ウルブズパック
ビーティアと名乗った少女は手刀を作った。不可視の刃が彼女の前に形成される。
「あたしの栄光の架橋となってくれよ! あんたが生きてきた意味は、それだァーッ!」
南無三、万事休す。だがこれで終わるわけにはいかない。真一郎は力を振り絞る。
「シンイチロウ! これを、受け取れェーッ!」
そして、救いの手は差し伸べられた。いきなりの声に、ビーティアと
真一郎は素早く反応した。廃坑の入り口のあたり、クラウスが手に
持っていた何かを真一郎に投げた。シルバスタの強化視覚は、それが
逆転の切り札であることを即座に掴んだ。
それが何なのか、クラウスには分からなかった。だが無骨な鉄塊は
シルバスタと同様、未知の物体で作られた、未知の構造物だった。
ならば、可能性はある。
「仲間がいたのかよ! だが、そんなものには何の意味もないッ!」
ビーティアは作った手刀を、宙を舞う鉄塊、そしてその奥にいる
クラウスに向かって放とうとする。だが、それは叶わなかった。
真一郎は腕の拘束を破り、シルバーウルフの銃口をビーティアに向け、
発砲した。放たれた弾丸を防ぐため、一瞬意識をそちらに集中させる。
その瞬間、真一郎への拘束があからさまに弱まったのを感じた。
真一郎は虚空に向かって刃を振るう。『見えざる手』と名乗っていたが、
確かにそこに手はあったのだろう。手応えがあり、真一郎は拘束から脱した。
素早く反転し、宙を舞う鉄塊に向かって飛びかかる。ビーティアの攻撃は、
真一郎を阻めなかった。
真一郎が掴んだ鉄塊は、銀色の平たい板のようなものだった。
縦五十センチ、横十センチほどの大きさで、頂点の部分には銃口のような
穴が開いている。だが、この鉄塊にトリガーはついていない。底面には複
雑な形をしたへこみがあり、何かを刺し込むような形になっている。
飾り気の少ないものだが、唯一散弾銃のようなグリップがついていた。
「仲間がいたってよぉ、あたしに勝てるとでも思ってんのかよ! バカが!」
「バカはお前だ……」
真一郎は立ち上がり、シルバーウルフの銃口と、銀色の板、
ウルブズパックを合わせた。二つの物体から機械音。
そして、それは綺麗に繋がった。
『WOLFS PACK! SILVER STAR!』
ベルトから奇怪な音声が鳴った。ビーティアの額に、小さな汗が浮かんだ。
真一郎はシルバーウルフをポンプさせた。すると、もう一度奇怪な音声が鳴った。
『ALPHA MODE! GO STRAIGHT!』
真一郎はシルバーウルフの銃口を天に向けた。フィアードラゴンを狙って。
「ハッ! バカが、どれだけ距離が離れてると思ってるんだよ!」
ビーティアが嘲笑う。真一郎は構わずトリガーを引いた。
先ほどまでのものとは比べ物にならないほどの轟音と衝撃が、
静寂を切り裂いた。シルバーウルフ・ウルブズパックから放たれた
光の矢は、天高く舞い上がり高速でフィアードラゴンに飛来、
避ける暇すらなくそのどてっ腹を貫いた。貫いてもなお、
光の矢が消えることはなかった。
ビーティアはその光景を呆然と見ていた。周りのオークたちも同様である。
圧倒的な空戦能力を持つ空の王者が、地上から撃墜されるなど想像すら
していなかったのだから。
彼らの中で一番早く正気に戻ったのは、オークグラップラーだった。
彼は拳を打ち鳴らし、鈍重な足取りで真一郎に向かって行った。真一郎が
射程内に入ったのと、フィアードラゴンが全騎撃墜されるのとは
ほぼ同時だった。空の脅威を打ち滅ぼした真一郎は、今度は陸の脅威と
向き合った。
放たれた拳を、真一郎はウルブズパックの銃身で受け止めた。
押し込もうとするオークグラップラー、真一郎は銃身を寝かせ、
オークグラップラーの拳をいなした。体勢を崩したオークグラップラーの
腹に、真一郎は蹴りを放った。
オークグラップラーは吹き飛ばされる。衝撃を完全に殺せるわけではないからだ。
「チィッ! 手前ら、何ぼさっと見てやがる! 殺されてえのか、コラァッ!」
ビーティアはドスの効いた声でオークたちに檄を入れた。オークたちは
相対する真一郎とビーティアの両方を恐れながら、進んで行った。
真一郎はウルブズパックを二度ポンプした。再び、奇怪な音声が
ベルトから聞こえて来た。
『BETA MODE! LET‘S! HUNTING!』
真一郎はオークの軍団に銃口を向けた。ウルブズパックの弱点は
連射性能が通常のシルバーウルフよりも劣る点だ。高出力化の弊害だが、
それを解決する手段はある。
真一郎はウルブズパックのトリガーを引いた。銃口から一度に十を
超える弾丸が放たれ、オークの体を瞬時に滅却していった。
二度、三度、四度。トリガーを引くたびに数体のオークが消え去っていく。
ビーティアは完全に色を失っていた。
「なんなんだよ……どういうことなんだよ、これは……」
その場に残っているのは、ビーティアと真一郎だけだ。
真一郎は三度ポンプした。
「何者なんだよ、お前! お前は、いったいなんなんだ!」
「お前、《エクスグラスパー》の癖に俺のことを知らないのか?」
ゆっくりと、真一郎は銃口をビーティアに向けた。ベルトから力強い音声。
『OMEGA MODE! RUNNING! WILD!』
ウルブズパックの銃口に、目に見えるほどのエネルギーが収束していく。
ビーティアの目には涙が浮かんでいた。
叫びながら、彼女は両手を前に掲げた。
「俺の名は、シルバスタだ」
真一郎は躊躇うことなくトリガーを引いた。口径を上回るほど
太い光の螺旋が、解き放たれた。それはビーティアの脆弱な障壁を
あっさりと打ち破り、何者にも遮られることなく進んで行った。
島の外周にいた尾上とハヤテも、それを見た。




