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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
信仰と悪徳の街
23/48

大司教

 三人が教会を出た時、太陽は天高く昇っていた。この世界でも、

ほぼ二十四時間のサイクルで陽は昇り、沈む。月がないことくらいが、

この世界と元の世界との差異だ。

 当然、その時間になれば腹も減ってくる。かわいらしい虫の音が

二つ聞こえて来た。


「……クラウスさんに金の管理、一任してなきゃよかったっすね……」

「あいつ以外に金の管理が出来る奴がいるとは思えないんだがな……」


 金の価値が分からない自分は論外、リナはどこか浮世離れした印象を

持たせるし、フィネも金の計算が出来るタイプには見えない。

 おかげさまで、三人はこうしてめでたく、仲良く腹を空かせて

ドースキンの街を彷徨うことになった。


「……あの司祭の爺さんに、飯の都合もしてもらうべきだったな……」

「そんなの、心苦しいですよ……ソノザキさんも教会、見たでしょう?

 どこも必死でやりくりしてるのに、そんな……情報貰えただけで

 お腹いっぱいですよぅ……」


 何とか理性を働かせているが、実際的な空腹は耐え難い。

それでも彼女は耐えた。

 横を見て見ると、フィネは鋭い眼光で辺りを観察している。


「……フィネ、人から盗むのは止めておけ」

「うー……でも不公平っすよ。

 あっしらが腹を空かせてるのに、こんな……」

「俺たちが腹を空かせてるのと、彼らの腹が満ちているのは関係ないさ。

 間違えるなよ。俺たちが恨むべきなのは金とクラウスを奪ったやつで

 あってそれ以外じゃない」


 とはいえ、何かを腹に入れておかなければ動けないのも事実だ。

それほど高くまで登らないとは言っても、山に入ることになるのだ。

暖を取るものも用意しなければならない。


「……そういえば、『原典派』が貧民層への炊き出しをやっているって

 言っていたな」

「うー……『原典派』の施しを受けなきゃいけないなんて……」

「諦めろ、リナ。いつの時代だって金を持ってるやつが偉いんだからな」


 問題は、どこで炊き出しをやっているか、だ。土地勘を持たないのは

やはり辛い。

 そう思っていたが、件の場所はすぐに見つかった。大騒ぎになって

いたからだ。


「お一人様一杯までです。どうか皆様、平等にお分けください。

 神は、あなた方の行いをきちんと見ておられます。神の慈悲も、

 怒りも、平等に降り注ぐのです……」


 伝統的なカソックめいた服を着た修道士たちが、大通りで炊き出しを

行っていた。否、炊き出しと言うにはあまりに規模が大きすぎるように、

真一郎には思えた。大鍋一杯に満たされた粥のようなもの、それだけでは

なく多種多様な付け合わせ。ワイン樽さえあった。炊き出しというよりは、

少し豪華な食事会といった風情だ。


「す、すっげー! だ、旦那! 姐さん! こ、こりゃすごいっすよ!」


 フィネは目を爛々と輝かせて言った。真一郎も、リナも、その光景に

圧倒されていた。どれほどの富を蓄えれば、これほどの施しを与えることが

出来るのだろうか。すでに長蛇の列が成されているが、ここにいるすべての

人にそれらは行き渡りそうだった。


「……これだけあるのならば、俺たちが少し食べても問題はなさそうだな」

「さ、さすがは『原典派』の総本山……発想のスケールで、負けました……」


 どこかしょんぼりした様子で、リナは列に並んだ。いままで行ってきた

炊き出しが、これほどのものになると彼女は想像していなかったのだろう。


「いやあ、大司教様々だ! 俺たち、あの人のおかげで生きてられんなぁ!」

「ホントだよ。俺の稼ぎで食わせてやりたいが、ナカナカそうもいかんしなぁ……」


 そこかしこで、この炊き出しを主催した大司教を褒め称える声が

聞こえてくる。どこか仕込みめいた感じもするが、彼らの表情を

見る限り本心から言っているのだろう。並んでいる人々の中には

小さな子供もおり、一様に痩せこけている。


「神のお膝元にも、飢えた子供ってのはいるもんなんだな……」

「現世を統治するのは、人間の役目ですから。神にすべての責任を

 押し付けるのは筋違いです。人間がもたらした災禍、飢えと貧困は

 人間が解決すべき命題なのです」


 自分が作ったものの責任くらい、自分で取ってほしいものだ。

 そう真一郎は思った。だが、こう思うのは親に養えと迫る大人のようにも

思えてしまう。

 そんなことをぼんやりと考えていると、人だかりの中から一際大きな

歓声が上がった。背の高い真一郎はそれを見る事が出来たが、リナも

フィネも人影に阻まれ見られない。


 そこには、一人の男がいた。輿に乗せられ、豪奢に飾り立てられた

マントを羽織り、上等な毛皮のコートを纏い、まるで王のように

振る舞っている。肉付きはいい、むしろ良すぎるのだろう。コートの

裾からははちきれんばかりの肉体が露わになり、指輪の嵌った十本の

指はボンレスハムのようになっている。日頃の不養生がたたっているのか、

血色は非常に悪く、土気色を通り越しところどころ薄紫色になっている

ようにさえ見えた。

 タラコのように太い唇を歪め、片手を上げ微笑むブッダめいたポーズで

人々に会釈する。ありがたい存在なのだろうが、真一郎にとっては嫌悪感が

先に立った。


「おお……だ、大司教様! 大司教様がお出でなすったぞぉーっ!」


 あの男が大司教。この宴の主催者。あれほど肥え太るだけの金が

あるのならば、もう少し貧民たちに分け与えればいいのに。大司教が

来たと聞いた瞬間、リナは身を屈めた。自分の立ち位置を気にして

いるのだろうが、安心していい。あの男の視界の端にすら、きっと

リナは映っていないのだろうから。男は手を仰いだ。静かに、とでも

言うように。


「神の祝福を、あなた方に……ファー、ファー、ファー」


 潰れた喉で無理矢理声を出すような、しわがれた笑い声が辺りに響いた。

直後、熱狂を辺りが包み込んだ。大司教は満足げな笑みを浮かべ、御者たちに

指示を出した。重々しい輿はゆっくりと上がって行き、大司教の進路が

割れるようにして開かれた。


「まるで、王様か神様みたいな立ち振る舞いだな。

 あれが『原典派』大司教か……」

「王様って例えは間違ってないでしょうね。

 ドースキンでは、大司教様がトップですし」


 リナはふぅ、と息を吐き立ち上がった。

 あまりに警戒し過ぎではないだろうか。


「リナ、さすがにその態度はどうなんだ? 悪目立ちして仕方がないぞ」

「うう、分かってはいるんですが……でも私、大司教様って苦手なんですよ」

「好悪があるのは分かるが、そこまで露骨に態度を変えることは

 ないんじゃないのか?」

「なんと言っていいのか……大司教様の視線って、ねっとりしてるんですよ。

 舐め回すような、っていうか。それに、あんなに姿になられて。あんまり

 感心出来ませんよ」


 大司教が感心出来ない、というのは真一郎も同意する。あれほど肥え太り、

豪奢な服やアクセサリーに身を包みながら、こうしたささやかな炊き出しを

行うことが欺瞞的だ。


「えー、でもウチの教会って炊き出しも何もしてくれなかったっすよ?」

「小さな教会だとお金が集まらないから、本部への献金だけで

 消えてっちゃんですよ」

「教会も教会で、かなり苦心しているということか」


「天十字教の総本山は、私たちのような教徒たちに『布教の許可を与えている』

 んです。信仰する分には自由だけれども、神の教えを他の人に伝えるの

 ならば、正しさの担保となるものが必要だってことらしいんですけど……

 その費用も結構バカにならなくて」


 商業を奨励している以上、そこから生じる現世利益たる金そのものを

否定するわけにはいかない。だからこのような方法で、信徒から収入を

得ているのだろう。


「私は、バカバカしい制度だと思うんです。お金がなきゃ正しいことも

 伝えられないなんて、そんなの間違ってます。立場が弱いのあんまり

 言えませんけど……」


 リナとは思えないほど過激な発言だ。

 案外宗教改革はここから始まるのかもしれない。


「言い方は悪いが、上が下から金を吸い取っていく構造ってわけか。

 あの大司教も、上の方にいるからそれはそれは大層稼いで

 らっしゃるんだろうな……」


 真一郎は呆れながら言ったが、リナは否定的だった。


「あの規模の教会だと献金の額も大きくなるはずですし、それはないんじゃ……」

「へえ、そうなんすかリナさん?」

「ええ。教会には毎年信徒の数に応じた額を本部に支払わなければ

 ならないんです。その監査を行うためだけの部署があるくらいですから、

 かなり正確な額が出されます。あまりに献金額が多すぎて、続けられなくなる

 教会もあるくらいですし」

「……よくそれだけ搾り取って、教徒から反発を受けないもんだな」

「まあ、年次総会だとか辺境警備の任も請け負っていますし……」


 もちろん、それも大多数の信徒という後ろ盾があるからだろうが。

信徒の数だけ教会は強くなる。だからこそ、このようなパフォーマンスも

行うのだろう。私財を投げ打ってでも、教徒の歓心を買うことに腐心して

いるのかもしれない。


 けれども、やはり。真一郎は大司教のことを好きになれそうにはなかった。


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