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煉獄にささやく  作者: 熊切 佑司
3/3

プロローグ 2

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 エリンは瞬間的に顔を上げた。恨めしそうな目で、石橋を見ている。押し問答に、休戦を求めているように見えた。

 エリンは額に手を当てて、大きく溜息をついた。その様が、少し大袈裟に見えた。

「NASAでも、侵入体に興味を持っている。侵入体を捕まえられないか、という意見も出た。意見が出ると、会議は混迷した。が、私は基地局のことを思って、侵入体の確保に反対した」

 エリンは静かな口調で説明した。

「今は迷っている」

 付け足した台詞は、語尾が揺れていた。

「マクレーガーは既に、侵入体確保のために動いています。基地局は立ち上がって、管制局は尻込む。我々も立ち上がりましょう」

 石橋は笑みを浮かべて話した。自分では、励ます意味を込めたつもりだった。

「そうだな。基地局の志願者を集めて、徹底的にやろう。管制局側の動きもサポートに重点を置く。上層部のGOサインが出るまで時間が掛かるが、準備だけは進めておこう。颯太、マクレーガーと連動して動いてくれ」

 エリンの表情は晴々としていた。煩悩を払拭した顔。

 石橋は「わかりました」と、声を大きくして答えた。背中を流れていた汗が、ひんやりと冷たかった。

「意見を翻すのは勇気が要るけどな」

 エリンは、ばつが悪そうだった。が、照れ笑いで誤魔化す。年甲斐もなく、口から舌を覗かせそうである。

 石橋はエリンの後姿を見送った。堂々と闊歩する姿が頼もしい。

 上層部を口説く説得工作は、エリンに任せるしかない。石橋は、自分に今できることを進めていくことにした。

 まずは、協力者を募る。第一歩にしては、ハードルが高い。死を目の前にした人々に、ひと働きしてもらうのだから。

 マクレーガーのように、前向きな心情でいるとは限らない。死の恐怖で、気力を失っている人が多数だろう。無気力に襲われるのが正常かもしれない。

 それでも、侵入体捕獲の協力を要請する。

 石橋は腹を据えて、インカムのチャンネルを切り替えた。

 交信相手に選んだのは、管制局の警備の人達である。武装しており、チームワークにも長けている。

「タルシス研究センター管制局の石橋です。これから侵入体捕獲に向けて、任務を遂行してくれる志願者を募っています。作戦の詳細は、後でエリン局長から伝えられます。協力して頂けませんか?」

 九名いる警備員たちに、一人ずつ同じ内容を伝えた。警備共通の専用チャンネルは、あえて使わなかった。

 警備専用の共通チャンネルを使えば、九人同時に同じ内容を伝えられる。効率を考えると時間短縮に繋がるだろう。

 が、やっつけ仕事のようで、どうにも味気がなかった。

 石橋は、一人一人に話しかけて手応えを感じたかった。話す手法で侵入体捕獲という、目的の共有ができると思った。

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 軒並み、九人の警備員の反応はよかった。石橋は、その中の一人に質問された。

「作戦の後は?」

 短く静かな口調は、真実を知りたいと訴えてきた。

 石橋は少し躊躇を覚え、間を空けてから答えた。

「基地局は侵入体によって滅ぼされると思います。ですが、侵入体を確保すれば、地球で研究して、奴らを全滅させます。約束します、必ず仇を討つと」

 事実上の死を宣告しなければならない喉の渇きが、余計に緊張させる。

 質問してきた警備員は「ありがとう」と、予想外に穏やかな返事をくれた。石橋は、そっと背中を押されたようで嬉しかった。

 石橋の勧誘は、まだ続く。デスクに浮かんだキーボードを撫でて、基地局のスタッフ・リストを検索にかける。

 次の対象者は、火星の基地局における室外活動経験者、および宇宙空間での船外活動経験者である。

 検索をかけたところで、マクレーガーから交信が入った。

「無人ロケットの行き先を、第三宇宙ステーションに合わせた。あとで、管制局側でも確認してくれ。颯太、進展はあったか?」

 画面を見ると、マクレーガーは椅子に深く座り、小休憩を摂っていた。表情も、少しだけ疲れが見えている。一人で作業するのは、やはり心細いのだろうか。

 石橋は朗報をとばかりに、今までの経緯を伝えた。エリンを口説き落としたこと。警備員たちの賛同を得たこと。

 マクレーガーの頬が次第に緩んでいった。同志が増えていく状況に、満足げに頷く。

「これから室外活動と船外活動経験者に、協力を要請してみる。反対する人に無理強いはしない。嫌な思いをさせるだけだからな」

 石橋は声のトーンを落として話した。反対者の剣幕が、朧気に想像できる。

「ちょっと待った。警備のように、また一人一人じっくり説得していくつもりか? 俺が、ぱっと行って話してやるよ。数人で額を合わせてな。これでも顔は広いほうだ」

 マクレーガーは磊落な口調で言い切った。自信に満ちた顔が勇ましい。

 が、石橋は密かに不安も覚えた。死が絡むデリケートな問題を、優しく扱えるのだろうか、と。

 ビールで乾杯して意気投合するのとは、本質的に訳が違う。

 石橋は柔らかく釘を刺した。

「マクレーガー、くれぐれも慎重にな。人権の尊重を第一に考えよう」

「わかっている。任せてくれ」

 マクレーガーは、力強い目線を送ってきた。石橋の心配は消えた。

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 石橋は志願者を募る作業が、波に乗ってくる気がした。同僚のマクレーガーが説得すれば、効果も上がるだろう。

 ただ、基地局内の無用な混乱だけは避けてほしかった。侵入体捕獲に反対する人々が、団結する。もしくは、捨て駒にされた腹いせに、作戦の妨害に出る。

 石橋は、集団心理が悪いほうに働かないことを、切に祈った。

 B棟のマップは既に三割ほど赤く染まっていた。

 監視カメラで見る限り、侵入体は部屋の隅々まで覆い尽くしている。人間という餌がなくても、その場を離れる様子はない。

 侵入体は部屋の床、壁、天井に、べったり余すことなく張り付いている。唯一、ガラス面には止まっていない。通り過ぎているだけである。

 石橋には、侵入体がガラスに興味がないことだけは明確にわかった。しかし、他の無機質な素材に侵入体が群がっているのかは不明だった。

 収穫もあった。侵入体のサンプルを捕獲する際は、ガラス製のケースに閉じ込めるという方針が立った。C棟にはガラス・ケースの容器はある。

 ガラス製のスーツがあれば確実に捕獲できる。ところが、生憎なことに、そんなものはない。実験用の防護服が数着あるだけだ。

 スウェット・スーツ型の宇宙服では、防御力がない。すぐに食い破られるだろう。

 石橋は頭の中で逡巡していた。背後の騒がしさが、どこか遠くに感じられるほど集中していた。

 B棟で侵入体を捕獲する人。捕獲を補佐する人。作戦時に扉の開閉を操作する人。これらの連携をうまく回さないと、捕獲の成功率は、どんどん低くなる。

 最も恐れるべきは、無人ロケットの存在に侵入体が気がつくことだ。幸いに、C棟を挟んでA、B棟の反対側にある。侵入体が順当に進めば、格納庫に収まっている無人ロケットに辿り着くのは、最後だ。

 あとは、B棟のどの部屋で侵入体を捕まえるかだ。C棟に近すぎては、危険が多い。また、突破されていないダクトに通じている部屋がいい。準備に余裕があれば、工作員の心理的負担が減る。

 侵入体の能力が未知数なだけに、石橋の考えも妄想の域から出られないでいる。心許ない作戦では駄目だ。実際に体を張る、基地局の人たちが納得できるものでないと。

 石橋の思考を断つ、エリンの声が管制局のフロアに響いた。

「これから侵入体の捕獲に向けて動く。繰り返す、侵入体捕獲だ。火星の基地局には、まだ伝えない。準備が整い次第、伝える。各セクションは、指示が出るまで待機」

 エリンの声は、淀みも迷いもなかった。

 侵入体確保に上層部の許可が下りた。火星はともかく、地球上の反発を誰かが請け負う。侵入体の解析結果で、反発は鎮まるか膨れ上がるか。

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 エリンが近づいてきた。石橋は立ち上がって迎えた。

「思ったより、許可が出るのが早かったですね」

 石橋は、口調に安堵の色を滲ませた。

「マクレーガーの行動が、許可を出すのを早めた。反対を主張していた奴らは、黙ってしまったよ。現状は?」

 エリンは、至極さらりと言ってのけた。が、石橋はエリンの額にべっとり溜まった脂汗を見逃さなかった。きっと、エリンも力説してくれたに違いない。

「状況は、侵入体捕獲に警備員の賛同が得られました。他に、マクレーガーが無人ロケットを第三宇宙ステーションに向けて標準を合わせました。今は、基地局のスタッフに作戦の参加を呼びかけています。マクレーガーが直談判して回っています」

 石橋は、息継ぎも忘れて捲くし立てた。作戦の障害になる要素が、次第に省かれていくスムーズな展開に、興奮気味だった。

「マクレーガーに任せるしかないか。侵入体のほうは、どうだ? 新しい情報は?」

 エリンは急ぐ素振りを見せない。口調はいたって冷静である。冷めているわけではなく、落ち着いている。

「これを見て下さい」

 石橋は、数ある監視カメラの中から一つの映像を取り出した。

 B棟の小会議室だ。室内の平面は、ほとんど黒く塗りつぶされている。禍々しい黒は、闇とは別の陰鬱が背筋をさする。

「ここを見て下さい」

 石橋は画面を見ながら説明した。

「ガラス戸には、侵入体が群がりません。ガラスに興味を示さないところを見ると、捕獲にはガラスの容器が適切かと思われます」

「そうか。となると、作戦はガラスをうまく使って行うことになるな。ちょっと待てよ」

 エリンは上を向いて瞑目を始めた。と、すぐに両手が不規則に細かく動いた。

 石橋は一瞬、呆気に取られた。奇病が発症し始めたのかと、一歩さっと反射的に下がってしまった。

 が、どうやらエリンが作戦を脳裏でイメージしているのだと、薄々わかり始めた。

 教会でミサを呟くようなエリンの口元が、急に大きく開いた。

「B棟の部屋の中で、一番ダクトの穴が小さいのはどこだ?」

 脳裏に浮かんでいるイメージを壊さないためか、エリンの目は閉じたままだ。

 奇妙なオブジェを眺めていたい気もしたが、石橋はすぐにB棟の設計図を検索した。

 条件を絞り込むと、画面の中に二箇所の部屋がピックアップされた。

「二箇所あります。一つは十字通路の北側、C棟の扉付近、過去ログの保管庫。もう一つは十字通路の中央、やや東より、低周波カプセル安眠室。共に、六十センチ四方の通気口です」

 石橋は、エリンのイメージを混濁させないように説明したつもりである。エリンの脳に、情報が染み込むのを待つ……。


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