表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
空を渡る船/裂空のウルブズパック
17/48

閑話休題:ある少女の結末

 どこまでも続く闇の中を、ビーティアは走り続ける。

 どれだけ走り続けただろう。どこにも辿り着かない。

何者にも出会わない。どんな感慨も抱くことが出来ない。

 《エクスグラスパー》として彼女が召喚されてから、三か月の

時が過ぎていた。その間彼女は一度も敗北したことがなかった。

手に入れた『見えざる手』の力を使い、どんな敵だろうと

打ち倒して来た。生まれて初めて、彼女は誰かを打ち倒す快感を知った。


(そうだ、あたしは強い! あたしは最強だ! こんな、こんなのはおかしい!)


 極めて強い力を持った《エクスグラスパー》だったからこそ、

彼女は選ばれた。自由に殺し、自由に奪い、自由に振る舞う権利を

彼女は手に入れた。この世界の住人が恐れる《ナイトメアの軍勢》を

自由に操作し、誰よりも楽に世界を手に入れる権利を得た。

誰も止められないし、止まるつもりもない。

 少し前まで彼女はそう思っていた。


(あんなのはおかしい! ズルいだろ、あんなの! あんなのおかしいだろうが!)


 シルバスタと名乗った男、園崎真一郎はビーティアの信じていたものを

すべて打ち壊し、そして去って行った。無責任に。

 彼女の全身を、屈辱が貫いた。


(あいつ、あいつ! ちくしょう、必ず殺してやる!

 復讐だ、絶対に殺してやる! 覚えた、覚えたぞ!

 あいつの顔、覚えたぞ! ここから出て、殺してやる!)


 ビーティアはこの島から出る事が出来るのか? フィアードラゴンという

貴重な航空戦力をなくし、《エクスグラスパー》であるとはいえ、

ただの人である彼女に?

 出来る。『見えざる手』はその無茶を可能とする。少なくとも彼女は

信じている。


 やがて、走り続けた彼女は崖に辿り着いた。広がる『星海』はどこまでも

果てしなく、目指す天地は遠い。それでも、復讐の炎に身を染めた少女は、

目指す。


「ああ、どうも。こんなところにいたんですね」


 ひどく凡庸な、それゆえにこの場にはそぐわない声が聞こえて来た。

ビーティアは慌てて振り返った。そこには、一人の男がいた。

背丈に合わせた学ラン。短めの白い髪。すらりと伸びた手足。

パーツパーツは特徴的でも、合わせれば凡庸な印象だった。

 その凡庸な男が、どのようにしてこの島に来ることが出来たのだろうか?


「て、めえ……いったい、何者だよ……」


 ビーティアは喉がカラカラと乾いて行くのを感じた。

こんな風になったのは、内戦に巻き込まれ父と母と妹を

同時に失った時以来だった。彼女が十歳の時の話だ。

 なぜだ。こんな凡庸な男にこれほどの恐怖を覚えるのか? 

服装から見る限り、この男は日本人だ。平和ボケした日本人。

素手でもきっと、彼女は彼を殺せるはずだ。


 だというのに、目の前の男に対して、恐怖が止まらなかった。


「あなたにお預けしたもの、返していただこうと思いまして。ここに来ました」

「なんだと! 手前、まさか……『これ』の持ち主の手下かなんかか、手前!」

「やっぱりあなたは『十二人』の一人に相応しくない、というのが『彼』の

 判断です。その証拠にホラ、あなたは負けてしまいましたし?

 弱肉強食が理念だっていうから」


 ビーティアは躊躇うことなく、『見えざる腕』を全力で振るった。

目の前にいるのは脆弱な人間だ。フルパワーで『見えざる腕』を振るえば、

瞬時にミンチに変わるだろう。

 学ランの男は、全身の力を抜き、両腕をポケットに突っ込んでいる。

『見えざる腕』に気付く気配すらなかった。殺せる。見えざる腕を、

男に振り下ろす。


 だが。『見えざる腕』が命中するその瞬間、男は右手をポケットから出し、

上げていた。いつ、どのタイミングで手を上げたのか、目の前にいた

ビーティアには分からなかった。振り下ろされた『見えざる手』は、

あっさりと男の華奢な腕に受け止められた。

 力任せに押し潰そうとするが、それすら敵わない。と、言うよりも

指一本動かすことが出来なかった。ビーティアは絶叫しながらもう一本の

腕を振るった。男は『見えざる腕』をぶつけることで、自身への攻撃を防ぎ、

ビーティアの防御を無力化した。

 そして次の瞬間には、男はビーティアの眼前に来ていた。

 十五メートルほど離れていた距離を、男は一瞬にして詰めた。息のかかる距離。


「ではこれは返していただきますので。またお会い出来ればいいですね」


 そして、男は微笑み離れて行った。胸に熱さを感じる。

そしてそれはすぐ寒さに変わった。胸の真ん中、心臓のあたり。

衣服に赤い染みが広がっていった。

 声を上げることが出来ない。声を出そうとすると、喉が詰まり、

赤い飛沫が舞った。胸を押さえようとして、その瞬間ビーティアは

気が付いた。心臓がないことに。


 全身から力が失われ、体は後方に倒れていく。重力に従い、

彼女の体が『空海』へと引きずり込まれるように落ちていく。

辺りに場違いな爆発音が轟いたが、それを聞いた者はいなかった。

彼女がいた痕跡は、すぐにすべて失われた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ