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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
信仰と悪徳の街
21/48

地の底蠢く逆十字

『FULL BLAST! WOLF RASH!』

「吹き……飛べェーッ!」


 叫びながら、真一郎はトリガーを引いた。ウルブズパックの

散弾が、しかしビーティア戦で放ったものよりも遥かに多く、

遥かに高密度に発射された。長い戦いの歴史の中、真一郎は

自分を上回るスピードを持つ者と戦ったことがある。

それを仕留めたのがこれだ。

 金髪の男は素早くそれに反応し、回避運動を取った。圧倒的な

弾幕密度を避け、真一郎に迫ろうとする。だが、それは誤りだ。

真一郎の知覚能力は、彼を捉えている。金髪の男の進路を予測し、

銃撃をそちらに集中させる。悲鳴が銃声に消えて行った。


 ウルブズパックを取り外し、馬車に向かって行く。金髪の男の

足に当たったのは見えたが、彼を仕留めることは出来なかった。

だが、そんなものに構っている時間はなかった。シルバーウルフを

ショックモードに戻し、リナに取り付いた山賊を狙撃した。

山賊たちは悶絶し、倒れ込んだ。リナはそれを見て、山賊たちを振り払った。


 辺りの状況を伺うが、しかしこの場に残っているのは二人だけだ。

御者は打ち殺され、倒れた山賊たちもほとんどが回収されているようだ。

真一郎は変身を解除した。


「大丈夫か、リナ。怪我はないか?」

「は、はい。私は、大丈夫です……で、でもクラウスさんたちが!」

「分かっている。こんなことになるとはな……起きろ!」


 ぐっと歯を噛み締め、真一郎は山賊の襟首を掴んだ。

 そして、シルバーウルフの刃を山賊の喉元に当てた。

ひっ、と呻いたせいで、彼の喉が少し切れた。


「お前たちのアジトに案内しろ……! 貴様らはどこで寝泊まりしている!?」

「わ、分かった! 分かった、案内する! 案内するから殺さないでくれぇ!」

「本当だな? お前のアジトに、お前たちが浚った人間はいるんだろうな!?」


 すると、山賊は言葉を詰まらせた。肉厚の刃が山賊の喉にめり込んで行く。


「さ、浚った連中はすぐに売る手筈になってるんだ! ボスと副団長しか知らねえ!」

「本当か? ならその副団長とやらのところに案内しろ……!」

「む、無理だ! ボスがいなくなっちまったんだ、あいつだって逃げるに決まってる!」


 真一郎は刃を男の喉から離した。

 助かった、と山賊は思ったが、すぐに殴られた。


「どこに売った! 少しくらいは知っているだろう、この国には

 奴隷がいないんだから! 売れる場所も限られているだろう、

 どこに売った! 言え!」

「し、知らない! それは本当に知らないんだ!

 あいつらがどこにいるかなんて!」

「自分の取り扱っているものがどういうものか知らないなんてことがあるかッ!」


 叫んだが、内心では真一郎は諦めていた。ブラジル貧困層の子供は、

自分が作っているコーヒー豆がどんなものになり、どれほど高価で

売れるかを知らないという。この山賊も、ボスと副団長に

利用されているだけだったのだろう。


 もう一度真一郎は山賊を殴りつけ、真一郎は立ち上がった。動くものはもういない。


「ど、どどど……どうしましょう、ソノザキさん」

「取り戻すしかない。手がかりは少ないが、あいつらはこの近くに

 根城を持っている。なら、あいつらが浚った人間を卸す先は

 一つしかないだろう」

「まさか……ドースキンの街で奴隷を売り買いしているっていうんですか!?」


 リナは血相を変えて真一郎に反論した。受け入れられない一線なのだろう。


「そんなこと、有り得るわけないじゃないですか!

 ドースキンは天十字教の街なんですよ!?

 奴隷の存在なんて、そもそも容認しているわけがありませんよ!」

「だが現実として、手掛かりがありそうなのはドースキンだけだ!

 もしあの街で奴隷が扱われていないとしても、何か情報はあるだろう。

 大きな街なんだろう、ドースキンは」

「それは……確かにそうですね。きっと、何か手がかりを掴めるはずです……」


 真一郎の説得を受けて、リナのトーンはどんどん落ちて行った。

彼女とて子供ではない、天十字教が抱える矛盾、そして信徒が

すべて敬虔でないことは理解しているだろう。


 真一郎は辺りを見回し、森の中に入って行った。リナもそれに

着いていく。森の中にはいくつもの足跡があり、そこには馬の蹄の

跡も含まれていた。一際大きく、そして深く沈み込んでいる足跡がある。

何か重いものを乗せていたのだろう。

 大量の足跡は、それぞれ一直線にドースキンの街を目指して進んでいた。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 そこは、広い部屋だった。少なくとも、窓の外に広がっている

一般的な住居よりも、それは広々とした空間だった。部屋の最奥には

趣味の悪い金色の装飾を施した赤いソファがあり、そこには自力歩行を

行うことが出来そうにない男性が座っていた。

 長年の不養生によって体は膨れ上がり、血色も悪い。ところどころ

薄紫色になった肌にはいくつもの吹き出物が浮かんでいた。

男は黄金のパイプから紫煙をくゆらせた。


「フォー、フォー、フォー。何と何と。コンラッドがしくじったと言うのか?」


 男はキミの悪い声を、目の前で傅く男に投げかけた。ターバンめいた

布を頭に巻いた男は、緊張した面持ちでそれに答えた。


「はっ……奇妙な男が、馬車の中におりまして。確保できたのは一人だけです」


 部屋の中央には大きな覗き窓が備えられている。安全な場所から

卑賎な者たちの殺し合いを覗くという、彼の高尚な趣味を反映した

結果だ。下の階は、普段であれば観戦客で満たされているがいまは

誰もいない。最下層には一人の男、クラウスがいた。


「フォー、フォー、フォー。いい体つき……そして反抗的な目だ。気に入ったぞよ」


 男は気味の悪い声を上げて喜んだ。彼は生粋のサディストなのだ。


「しかし、あなた方が手こずるほどの相手ですか……どんな相手なんでしょう?」


 男の隣に控えていた執事姿の男が、山賊の副団長に質問をした。


「どんな、と言われても……少し説明に困ります、『ダークマター』様。

初めはガキだったんですが、それがいきなり鎧を着込んだんです。

空中に浮いたままでです」


 副団長の言葉に、『ダークマター』はピクリ、と眉を動かし、続けるよう促した。


「とんでもない奴でした。殴れば人が吹っ飛んで、変な短刀を向けるだけで

仲間が倒れて行ったんです。コンラッドの旦那も、あいつにやられてどっかに

行っちまいました」

「ほうほう、それはそれは。それで、そいつは何か名乗っていましたか?」

「そいつは、そう。確か、シルバスタとか名乗っていました」


 その答えを聞いた瞬間、『ダークマター』の口が裂けたように大きく

広がった。面食らう副団長を前に『ダークマター』は哄笑した。

そのまま死ぬのではないかと思うほどに。


「そうか……そうですか。シルバスタもこの世界に。それでいい、面白い!」

「あ、あの、旦那。わ、私へのその、報酬は如何ほどになりますでしょう……?」

「ハハッ……ああ、失礼。申し訳ありませんでした。これがあなたへの報酬です」


 『ダークマター』は大振りな革袋を取り出し、副団長に手渡した。

その重みに副団長は驚き、依頼人の前であるというのに中身を確認した。

その中には、大小さまざまな金銀の輝きがあった。少なくとも、何年かは

遊んで暮らすのには困るまい。


「こっ、こここ、こんなにいただいて、本当によろしいのですか?」

「ファー、ファー、ファー。余は満足だ。褒美を取らせよう、ファー、ファー、ファー」


 サディストがあげた心底からの歓喜の声に、副団長はそれが現実であると

ようやく認識した。深々と頭を下げ、逃げるように部屋を後にしていった。

残るのは、二人だけ。


「よろしいんですかぁー? あの方、ほとんど失敗したようなものでしょうー?」

 否、二人だけではなかった。誰にも気付かれることなく、その部屋には

もう二人の人間がいた。一人はカボチャめいて裾の広がったドレスを

着た女。もう一人は全身を拘束具で包み、鋭い視線と細長い足だけを

露出させた男。『ダークマター』は動じず答えた。


「いいんです、彼は。ちゃんと仕事を果たしてきてくれたではありませんか」

「でもでもぉー、何だか面倒なこと増やしちゃったみたいですよぉ?」

「誰にだって失敗はありますよ。少しの失敗はね。

 この程度で人を殺していたら、いざという時に動いてくれる人が一人も

 いなくなってしまうではありませんか、ねえ?」


 『ダークマター』は拘束具の男に同意を求めた。だが、拘束具の男は動かない。


「まあ、いいです。彼に関しては放っておきなさい。それが恐らく、一番いい」

「それでそれでぇ、あの男の人はどうするんですかぁ? 反抗的ですよぉ?」

「ここに入ってきた人は、大なり小なりそういうものでしょう。

 普段通りに扱いなさい。シルバスタをおびき寄せる、いい釣り餌に

 なりそうですからねえ」


 『ダークマター』はクスリと笑った。二人は、その意味を理解出来なかった。


「それより、マイナさん。逃げ出した女の追跡はどうなっていますか?」

「あー。まだ見つかってないんですぅ。

 こっちがホームなのに情けないですよねぇ。でもでもぉ、

 相手が亞人だから、しょうがないんですかねぇ? 分かりませぇん」

「そうですか、まだ見つかっていませんか。見つかっていたら使いようが

 あったかもしれませんが……まあいいです。それなら、その女は放って

 おきなさい。それよりも、あなたにはやってもらいたいことが

 ありますから。新しく入った人への『教育』をね」


 マイナと呼ばれた、暗いメイクを施した少女の顔が、ぱっと明るくなった。


「もちろんですぅ、お任せくださいなぁ、『ダークマター』様ぁ」

「これでより一層、スリリングな展開になることは請け合いですよ、我が主」

「ファー、ファー、ファー。人と人とが殺し合う、そこにこそ世界の真理はある」

「その通りです。我が主。エウメニス大司教猊下……」


 『ダークマター』は笑った。否、嗤った。

 彼の心にいま浮かんでいるものは、いったいなにか。それを知る者は

二人。彼本人と、そして園崎真一郎だけだ。


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