謎の少女X/見えざる手は何を掴むのか
オークの辞書には学習能力だとか、反省だとかという言葉は
ないのだな、と真一郎は思った。何体も切り飛ばされ、蹴り飛ばされ、
殴り飛ばされ、撃ち殺されているというのにまだ闘志を萎えさせない
オークを見れば、どんな聖人君子でもそう思うだろう。
「いい加減、諦めてくれると助かるんだがな。貴様らには俺を殺せん」
「グヒィッ……く、クソ! これを見ても、お前はそう思えるのかァーッ!?」
オークのリーダーと思しき、巨大な個体が後列から姿を現した。
そこには、ボロを纏った少女がいた。不安に目をしばたかせ、
細かく震えている。真一郎も目を細めた。
「そ、それ以上近付くんじゃねえぞ! 近付いたら、こいつの命がねえからな!?」
「……ああ、なるほど。つまり、そいつは俺にとっての人質みたいなものなんだな?」
「分からねえのか、スカタン! こいつを殺されたくなけりゃあ大人しくしてろ!」
オークが肉厚な刃を彼女の首筋に押し当てた。「ひぃ」、と呻く声が聞こえて来た。
「お、お願い……こ、殺さないで。た、助けてください……」
「それは俺に言っているのか? それともそいつに言っているのか?」
真一郎は躊躇うことなくシルバーウルフを向け、トリガーを引いた。
シルバーウルフからエネルギー弾が発射され、少女を捕えたオークに
向かって行く。
だが、それが着弾するか、しないかという刹那。放たれた弾丸が
空中で制止した。弾丸の軌道はオークの頭、心臓、腹を撃ち抜く
軌道にあった。人質の少女ごとだ。
「……人質ごと撃つとか、何考えてんだ手前? 頭いかれてんじゃねえのか?」
「よく分かったな。撃たせて心に訴えかける戦法にしておけば、もっと良かった」
少女の表情が、一瞬にして変わった。悪ガキの顔だ。真一郎は
そんなことを思った。彼女は自分を捕えていたオークを振り払い、
自分の両足で大地に立った。
「手前、本当にあたしが死んでたらどうするつもりだったんだ? アア?」
「怪しかったからな。特に良心の呵責はなかったと思うぞ。
本当にお前が人質で、これまで捕えられていたんだとしたら、
そんな身綺麗なはずはないだろうからな」
真一郎の言葉通り、彼女の顔に疲労の色はうかがえず、爪も綺麗なものだった。
少女が悪辣に笑った。その瞬間、真一郎は側頭部を殴られたような
衝撃を受けた。突然の衝撃を受け、真一郎の体が揺らいだ。その隙を
見計らい、金属鎧で武装したオークが一団から飛び出して来た。
真一郎は舌打ちし、シルバーウルフのトリガーを引いた。
弾丸が発射され、金属鎧のオークに当たった。だが、弾丸は火花を
上げただけで、オークの体を貫くことはなかった。ダメージを無視し、
オークは真一郎に迫る。
舌打ちを一つ。オークは武器を身に着けていない。徒手空拳で戦う
タイプの相手なのだろう。予想通り、オークグラップラーは巨大な
拳を振り上げ、なぎ払うようにして真一郎を攻撃して来た。身を屈め、
その脇腹にシルバーウルフの刃を突き立てようとした。だが、
シルバーウルフの刃は不可視の力によって押し返されてしまった。
まるで、スライムか何かを触っているような、不可思議な弾力を
真一郎は感じた。それでも怯むことなく、彼は刃を振り払った。
オークグラップラーの纏った金属鎧に、一筋の傷がついた。
そのまま走り抜け、真一郎はオークグラップラーとの距離を取った。
「あっは! こりゃ面白い、あたしの力を貫通してくるなんてねェー」
少女は嘲笑するように言った。真一郎はそちらを向き、少女に
向かってトリガーを引いた。だが、やはり弾丸は彼女の体に
到達することなく空中で制止してしまった。
「あたしにゃこんな攻撃、通用しないっての。学習能力ねえなあ、あんた!」
少女が醜悪に笑った。瞬間、真一郎はステップを踏み横に跳ぶ。
眼前を、不可視のエネルギーが通過していくのを、真一郎は感じた。
少女は顔を歪め、舌打ちする。
「おい、手前。何あたしの攻撃よけてんだよ。食らえよ! カスが!」
「勝手なことを言ってくれるな。もう貴様の攻撃には当たらんよ」
いまのところ、不可視の攻撃は少女を起点にして放たれているように
思われる。そして、それは物理法則に縛られている。動けば何か、
予兆が生じる。真一郎はシルバスタのセンサー感度を最大にし、
少女の攻撃を感知しようとした。攻撃の軌道上にあった塵が舞い、
風が起こる。それが攻撃の予兆だ。見えていれば、避けることは出来る。
オークグラップラーは拳をボクシングめいて構え、ドタドタと
走りながら近づいて来た。技量は最悪だがパワーはありそうだ。
そして何より、オークグラップラーの周囲にも不可視の障壁めいた
ものが張られている。あれのせいで、上手く攻撃が届かない。
しかも打撃にもそれは乗せられているようで、予想より遥かに
ダメージが大きい。
(あの小娘を始末すれば、こいつらの影響を排除できるのか……!)
あの自信から見て、少女がエネルギーの起点であることに間違いは
ないだろう。あれを排除する事が出来れば、突破口になりえる。
だが、それは難しいだろう。
シルバーウルフの弾丸では、彼女の張った障壁を突破することが
出来ない。近付けばどうにでもなるだろうが、近付けてはくれないだろう。
オークの障壁を利用し、不可視の攻撃を利用し、あの手この手で影響を
排除しようとするはずだ。突破するには骨が折れる。
「さーて、それでは第二陣! フィアードラゴン軍団、カモーン!」
少女は口の端を歪め、腕を天高く上げ指を鳴らした。
すると、上空を旋回していたフィアードラゴンの軍団が反応、
動き出した。フィアードラゴンは真一郎の真上のあたりで旋回する。
そして、そこから何かを落として来た。
「空爆かッ!」
真一郎は大きくバックステップした。直後、彼のいた場所に巨大な岩が
落ちて来た。フィアードラゴンの上に乗っているオークが落したものだろう。
上空からの落下エネルギーを得た大岩を食らえば、シルバスタといえど
ノーダメージでは済まないだろう。
真一郎はシルバーウルフの銃口を向け、発砲。
だが、距離が開きすぎている。ランダムな軌道で旋回を続ける
フィアードラゴンに、なかなか攻撃は命中しない。フィアードラゴンの
対応に気を取られている間に、オークグラップラーが距離を詰めて来た。
拳を握り、ハンマーパンチを繰り出してくる。真一郎は半身になって
それを避け、反撃。
だが、それを少女は許さなかった。真一郎の顎に、アッパーカットめいた
衝撃が走った。不可視エネルギーによる攻撃を行ったのだ。ぐらりと
真一郎の体が揺らぐ。完璧なコンビネーション攻撃、オークグラップラーは
腰を入れた打撃を繰り出す。シルバスタの金属装甲と、オークグラップラーの
ガントレットとがぶつかり合い、火花を上げた。
真一郎は吹き飛ばされ、背後にあった岩肌に激突した。上空からは
留まることなき投石攻撃が続く。それを避けるため、真一郎は走った。
戻ることは出来ない、真一郎は前方のオークグラップラーとの交戦を
余儀なくされる。大振りな拳を捌き、グラップラーの懐に飛び込む
ようにして肘打ちを仕掛ける。ゲルに拳を打っているような感触だ。
オークにさしたるダメージは見られない。それどころか、オークは
彼の体を抱え込んだ。
そして、二つの体が浮き上がった。オークによるものではない、
少女が持ち上げているのだ。がっちりとホールドされた真一郎は、
それを跳ね除けることが出来ない。二十メートルの高さまで持ち上げられ、
そして一気に振り下ろされた。オークの巨体とシルバスタの金属体が
ゴム毬のように跳ねた。再び真一郎は岩肌に激突した。
「グワァーッ!?」
叩きつけられた真一郎は、しかしヨロヨロと立ち上がった。
「さっきの言葉ァ、返してやるよ! いい加減、諦めちまいなよ! クズが!」
少女の体から不可視のエネルギーが放出される。真一郎は防御姿勢を取り、
頭とベルトとを守った。全身にストレートパンチを食らったような衝撃が走る。
硬い金属同士がぶつかり合うような轟音が辺りを包み、火花が漆黒の闇を照らした。
「あんたはただのクズさ! 《エクスグラスパー》のクズってわけだ!
しょせん、あたしとはランクが違うってことさ! わきまえなァーッ!」
真一郎の正面に、一際強いエネルギーが放たれた。真一郎は避けられない。
真正面からそれを食らい、三度岩肌に叩きつけられ、そして押し付けられ
拘束された。
「この、力……貴様も、《エクスグラスパー》だということか……!」
「そうだよ! あんたなんかとは格の違う存在だがねえ!
あたしは『見えざる手』のビーティア!
《エクスグラスパー》を殺したとなりゃあ、箔がつくってもんさ!」
ビーティアと名乗った少女は手刀を作った。不可視の刃が彼女の前に形成される。
「あたしの栄光の架橋となってくれよ!
あんたが生きてきた意味は、それだァーッ!」




