怪しい二人組、ドラゴンの島へ行く
翌日。
フィネ=ラフィアを加えた三人組は、フランメル村を目指して
一心不乱に歩いていた。結局、フィネが真一郎の忠告通り
戻っていくことはなかった。こうなれば、どうなったって
責任は取れない。それでもいいのか。
そう言うと、笑顔で頷かれた。
(まったく、出来ることならば一人で探索したいところだが)
真一郎はチラリと後ろを見た。
少なくとも、リナはフィネのことを気に入っているようだ。
フィネの方もまるで数年来の友人と話すような気楽さで
リナと接している。少なくとも、ここでリナの心証を
悪くするのはよろしくない。旅の道標を失うことになる。
大学まで進学した真一郎だが、異世界を旅するのに適した技能は
ほとんど持っていない。彼一人では地図を読めず、方角はほとんど
当てずっぽう。狩りで得物を得ることが出来ず、万一手に入れる
ことが出来たとしても安全に食べる方法は分からない。
出来ることと言えば、オークやゴブリンを殴り倒し、
すり潰すことのみだった。
クラウスも、リナも試金石だ、と真一郎は感じていた。
彼らに万一のことがあれば、真一郎の仕業だと判断されるだろう。
『共和国』一国と敵対するのは、よろしくない。
ゆえに彼らの心証を、最悪離れない程度によくし、
彼らを生存させる必要があった。
(まったく、力を手に入れたというのに……結局、こういうことはままならんな)
ささくれた心で歩いていると、隣にいたクラウスから水筒を差し出された。
喉が渇いているからイライラしていると思われたのだろうか。
訂正するのも面倒なので受け取った。丘を登り、下り、太陽が
天高く昇るまで歩いた時。ついに視界が開けた。
目の前に広がったのは、黄金の絨毯のような風景。
少し近付いて見て見ると、それが麦であることが分かった。
強い風が吹き、穂を躍らせた。クラウスは慈しむようにして
穂を手に取り、普段からは想像できないほど穏やかな表情で言った。
「……ここがフランメルだ。いいところだぞ、ここは……」
だが、言い終わる前に彼の言葉は止まった。
なぜなら、背後で突然爆発音が響いたからだ。
クラウスが慌てて振り返ると、村から火の手が上がっていた。
■◆■◆■◆■◆■◆■◆■
フランメル村はオークの襲撃に遭っていた。
辺境の村の守備隊は練度が低く、グラフェンで経験したものよりも
オークの数は少なかったが、守備隊は手こずっていた。
「やはり、中央には精鋭が集められているんだな」
「……グラフェンも中央ではないが、それなりの手練が揃っているからな」
真一郎が撃ち、クラウスが切る。
目につくオークをひたすら排除しながら、一行は進んで行った。
それほど広くない村で、家畜の脱出を防止するための低い柵が
かけられていたが、それらは一部踏み倒され破壊されている。
防御能力はないに等しい。
「この先に広場がある。有事の際には、そこに集まることになっているはずだ」
「この状況で一か所に集まったなら、一網打尽にされる危険性があるな」
「……だからこそ、急がなければならない!」
クラウスは走りを加速させる。いつもの冷静な彼とは打って変わって、
焦っている。いつみても新しい一面が見えてくるものだ、と思いながら、
横合いから飛び出しクラウスを奇襲しようとしていたオークを撃ち殺した。
少し走ると、家屋の隙間から広場が見えて来た。
十数名の村人が、数名の兵士によって守られていた。
やはり、グラフェンで見た兵士とは異なり、装備は粗末なものだ。
革のベルトで止めたショルダーアーマー、武器は剣や槍ではなく
斧や鋤といった、農作業にもすぐ転用出来そうなものだった。
破壊力はありそうだったが、心もとない印象を与える。
「グッフッフ、諦めろ! お前たちに未来はなギャァーッ!?」
前口上を述べようとしていた下品なオークの頭が、背後から切断された。
クラウスが走りながらなぎ払った剣によるものだ。
頭を切断したクラウスはその場で立ち止まり、踏み込む。
そして、腰を入れた刺突を横合いにいたオークに繰り出す!
奇襲を受けたオークは、一瞬にして串刺しにされた。
真一郎はゲバブ肉を何となく思い出した。
オークの顔面に突き刺さった剣を抜こうとするが、なかなか抜けない。
骨に引っかかっているのだろう。その背後から、逆上したオークが迫る。
クラウスは身を固くするが、その瞬間銃声が轟き、オークの頭が吹き飛んだ。
真一郎が放った銃撃によるものだ。
クラウスはオークの体を蹴り、無理やり剣を引き抜いた。
刀身には薄汚いオークの血がこびりついているが、まだ切れそうだった。
合流した二人は、残ったオークを睨んだ。
「ぐっ、ぐうっ……ま、まさか、いったい何者だ貴様ら……」
「浚った人々を返してもらうぞ、オークども!」
クラウスは力強く剣を握り込んだ。金属がこすれ合う暴力的な音が
辺りに響いた。リーダーと思しき、一際屈強で、一際豪勢な装備を
纏ったオークは呻いた。
すると、リーダーは人差し指と親指をCの形に曲げ、口元に当てる。
勢い良く息を吹きかけると、ピィー、という甲高い音が辺りに響いた。
口笛だろう。
「何を考えているのかは知らんが、貴様はここで死んでもらうぞ」
真一郎はコートの裾を翻し、《スタードライバー》を取り出した。
オークが後ずさる。
その時だ。激しい風を、二人は感じた。
同時に、二人の体を大きな影が覆った。背後から、何か
巨大なものが迫っていた。どちらともなく二人は互いを突き飛ばした。
二人がいた場所を、凄まじい質量、凄まじい速度の物体が通過していった。
顔を上げ、襲撃して来たものを真一郎は見た。鳥のような足がまず見えた。
次に、巨大な翼が見えた。コウモリの羽根のような、体の色と同じ色の
翼だった。次に、濁った目と鋭いくちばしが見えた。子供の頃図鑑で見た
恐竜、プテラノドンを彼は思い出した。
そして、プテラノドンめいた怪物の胴体には鐙が取り付けられており、
そこにはオークが乗っていた。軍馬ならぬ軍竜か。プテラノドンに
跨ったオークは素早くロープを垂らした。足をかける三角形の錘が
それにはついていた。リーダーとオークはそれを掴んだ。
しかも、プテラノドンめいた怪物はその鋭い爪で一人の女性を掴んでいた。
野暮ったい白い割烹着のような服を着た女性で、バンダナで髪をまとめた
その風貌は地味なものだった。しかし、その姿を見たクラウスは、
激しく動揺した。
「ッ……! メアリ! 待て、貴様ら! 待て、メアリーッ!」
クラウスは痛む体を強いて立ち上がり、追いかけようとしたが、
無駄だった。プテラノドンめいた怪物が羽ばたいた。凄まじい
風圧を受け、クラウスは転倒してしまった。オークのリーダーが
嘲笑う声が、真一郎の耳にも聞こえて来た。プテラノドンめいた
怪物は一気に加速し、その場から離れて行った。
残されたのは数名の村人だけだった。
「うっ……ぐうううぅぅっ! クソ、待て、メアリーッ!」
クラウスは叫び、大地に拳を打ち付けた。落ち着け、と言っても聞くまい。
様子を見る限り、いま浚われた女性はクラウスにとって大切な人なのだろう。
真一郎は彼に代わり、この村の守備隊と話をすることにした。
「オークの襲撃があったようだが、どうなっている? あの化け物はいったいなんだ?」
「キミは、クラウスくんの知り合いなのかね?」
老齢の戦士が、真一郎に訝しんだ視線を向けた。
彼の背後から、リナとフィネが走ってきているのが分かった。
こんな取り合わせではこの老人が疑うのも無理はないだろう。
早いところクラウスが正気に戻ってくれればいいのだが。
「いやー、もうシンさん速いわぁー! 追いつけるように走ってェなあ!」
またしても知らない声が背後から聞こえて来た。
真一郎は振り向き、こちらに走ってくる人影を見た。
それは、四つあった。三つの女性の影と、一つの男性の影だ。
細いフレームの眼鏡をかけ、長い髪を雑に後ろにまとめた長身の女性だった。
少なくとも、リナやフィネの身長よりも高い。
衣装の風情も二人のそれとは異なっており、どことなく和風だ。
男物の着物を纏っている。丈があっておらず、袖丈がかなり余っている。
「いやぁ、ようやく追いつきましたわ。んもう、正義感の強いやっちゃ」
「あの、あなた方はいったい?」
「申し遅れました。僕は尾上雄大、と申します。『共和国』の魔狩人です」
遅れてきた男は、髪をかき上げながら言った。
男にしてはかなり長い髪だ、肩までかかっている。
とはいえ、不潔な感じはない。衛生技術の発達していない
この世界においては、かなり珍しい姿なのだろう。
対応した隊長も面食らっている。
袖や襟元といった要所に羊毛のついた、暖かそうなキャメルの
ジャケットを着ている。その下から覗くシャツといい、仕立てのいい
ズボンといい、洋風だがこの世界のものではないように感じられた。
まるで同じ世界から来たような姿の男だった。尾上と名乗った男は
真一郎の視線に気づいたのか、彼の方を向き微笑みを作った。
「魔狩人様、でしたか。もしや、クラウスとお知り合いなのでしょうか?」
「ええ、ええ。クラウスさんにはよくしていただいています。ねえ、みんな?」
そう言って尾上はウィンクを一つした。話を合わせろ、とでも言っているようだった。
「聞きたいことがある。あのオークどもはどこから来た?」
話が進むなら、なんだっていい。時間をかけている場合ではなさそうだった。
「分かりました。我々も全容を理解している訳ではありませんが……」
守備隊長はたどたどしい説明を始めた。彼自身も理解しきれていないのだろう。
数日前から、近くにある小島『スワルチカ島』から空を飛ぶ化け物が
現れたこと。空飛ぶ化け物の背に乗って、オークが空から降りてきて、
村への攻撃を続けていたこと。最近ついに防衛網を破られ、村内部への
侵入を許してしまったことを話した。
「うーん、話に聞いとった空飛ぶ化け物仕業か。たまらんのぉ」
「かなり大型で動きは鈍重。急降下して攻撃を仕掛けて来た事例も
あるけれど、避けるのはそれほど難しくない。むしろ、面倒なのは
あの怪物が空を飛んでいるってことだ」
尾上は守備隊長に説明するような口調で、真一郎一行への説明をしてきた。
「あの怪物のことを『フィアードラゴン』と呼んでいる。
一番問題なのは、あいつが高い運搬能力を持っている、ということだ。
オークを降ろしていたんですね?」
「はい。我々が陣取っていた場所の、いきなり後方に現れたものですから」
航空戦力という概念が存在しないこの世界では、こうした降下作戦を
想定した布陣はしていないのだろう。背後を取られ、質で劣るオークへの
敗北を許したということか。
「取り敢えず、フィアードラゴンに浚われた人々を取り戻さな
あかんでしょうな。隊長さん、この村に海渡りの船がある、
って聞いとったんですがそれはホンマですか?」
「ええ、それは本当です。ですが、船長が浚われてしまいまして……」
島へと渡る唯一の手段を封印して来た、ということか。オークにしては頭が回る。
「それやったら大丈夫ですわ。ウチが船を動かせます。そいつ、
貸してくださいな」
「ええ!? ま、魔狩人様のお言葉とはいえ、しかし、それは……」
「考えている暇はありませんよ、隊長。囚われた人間がどうなるか、
あなたもご存じでしょう? 速やかに彼らを奪還しなければ、
取り返しのつかない事態に陥りますよ」
尾上は隊長を脅かすような口調で迫った。
その言葉を聞いて、隊長はブルリと身を震わせた。
囚われた人間がどうなるのか、是非とも教えていただきたいものだ。
「わ、分かりました。すぐに離陸の準備を進めます!」
「あ、あの、ちょっと休んで行かなくて大丈夫ですか……?」
リナは控えめに言った。たしかに強行軍でそれなりに疲労はたまっている。
「あー、かまへんかまへん。どうせ、移動時間はかなり長くなるからなぁ。
その間に体休めてりゃ十分やろ。ってなわけで、みんな行くでー」
そう言って和服姿の女はズケズケと進んで行った。尾上もそれに続いて行く。
「先に行っていてくれ。クラウスを見ていく」
「あー、了解っす旦那。それじゃあ、お待ちしてますぜ!」
そう言ってフィネは、リナを伴って先に行ってくれた。
真一郎はクラウスに近付いた。
「しっかりしろ。お前が動けなくなっては、俺も困る」
「……メアリは私の幼馴染だ。明るく、人懐っこい、私にとっての太陽だ」
「そうだな。だから助けに行かなくてはならない。分かるな?」
重症だ。面倒な話の流れになっているのを、真一郎は感じていた。
「あの子が浚われ、もし殺されるようなことがあれば……私は、なぜいままで……」
「そう言って、ずっと悲観に暮れている気か? いい加減にしろ。前を見ろ」
真一郎はクラウスの前に腰を下ろし、その頭を乱暴に掴み、無理やり前に向けた。
「まだ死んではいないのだろう。あいつらも『奪還する』と言っていた。
まだ、彼女たちは生きている。その可能性があるなら、動いた方が
後悔しなくていいぞ」
惚けていたクラウスの瞳に、理性の光が宿る。
彼は真一郎の手を退け、立ち上がった。
「……感謝する。そうだな、ここで惚けている暇などないのだからな」
「そうしてくれると助かる。俺には浚われた人を助ける気はないからな」
「結果的に助け出すことになる。つまりは、そういうことなのだろう?」
クラウスは薄く笑い、歩き出した。その背後で、真一郎は大きめの舌打ちをした。
「俺の目的に能わなければ、助けない選択肢だってあるってことだ」
誰にも聞こえないつぶやきを、真一郎は一人こぼした。




