7.異世界の王城
騎士たちは気を失っている公爵を、馬の背に乗せると、城に向かった。
イーリス姫は慎の竜に乗って、騎士たちの後をついていく。
雪もフクロウに乗って、馬で駆けていく騎士の後を追った。
間もなく王城にたどりついた。
城は幾重にも頑丈な堀がめぐらされ、そこに水が流され、またその外側も幾重もの塀で取り囲んである。
兵士たちが城の上げ橋を渡って、城の中に入る。
慎は城の門前に降りた。
雪もそれに習う。
慎はイーリス姫を竜から降ろすと、竜を引いて、歩いて橋を渡った。
雪もフクロウから降りて、歩いて橋を渡ろうとすると、また頭の中に例の言葉が響く。
”我の名を思い出せ、我は汝なり。”
雪は溜息を付いて、その名を口にした。
『アテナ。』
雪の声に、フクロウは人間の女性に姿を変えた。
雪が炎の中で見たアテナその人である。
髪だけが、なぜか炎の中と違い、黒髪になっていた。
「えー。」
雪の声に慎が振り返り、その場にフリーズしている。
「おい、雪。その人がなんで、ここにいるんだ。」
雪に聞かれても困る。
なんで、こうなったのか、わからないのだから。
よく見ると、なんでか慎の連れている竜も、アテナを見て、目を丸くしているように見える。
さすがに、それは気のせいか。
雪は慎の質問に答えられないので、そのまま無視して、城に入った。
それを見て、慌てて慎も歩き出した。
イーリス姫も慎について、歩き出す。
橋を渡ると、城の騎士たちが、公爵を城の中に運び込んでいるところだった。
城から大勢の使用人が出てきて、それを手伝う。
「イーリス姫、王がお待ちです。」
年嵩の偉そうな人物が出てきて、イーリス姫を促した。
「宰相、わかった。今すぐ伺う。それとこちらは、私を助けてくれた慎様だ。彼も一緒に連れて行きたい。」
「さすがに、それは私の一存では。王に直接おっしゃって下さい。」
イーリス姫は宰相の言葉に頷くと、
「わかった、では後は頼む。」
「畏まりました。」
イーリス姫を見送ると、宰相は慎と雪に向き直った。
「では、こちらに。」
二人がついて行こうとすると、その宰相の言葉にかぶせるように、大声を張り上げながら、城の中から真っ白な髪をした人物が飛び出してきた。
「公爵を治したお方はいずこに?」
叫びながら、こっちにやってくる。
騎士が余計なことに、雪だと教えている。
『おい、お前。何余計なことを言っているんだ。』
真っ白な髪をした人物は、まっすぐ雪の所に走ってくると、雪の周りをジロジロみながら、周り始める。
「これは、なんとすばらしい。それにすでに使い魔を使役して、それを人間と同じに出来るなど、人の御業とは思えん。まさに神の御業!なんて素晴らしいんだ。」
雪は溜息をつくと、隣にいた宰相に目線で問いかけた。
宰相はハッとすると、
「おい、メリクリン筆頭魔導士。いい加減にしないか。客人が困っているぞ。」
宰相の言葉に我に返ると、筆頭魔導士メリクリンは、優雅にお辞儀をした。
「これは失礼を。私はこの王城で、筆頭魔導士をしております、メリクリンと申します。以後、お見知りおきを。」
「こちらこそ、どうぞよろしく。」
雪は日本人がするお辞儀をすると、メリクリンに挨拶を返した。
なぜか、メリクリンは雪だけに挨拶する。
「ではこちらに、どうぞ。食堂にご案内いたします。」
宰相の言葉に、なぜかメリクリンがサッと雪に手を差し出した。
雪はメリクリンの手を取って歩き出す。
慎はなぜかムッとして、それを見ていた。
「なんだ、あの気障やろうは。雪もだ。にやけた顔して、ついて行きやがって。」
その独り言を聞いていたアテナが、ぼそりと注意した。
「少年。今のを聞いていると、嫉妬しているとしか、聞こえんぞ。」
アテナはぼそりと言うと、雪の後に続いて歩いていった。
『俺が雪に嫉妬、まさかな。』
慎も諦めて、二人の後に続いた。
食堂に着くと、色とりどりのくだものに、おいしそうな湯気の上がった食事が、用意されていた。
二人は生唾を飲み込んで席につく。
宰相がいろいろ説明しているが、二人はとにかく早く食べたかった。
メリクリンは、宰相の説明を遮って、
「どうぞ、雪様。お召し上がりください。」
雪はその一言で、フォークとナイフを持つと、湯気が立つ食事に、噛り付いた。
「「おいしい。」」
二人は飲み物を飲み、出された食事を堪能した。
なぜかアテナも少し食べていた。
それを見て、メリクリンは目を瞠っている。
「さすが、雪様の使役されている使い魔。食事を食べられるなんて、そんな高等技術。すばらしい。」
雪はアテナを使い魔扱いするメリクリンに、ちょっとムッとしていた。
「あのお言葉ですけど、メリクリンさん。アテナさんは使い魔ではないですよ。私の守護者です。」
メリクリンは雪のこの言葉を聞いて、せせら笑った。
「何をおっしゃいます。私が見る限り、そのアテナと申す使い魔が、あなた様からエネルギーを受け取っていることは明白。なのに使い魔ではないとは、いったい、いかなる理由でそうおっしゃいますのか。私には理解できませんね。」
雪はメリクリンのこの物言いに、何だかムッとした。
「私にはよくわからないけど、アテナさんは、アテナさんで、私と一心同体なんです。だから、今後アテナさんを格下扱いのような態度で、接しないでください。」
雪はきっぱりいいきった。
「雪。」
アテナがびっくりした顔で、雪を見ている。
「なんと、使い魔と主人が一心同体。これは私としたことが、確かに使い魔と格下扱いしているだけでは、確かに強い使い魔の力を全て使うことは出来ない。ああ、なんていうことでしょうか。これが強い使い魔を使役する時の極意なのですね。わかりました。雪様の教え、このメリクリン、心に刻みます。」
メリクリンは感動して、両手を胸の前に組んでいる。
雪はそんな意味でいったわけないではないのだが、まっ、アテナが変な扱いを受けなければ問題はないかと、放置した。
「ところで、感動に打ち震えているメリクリン殿。」
メリクリンは、アテナの方に向き直った。
「何か?」
「ちょっと城内を散策したいのだが、問題はないか?」
「ええ、入っては不味い所は、私が封印していますので、それ以外なら問題ありません。」
メリクリンがあっさり、了承する。
アテナは雪を見ると、
「雪、少しその辺を歩いて来るが、何かあれば、私を呼べ。」
雪は素直に頷いた。
「あのアテナさん?」
アテナは雪の問いかけに、振り返った。
雪は何か言おうとして、止めた。
「いえ、なんでもないの。ゆっくり見てきて。」
「ああ、ありがとう。」
アテナはそう言うと、食堂から出て行った。
「雪。」
慎が大分食べて落ち着いたようで、雪に話しかけた。
「なに、慎。」
「あの人、もしかして、過去にこの城に・・・。」
雪は横に首を振った。
「そうかもしれないけど、何も聞く気はないから。」
「ああ、そうだな。」
慎も何も言わなかった。
その時、メリクリンが考え深げに言った独り言が二人の耳に残った。
「それにしても、良い名ですな。四百年前の戦女神の名と同じなど。フムフム。」
『『やっぱり。』』