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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
信仰と悪徳の街
27/48

マッチアップ

 ドースキン『俗世派』教会。

 人の少ない教会は、今日に限って騒然としていた。


「ああああああどうしましょう、どうしましょう!

 本当に帰ってきませんでしたよ!」

「あ、あの旦那ですら帰ってこれないなんて、

 ど、どうすりゃいいんすかぁ!」


 リナとフィネは情けない声を上げ、二人で騒ぎ立てた。

その姿を司祭は鬱陶しそうに見ていた。たまに来た客がこれでは、

彼もたまったものではないだろう。


「彼は最後に探してくれと言ったのでしょう?

 では探して差し上げなさい」

「うう、で、ですけど司祭様。探すって言ったって何の手掛かりも

 ないんじゃ……」

「それはあなたたちで探しなさい。大丈夫、神はあなたの頑張りを

 見ていますから」


 司祭は投げやりに二人を励ました。

 どうすればいいのか、二人は途方に暮れた。


「ちゃーっす、もしもしー。

 ちょ―っと司祭様に話聞きたいんやけど……」


 珍客は再び訪れた。『共和国』の様式とはかけ離れた和装。

細いフレームの眼鏡。長い髪を乱雑に後ろにまとめたその姿は、

女性というより若旦那という感じだった。


「ああ! あ、あなたは、た、確か金咲疾風さん!?」


 フランメル村で彼らを島へと誘った、金咲疾風の姿が

なぜかそこにあった。


「ありゃ、もしかして……あんたらはリナとフィネ?

 へー、ここにおったかぁ」

「か、金咲さん! もう一度会えてか、感激です!

 あ、あれでも尾上さんは?」


 リナはハヤテの手を掴み、ぶんぶんと振り回した。

そして周りを見て、全開は隣にいたはずの尾上雄大が

そこにいないことにようやく気が付いた。


「ややねえ、ウチらが常に一緒にいるわけやあらへんで?

 ユウちゃんはいま、仕事で別の場所行ってんねん。

 だから、今回はウチだけがこっちに来たんや」

「いやぁ、凄い偶然っすね。

 ハヤテの姐御はどうしてこんなところに?」

「それはそうと、二人の姿も見えんなぁ。

 ソノザキとクラウスやったよな?」


 ハヤテはニヤリと笑い、リナの方を見た。


「これは……喧嘩別れとみた。ドヤ、違う?」

「喧嘩別れって……べ、別にそういうのじゃないんです!

 そ、それはそうと! ハヤテさんに相談したいことが

 あるんです! お、お知恵を貸してもらえませんか!?」


 そう言ってリナはハヤテに縋りついた。

 ぽかんとした表情で、ハヤテはそれを見た。


「なるほどなぁ、帰ってこないようなら探せ、って言ったやつが

 ホンマにのうなってしまったのやな。こりゃ一大事……

 一応聞いておくけど、夜遊びってわけやないんやな?」


 ハヤテは教会にあった適当な椅子に腰かけ、二人の話を聞いた。

放っておかれた司祭はすっかり拗ねてしまい、教会の奥に

引きこもってしまった。


「ソノザキさんはお金を持っていませんし、そういうことは

 ないかと思いますが……」

「それに、旦那盛り場の空気が苦手だって言ってたんすよ。

 そんなはずないっす」


 二人はそれぞれの立場で擁護を行い、リナはフィネの顔を見た。


「うんうん、まあ、あの堅物坊ちゃんが盛り場で遊びまくるとは

 ウチも思ってへんよ? ただそうなると、ホンマにどっかに

 拉致されてもうたことになるんやけどなぁ……」

「ハヤテさん、その、申し訳ないんですけど……

 何か手がかりってありますか?」


 ふむ、とハヤテは考えた。

 その視線は何かを値踏みするようだった。


「旦那は頭に布を巻いた、変な格好をした奴を追いかけて

 行方が分からなくなったんす」

「頭に布巻いた男? その布の巻き方ってのは……

 つまりこういう奴かいな?」


 ハヤテは適当に懐から取り出した手拭いを頭に巻いた。

かなり長いもので、ターバンの男がやっていた結い方を

ほとんど完全に再現することが出来ていた。


「あー! それ、それっすハヤテの姐御!

 そいつを旦那は追っかけてったんすよ!」

「なるほどなぁ、あいつを追っかけてったんか。

 面倒なことになっとるのぉ……」


 はしゃぐフィネを尻目に、ハヤテの顔にはあまり面白く

なさそうな色が浮かんでいた。


「あの、ハヤテさん。

 その男についてなにか、ご存じなんですか?」

「ん? ああ、平たく言うとなぁ……

 ウチ、その男を追いかけてたんよ」

「え、でも。ハヤテさんのお仕事って、魔狩人って

 おっしゃってましたよね?」

「うんうん、本職はな。オークやゴブリンを追いかけ

 回してるんや。ただ、どっちかっていうと何でも屋の

 性質が強くてなあ……いろんなところに駆り出されるんや」


 そのいろいろの内容に関しては、長くなるのでハヤテは説明しなかった。


「で、ウチが追いかけてたその男。かつては『帝国』で奴隷狩りに

 従事していたみたいなんやけど、そのためにいろいろ悪どいこと……

 『帝国』でも犯罪になるようなことをいろいろしてたんや。

 で、その辺が露見してこっちに亡命して来たらしいんやけど……」

「こっちに来てからも奴隷商なんてのやってたんすか?

 許せねえっす!」

「許せんなぁ。ただ、こっちに来てからはちょっと事情が

 変わってきたみたいでな」


 そう言うとハヤテは一度言葉を切り、腰に付けていた

水筒を取った。竹筒のようなもので作られた水筒を開き、

その中身を一息に飲み干してしまった。


「何でも、その奴隷狩りのリーダーが代替わりしたらしゅうてのう」

「え、でもこのオッサン生きてるんすよね?

 あっしらも襲われたから分かりますけど、結構素早く

 走ってたっすよ? それが、何で代替わりなんて?」

「そうそう、その辺気になったんで調べてみたんよ。

 そしたら面白いことが分かってな」


 ここからが本題だ、とでも言うようにハヤテは

眼鏡を押し上げた。


「二代目のリーダー、どっかのパトロンから紹介されたみたいなんや。

 それまではまったくの無名、どこを探ってもそいつの名前は

 出て来やせん。だがそいつは圧倒的な実力で奴隷商の組織を

 掌握して、あっちゅうまに組織を乗っ取っちまったんや」


 正確には男が副団長として君臨しているので、あくまで頭が

変わった、という程度だろう。もしかした新団長は名目上の

リーダーなのかもしれない。


「でもそれって、奴隷商を支援する人がいるっていうことですか?」

「そゆこと。許せんやろ? だからウチも調べてんのや」


 もちろん、新団長が《エクスグラスパー》だ、などということを

ハヤテは言わない。実のところ、ハヤテは事件のかなり深いところまで

すでに知っている。だが、それを彼女たちに言うつもりは毛頭ない。

敬虔な教徒には、ショッキングなことだろうから。


「あ、そう言えば……

 旦那、確かリナさんに何か預けたって言ってましたね?」

「そうなんです。ソノザキさん、私にこんなものを預けるなんて……」


 そう言って、リナはバッグからシルバーウルフを取り出した。

相変わらず、どこにこんなものが入るのかは分からなかった。


「これって確か、ソノザキが使ってた武器やないか。

 なんでこんな物預けたんや?」

「分かりません。私も持っていた方がいい、って言ったんですけど……」

「そう言えば、旦那トリガーがどうのとか言ってましたね。

 引けとか何とか……」


 ふぅん、と言ってハヤテは自然な動作でリナの手からシルバーウルフを

奪い取った。そして、誰もいない方向に向かってトリガーを引いた。

だが弾は発射されない。

「そうそう、弾は出ないとか言ってましたね。

 どういうことなんでしょ……」

「いやぁ、そうでもあらへんで。

 なるほど、あの坊ちゃんらしい抜け目のないこっちゃ」


 そう言って、ハヤテは笑った。

 シルバーウルフの銃口から、赤い光の線が伸びていた。

 銃の射線上から、大きくそれは外れていた。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 そこがどのような場所なのか、真一郎には分からなかった。

 だが、かび臭く、風も吹かないその場所が地下にあるという

ことだけは分かった。かつては倉庫として使われていたのか、

あるいは地下に存在した遺跡をそのまま使っているのか。

 ともかく、古代ローマコロッセオめいたレンガ造りの部屋に

真一郎は入れられた。足下には砂が敷き詰められている。

滑り止めの代わりだろう。広い円筒状の部屋であり、

シチュエーションさえ気にならないならダンスパーティも

開けそうだ。明かりは天井のガラスから漏れる光しかないので、

室内は非常に薄暗い。どれだけ目を凝らしても、その先の状況を

窺い知ることは出来なかった。マジックミラーになっているようだ。


 機械の作動音とともに、背後の柵が下ろされた。木組みの格子で、

ところどころ鉄材で補強されている。素手でこれを破ることは

出来ないだろう。出来たとしても相手がそれを許してくれるとは

思えなかった。

 対岸の扉から、もう一人の男が現れた。クラウスだ。二人は

上半身裸にされ、ハーフパンツだけを履いている。ジメジメした

大気が肌に張り付くようで気持ちが悪かった。


「クラウス、無事でよかった。ここを出よう。すぐに出られるさ」


 真一郎はそう言ったが、クラウスは反応しなかった。

 どうしたのか、と近づいてみると、クラウスも動いた。上げられた

クラウスの顔を見て、真一郎は絶句した。血走った目を見開き、

口元は涎で濡れている。ジャンキーか何かのようだった。


 カン、という甲高いゴングの音が、室内に木霊した。

 同時に、クラウスはまるで獣のように飛びかかって来た。

何とか身をかわし、真一郎は距離を取る。クラウスはそのまま

止まらず、壁に向かって拳を振り抜いた。硬い石を打つ音が、

真一郎の耳に届いた。


「クラウス! 何をやっている、そんなことをしちゃあいけない!」


 思わず叫ぶが、しかしクラウスがそれを聞いている様子は

なかった。完全に正気を失っている。拳から血を滴らせながら、

クラウスは獣のような咆哮を上げた。


「……仕方がない! 殴って黙らせるしかないということか……!」


 チリチリと、闘争本能がその身を焼いて行くことに、真一郎は

気付いていない。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 その悪趣味なマッチアップを、誰よりも高い位置から

見物している者がいた。


「ファー、ファー、ファー。嘆かわしい、実に嘆かわしい。

 のぉ、『ダークマター』」

「そうでございますね、主。互いを思う仲間が殺し合う姿は実に」


 そう言いながら『ダークマター』は握力だけでクルミを砕き、

その中身を丁寧に皿にのせ、主に差し出した。主、大司教は

差し出されたクルミを二つまとめて食べた。


「小さい方の男は、どうやら攻めあぐねているようだのぅ」


 大司教は小さな方、すなわち真一郎の方を見ながら言った。

百八十を越える体躯を誇る真一郎だが、クラウスの背はなお高い。

二人合わされば威圧感と迫力が際立つ。


「そうですねえ。小さい方は昨日、ここに来ましたから。

 効きが悪いのでしょう」

「うーむ、それでは困るのぉ。ああやって逃げ回ってばかりでは、

 楽しくないぞ」

「ご安心ください、我が主。彼は必ずや、我々の望む方向に

 動いてくれるでしょう」


 『ダークマター』は昏い笑みを浮かべながら、真一郎を見た。

その表情の下に隠れているのは、愉悦か、不快か、それとも

全く別の物か。少なくとも、その表情から彼の心中を推し量る

ことは出来なかった。


「彼は、必ずや闘争本能に屈するでしょう。

 彼がそういう人間だと知っているんです」


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 真一郎はクラウスの腰に巻き付くようなタックルを仕掛けた。

そのまま押し倒そうとするが、しかしクラウスの体幹は微塵も

揺らがない。逆に無防備な腹に膝を食らい、乱暴に

投げ飛ばされてしまう。ゴロゴロと転がりながら壁に

激突した真一郎。顔を上げると、跳躍したクラウスの

姿が見えた。全体重を乗せたストンピングを放つ構えだ。


 真一郎はそれを転がり回避。着地の衝撃で、砂埃が辺りに舞った。

地面を掴むようにして何とか膝立ちで立ち上がった真一郎を、

クラウスのバックキックが襲った。

 それを真一郎は受け止める。衝撃にたたらを踏むが、しかし

何とか転ばず済んだ。


「クラウス……貴様、いい加減にしろ!

 こんなこと続けてなんになる!」


 真一郎は口泡を飛ばしながら叫んだ。彼は気付いていないが、

真一郎の目はクラウスのそれと同じように見開かれ、血走っている。

ちなみに、上層階からそれは見えない。あまり美しくはない光景なので、

見えないように角度がつけられているのだ。


 拳を握り込み、真一郎は走り出した。クラウスを殴るために。


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