWin関係ではないか!」

「農地を奪い、選択肢を奪っておいてよく言う。

 そういうところだけは変わらんな」


 目的のために手段を、天十字教の連中は選ばなすぎる。初めに他人の

選択肢を奪っておいてから決断を迫る、というのは天十字教の経典にでも

書かれているのだろうか?


「他人は神の下に平等であり、その命の価値は何者にも劣ることはない!

 人々を金で縛り奴隷とすることも、その様を見て嘲笑うことも、

 あってはならないことです!」

「黙らっしゃい、ワシの十分の一にも満たん所得の分際でェーッ!」


 大司教は顔を真っ赤にして稚気じみた叫びを恥ずかしげもなく振りまく!


「よいかね、ワシは金を持っている。神は人々に商売を許し、金を

 得ることを推奨しておる。つまりワシこそが世界で誰よりも神の意思を

 体現する存在なのだ。つまり、ワシの存在は神と同等であり、ワシの

 言葉は神の言葉なのだ! 控えおろうなのだァーッ!」

「な、なんて破廉恥な言い分なのでしょうか……!」

「神気取りのデブが。

 金など貴様の腹に詰まった脂肪ほどの役にも立たんと教えてやる」


 真一郎は構えを取った。大司教はヒッ、と身をすくませるが、その前に

立ち塞がる影があった。いままで息を潜めていた、執事服姿の男だ。


「申し訳ありませんが、我が主に死んでいただくわけにはいかないんですよ」

「そこを退け。貴様と戦う理由はない、そいつを渡せばお前は逃がしてやる」

「へえ、優しいんですねえ。園崎さん。この私を逃がしてくれる、だなんて……」


 『ダークマター』は悪辣に笑った。その笑みの理由を、真一郎は最初

理解出来なかった。だが、眼鏡を外し、髪をかき上げた『ダークマター』の

顔を見て、態度を変える。


「貴様ァッ……!」

「そう、それですよ。あなたが私と相対するときは、その顔こそが相応しい」


 『ダークマター』の手にはどこかから取り出した、黒い鉄の箱が

握られていた。それは、真一郎の持つ《スタードライバー》と

酷似していた。酷似していたが、星のエンブレムは刻まれていない。

刻まれているラインさえも、黒一色だった。


「なぜ……貴様が、ここにいる! 天十字……黒星!」


 天十字黒星と呼ばれた男は、ポケットから一枚のカードを取り出した。

キャッシュカードくらいの大きさのカードで、これもまた、すべてを

飲み込むような漆黒であった。


「私が生きていることを、もっと喜んでくださいよ……変身!」


 黒星はベルトを腰に巻き、カードをドライバーの前にかざした。


『WORLD OF DARKNESS』


 威圧感さえ感じさせる低い声が、彼の腰に巻き付いた

《ダークドライバー》から聞こえて来た。漆黒のオーラめいたものが

彼の全身を包み込んだかと思うと、全身に暗黒の騎士甲冑が展開された。

目に当たる部分以外は、そのほとんどが黒だ。シルバスタのそれと

同じように刻まれた銀色のラインと、黄金色に輝く目だけが

彼の輪郭を象っていた。


「私……ダークマターが生きていたんですよ?

 面白いことじゃあないですか」

「貴様が生きていたことは、俺の人生でトップクラスに不快なことだ!」


 真一郎は激高し、シルバーウルフを構えて黒星に飛びかかった。

逆手に持ったシルバーウルフの刃を、真一郎は迷うことなく黒星に

向かって振り下ろした。黒星はガントレットに覆われた腕を掲げ

それを防御。高い金属音がした。


「驚きと言えば私もですよ。まさかあなたもここに来ているとはね……!」

「なぜ貴様がここにいる! 貴様は確かに、あの時死んだはずだ!」

「そうです、私はあの時光に呑まれて死んだはずだった。

 だが、天に輝く十字は私のことを見捨てなかった!

 だからこそ、私はここにいるのですよ、園崎くん!」

「訳の分からないことを……言っているんじゃあないぞ!」


 真一郎はトリガーを引き、射線上にあった黒星の頭を狙った。黒星は

首を捻りそれを回避した。大司教の据わっていたイスの背もたれが抉られ、

破片が大司教に刺さった。響く絶叫を無視し、真一郎と黒星は力比べを行う。

真一郎は渾身の力を込めて黒星を押し込む。だが、黒星のパワーは彼の

それを上回っていた。徐々に押し返される。

 そして、その時は唐突に訪れた。黒星は一際強く力を込め、真一郎を

跳ね返す。そして、たたらを踏んだ真一郎に対し、槍のようなサイドキックを

放った。ためなどほとんど作っていない蹴り、しかし真一郎の体は

いともたやすく吹き飛ばされた。背後にあった厚い壁に激突しても

それは止まらず、壁を破壊し彼の体は落ちて行った。


「う、ウソ……ソノザキさん!?」

「ハッハ、ハッハッハ! 楽しいですね、園崎くん!

 こちとら、しばらく全力を出すことが出来なかったんです!

 少しは楽しませていただきたいものですね!」


 黒星は偽りの主を守ることを止め、壁に空けた大穴から真一郎を

追いかけて行った。

 部屋に残されたリナは狼狽した。どうすればいい、ここから逃げる? 

それとも真一郎を追う? むしろ、フィネたちを助けに行ったほうが

いいのだろうか? 様々な考えが彼女の中に生まれては消えて行った。

その時、背後で何かが動いた。


「ファー、ファー……

 こ、こんなところにいられるか……きゅ、宮殿に……」


 大司教がほとんどはい回るようにして、そこから逃げようとしていた。

宮殿、と呼んでいるのは大神殿のことだろう。彼の金によって築かれた

ものだが、彼のものではない。リナはその前に立ちはだかった。

情けない悲鳴が、彼女の耳に聞こえて来た。


「そこまでです、大司教!

 多くの人々をたばかった罪、私はこの目で見ました!」


 リナは大司教をはっきりと見据えた。狼狽した大司教の動きが、

しばしの間止まった。そこで、リナはふと奇妙なものを見つけた。

それはブレスレットだったが、どこか奇妙な形をしていた。内側に

スパイクが付いているのだ、こんなものを手に付けてしまうと、

いろいろ大変なのではないだろうか、とリナは思った。


 その一瞬の隙を突いて、大司教が飛びかかって来た! 豚のような

体躯とは思えないほど俊敏な動きだ! しかし、リナの反応と動きは

それよりもなお速い! 飛びかかって来た大司教の懐に潜り込み、

袖と帯を掴み、跳ね上げた。大司教の百キロを超える体は思い切り

吹き飛ばされて行き、壁に激突!

 床に落ちて、その動きは完全に止まった。


「格闘術の訓練くらい、受けています!

 あんまり舐めないで下さいよ!」


 残心し、彼女は叫んだ。

 それを聞いている者は、もうそこにはいなかったが。


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