オークの生態
ランプに照らされた薄暗い廃坑はゴツゴツとした岩や、
廃棄されたトロッコ車両などが転がっており、死角が多く、
実際よりも見る者に暗さを感じさせた。
「おいおい、どうなってるんだ。こんなところに攻めてくる奴がいるなんて」
「しょうがないだろ、リーダーの命令なんだ。行かなきゃ俺たちが殺」
オークが最後まで喋ることは出来なかった。
突如、背後から口を塞がれ、刃を突き立てられたからだ。
オークの心臓と思しき場所を、鋭い刃が刺し貫いていた。
「なっ! 手前、いったい何をして!」
オークは激高し、奇襲を行った人物を殺そうとした。
だが、岩陰から飛び出した男がそれを阻んだ。
腰だめに構えた剣を振り上げ、オークの手首を切り飛ばした。
叫ぶオークの頭を、返す刀で切断。一瞬にして二つの死体が、
その場に出来上がった。
「うわぁ、すっげえ鮮やかっすねクラウスさん。こりゃスゲエ……」
「お前も、見事な奇襲だった。先に一人始末してくれなければ危なかっただろう」
刃に纏わりついたオークの脂を振り払い、クラウスは剣を鞘に戻した。
その後ろからリナがおっかなびっくり、という感じで続いて来た。
こんなところに入ってくるのは生まれて初めてなのだろう。
一歩一歩、踏み出す足もどこか危なっかしかった。
「んもう、リナさん。だから残ってた方がいいって言ったじゃないですか」
「わ、私だってこのパーティの一員なんです! そんな簡単に、投げ出したり……」
反論もどこか弱々しかった。
いつもの彼女の印象とは程遠い、重いため息を吐いた。
「初仕事が失敗しちゃったら、どこにも行く場所がないんですよ。
この前言った通り、私の家は没落寸前ですから……この上教会に
放り出されてしまったら私、どうしたら……」
「あー、家柄のいい人にはそれなりの悩みが……ついてくしかないんすねー」
フィネがリナに微妙な同情を現したところで、クラウスが二人を制した。
炭鉱が使われていた時代には待機所になっていたであろう小部屋で、
物音がしたからだ。
クラウスは中を覗き込み、絶句した。人が何人も吊るされている。
微動だにしていないことから、それが命を失っていることは明白だった。
部屋の中にはオークが一人おり、それが一人ずつ、何の感慨もなく命を
奪っていた。
嗜虐趣味? もちろん違う。血抜きだ。
保存食の鮮度を保つためには欠かせない工程だ。
オークにとって人間はただの食糧でしかないことを、
思い知らされるようだった。
クラウスは二人を部屋に入れないようにして、ゆっくりオークの
背後に近付いた。そして、血抜きの作業を行うタイミングを見計らい、
背後からオークを切り捨てた。一切物音を立てない見事な暗殺。
彼は胸の前で十字を切り、部屋から出て行った。
「この部屋……なにかあったんすか、クラウスさん?」
「いや、何もなかった。先に進もう。浚われた人々の身が危ないからな」
クラウスは黙して進んで行った。二人は何かを察したのか、何も言わなかった。
少し進んでくと、木組みの粗末な牢屋が見えた。
見張りはいないようだ、真一郎が引きつけてくれているのだろう。
クラウスたちは慎重に歩を進めた。牢屋の中には十数人の男女がいた。
枷を嵌められている様子はない、徹底的にオークは侮っているのだろう。
「おッ……おお、あ、あんたたちは、いったい……」
「静かに。オークたちに気付かれる。ここにいるので、全員か?」
「あ、ああ。生きているのは全員だ。あんたたちはいったい……?」
「私のことを覚えていないか、ロウマンさん。牛飼いの息子のクラウスだ」
クラウスと言葉を交わした老人は、大層驚いているようだった。
「あの子か、お前……そうか、そうか! よう帰ってきてくれた……」
「ここから出ましょう。海渡りの船を用意している。このくらいの人数なら行ける」
クラウスは老人と話しながら、牢の中を見渡した。
老若男女、とは言っても老の割合が著しく高いのだが、
とにかくその中に彼が探す人物を見つけることは出来なかった。
「……ロウマンさん、メアリを見ませんでしたか? 粉挽きの娘のメアリです」
「……ああ、見た。だが、彼女はもう……」
その先を言おうとするロウマン老人を、クラウスは手で制した。
顔を伏せているが、その双眸からは涙が滲んでいた。
リナは扉をガチャガチャと揺さぶった。
「やっぱり、鍵がかかっているみたいですね。どこにあるんでしょうか……」
「この近くに、ボスの部屋があるってオークは言ってたよ。この辺りにあるかも……」
クラウスは涙を拭い、立ち上がった。
「俺が探して来よう。二人は、みんなの見張りをしていてくれ」
「了解っす、クラウスさん。こっちでも開けられないか、ちょっと調べてみます」
フィネは細い針金を取り出していった。
鍵開けならば彼女の専門だろうと、任せることにして、
クラウスは油断ならぬ足運びで廃坑の更に奥に向かって歩いて行った。
自分の足音だけが響く、狭く人気のない廃坑を進んでいく。
オークと出会うことさえなかった。陽動が上手く効いているにしても、
あまりに人気がなさ過ぎた。
そのうち、彼は廃坑の中に遭った管理小屋に到着した。
この中に何かあるかもしれない、彼はそう思い、部屋の中を覗き込んだ。
部屋の中を見て、彼は驚愕した。
後で運ばれたのであろう、大柄な書架。中には多種多様の書物が
所蔵されている。蝋燭の明かりで照らされた部屋にはそれ以外にも、
書簡や装飾品といった文明の匂いを感じさせるものが多くあった。
オークの部屋とは、とても思えなかった。
いや、実際オークの部屋ではないのだろう。中央に設置された机は、
オークの体格と比べて明らかに小さすぎる。これでは机に向かって
座ることさえ出来ないだろう。
「これは、いったいどういうことだ? この中に……人間がいたというのか?」
クラウスは不安に襲われた。もし、ここに人間がいるのならば、それは。
それは、オークを統率する存在である、ということになるのではないだろうか?




