インタビュー。
指定されたホテルはバカみたいに豪華だった。
外観もさることながら、ロビーには壺や絵画が飾ってあり、それらはそういう方面に疎い俺ですら高価だと分かるような代物ばかり。
うっかり転んであの壺を割ろうもんなら、首をくくる覚悟でもしなきゃいけないだろう。
俺はそんなことを考えて肩をすくめた。
そそくさとロビーを抜けて、左手に見えた喫茶店に入る。
店内は客がいるのにやけに静かで、なんだか居心地が悪かった。
とりあえずコーヒーを注文しようと、メニューを見る。
「高っ!」
思わずそう口に出してからハッとした。
客の視線が一斉にこちらに注がれている。
俺は「すみません」と言ってメニューで顔を隠した。
高いコーヒーをやけに腰の低いウエイターに注文して、腕時計を見た。
まだ約束の時間まで二十分ある。
俺は窓の外をぼんやりと眺めた。
「遅れてすみません」
そう言って目の前に現れたのは、まだ若そうな二十代前半くらいの女性だった。
「貴方が白鳥さん?」
「はい。白鳥真琴です」
白鳥さんはそう言ってニッコリ微笑んだ。
整った顔立ちの美人だった。
「真琴」という名前だけを聞いてので、てっきり男だと勘違いしていた。
それに何よりもアレをするのは男の方が断然、多いし、ましてやこんな美人で華奢な若い女性が――。
「あの、日下部さん?」
彼女がそう言って首をかしげたので、俺はハッと我に返った。
「ああ、ごめんなさい。こんな美人な方だとは思わなかったので」
「記者の方はお世辞が上手いんですね」
白鳥さんはそう言って笑った。
「では、インタビューを始めましょうか」
俺はそう言うと、運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ。高い割には、味は行きつけの安い喫茶店と変わらない。
「お願いします」
「それでは、まず、職業は?」
「モデルです」
「おお。美人なだけはありますね」
「雑誌がメインなんです。背が低いのでショーには出られませんが」
「ほうほう。どの雑誌ですか? 今度買いますよ」
そんな雑談を挟んでから、いよいよ本題に入る。
俺は一呼吸置いて、口を開いた。
「手術はなさったんですよね」
「ええ」
「いつ頃?」
「三年前です。ちょうど二十歳の時に」
「なぜ『truth』チップを埋め込もうと思ったんですか?」
俺の問いに彼女は紅茶を一口飲んでから、こう答えた。
「『truth』はとても素晴らしい発明だと思います。ですが、政治家や大手企業の社長、有名な映画監督、画家、作家そういう方が使うものだと私を含めて一般の方は思っています」
「まあ、確かにそうですね。僕もそう思っていますし」
「ですが『truth』はこれからは、色々な人が使っていく時代だと思うんです」
そう言った白鳥さんの目はとても澄んでいて綺麗だった。
例えば、聖徳太子。
例えば、マリー・アントワネット。
過去の偉大な人物や王妃を元にした作品は映画にドラマに漫画に至るまで数えきれないほどある。
しかし、それらのストーリーは、実際の彼らの人生を忠実に再現しているのかと問われれば、首をひねってしまう。
それならば現存している書物や資料に書いてあることは事実なのだろうか。
もしかしたら、それも「友達の友達から聞いたんだけど」くらい信用度の低い情報という可能性もある。
真実は誰にも分からないのだ。
そこに着目した日本の企業があるマイクロチップを開発した。
それが『truth』である。
巷では『人生録画』と言われている。
手術で脳にそのチップを埋め込み、自分の見ている視点で普段の生活や仕事風景を録画できるという代物である。
どのくらいの期間、録画できるかと言うと、およそ100年である。
つまり、これさえあれば自分の人生を録画しておけるのだ。
チップは埋め込んだ人物が亡くなった時に取り出し、そこで初めて映像が見られる。
だから自分の歩んだ人生を、ずっとずっと先の子孫にまで残しておける。
そういうわけで。
『truth』の手術をしている人は、いま世界でどんどん増えているのだ。
さて。
話を戻そう。
なぜ、モデルの彼女が『truth』を埋め込む手術をしたのか。
「『truth』は反対意見も多いですよね。プライバシーがなくなる、とか第三者の人生も残してしまう、とか」
俺の言葉に白鳥さんは頷き、こう答える。
「ええ。確かにそうですね。でも、私は家族にも友人にも『truth』の手術をしたことを言いましたし、都合が悪ければ、停止もできますしね」
ああ、なんだ。着替えとかお風呂とか残らないのか。
俺は中学生男子みたいな考えをしてから、大きく首を横に振った。
そして口を開く。
「白鳥さん、貴方はこれから録画されていく人生なわけですが。どんな生き方をしたいですか?」
彼女はニッコリ笑ってこう答えた。
「できることなら、遠い未来でも、私を主人公にした映画やドラマなんかができていると嬉しいですね」
インタビューを終え、白鳥さんと世間話をしている内に俺は一つの疑問を抱いた。
コーヒーを一気に飲み干してから、こう尋ねる。
「『truth』の費用は手術も保険が効かないし、とにかく高額なお金がかかると聞きました。そのお金は、ご両親が?」
白鳥さんがティーカップに口をつけたまま動きを止めたので、俺はこう付け加えた。
「いや、すみません。失礼なこと聞いてしまって。忘れてください」
「停止」
白鳥さんはそう呟いた後。
俺を真っ直ぐ見つめた。
ピンク色の綺麗な色気のある唇がゆっくりと動いた。
『――こうして。白鳥真琴はインタビューを終えた数日後から、本格的に動き出したのだった』
ナレーションが途切れ、CMが始まった。
私がチャンネルを変えると、娘のレイラが文句を言う。
「パパ! CMになるとチャンネル替えるのやめてよねー」
「レイラ、お前は白鳥真琴に興味があるのか?」
私がワインを一口飲んでそう尋ねると、レイラは目を輝かせて答える。
「うん。だって、世界でも有名な女泥棒なのよ! 映画にだってアニメにだってなっているのよ! 興味がないわけがないわ!」
まったく、血は争えないな。
私はそう思って娘を見た。
歴史の名を残した大泥棒、白鳥真琴。
彼女が私の祖母だということは、娘にはまだ内緒にしておこう。
「停止」
今はこの家族団らんを大事にしたい。
<おわり>