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煉獄にささやく  作者: 熊切 佑司
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プロローグ

 映画などで地球外生命体が来ると、必ず地球が勝ってしまうので疑問を持っていました。なので地球が負けてしまう話を作ってやろうと書き始めました。

 遠未来のお話なので現代ではあり得ない小道具も出てきますし、舞台が日本ではないのでカタカナの名前も多数出てきます。おそらく、読みにくいかもしれません。

 拙い文章ですが、どうぞよろしくお願い致します。

 プロローグ 【西暦二一七〇年、五月二日】


                    1

 アメリカ・カリフォルニア州パサデナにある、タルシス研究センター管制局に勤める石橋颯太は、居並ぶ大小様々な画面の前に座った。

 耳に無線インカムを填め込むと、マウス・キャップを右手の人差し指と中指に被せた。改めて椅子に深く腰を沈ませ、デスクに浮かび上がっているキーボードのマスを三回、指で叩いた。

 石橋がキーボードを操作した理由は、現在、火星のタルシス高原地区で任務についているマクレーガーと交信するためである。アメリカにいる石橋が火星にいるマクレーガーと話をすることは、気軽なコミュニケーションの一つだった。

 石橋が籍を置くアメリカのタルシス研究センター管制局は、平穏な時間が流れていた。背後のフロアでは、六十人ほどのスタッフが、ざわめきながら仕事をしている。が、忙しい喧騒とは違い、のんびりとした緩い緊張である。

 緩慢な時間を過ごすうちに、火星のタルシス高原通信基地局を映す画面に動きが見えた。紺色のワイシャツを着たマクレーガーが、インカムを装着している。

 タルシス高原は、火山群で形成されている。楯状火山なので、急勾配の地形ではない。火山活動は数千年前に、既に停止している。

 人類がタルシス高原に拠点を置いたのは、地形もあるが赤道に近いという理由もある。赤道付近が、地球の温度環境に一番近いからだ。

 マクレーガーは画面を見据えると、石橋に軽く笑ってきた。

「颯太、一時間前に話したばかりなのに、今度はなんだい?」

 マクレーガーは困り顔を作ろうとしているようだが、唇の歪みが取れていない。

「そんなに煙たがるなよ。用件はマリネリス渓谷の北に落ちた隕石だ。隕石の報告レポートが上がっていたら、口頭でいい、簡潔に教えてくれないか?」

 石橋は笑顔を引っ込めつつ、期待を込めた眼差しをマクレーガーに突きつけた。脳裏には、まだ見ぬ新種の細菌が泳いでいる。

 マリネリス渓谷は火星に存在する、太陽系の諸惑星で最大の渓谷である。長さ五千キロメートル、深さ七千メートルの巨大な溝だ。侵食作用でできたものではなく、大規模な地殻変動でできたものだ。

「時間的には、もうレポートが上がっている頃か。少し待ってくれ」

 マクレーガーは、マウス・キャップを操り、データを探ってくれた。半日も待っていれば、管制局の手元に来るはずだが、石橋は合間を縫ってフライングした。

 二分弱の間でマクレーガーの表情に、変化が見えてきた。薄笑いが消え、片眉が釣り上がり、目を細めている。

「どうした? なければ、待つからいいんだけど」

「いや」

 マクレーガーは切り込むように、短く答えた。

「変だ。採取班はマリネリス渓谷の北で隕石の落下予想地点に着いている。が、発見できないと報告をしている。その後、基地局に帰還途中で消息が掴めなくなっている。十分ほど前に、捜索のため別の班が出発しているんだ」

 マクレーガーは怪訝な表情を見せ、沈んだ声で説明した。

「事故か? 道に迷うはずもないし。いや、それよりも隕石がないとは、どういうことだ。衛星で画像が映っていればいいんだが。何かサポートを」

 石橋が眉間を力ませながら話していると、マクレーガーの背後の赤い明滅に遮られた。ほぼ同時に、管制局でも警告サインが背後のフロアに広がった。

「何事だ、マクレーガー!」

「タイプ・スリー。外部からの侵入者だ。三箇所、いや五箇所から? 誤作動じゃないのか、これは!」

 マクレーガーの指は、ピアノの連弾のように跳ねている。引き攣る表情を、顎を力ませて作っていた。

 石橋は、混乱する頭を静めようと努めた。

                    2

 間もなく、左側に人の気配を感じた。タルシス研究センター管制局局長、デイビット・エリンだった。

「基地局内の監視映像を、画面に映せるだけ映せ! これからは情報を、リアルタイムで火星と共有する」

 エリンの野太い声は、スピーカフォンに切り替えたインカムから、フロア全体に広がった。

 背後から感じる空気が、一気に張り詰めた。数分前まで聞こえていた笑い声は、鳴りを潜めた。

「なんだ、これは? おかしい奴が映っているぞ!」

 管制局スタッフの一人が高い声で叫ぶと、首だけエリンに向けた。長身のエリンは答える代わりに、やや上方の大画面を指で指した。

 首を戻したスタッフは、慌てるようにマウス・キャップを動かす。石橋も視線を大画面に向けた。

 映された映像は、基地局A棟の小動物飼育室だった。画面左上で、一人の人間が踊っている。

 石橋は次の瞬間、踊っているのではなく、藻掻き足掻いているのだと認識した。

 大画面でも小さい黒ずくめの体からは、男女の判別ができない。いや、画像自体が黒い靄で、鮮明さを失っている。

 藻掻いている人間は、やがて跪き、緩慢な動きで仰向けに倒れた。フロアには高い機械音が響き、人の声は聞こえてこない。皆、一様に絶句しているようだ。

「颯太、何があった?」

 マクレーガーの硬い声に、石橋は大画面から目を剥がした。

「A棟の小動物飼育室だ。誰かは判らないが、被害者が出た模様だ。そっちの画面で見てくれ」

 石橋は声の抑揚を努めて抑えて、しっかりと伝えた。緊張で自分の体がいつもより重く感じる。

「倒れた体を拡大してくれ。それと、サーモグラフィも別画面で重ねろ。黒いものが細かく動いているようにも見える」

 エリンが徐々に指示を出していくと、静寂が破れ始めた。

 石橋は拡大されていく画面を、か細くなる目で見つめた。遥か遠い火星の映像を。

 最後にノイズが除去されると、くぐもった唸りが吐き出された。

 黒い。体型は少し引き伸ばした菱形をしている。曲線は見当たらない。

 足は、見えている本数からすると、どうやら六本だ。動物か昆虫か判別はできないので、全てが足だとは言い切れない。

「頭から体までは、十・二センチ。タルシスの生体管理ファイルに一致する生物はいません」

「A棟廃物処理室でも被害が出ています。リモートで閉鎖しました」

「ダクトを通路にして移動している模様。三十分以内にA棟全域に侵食することが予想されます」

 エリンの元に次々と情報が寄せられる。いつの間にか電子ペーパーが、デスクに広がっていた。

                    3

 石橋は、A棟の外の監視カメラを調べた。侵入箇所が集中している壁には、黒い塊がねっとりと張り付いている。映像を拡大処理しなくても、正体が侵入体であることは間違いがない。

 壁に張り付いた黒い塊には、まだ続きがあった。空に薄く黒い幕が繋がっているのだ。洞窟から出てくる蝙蝠の群れに似ている。

 石橋は、飛翔してくる方角を調べた。角度は南南西辺りだ。一つの懸念が浮かぶと、左側のエリンに体を向けた。

「エリン局長、ちょっといいですか?」

 五メートルほど離れてしまったエリンを呼び寄せた。エリンは目で頷くと、インカムに何事か囁き歩いてきた。

「侵入体は、まだ続々と空から来ているようです」

「その事実は、タルシス基地局から報告が上がっている」

 エリンは眉を傾けると、鼻の下の汗を指で拭った。

「マリネリス渓谷で隕石が落下しているはずなのですが、実は採取班から発見できないと報告がありました。管制局には、まだ報告が上がっていません。ですが、先程マクレーガーに調べてもらったので、確実な情報です」

 石橋は、声の調子を少し落とした。報告した情報が、現場を撹乱させるかもしれない不安が心に灯る。

「確か、落下地点はマリネリス渓谷の北だったな。侵入体が来る方向と、ほぼ一致するな」

 エリンは、浮わついた声で話すと、目を床に伏せた。ゆっくりと腕が組まれる。

 二つの大きな事件を、結んでいいのかどうか。安易に結べない糸。石橋にも、エリンの猜疑の胸中が想像できた。

 石橋は考え込むエリンに代わって、報告用の電子ペーパーを受け取っていた。

 エリンは急に画面に振り返り、尋ねた。

「マクレーガー、その後の展開は、どうなっている?」

「採取班は行方不明。迎えに行った班も、二分前に音信不通になっています」

 インカムを通して会話を聞いていたマクレーガーは、先手を打って調べていたらしい。余裕を持った行動でも、口調に余裕は全然ない。

「マクレーガー、分刻みで衛星の画像を拾ってみてくれ。何か映っているかもしれん」

「引き続き、調べてみます」

 マクレーガーは厳めしい顔を、画面から遠ざけた。

 エリンは、皮肉めいた苦笑いを浮かべた。

「NASAや各政府機関には報告しているが、自分の推測を進言するのは気が重い。取り合ってくれればいいが」

「報告する価値はあります。今は何でもいいから、情報を手繰り寄せましょう」

 石橋は、励ます意味もこめて、力強く電子ペーパーを押し付けた。エリンは、鼻から短く息を漏らした。

「侵入体から目を逸らすな。動きを監視してくれ」

 エリンは、力強い歩調で離れていった。首筋から背中の中央にかけて、ワイシャツに汗の筋が広がっていた。

                    4

 石橋はA棟のマップを画面に開いた。赤く染まった閉鎖エリアは、半分に達しようとしている。約九千平方メートルのA棟は、いつまで保つのだろうか。

 初期報告では三十分以内で侵入体に制圧されるとあったが、もっと早まるのではないか。

 先程カメラで見た壁に張り付いた黒い塊。まだ続くであろう、空に繋がる黒い帯。侵入体に制圧される時間は、加速的に早まる気がした。

 警告サインを聞いてから十三分が経過している。

 タルシス高原通信基地局では七十一人が任務についている。既に二十六人のスタッフが表面上、行方不明になっている。誰も明確に口にはしないが、侵入体に襲われたのだ。

 残っているA棟のスタッフは、B棟に避難を始めている。だが、強制的に閉鎖された部屋には、まだ生きているスタッフもいる。彼らは、数分後には、藻掻き苦しんで死ぬだろう。

 石橋が陰惨な行く末を憂いていると、フロアにエリンの声が響いた。

「A棟を完全封鎖する。これからはB棟、C棟の存命に尽力する」

 石橋は力なく項垂れた。A棟を見捨てた決断にではなく、打開策が何もない現況に対して、である。

 画面には様々な様子が映っている。デスクに伏して泣いている者。泣いている者を宥める者。パソコンの操作に没頭する者。武装して警戒をする者。

 石橋には、どの画面からも悲壮感が感じられた。無力。生物進化の頂点に位置するはずの人類は、こんなにも弱い生き物だったのだろうか。

 A棟の赤く染まったエリアは、早くも八割に達しようとしていた。

 B棟は、まだ異変は起きていない。A棟がなぜ侵入されたのか、原因が判らなければ、B棟の安全は保障されない。

「颯太、この画像を見てくれ。拙い事態になりそうだ」

 マクレーガーのか細い声だった。石橋には、現実に戻される良いきっかけだった。

「隕石は確かにマリネリス渓谷に飛来した。しかし、縮小して消えた。エリン局長は?」

 マクレーガーは淡々と説明した。が、声の裏には苦悩が過ぎっているだろう。

 石橋は送られてくる画像を見た。見終わると、無線でエリンを呼んだ。

 マクレーガーの説明通り、隕石は縮小していた。

 遠近法による錯覚ではない。マクレーガーが画像処理を施しているので、本来あるべき隕石の輪郭が点線で記されている。

 地表に近づくにつれて、隕石は小さくなる。比例するように、黒い靄が濃くなる。火星特有の砂嵐ではない。A棟と空を繋ぐ幕と似ている……。


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