風よりも速く歩むもの
「ま、マズいことになりましたよ。お客さん。さ、山賊です……」
御者は額に大粒の汗を浮かべ、前を指した。
目の前には、いかにも、と言った感じの山賊がいた。
どこかから奪ったのであろう、歴戦の様相を呈するレザーの
肩パッド。その辺りにあった木材に釘を打ち付けて作ったのであろう
即席釘メイス。長いこと手入れをしていないのであろう髪はぼさぼさで、
ここからでも彼らの体臭が感じ取れた。
「神のお膝元だってのにな。あんな姿じゃ神様だって
鼻をつまむだろうな」
「神様はどんな人にだって平等にその威光を伝えるんです!」
真一郎の皮肉に、リナは律儀に応じて見せる。それを聞き流し、
真一郎は冷静に山賊たちを観察した。数は多い、十数人規模だ。
みすぼらしい姿をしているがきちんと食事は出来ているようで、
肌にはハリがある。奪った金で楽しんでいるのだろうか。
「こんなところで足止めを食らっているわけにはいかない。
行くしかないな」
真一郎は《スタードライバー》を腰に当て、シルバーキーを
スロットに挿した。
「ええ!?
も、もしかして人にあの力を使う気なんですか、
ソノザキさん!」
「全力でやるわけじゃない。ちょっと痛い目を見て
帰っていただくだけだ」
リナはそれでも不安そうな視線を向けた。
まるで殺しが大好きなサイコ殺人鬼とでも思われているようで、
何となく気に入らなかった。
「ソノザキは人は殺さんだろう。
そうするだけの意味があるようにも思えん」
「そっすよ、リナさん!
旦那ならあの程度、けちょんけちょんっすよ!」
クラウスが擁護し、フィネは拳で空を切った。
リナの不安は消えなかった。
「……あんまり、無茶なことは……しないでくださいよ?
ソノザキさん」
だが、シルバスタの力を使うことには納得をしてくれたようだった。
「クラウス、中を頼む。
出来るだけ、こっちに来ないようにはするがな。
変身」
真一郎はシルバーキーを捻り、幌馬車の中から飛び出した。
御者と馬の頭を飛び越える。空中で彼の体が光に包まれ、
全身に銀色の装甲が展開された。
「な……なんだぁ、手前は!」
盗賊が刀を向けながら真一郎に言った。
明らかに狼狽している。
「……俺の名はシルバスタ。
死にたくなければここから立ち去れ……!」
真一郎は素早く目の前にいた山賊の懐に潜り込み、腹に
軽い打撃を打ち込んだ。男の体が、ワイヤーで引かれたように
後方に大きく吹き飛んで行った。吐き出された吐瀉物が、
弧を描いて飛ぶのが見えた。吹き飛ばされた男が、後方に
控えていた男に激突した。二人がもつれあって倒れる。
殴られた男は一撃で気絶していた。
「もう一度聞くぞ。
死にたくなければここから立ち去れ。
そいつのようになる」
真一郎はシルバーウルフを抜き、銃口を山賊たちに向けた。
一瞬の静寂。そして怒号。
この世界の人間の知能は、ゴブリン並なのだろうか?
それとも自分の説得が下手くそ過ぎるのだろうか?
穏便に事を済ませようとして、済んだことがなかった。
やれやれ、とため息を吐きながら、真一郎はシルバーウルフを
発砲した。ゴブリンやオークを一撃で死に至らしめる危険な
武器だが、それとは別にショックモードが存在する。要は
暴徒鎮圧用の電撃弾射出機構だ。強烈な電撃を流し、人間の体を
マヒ状態にする。
食らった山賊がその場で痙攣し、倒れ伏す。瞬時に大量の
電撃を流された影響か、金属に振れていた部分に焼け焦げがあった。
だが理論上後遺症を受けることはない。
あっさりと仲間たちが打ち倒された影響で、山賊たちは浮足立ち、
ジリジリと後退を始めていた。どうやら、オークやゴブリン以上の
知識はあるようだった。このまま引き下がるようならば、追いはしない。
そんな意思を込めて、真一郎は一歩前に踏み出した。
「あーあー、情けねェ!
お前ら、なんだそのへっぴり腰はよぉ!
アア!?」
深い森の中から、ドスの利いた声が聞こえて来た。
山賊たちはビクリと身を震わせた。
山から出て来たのは、デニムジャケットを着た金髪の
男だった。擦り切れた青のジーンズを履き、上下の
コーディネートを合わせている。ジャケットの下に着ているのは、
髑髏と恐ろし気な書体で書かれた『DEATH』の文字。
両目の色は黒。間違いなく、彼は真一郎と同じ日本人だった。
すなわち、《エクスグラスパー》。
「もっと根性見せろよ!
奪って殺して生活してんだろ、アア!
こんな風に!」
金髪の男は五本の指を開いたまま、手近にいた山賊の男に
向かって振るった。その手の軌道を、真一郎でさえ見切ることは
出来なかった。ふわりと風が舞い、山賊の着ていた服が膨らみ、
それと同時に山賊の頭が輪切りになって辺りに転がった。
「う、うひぃ!? ボ、ボスが……ボスが怒ってらっしゃるぅ!?」
山賊たちは一気に恐慌状態に陥った。恐るべき力を持った
《エクスグラスパー》によって、彼らは支配されているのだろう。
金髪の男はニヤニヤと笑いながら真一郎に近付く。
「こいつは、お前らの手には余るみてえだからなぁ。
俺がやらせてもらうぜ」
真一郎はショックモードを解除、金髪の男に向けた。
この男は危険すぎる。
振り上げた瞬間、手首に衝撃が走った。気付いた時には、
金髪の男の手が振られていることに気付いたのは、視界を
そちらに戻した時だった。男は獰猛に笑い、拳を握り締めた。
瞬間、全身に衝撃が走る。一撃一撃は軽い。だが、打撃は
一撃として見えない。何たるスピード、一際強い衝撃とともに、
真一郎の体は吹き飛ばされた。ゴロゴロと転がり、体勢を
立て直した真一郎は、サイドキックを放つ金髪の男を見た。
「硬ってェな、手前。
まあいい、手前は俺に勝てねえってことが分かったかァ?」
「う、うおぉぉぉ! す、すげえ!
やっぱり、やっぱりボスはすげぇー!」
「分かり切ったこと言ってんじゃねえよ!
オラ、さっさとやれよお前らぁ!」
真一郎はシルバーウルフの刀身を展開し、金髪の男に
向けた。高速機動型のシルバスタを上回るほど、この男は
速い。真一郎は視覚補正機能を最大にした。
男の体が霞んだ。計測された走行速度を見て、真一郎は
戦慄した。マッハ七。秒間約二千三百メートル。シルバスタの
スピードよりなお速い。そして、それだけの速度があるにも
かかわらず、周囲の環境には何ら影響を与えていない。
まさしく異能の力だ。
金髪の男が放った大振りな打撃を、真一郎はかろうじで
受け止めた。
「んだとぉ……? 手前……気に入らねえなあ、それ……!」
金髪の男の顔が、憎悪に染まった。シルバスタの視覚能力を
数倍まで高めた結果だ。自身をはるかに上回る速度に、真一郎は
対応した。だが、その代償は大きい。視覚補正は人体の脳に
大きな負担をかける。この状態を維持できる時間は、そう長くはない。
更に悪いことに、山賊たちは真一郎を無視し馬車に向かっていた。
助けようとしても、目の前の男はそれを許してはくれない。
このスピードが相手では、振り払うことも距離を取ることも
出来そうになかった。クラウスとフィネの力に期待するしかない。
小刻みな打撃を受けながら、シルバーウルフを振るう。
自分の撃った打撃が、これほど遅く見えたのは生まれて
初めてだった。金髪の男は大きく距離を取りそれを避ける。
早すぎるスピードゆえ、緩急がつかないのかもしれない。
瞬間、男は真一郎の視界から外れた。男の方を向いた瞬間、
顎に衝撃。走りながら放たれた打撃。
再び、男の姿が真一郎の視界から消えた。男が向かった
方向を予測し、そちらに振り向く。その瞬間、真一郎の腹に
衝撃が走った。走りながら放たれたヤクザキックめいた一撃が、
真一郎を打ったのだ。吹き飛ばされ、真一郎はゴロゴロと転がった。
呻きながら立ち上がった真一郎は、山賊に取り囲まれる馬車を見た。
フィネは男たちに羽交い絞めにされ、クラウスはそれを助けようと
していたが、多勢に無勢だ。
「クソ……逃げろ!」
「逃がすわきゃあねえだろうが、ああ!
クソカス野郎がァーッ!」
転がった真一郎の脇腹に、鋭い蹴りが叩き込まれた。
真一郎の体が浮き上がる。スピードによって強化された
衝突エネルギーの賜物だ。浮き上がった真一郎の体が、
ボレーキックの要領でもう一度蹴られた。再び真一郎は
吹き飛ばされ、木の幹に激突した。
空中で回転しながら、真一郎はウルブズパックを掴み、
シルバーウルフと接続した。木の幹に激突した瞬間、真一郎は
二回グリップをポンプした。素早く膝立ちになって立ち上がり、
金髪の男に銃口を向けた。そして、シルバーウルフに挿した
シルバーキーを捻った。先ほどのヤクザキックを食らった時、
すでに準備を整えていたのだ。
『FULL BLAST! WOLF RASH!』
「吹き……飛べェーッ!」
叫びながら、真一郎はトリガーを引いた。ウルブズパックの
散弾が、しかしビーティア戦で放ったものよりも遥かに多く、
遥かに高密度に発射された。長い戦いの歴史の中、真一郎は
自分を上回るスピードを持つ者と戦ったことがある。
それを仕留めたのがこれだ。
金髪の男は素早くそれに反応し、回避運動を取った。
圧倒的な弾幕密度を避け、真一郎に迫ろうとする。
だが、それは誤りだ。真一郎の知覚能力は、彼を捉えている。
金髪の男の進路を予測し、銃撃をそちらに集中させる。
悲鳴が銃声に消えて行った。




