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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
信仰と悪徳の街
28/48

闇を切り裂く願いの声

 シルバーウルフの誘導に従い、三人は真一郎たちが誘拐された

裏路地まで来ていた。

 真一郎が追跡を行っていた時と違い、いまは昼間だ。建物と

建物の間に挟まれた路地を発見するのも、それほど難しいことでは

なかった。リナはシルバーウルフを仕舞った。


「さて、あいつがいるのはこの先か。

 危ないと思うけど、みんなエエな?」

「もちろんっす! あっしの手で旦那を助け出してみせやす!」

「クラウスさんも、その……ソノザキさんも、大事な仲間ですから」


 二人とも恐れてはいるようだが、その恐れを振り切って先へと

進んで行った。

 昼間だというのに、室内は猥雑な雰囲気に包まれていた。

酒、煙草、それ以外の臭い。


「うわぁ、なんちゅう退廃的な……

 本国のクラブだってここまではせぇへんで」


 ハヤテは呆れながら、不審にならない程度に辺りを見渡した。

従業員と思しき者たちがバックヤードに入って行くのが見えた。

ハヤテはフィネの肩を叩いた。


「どうやら、あっこから裏に入れるらしいな。

 ちょっと、行って来ようか」

「そうっすね。まさかこんなところに旦那たちがいるはずは

 ありませんし……」

「ちゅうわけで、リナちゃん。ちょっとここで待っててェな。

 すぐ戻るさかい」


 フィネとハヤテはたった二人で敵陣に乗り込もうとした。

それをリナが止める。


「ちょっと待ってください、私も一緒に行きますよ!」

「せやかてリナちゃん、あんたああいうところに潜むイロハとか

 分かってるん?」


 そう言われて、リナは声を詰まらせた。

 もちろんそんなテクニックがあるわけはない。


「旦那は必ずあっしらが取り戻しますから。リナさんはここで

 待っててくだせえ」


 そう言って、フィネはいくらかの硬貨をリナに握らせた。

こんなところで飲み食いもせず突っ立っているのは不自然だ。

少しくらい、羽目を外してくれ。

 そう言って、二人はバックヤードに音もなく潜り込んでく。

取り残されたリナは途方に暮れた。


「いや、それはもちろん……

 私にはそんなこと出来ないわけなんですけど……」


 リナは大きなため息を吐いた。

 何のためにこんなところまで着いて来たのだろうか。


(でも当たり前だよね……

 この旅に、無理矢理同然でついて来たんだもん)


 元々、真一郎との旅はクラウスだけが着いていく予定に

なっていた。はぐれ者の《エクスグラスパー》を監視するために、

これ以上の戦力を割くことは出来ない。だが、神官長と騎士団長が

精査した内容に異を唱え、リナはこの度に無理矢理同行した。


 理由はいろいろとある。

 《エクスグラスパー》がどんな存在なのかは気になったし、

周辺諸国を回る機会など滅多にない。

 だが本当の理由はそれよりも切実だ。


 教会は純然たる階級組織であり、昇進すればするほどやれることが

増える。自信の経歴にミソが付いたとなれば、これ以上の昇進を

望むことは難しくなるだろう。俗な理由かもしれないが、しかし

善意だけでこの世界は回らない。

 階級世界から目を背け、ただひたすらに神の言葉を聞こうとすれば、

それは俗世で苦しむ人々を見捨てるのとほぼ同義になる。だからこそ、

彼女は《エクスグラスパー》召喚を失敗にするわけにはいかなかった。


(ソノザキさんをこの世界に連れて来たことは、間違いじゃないって……

 《エクスグラスパー》は確かに存在して、この世界を助けてくれる

 存在だって知らしめる。そうしなきゃ……

 絶対、この先昇進してなんかいられない)


 教会では誰も本心から《エクスグラスパー》を呼ぼう、などとは

思っていなかった。公式記録上、《エクスグラスパー》は数百年以上

現れていない、おとぎ話の存在だ。非公式には尾上のような者もいるが、

それはまた別の話だ。そんなことに労力を割く者はいなかった。

 だからこそ、リナは今回志願した。誰もしないことを成すために。


(でもそんな理由で着いてくるような人……旅には必要ないよね)


 『汝、他者を愛し、他者のために生きよ』。天十字教第一の教えだ。

ならば、自分のためだけに事を成す自分は聖職者失格だ。不純な動機で

他人を利用しようとしているに過ぎない。そう思い知るのが、彼女は

たまらなく嫌だった。

 巡回ボーイが何も持っていないリナの姿を目ざとく見つけ、ワインを

勧めて来る。リナはそれを受け取り、一杯飲んだ。天十字教は飲酒を

禁止していないので、特に問題ない。慣れないアルコールの匂いと

味とが、リナの全身に回っていった。


 そんな時部屋の中央付近から一際大きな歓声が上がった。

 思わずリナは身をすくめる。


「ウォォォォーッ! いいぞ、いいぞぉーっ!」

「ウォォォォーッ! コ・ロ・セ! コ・ロ・セ!」


 観客たちの粗野な叫び声が室内に響いた。熱狂的と言っても

いいものだ。いったい何が、それほど面白いのだろうか。リナは

気になって、身を乗り出した。


 そこにあったのは、にわかに信じられない光景。

 真一郎とクラウスが殺し合っている。


「……!?」


 互いに血まみれになり、拳が擦れ合って出来た擦過傷だらけに

なっている。本気で殺し合っていることは明白だった。彼らの

鮮血が、敷き詰められた砂地を汚した。

 クラウスの放った拳が、真一郎のレバーに深刻なダメージを与えた。

だが真一郎はクラウスの腕を掴み、彼の体を引き寄せた。組み合いに

なるのを嫌って、クラウスは真一郎に殺人的な肘打ちを何度も行った。

だが、真一郎は放さない。クラウスの腕を捻り上げながら後ろに回り、

彼の関節を破壊にかかったのだ。


 クラウスは力いっぱいもがくが、不意に込められた力がすべて

なくなった。勢い余って、彼は転倒する。その状況を予測し

動いていた真一郎は、その背中に踵を打ち下ろした。クラウスの

背中に真一郎の重く鋭い蹴りが打ち込まれるたびに、クラウスの

動きは段々と鈍くなっていった。逃れようと、彼は芋虫めいてはい回る。


 真一郎は狙いを定め、彼の頸椎目掛けてとどめの一撃を打ち込もうと

足を振り上げる。

 誰一人として、それを止めようとする者はいない。止められる者も

いない。厚いガラスに遮られた闘技場とこの観客席とを、自在に

行き来する方法など誰にもありはしない。


 それでも、リナ=シーザスは柵から身を乗り出し、力の限り叫んだ。


「ダメです、ソノザキさんーッ!」


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 分厚いガラスとレンガに遮られて、声など聞こえるはずはなかった。

それでも、真一郎は何かを聞いた気がした。あるいは、それまであった

振動がなくなったからかもしれない。リナが叫んだ瞬間、観客席はシンと

静まり返った。

 真一郎が放った脊椎への攻撃は、僅かに狙いを逸れてクラウスの首

真横に落ちた。


(俺はいったい何をしていた? 場の雰囲気に呑まれ、俺は……)


 クラウスは立ち上がろうとした。その動きにはまだ、狂気の片鱗が

見えた。真一郎は彼の肩を掴み、乱暴に跳ね上げた。クラウスは

背中から地面に打ち付けられる。真一郎はマウントポジションを取り、

クラウスに向かった叫んだ。


「答えろ! お前はいったい誰だ! 言ってみろ!」

「うぅぅぅっ……ぐっ、がぁぁぁぁぁっ!」

「俺は園崎真一郎! お前の仲間だ!

 お前はどうなんだ、答えろォッ!」


 真一郎はクラウスの額に頭突きを叩き込み、叫び続けた。


「お前はクラウス=フローレインだろうがッ!

 思い出せ、正気に、戻れッ!」


 クラウスの呼吸が、少しずつ落ち着いているように真一郎には

思えた。ほっと胸を撫で下ろした、その瞬間。柵が上がり、

そこから何者かが現れた。それは、前日の夜真一郎たちの前に

現れた拘束具の男だった。冷酷な目で、男は真一郎たちを見た。


 獣のような唸り声を上げながら、拘束具の男は真一郎に向かって、

信じられないほど素早く迫った。蹴り足を防ぐので精いっぱいだった。

拘束具の男の蹴りを真一郎は受け止めるが、しかしその衝撃で壁にまで

吹き飛ばされた。

 呻きながら体勢を整えようとするが、拘束具の男が速い。素早い

サイドキックによって、真一郎は壁に張り付けられた。凄まじい脚力、

力を抜けば押し潰されてしまいそうだった。これでも拘束具の男に

とっては全力ではないのだろう、余裕が節々に見られる。


「貴様ぁ……いったい、何者なんだ……!」


 拘束具の男の目から理性の光は見えない。何らかの方法によって、

自我を奪われているのだろうか? そのせいで、このような

悪徳闘技場の尖兵となっている? 拘束具の男は更に力を込める。

内臓がすべて押し潰されるような痛みが、彼を襲った。反撃に

転じようとするが、拘束具の男の長い脚を前に上手く体を

動かすことが出来ない。


「グゥゥゥゥッ……ガァッ!?」


 拘束具の男が呻いた。立ち上がったクラウスが、背後から

ダブルハンマーを食らわせたのだ。瞬間、拘束具の男の力が緩んだ。

真一郎は壁に手を突き、思い切り力を込めた。全身の力を乗せ、

脚の拘束を押し返した。たたらを踏んだ男に、真一郎は

後ろ回し蹴りを叩き込んだ。無防備なら体に強烈な蹴りを

受けた男は、無様に吹き飛んで行った。


「クラウス……意識を取り戻してくれたんだな」

「俺は……俺はいったい、何をやっていた……!?」


 クラウスは顔を覆い、ここで彼がやってきたことを悔いた。


「俺は……取り返しのつかないことをしてしまったのか……!?」

「そうじゃない、クラウス! 悪いのはお前じゃあない!

 これをさせた連中だ!」


 拘束具の男が立ち上がる。憤怒の表情。

 その視線を、真一郎は真正面から受け止めた。


 拘束具の男が全身に力を込め、声帯が張り裂けんほどの大声を

上げた。大気が、煉瓦が震え、振動によって砂が舞い上がった。

ブチブチと音を立てて、彼の体を覆っていた拘束具が弾けた。

その下から出て来たのは、(くろがね)色をした筋骨隆々の鬼めいた男の姿!


「貴様らがどんな目的で、俺たちを浚ってここに押し込んだのかは

 知らん。だがなぁ!」


 真一郎は両腕をクロスさせ、前に突き出した。すると、彼の手の中に

一つの形が現れる。

 それは、何者かによって奪われた《スタードライバー》だった。


「お前たちは……俺の仲間を傷つけた!

 その報いは受けてもらうぞ……変身!」


 ドライバーを腰に当て、シルバーキーを挿入し、捻る。飛びかかって

来た鉄の鬼が展開されたエネルギー場に弾き飛ばされ、壁に激突した。

真一郎はシルバスタへと変わる。

 鉄の鬼はそれを意に介した様子もなく咆哮し、再び戦闘態勢を取った。


 真一郎は構える。と、彼の耳元を何かが通過していった。

 そしてそれは鉄の鬼に突き刺さった。苦悶の叫びを鬼は上げた。

彼の腕に刺さっていたのは、棒手裏剣だった。


「いやぁ、ここまで来るのに苦労したわ。

 まったく、警備キツすぎやろ」


 真一郎の背後にあった柵が上がった。そこから出て来たのは、

男物の着物を身に着けた女性、金咲疾風。その背後から、

フィネ=ラフィアが顔を出して来た。


「感謝感謝、フィネちゃんおらんかったらここの柵、

 開けられへんかったわ」

「えっへん。罠解きも機械操作も、盗賊に科せられた使命の

 一つっすからね!」


 二人が入ってくると、柵が締まった。その背後から男たちの怒号が

聞こえてくる。恐らく、二度と開かないようにフィネが何らかの細工を

してきたのだろう。


「金咲……お前が、どうしてこんなところに来ている?」

「この前も言った通り、仕事や。

 でも、偶然助かったやろ? ウチが来てくれて」


 ハヤテは薄く笑った。この期に及んで、彼女は何も話すつもりが

ないようだ。

 最初、ハヤテは尾上と一緒に《帝国》領に渡り、邪教崇拝と

《エクスグラスパー》召喚に関わっていると目されている男の調査を

行う予定だった。なのだが突然、『帝国』行きの船の定員枠が

なくなってしまった。フィアードラゴンの出現が原因だった。


 ならば密航でもしてやろうか、と考えていたハヤテの元に、

ドースキン方面調査の依頼が入った。優先度は低いと言っていたのに、

これである。朝令暮改とはまさにこのことだ。そのため、ハヤテは

『帝国』での調査を尾上に任せこの地に来たのだ。


「クラウスの兄さんとフィネちゃんはウチに任せぇ、

 あんたは上に行きなはれ」

「そうしたいのは山々だが、あいつを倒さねばここから出ることは

 出来んだろう」


 真一郎は構え直したが、しかし鉄の鬼が突如として痙攣した。

ビクリ、ビクリと大きく体を震わせ、白目を剥き、あからさまに

命の危険がありそうなほど泡を吹き、倒れた。


「ウチらの里に生息する、特殊なヤドクガエルの皮下物質から

 抽出した神経毒や。筋弛緩作用を持ち、体重を維持できなくなり、

 目を開くことも呼吸をすることも出来なくなる」

「そのあからさまにヤバイ毒を、お前ら何に使うつもりだったんだ……?」


 つまりは、そういうことなのだろう。暗殺の手段。信一郎は納得した。


 ともかく、鉄の鬼を無力化する事が出来たのは大きい。真一郎は

天井を見た。巨大なマジックミラー、その奥の状況を推し量ることは

出来ないが、上から見た限りでは直通になっている。真一郎はためを

作り、跳躍。マジックミラーを砕き上層へと移動する!


「うんうん、それでええ。

 フィネちゃん、クラウスの兄さんをよろしゅうな」


 フィネはクラウスに肩を貸し、開いた柵を目指して歩き始めた。

クラウスの傷もそれほど深くはない、時間をかければ何とか回復

出来るだろう。背後の柵が軋む音が聞こえる。大司教傘下の

兵士たちが、柵を破壊しようと破城槌めいた物を打ち付けているのだ。


 ハヤテは懐から拳大の玉を二つほど取り出した。導火線に点火し、

それを柵の隙間から奥に投げ込んでから、部屋を出て行った。

 数秒後、暗闇を閃光と爆音が満たした。


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