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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
信仰と悪徳の街
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闇の中の光明

 何かがもぞもぞと動くのを感じ、真一郎は目を覚ました。

 ランプの明かりすらない暗闇の中。真一郎は何かを確かめようと

手を伸ばそうとした。だが、『チュウ』という鳴き声を聞いて慌てて

手を引っ込めた。もし鼠であったのならば、コトだ。


「うっ……こ、ここは……いったい、どこだ?」


 殴られた頭を触ると、乱暴に包帯が巻かれていた。自分を殴り倒した

ターバンの男が、わざわざ治療をしたということだろうか? 

 何を考えているのだろうか。


 真一郎は立ち上がり、屈伸した。

 体は動くし、拘束もされていないようだった。不用心なのか、それとも

自分如きに警戒する必要もないということか。

 次に彼は自分の姿を確かめた。フィネたちと別れ、地下室には行った時と

ほとんど同じ格好をしていた。

 ただ一つ、違うところは《スタードライバー》が存在しないということだろう。


 少なくとも、真一郎を殴った敵は《スタードライバー》の存在を

知っている。だから、厄介ごとになると分かり切っていたドライバーを

彼と隔離したのだろう。特に焦ることはない、《スタードライバー》を

取り戻すことは容易なのだから。

 どうやら、牢獄に囚われているようだった。錆びついた鉄格子を左右に

揺さぶってみるが、ビクともしなかった。体を当ててみても同じ。虚しく

金属音だけが虚空に響く。


「っせえぞ! 手前、こんな時間にガタガタやってんじゃねぇぞ!」


 ドスの利いた声が牢獄の向こう側から聞こえて来た。どうやら、

対岸にも一人いるようだった。真一郎は特にそちらの方を気にせず、

辺りの状況を見渡した。


「んだ、手前! 無視してんじゃねえぞ、コラ!

 明日の朝日拝めっか、コラ!」


 口汚い罵り声が何度も聞こえて来た。

 いい加減真一郎はイライラしてきた。


「うるさいのはそっちの方だろうが。

 こっちはあんたほど暇じゃない、ほっとけ」

「んだと、手前! スカした態度取りやがって、どっからきやがった!

 アア! お高くとまりやがってよぉ、どうせ手前だって拳闘奴隷にゃあ

 変わりはねえだろうが!」


 真一郎は男の放った言葉にピクリ、と反応した。周囲の状況を確認し、

牢屋がありの子一匹通さぬほど堅牢であることに気付いた、ということも

あるだろうが。


「まて、拳闘奴隷だと? どういうことだ、俺はそんなもんになった

 覚えはない。大隊、『共和国』じゃ奴隷制を否定しているはずだろう」

「なんだぁ? まだ自分の立場理解してねえのか」


 ニヤニヤとした男の声が癇に障ったが、理解していないのは確かだ。

男は続けた。


「奴隷がいなくなった、なんて喜んでるのは中央の間抜けだけさ。

 こっちじゃ違う」

「あの司祭が言っていたのはそういうことか……

 つまり、俺は見世物なのか?」

「お前だけじゃねえさ。ここにいる連中は、みんなそうさ」


 男は自嘲気味に吐き捨てた。自分自身もそうなのだろう。


「気が付いたら、奴隷が使えなくなってたからな。ヒデエ話だろ?

 俺たちゃあいつらが言ってたみたいに、奴隷を物みたいに扱っちゃ

 いなかった。そりゃあ、ただの労働者より何段か待遇は落ちるだろうがよ。

 家族みたいなもんだったんだぜ、ホントだ」


 奴隷は高い金を払って買った、貴重な所有物なのだ。完全な手工業生産に

頼っていた古代ローマ期、奴隷は大切に扱われ、市民と同等の権利を持つ

者さえいたという。

 とはいえ、使われる方にとってその論理が通じるのかどうかは知らなかったが。


「『共和国』の独立戦争が終了して、奴隷には同じだけの賃金を

 払わなきゃならなくなった。だが考えても見てくれよ、それまでも

 ギリギリでやってたのに、そこにさらなる出費がかさんだんだ。

 それで維持していけると思うかい、あんた?」

「あんたたちの主張はどうでもいいが、それは絶対に無理だと言えるな」

「お役人にゃあ、こっちの生活なんてどうだっていいんだ。あいつらの

 気持ちいい、お題目を達成出来りゃあそれでいい。

 俺たちへの補償なんてもんは何にもなかった」


 男が落胆し、首を振ったように真一郎には見えた。


「だから俺は、こんなところで、こうして拳闘奴隷をやってるのさ」

「話の前後が繋がらんな。

 あんたは経営者だったんだろ、それが何で奴隷に?」

「俺は畑をやっててな。色々やったぜ、トウモロコシ、小麦、野菜……

 でも奴隷解放でそれが全部お釈迦になっちまった。蓄えを全部

 放り出しても、持っているものを全部売り払っても、到底

 払いきれないほど、膨大な金が必要になった。俺が倒れて、

 それで済むんなら、俺もそうしたかったよ。でも俺が倒れたら

 妻も子も、仲間も元奴隷も倒れちまう」


 経営者のジレンマ、といったところだろう。近代企業の経営者には、

更にここから銀行からの借金が加わる。四方八方からケツの毛まで

毟られることになる。


「そこで、俺の土地を買ってくれる人が現れた。見たこともないような、

 莫大な額を提示された。畑を買い、従業員たちを継続的に雇用して

 くれると奴は言っていた。妻子の面倒も見ると。その代わり、

 そいつはある条件を提示した」

「それが、ここで拳闘奴隷になること……ということか」

「奴隷なんて言ったが、実際は奴らとの契約に基づいているんだ。

 あいつらは一年間の契約で金を与え、俺はあいつらの見世物になる。

 成果次第で追加報酬もありだ。外での生活の面倒見てくれる、

 って言っててな。飛びつくしかなかったよ」


 借金のカタに人の身を買っていくということか。

 あまりのおぞましさに吐き気がした。


「ともかく、契約は成っちまった。俺には金が必要で、あいつらには

 殺し合う奴らが必要だったんだ。ギブアンドテイクさ。

 正当な取引だ。そうだろう」

「相手の足元を見て条件を提示してくるのを、正当な取引とは言わんだろう」

「例え正当じゃなくたって、俺にはそれしか選択肢がないのさ」


 鮮やかな手際だ。

 まるで、裏から糸を引いていたんじゃないかとさえ思わせる。


 その時、砂利を踏みしめるようなザリッ、ザリッ、という音が

聞こえて来た。対岸の男がビクリ、と身を震わせたような気がした。

いったい誰が来る?

 何者かが歩いて来た。とんでもなく、特徴的な見た目だ。全身には

レザーのベルトで作られた拘束具を巻いており、露出しているのは

ハーフパンツを履き、黒光りするレザーの靴を履いた足と、ボサボサに

伸びた髪の毛、そして爛々と光る眼だけだ。


 あまりの姿に呆気に取られていると、拘束具の男は真一郎の

正面に向き直った。

 拘束具は真ん中の留め金で止められており、そこには特徴的な

印章が刻まれていた。


「貴様……まさか、貴様も《エクスグラスパー》なのか?」


 それは、真一郎のいる世界ではほとんどの人間が知っている

エンブレムだった。人気があり、しかし忌避された刻印。

少なくとも、まともな人間ならこれは身に着けない。


「ボスの御意向を伝えに来た……明日の朝、貴様には勝負をしてもらう」

「勝負だと……? 俺は貴様らの拳闘奴隷になった覚えはないが……」

「ここに来た時点で、貴様は奴隷だ。受け入れろ、己の運命をなぁ」


 拘束具の男はガラガラした声で言った。有無を言わせぬ、という感じだ。


「俺たちのことをチョロチョロと嗅ぎまわっていたようだが……

 それが間違いだったということを、明日はその体に、はっきりと

 刻み込んでやる。覚悟しろ」


 それだけ言って、拘束具の男は踵を返し出て行った。鉄のドアが

閉まる音がして、地下牢にそれまであった囚人たちの喧騒が戻って来た。


「……お前、いったい何をして捕まったんだ?」

「……さあ、人の嫌がることをするのは得意なんだ。

 それより、あいつはいったい?」

「地下闘技場オーナーが雇っている男で、恐ろしく強い。俺たちと

 同じ拳闘奴隷って触れ込みだが、とんでもねえ。あいつはきっと、

 オーナーが雇った殺し屋かなんかだろうぜ」


 たしかに《エクスグラスパー》なのだから、殺し屋という表現も

間違ってはいない。この世界に住まう人間では、少なくともこれまで

出会って来た人間では、《エクスグラスパー》の持つ圧倒的な力を

前にして対抗することは出来ないだろう。


「……そう言えば、あんた。

 畑をやっていた、と言ってたな」


 少なくとも、ここで出来ることはない。

 真一郎は本来の目的を思い出した。


「なんだよ、藪から棒に。

 まあ、森の近くにある畑を持っていたが……」

「二、三週間ほど前に、この近くに流星が落ちて

 来たのを覚えているか?」


 思い出すまで少し時間がかかると思っていたが、真一郎が

思っていたよりもすんなりと男は思い出してくれた。


「ああ、その流星ならよく覚えてるよ。

 なんせ、俺の畑に落ちて来たんだからな」

「なんだって? 流星が落ちて来た? あんたよく無事だったな……」

「正確には、森の中に落ちたんだ。酒を飲みながら星を見ていたら、

 ズドンだ。初めは遂に酔っ払っちまったかな、とか思ったけどよ。

 でも実際に星は落ちてたんだ。それを持って家に帰ったんだよ。

 ありゃあ、最近でも一番不思議なことだね」


「ちなみに、落ちてきた流星はどんな形をしていたんだ?」

「突っ込んで来るなぁ。確か、掌くらいの小さな金属の塊だったと

 思ったよ。底の方にレールみたいなのが付いていて、表面にはよく

 反射する黒い板がついていた」


 にやり、と真一郎は闇の中で笑った。

 彼が探していたものだったからだ。


「あともう一つ。拾った流星ってのは、まだあんたの

 家にあるのか?」

「いや、オーナーに買われちまったよ。

 やけにいい値がついたんで、ポイとな」

「……そんなおかしな流星に金をポンと出すなんて、

 おかしな男なんだな」

「何でも、気に入ったものはすべて手の内に入れないと

 気が済まないらしいぞ」


 ともかく、真一郎が求めたものはすべてこの場にあった。

すなわち、クラウスとサブガジェットだ。この場で全てが決する。

真一郎は丁寧に会話を打ち切り、目を閉じた。


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