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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
空を渡る船/裂空のウルブズパック
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エピローグ:目指す頂ははるか遠く

 辺りを大量の水蒸気が包み込んだ。オメガモードの高出力によって、

大気中の水分が一斉に蒸発した結果だろう。真一郎はシルバーキーを

引き抜き、変身を解除した。シルバーウルフとウルブズパックの結合を

解除し、それぞれ別のホルスターに収める。


 ウルブズパックは強力な装備だが、弱点がないわけではない。

あまりの高出力ゆえ、市街地での使用に適さないこと。上記の理由から

連射が効かないこと。そしてウルブズパック展開中は刀身を展開出来ないこと。

近接戦闘での対応力が一気に落ちるのだ。

 事実、オメガモードの射線上の木々はなぎ倒され、地面は融解し、

とんでもない有り様になっている。ここに民家がなかったからこそ

出来たことだ。取り戻したいとは思っていたが、こんな厄介な物を

真っ先に取り戻すことになるとは。真一郎は嘆息した。


「あたしを、こっ……殺さねえのかよ、手前は……?」

「殺してほしいなら殺してやる。だが死にたそうには見えなかったのでな」


 真一郎は掛けられた声に律儀に反応した。視線の先にはビーティアの

姿があった。オメガモードの砲撃は、僅かに彼女の体を逸れていたのだ。

おかげで、彼女は破壊にあと一歩のところで飲み込まれることなく、

こうして命を繋いでいるのだ。


「手前の顔……覚えたぞ……! 今度こそ、今度こそ手前をぶっ殺してやる!」

「俺は人を殺さないことにしている」


 踵を返し、真一郎は歩いた。こんなとこにはもう、用はなかったのだから。


「俺が殺すのは化け物だけだ。お前が化け物になるなら、いつでも殺してやる」


 その間、一度も真一郎はビーティアの姿を見なかった。

だというのに、彼女は蛇にでも睨まれているような心地になった。

やると言ったら、必ずやる。本当に殺される。


「ひっ、あっ……ひゃあぁぁぁぁーっ!?」


 よろよろと立ち上がり、叫びながらビーティアは逃げ去っていった。

真一郎は、それを目で追うこともなかった。もはや、追ってくることは

ないだろうから。


 海渡りの船へと走る真一郎の耳に、銃声が聞こえて来た。何事か。

彼は速度を上げた。

 廃坑前の戦闘から逃げ出したオークの一部が、ここに来ているようだった。

真一郎を殺すことは出来なくても、嫌がらせをしようとでも言うのだろうか。


「まったく、とんでもない数だね。こんな数のオークは見たことがないよ」


 だが、残念ながら彼らの思いが果たされることはなかった。

尾上雄大がそれを防ぐ。

 両手に握った拳銃が、蝗の如く殺到するオークの頭部に余すことなく

粉砕していく。尾上の攻撃は正確で苛烈だ。狙われたオークは一体として

逃げることは叶わない。

 クラウスやリナ、フィネも村人たちへの防波堤としての役割を果たしていた。

リナがオークの攻撃を受け止め、クラウスとフィネがそれを仕留める。

仕留めきれなかったオークは、尾上の銃弾を食らい倒れる。縄梯子を

登る村人に辿り着くものは一体もいない。


 真一郎もシルバーウルフを握り締め、襲撃を行うオークを背後から

強襲した。オークの頭部を銃底やグリップガードで殴りつけ、

彼の乱入に気付き、振り返ったオークの腹に銃弾を叩き込んだ。

ビーティアとの戦いで痛んだ体を強いて、彼は立ち向かう。

 と、その時。真一郎の進路を塞いでいたオークが一斉に倒れた。

倒れ伏したオークを見て、彼はその理由を理解した。その後頭部には

例外なく刃が突き刺さっていた。刃も柄も剥き出しになっている、

棒手裏剣と呼ばれるタイプの投擲武器だった。


「シンちゃん、あんたも急ぎぃ! オークどもはウチとユウちゃんとで抑えるわ!」

「シンちゃんじゃあない!」


 毒づきながら、真一郎は突き進んだ。悔しいがいまのコンディションで

オークと戦えるとは思えなかった。彼の不調を悟り、オークが攻撃を

仕掛けようとするが、そのすべては銃弾と棒手裏剣に阻まれた。

不思議なことに、尾上の銃弾は一度も尽きなかった。

 クラウスに支えられ、リナとフィネに引き上げられ、真一郎は船へと昇った。

真一郎は船べりに抱き着くようにして倒れ込んだ。力尽きたわけではない、

そこからシルバーウルフの銃口を向け、眼下のオークを容赦なく狙撃した。

最後に残ったクラウスを助けるために。


「……すまない、感謝する。ソノザキ」

「礼はいい……言っただろう、あいつらを押さえるのが、俺の仕事だ」


 ともかく、これで全員が船に乗ったことになる。最後に残った尾上は

ジャケットから二つの黒い、掌サイズの物体を取り出し、ピンを引き抜き

オークの群れに投げた。オークは一瞬怯んだが、何事もなかったことに

気付き鼻で笑った。そして吹き飛んだ。爆心地で手榴弾を食らったのだから

当然だ。破片で周囲のオークもダメージを負う。


「OK、ハヤテちゃん! 船を出してくれ!」


 生じた隙を見逃さず、尾上は縄梯子にしがみついた。

同時に、船が段々と浮かび上がって行った。

 逃すまいと、オークが死力を振り絞るが、尾上は逆手に持った拳銃を

使いオークを撃ち殺していく。真一郎の援護も加わり、オークは船に

近付くことすら出来ない。

 やがて、船は完全に空中に浮上した。

 オークが追いかけて来られないほど、高くまで。


 真一郎とクラウスは、船首の壁に背中を預け座っていた。

リナとフィネを無理やり船室に押し込め、彼らは見張りの名目で

甲板に残っていた。本当の見張りは、船尾で尾上がやってくれている。

高速で流れていく雲を、二人はぼんやりと眺めていた。


「……あの女性を、あんた助けることは出来たのか?」


 やがて、真一郎の方から声をかけた。

 クラウスは頭を落とし、力なく首を横に振った。


「……そうか、すまんな。辛い役目をあんたに押し付けてしまったな」

「よせ。誰が行っても、あの人が死んでいたことに変わりはないからな」


 そう言うクラウスの言葉に、力はなかった。

 また、しばらくの静寂が戻ったが、今度はクラウスの方から口を開いた。

顔を上げると、満天の星が彼らを照らしていた。


「別に将来を誓い合っただとか、プロポーズだのをするつもりだった

 わけじゃない。だが、彼女は憧れだった。生きていることの、

 希望そのものだったんだ」

「……分かるよ。そう言う気持ちは、俺にも分かるさ」


 真一郎だって人の子だ。人を思う気持ちを理解はしているし、

それを失うことがどんなに辛いことかも分かっている。同じ傷を

抱えている人間同士、分かることはある。


「守りたいと思ったものを守れないのは、辛いことだ」

「お前やハヤテがいなければ、守ろうとすることさえ出来なかった。感謝している」

「……俺に感謝する必要はないさ。俺は、俺のやるべきことをやっただけだ」

「やるべきことをやってくれる人間がいるから、俺は出来なかったことが出来る」


 クラウスは優しげな表情で言った。喪失の傷ゆえ、だろうか。


(俺にはとても、そんなことをすることは出来なかったがな……)

 クラウス=フローレインは善人だ。傷を抱えて他人を気遣えるのだから。

 結局のところ、真一郎は徹頭徹尾、自分のことしか考えることが出来なかった。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 フランメル村に辿り着いた一行を、村人は温かく出迎えた。

犠牲になった人々に対して黙とうし、ささやかな宴会が開催された。

オークの脅威は去ったのだから。これからこの村がどうなっていくのかは

分からないが、少なくともそれは真一郎の領分ではない。

 宴会は深夜まで続き、多くの人々が酔いつぶれた。

 フィネなどは滅多にない『腹いっぱい飯を食える』というイベントに

浮足立ち、早々に潰れていた。

 宴もたけなわ、一夜続いた宴会も終了に近付いて行った。というのも、

ほとんどの人が眠ってしまったためだ。オークとの戦いに、彼らも神経を

すり減らしていたのだろう。安心し、彼らの緊張の糸も切れ、

思っていたよりも早く終わりが訪れたのだ。


 そんな酒宴の席から、いち早く脱していく影を真一郎は見ていた。


「……こんな夜更けに、どこに行こうというんだ。尾上、金咲」


 それは尾上雄大、そして金咲疾風の二人組だった。すでに旅装を整え、

出発の準備を整えている。宴会が始まる前から、すでに算段を整えて

いたのだろう。


「まあ、こっからは別行動ってことでええんやないの? なあ、シンちゃん」

「誰がシンちゃんだ。結局、お前らの目的は何だったんだ?」

「あのオークの出どころを調べること。それからキミたちの監視。

 それで納得しない?」

「俺を監視するつもりだったのならば、なぜ一緒について来なかったんだ?」

「しゃーないやん、村の人もおるんやし無茶は出来ん。船守らなあかんやろ、ありゃ」


 結局のところ、二人の目的は謎だらけだ。なぜ、都合よくあのタイミングで

二人と出会うことが出来たのか。話すつもりのない人間に、話させることは

出来なかった。


「まあ、何か縁があればまた会えるだろう。その時を楽しみにしてるよ、園崎くん」

「リナちゃんらによろしゅう言っといてな。またなぁー」


 そう言って、二人は旅立っていった。呼び止めることは、真一郎には出来なかった。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


「いやあ、あの光はとんでもなかったのぉ。ほっとくと面倒になるんとちゃうか?」

「いまのところは問題ないでしょ。力はあるけど、指向性がない。

 どっかで振り切れちゃうと、面倒なことになるけど……本人にそこまでの

 勇気はなさそうだし」

「その力を積極的に振るう決意がつかんてこと? ちと希望的すぎるとちゃうか?」

「いやいや、そうじゃなくてさ。社会的な正常さというか、倫理観、良心。

 そう言うものに逆らうだけの気合を彼は持っていないんじゃないかなー、

 って思ってるのさ」


 『共和国』傘下『忍軍』査察官金咲疾風、及び共和国傘下の《エクスグラスパー》、

尾上雄大は歩きながら、先ほどであった青年、園崎真一郎への評価を下していた。


「リスクを取りたがらない性格だからね。ほっといても、面倒には

 ならないでしょ。その代わり、有事の際の戦力としては期待出来ないとは

 思うけどね」

「厄介ごとにならんなら、『共和国』としては願ったり叶ったりやろ。

 目下、面倒事を抱えとるんやからな。敵が、それも《エクスグラスパー》が

 減ってくれるだけ万々歳や」


 二人に与えられた使命は《エクスグラスパー》の監視だ。

加えて、そのほかの雑事も時々に応じて割り振られる。『忍軍』の中でも

それなりに無茶のきく立場であるということと、《エクスグラスパー》で

あるということで、彼らは便利屋扱いされているのだ。


「それより問題はもう一個の方や。この目で確かめて来た、間違いはない」

「召喚によらない《エクスグラスパー》が現れ始めている、ということだね」


 二人に科せられた《エクスグラスパー》の監視は、なにも『共和国』が

召喚を行った者だけではない。むしろ、問題となっているのは『共和国』が

召喚していない《エクスグラスパー》についてだ。戦略兵器に匹敵する

存在が勝手に出歩いているというのは、『共和国』の存続を揺るがすような

事態であると上層部は判断しているのだ。


「現れた女は、ソノザキに負けて敗走したんやな? 

 となると死んでいる可能性が高い」


 これまでも、二人は何人かの《エクスグラスパー》と交戦し、

勝利を収めてきている。ハヤテは《エクスグラスパー》ではないし、

雄大にしても、必ずしも戦闘を優位に進められるタイプの能力者ではない。

だが、何事も使いよう。長距離狙撃、不意打ち、罠。様々な手段を使い、

認可外の《エクスグラスパー》と戦ってきたが、問題はその後だ。


 追い詰めようとした者たちは、必ず死んでいた。何者かによって心臓を

抜き取られるという凄惨な手段で殺されていたのだ。彼らを制御し、

統制しているものがいる。


「結局、今回も収穫はナシかぁ。村一つ救っただけじゃワリに合わんで」

「ぼやかない、ぼやかない。気を取り直して次の仕事に取りかかろうじゃないの」

 そう言って、尾上は地図を広げた。それを本国から送られてきた書簡と照合する。


「ふぅん……これなら、ウチらは『帝国』方面に渡ってもよさそうやな」

「こっちの案件は、放置しておくってことかい?」

「放置するわけやない。《帝国》の方も緊急性が高い、ならどっちを

 優先するかって話や。向こうも向こうで、厄介なことになってるさかい。

 立っとるもんは、《エクスグラスパー》様だって使わなあかん、っちゅうこっちゃ」


 地図を覗き込み、ハヤテはカラカラと笑った。《エクスグラスパー》と

思しき者たちが確認されているのは、次に彼らが目指す場所である

霊峰ドースキンに集中していたのだから。


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